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やさしいお姫さまのおはなし

2012/03/20


 昔むかしあるところに、ひとりのかれんでやさしいお姫さまがいました。
 お父さまである王さまはお姫さまをとてもかわいがって、ある日、お姫さまのおむこさんをさがそうと、世界じゅうにおふれを出しました。
 われこそはお姫さまにふさわしいと、たくさんの男のひとがお城にあつまりました。
 世界じゅうのお金もちたちが、お姫さまにプロポーズしました。けれどお姫さまはこう言いました。
「わたくしのことをほんとうにすきでいてくださるなら、今からお金をまずしいひとたちに分けあたえ、一文なしになってくださいな」
 お金もちたちはびっくりしました。
「とんでもない! お金がなければおいしいものも食べられない、きれいな服も着れない。あなたと結婚することもできません」
「でしたらあなたがたはわたくしをすきではないのね。さあ、お帰りくださいな」
 お姫さまにふられたお金もちたちは、すごすごと帰っていきました。
 世界じゅうの力じまんが、お姫さまにプロポーズしました。けれどお姫さまはこう言いました。
「わたくしのことをほんとうにすきでいてくださるなら、みにくいあらそいを起こすひとや動物たちの心をどうかいさめてくださいな」
 力じまんたちはびっくりしました。
「そんなことどうやってやるんです? それにもしそんなことができてしまったら、おれたちはこの力をふるえなくなってしまう!」
「やりかたも考えてくれないなんて、あなたがたはわたくしをすきではないのね。さあ、お帰りくださいな」
 お姫さまにふられた力じまんたちは、すごすごと帰っていきました。
 世界じゅうの色男たちが、お姫さまにプロポーズしました。けれどお姫さまはこう言いました。
「わたくしのことをほんとうにすきでいてくださるなら、今からお城のかちく小屋をちりひとつのこさずきれいにしてくださいな」
 色男たちはびっくりしました。
「とんでもない! そんなことをしたら、わたしたちのかっこうよさがそなわれてしまう。それにあなたはかっこわるくなったわたしたちを笑われるにちがいない」
「でしたらあなたがたはわたくしをすきではないのね。さあ、お帰りくださいな」
 お姫さまにふられた色男たちは、すごすごと帰っていきました。
 世界じゅうの賢者たちが、お姫さまにプロポーズしました。けれどお姫さまはこう言いました。
「まああなたがた。わたくしは今はかわいいかもしれないけれど、明日には顔にけがをおうかもしれませんのよ」
「ですかお姫さま、あなたはおやさしいお姫さまでおられます」
「わたくし、明日にはいじわるになってしまうかもしれませんのよ」
「ですがお姫さま、あなたはこの国のお姫さまであらせられます」
「その国が明日、ほろぶかもしれません。それでもあなたがたは、わたくしをすきでいられますか?」
 賢者たちはしばらくだまりこんだあと、お姫さまは自分たちと結婚したくないのだとひとつの答えをみちびき出し、すごすごと帰っていきました。
 ほかにもたくさんのひとがプロポーズをしましたが、お姫さまはいろんなことを言ってそのすべてをふりました。
 賢者たちの思ったとおり、お姫さまは結婚なんかしたくなかったのです。
 お姫さまはかれんでやさしいけれど、おなじくらい自ゆうがすきでした。おむこさんも、自分のすきなひとでいいと思いました。
 けれど自分のすきなひとがどんなひとなのか、お姫さまはよくわかりませんでした。


+++++++++++++++++



 ある日、お姫さまはひとりでお城をぬけ出して、森の動物たちに会いにいきました。
 動物たちはお姫さまによくなついて、お姫さまはどんな動物でもみんなおなじように大切にしました。
 けれどその日は、動物たちがいっぴきたりとも見つからなくって、お姫さまは日がしずむまで森を歩きまわっておりました。
「みんな狩人にやられたのかしら。それとも重いやまいにかかって動けないのかしら」
 お姫さまがはらはらしながら森をさまよっていると、ばさり、ばさり、と空から音がするではありませんか。
 なんと空には、黒い、大きな大きな、お姫さまより大きなコウモリがいたのです。
 お姫さまはそんなコウモリをみたことがないのでびっくりしましたが、ようやく生き物にであえたことにほっとして、大きなコウモリにはなしかけました。
「はじめまして、コウモリさん。あなたはずっとここに住んでいたのかしら。だったらほかの動物たちがどこへいったのか、教えてくれないかしら」
「なるほど。あいつらはにげたのだな」
 コウモリがひとの言葉でしゃべったものですから、お姫さまはおどろきましたが、こんなに大きなコウモリなんだからしゃべれてもおかしくないと思いなおしました。
「コウモリさん。あなた、ひとの言葉でおはなしできるだなんて、とってもかしこくて長生きなのね」
「おまけに大食らいだ。はらがへったで、この森のけものどもの血をすってやろうと思ったのだが、あいつらあん外カンがいい。この森をさがしまわっていたが、ようやくここでおれ以外の生き物とであった」
「まあ、あなたは血をすうコウモリさんでしたの」
 それなら森の動物たちがにげるのもしかたありません。たとえどんなに大きな動物でも、こんな大きなコウモリに血をすわれてしまえば、からからにひからびてしまうでしょうから。
 お姫さまはたずねました。
「おなかがすいたコウモリさん。わたくしの血も、あなたのごはんになりますか?」
「ああ、なるぞ。さあ、おれに血をすわれたくなければにげるがいい。お前の100歩なぞ、おれの1歩でおいつくわ!」
「そんなことしませんわ、コウモリさん。おなかがすいているのなら、わたくしの血をすってくださいな」
 大コウモリはそんなことを言われたのは生まれてはじめてだったものですから、びっくりしながらたずねました。
「お前はおれがこわくないのか。このままだと血をすわれてしまうのだぞ」
「おなかをすかせたかわいそうなコウモリさんを、どうしてこわがらなくてはいけないの」
「おれに血をすわれるものはこわがるのだ。こわがれないと言うのなら、おれはどうやってもお前をこわがらせてから血をすってやるぞ。ほかのやつらはそのつぎだ」
「そうおっしゃるのなら、どうぞあなたのしたいようになさってください」
 こうしてお姫さまは、大コウモリと知り合いになりました。
 つぎの日、お姫さまが森にやってくると、大コウモリがおそいかかってきました。ぎらぎら光る歯をむいて、頭からかぶりつこうとしました。それでもお姫さまはこわがりませんでした。
 そのつぎの日、大コウモリはするどいつめでお姫さまをわしづかみにしました。お姫さまはいたがりましたが、やっぱりこわがりませんでした。
 ほかにも大コウモリはいろんなやりかたでお姫さまをこわがらせようとしましたが、お姫さまはちっともこわがりません。
 とうとう、大コウモリはお姫さまにたずねました。
「お前はなにがこわいのだ?」
「さあ、なにかしら。わたくしもちっともわからないので、コウモリさん、いっしょにかんがえてみましょうよ」
 それからふたりはたくさんおはなしをするようになりました。お姫さまは自分のすきなものを、大コウモリは自分が今までどんな動物たちの血をすって、どれほどおそろしい生き物かをおたがいおしえあいました。
 お姫さまはこの大コウモリのことを知るにつれ、お友だちになってくれないかしらと思うようになりました。なにせこの大コウモリは、勇かんですなおで、ほかの動物たちをこわがらせて血をすおうとする以外は、とてもきもちのいいコウモリだったのですから。


+++++++++++++++++



 ある日、大コウモリにあいに森にいこうとしたお姫さまは、王さまによびとめられました。
「これ姫よ。お前はこのところずっと森にあそびにいっておるが、お前はむこさがしのまっさい中だということ、わすれてはならぬのだぞ」
「わたくし、お父さまのすすめる男のひとたちを、ちっともすてきと思わないんですもの」
「なあに、つぎの男はきっとお前も気にいるであろう。さあ、ついてきなさい」
 お姫さまはしぶしぶ王さまのあとをついて、おむこさんになろうとお城にやってきた男のひとに会うことになりました。
 まったく王さまの言葉にきたいしていなかったお姫さまは、けれどとてもびっくりしました。
 そのひとは、今までだれもみたことがないくらいすばらしい黒いマントをきた、目のさめるようなすてきな男のひとだったからです。
「このかたは、とあるゆうふくな国の王子さまでな。おきさきをさがそうと、色んなところを旅して回っておいでだったのだ。旅のさ中、色んなぼうけんをなさって、そのどれをも自分の頭と力でのりこらえてこられた、とてもりっぱなかただ」
 王さまはほかにもたくさん王子さまについてほめたたえましたが、お姫さまの耳には入りませんでした。
 お姫さまは王子さまを一目見ただけで頭がくらくらして、むねがどきどきして、王子さまをもっと見つめていたいのに、そうしようとするだけで体がふらふらになってしまうからです。
 それくらいすばらしい王子さまは、お姫さまにそっとはなしかけました。
「きみは今まで、たくさんの男たちにいろんなむりをめいじたときいた。さあ、おれにはどんなむりをめいじるんだい」
 お姫さまは大へんこまってしまいましたが、それでもたずねてみました。
「あなたは自分のお金をすべて、まずしいひとにわけあたえられますか?」
「きみがのぞむのならそうしよう。金がなくても結婚できる」
「あなたはどうもうなけものやひとの心を、おちつかせることができますか?」
「きみがのぞむのならやってみよう。おれの力はじまんするためにあるのではないのだから」
「あなたはかちく小屋をちりひとつのこさずきれいにできるかしら」
「なにかんたんなこと。町のかちく小屋じゅう、きれいにしてやってもかまわないくらいだ」
「明日にはわたくし、顔に大けがをおうかもしれません。いじわるになるかもしれません。国がなくなるかもしれません」
「ならばおれもそうだ。それでもおれは、きみといっしょにいたいのだ」
 どれもこれもあっさりとかわされてしまい、お姫さまはもっとこまりました。
 なにせお姫さまは男のひとをみてこんな気もちになるのは生まれてはじめてでしたから、それがすきかどうかもわからないのです。けれどここで王子さまをすきとみとめてプロポーズをうけ入れば、お姫さまは大コウモリとはきっともう会えません。
 そんなのはいやだから、お姫さまはひっしになって言いました。
「では王子さま。あなたがほんとうにわたくしをあなたのおきさきにしたいと思っているなら、ひとつおねがいを聞いてください」
「なんなりと」
「私はとあるひととやくそくをかわしました。そのやくそくがはたされるまで王子さま、あなたにまってほしいのです」
「そのやくそくとはどんなものかな。いつ、はたされるものなのかな」
 頭のいい王子さまに大切なことを聞かれて、お姫さまは王子さまがおこって出ていかれるかもしれないとおびえながら正直に答えました。
「それは言えません。いつはたされるかもわかりません。10年、20年、いいえもっとかかるかもしれません。けれどそれでもまってほしいの。王子さま、あなたがほんとうにわたくしをおきさきにしたいと思ってくださるのなら」
 王子さまは、お姫さまとあったときがずっとにこやかだったのに、このときちょっとおどろき、すぐにはははとわらいました。
「いいだろう。おれは多くのしれんをのりこえてきたが、ひたすらまつだけのしれんははじめてだ。それしれんをはたしたあかつきには、きみをおれの国につれていこう」
 そうしてふたりはこんやくしました。
 王さまはおふれを出すのを止めて、お姫さまがいつおよめにいってもいいようにじゅんびをしました。


+++++++++++++++++



 お姫さまが王子さまとこんやくしたつぎの日、お姫さまはこわがらせてもらおうと森に大コウモリに会いにいきました。
 するとなんと大コウモリがすこしだけ小さくなっているではありませんか。お姫さまはびっくりして、大コウモリにたずねました。
「コウモリさん、どうしてちぢんでいるの?」
「血をすわないとだんだん小さく、弱くなっていくのだ。しかしあん心しろ、おれはとても強いからな。このくらい小さくなっても、おまえなんぞその気になればひとかみだ」
 お姫さまはびっくりしました。大コウモリがお姫さまをこわがらせるまでほかのだれの血もすわないと聞いてはいましたが、まさか本当にそうしていただなんて思ってもみなかったのです。
 大コウモリがかわいそうになったお姫さまは、ぽろぽろと泣き出してしまいました。
 それを見て、大コウモリのほうがぎゃくにびっくりしました。
「どうして泣くのだ、娘。おれがこわくなったのか?」
「ちがうわ、コウモリさん。ずっとおなかをすかせたままのあなたがかわいそうで、あなたにおなかをすかせたままにしているわたくしがなさけなくて、悲しいの」
「なにそんなこと、気にするな。おれは血いがいのものだって食うのだ、ずっとはらがへっているわけではない。だから泣くな、娘、泣くな」
「本当に?」
「ああ、本当だとも」
 お姫さまが泣き止むと、大コウモリはほっとしました。それをみて、お姫さまはこんどはおかしくなってわらいました。
「あなたはおかしなコウモリさんね。わたくしをこわがらせて血をすいたいのに、わたくしが泣くのはいやなの?」
 大コウモリはてれくさそうに、羽をはばたかせました。
「おまえがおれにこわがって泣くのなら、おれはよろこんでお前を泣かせたままにしよう。だがおまえがそれい外のことで泣くのはいやなのだ」
「どうしていやなのかしら。わたくし、自分のすきなときに泣いて、自分のすきなときに笑いたいわ」
 へんじにこまってだまりこむ大コウモリに、お姫さまはそれまでずっと思っていたことをあらためて言いました。
「ねえコウモリさん。わたくしのお友だちになってくれませんか?」
「友だちだと?」
「はい。わたくし、とあるひとと結婚のやくそくをしましたの。そのひとには、わたくしがあなたに血をすわせてあげるまでまっていてくださいとおねがいしました。けれど、今のわたくしはあなたをこわがれないから、やくそくはなしにして、お友だちになってください。お友だちなら、わたくしがおよめにいったさきをおしえておはなしできるし、あなたが血をすいたいと言うなら、すわせてあげることだってできます」
 お姫さまからはなしを聞かされた大コウモリは、かんかんにおこりだしました。
「ふざけるな、おまえはおれのえものなのだ。えものをこわがらせることもできず、友だちになるなど、いっしょうの『はじ』になる!」
「けど、それならわたくし、およめにいけません」
「ならおれをこわがればいい。こわがれないならおまえはずっとそいつをまたせることになる。とっととよめにいけばいいものを、そんなやくそくなぞするから、おまえは結婚できないのだ。ざまをみろ!」
 大わらいした大コウモリは空にまいあがり、お姫さまのまえからすがたをけしました。
 お姫さまは、大コウモリに友だちになってもらえず、またやくそくもはたせそうにないとわかって悲しみました。
 けれどお姫さまは、王子さまにあのやくそくをわすれて、今すぐ自分をあなたのおよめさんにしてくださいとは言えませんでした。やくそくをなかったことにするのはとってもしつれいなことだと、大コウモリから学んだからです。


+++++++++++++++++



 お姫さまが王子さまとこんやくをして、5年がたちました。
 王子さまはずっとお姫さまのすむお城にいて、お姫さまにやさしくしてくれました。お姫さまはとてもしあわせでしたが、おなじくらいもうしわけなく思っていました。まだお姫さまは大コウモリをこわがれないからです。
 お姫さまはうそをつくのがいやでしたから、大コウモリにうそ泣きしたりこわがるふりをしたりしませんでした。
 けれどすこしずつ小さくなっていく大コウモリにこわがれないじぶんがなさけなくて、たまに泣くこともありました。すると大コウモリがひっしになぐさめてくれるものですから、お姫さまはますます大コウモリに友だちになってほしいと思うようになりました。
 そんなある日、王子さまはこきょうに帰ることになりました。お年をめした王さまがずっとやまいにふせっておられるので、つぎの王さまである王子さまが国にいなければならないのです。
 お姫さまのお父さまの王さまは、お姫さまについていくようめいじましたが、王子さまがことわりました。
「おれは姫がやくそくをはたされるまでまつとやくそくしました。それなのにつれていくなんて、姫とのやくそくをやぶってしまうことになります」
 それから王子さまは、お姫さまの手をそっとにぎってほほえみました。
「おれはこれから国にかえるが、きみとのやくそくはまもりつづけよう。きみがやくそくをはたし、おれのきさきとなる日を毎日ゆめ見ていよう」
「ええ、わたくしも。あなたの国であなたとともにすごす日をたのしみにしていますわ」
 そうして王子さまは、お姫さまがいる国からさっていきました。
 お姫さまは王子さまとつぎはいつ会えるのか、もしかすると自分が大コウモリにこわがれないかぎり二どと会えないのではないかと思うと、わんわんと泣きました。
 それに、王子さまはやくそくをまもってくれると言いましたが、国にかえって王さまとしてすごしているうちに、お姫さまのことをわすれてしまうかもしれません。そうして、べつのおよめさんをもらうかもしれません。
 そうかんがえただけで、お姫さまは今すぐしにたいくらい悲しくなりましたが、けれどおなじくらい、王子さまをしんじたいと思いました。そのためには、大コウモリをこわがらなくてはなりません。
 けれどお姫さまは、今、自分がもっともおそれていることがわかったので、もう大コウモリにどんなことをされたってこわいと思わなくなっていました。
 お姫さまは、王子さまに会えないこと、大コウモリとしゃべれないことを、なによりおそれていました。


+++++++++++++++++



 王子さまが旅だって、さらに5年がたちました。お姫さまはやっぱり、大コウモリをこわがれませんでした。
 王子さまが旅だって、さらに10年がたちました。お姫さまはやっぱり、大コウモリをこわがれませんでした。
 20年、30年、40年。それだけたっても、お姫さまはやっぱり、大コウモリをこわがれませんでした。
 お姫さまはおばあさんになってしまい、わかいころのかがやくばかりのかわいらしさはすっかりうしなわれておりました。
 王さまはもうずっとまえになくなられ、お姫さまのお兄さまが王さまとして国をおさめていましたが、お兄さまはコウモリにはなしかけるお姫さまを気みわるがって、城のすみのとうにおいやり、さびしいくらしをさせました。
 それでもお姫さまの心はやさしく自ゆうなままでした。王子さまと大コウモリのやくそくを、ときおりまよったりもしましたが、ずっとまもって、しんじていました。
 50年目のある日、やまいにふせったお姫さまは、きっともうじぶんはたすからないとかくごをきめました。
 大コウモリがおとずれるじかんになるまでまつことにして、やすみやすみ、みのまわりのものをせい理しました。王さまがくれたよめ入り道ぐは、けっきょくのところつかわれずじまいでした。
 そうして血をすわなくなったせいで、ふつうのコウモリよりすこし大きいくらいの小ささになった大コウモリがあらわれると、お姫さまはのこる力をふりしぼって言いました。
「コウモリさん。わたくし、あなたにおれいを言いたいの。50年も、毎日わたくしにあってはなしをしてくれてありがとう。あなたはおこったけれど、わたくしにとってあなたは一生の、いちばんのお友だちよ」
「ついにぼけたか。おれはおまえの友などではない。おまえはおれのえものなのだ!」
 大コウモリは、どれだけ小さくなってもたいどをかえませんでした。お姫さまはそんな大コウモリに、せいいっぱい、にっこりわらいかけました。
「ぼけてなぞいませんよ。あなたとのやくそくは、今でもはっきりとおぼえております。けれどごめんなさいね、コウモリさん。わたくしはけっきょく、あなたに血をすわせてあげられないまましぬわ」
「しにはせん。さあねろ。明日はきっとよくなる。おれは明日もまたおまえをこわがらせにきてやる」
「いいえ、明日にはわたくし、つめたくなっているわ。よこになったら、もうずっと目をさまさないわ」
 大コウモリは羽をばっと広げると、お姫さまの頭のまわりをとびまわりました。そのくらい、小さくなっているのです。
「そんなことゆるしてやるものか! さあ娘、こわがるのだ、おれをこわがらねば、おまえがしぬことなどゆるさん!」
「もう娘ではありませんわ、コウモリさん。わたくし、よぼよぼのおばあちゃんですもの。けれどあなた、わたくし、しぬのはこわくないのよ」
「どういうことだ」
「わたくしがこわいのは、あなたともうおはなしできないことですもの。王子さまに、また会えないまましぬことですもの。それにくらべればしぬのなんて」
 お姫さまは、少しずつつかれてきました。もっと大コウモリとおはなししていたいのに、なんだかとてもねむくて、体がつめたくて、力が入らなくて、気をぬけばふうっとたおれてしまいそうで、これがしぬことだとわかりました。
「けどいやよ、わたくし、いや」
 大コウモリに手をさしのべようとしましたが、それさえも今のお姫さまにはできませんでした。それどころか、自分がどこを見て、どんな顔をしているのかさえ、なんと言っているのかさえわからなくなって。
「コウモリさん」
 けれどひっしに、声をふりしぼりました。
「王子さま」
 さいごにこれだけは、言いたかったものですから。
「だいすきよ」
 もう会えなくて、こわいと。
 それからお姫さまはばったりとたおれました。もう、いきをしていませんでした。けれどその顔は、とてもおだやかでした。
 コウモリは、小さなかぎづめを指にして、お姫さまのしわだらけのほほをなでました。まえ足をうでにして、お姫さまのほそい体をもち上げました。そのとき、コウモリの羽がとてもすばらしい、今までだれもみたことのないような黒いマントにかわって、ふわりとお姫さまのへやに広がりました。
「おれのまけだ、娘」
 そう言うとコウモリは、お姫さまののどにきばをつき立てました。


+++++++++++++++++



 お姫さまは、長いながいねむりから目ざめた気分で、ゆっくりとまぶたをひらきました。
 するとどうでしょう。お姫さまはお城のすみのとうにいたはずなのに、お星さまがきらめく夜空の中にいるではありませんか。
 これはゆめなのかしら。それともこれがしごのせかいなのかしらと、びっくりしたままのお姫さまは、自分がだれかにだかれているのにようやく気がつきました。
 そのひとは、お姫さまがだいすきなひとでした。50年もたったのに、お姫さまが一目見たときからすきになったすがたそのままの。
「王子さま!」
「ようやくおきたか、娘」
 娘とよばれてお姫さまはびっくりしました。そんなふうに自分をよぶのは、大コウモリだけでしたから。
 そんなお姫さまの心がわかっているように、王子さまはマントを夜空いっぱいにはばたかせながら、にやりときばを見せてわらいました。
「まったくおまえときたら、ひどいがんこものだ。しぬまぎわにさえおれがこわくないなどと言いおって、そんなにおれと会いたくなかったのか」
 王子さまの口から出てくることばのいみがよくわからなくて、お姫さまはなんども目をぱちくりさせました。けれどじわじわいみがわかってきて、お姫さまは顔をまっ赤にしてさけびました。
「コウモリさん! あなた、王子さまだったの?」
「そうとも。おまえがおれのきさきになって、そのうえでおれの正体をあかしてやれば、おまえはぜつぼうし、こわがるだろうと思っていた。なのにおまえときたら、おれをこわがってからおれといっしょになりたいと言う。どうしたものかと、ずっとなやんでいた」
「だったらあなたはわたくしをずっとだましていたのね。ひどいわ。わたくし、あなたにうそをついたことなんてないのに!」
 ぷいとくびをそむけたお姫さまは、自分のすがたもまた、コウモリと王子さまにはじめてであったときにもどっていることに気がつきました。どうしてでしょう。あのときお姫さまは、たしかにしんだはずなのに。
「だましてなどいないさ」
 王子さまの、大コウモリの、声はとても静かでした。うそをついているようには、とても聞こえませんでした。
「たしかにおれは王子などではない。きさきなどさがしていない。しかし、おまえとはずっといっしょにいたいと思った。ひとのすがたでおまえと会えなくなったときでさえ、つらかった。おまえがしんだとき、おれは心がこわれそうになった」
 王子さまのことばにおちついたお姫さまは、みをのり出してたずねました。
「やっぱりわたくし、あのときしんだのね。なのにどうして生きているの? ここはしごのせかいなの?」
「おれがおまえの血をすってから、おまえに力をわけあたえた。おまえはもはや、おれとおなじばけものだ」
 そう言われれば、お姫さまは王子さまとおなじようなきばを口の中にもち、すばらしい黒いマントをきていました。けれどお姫さまは、それがおぞましいことだとは思いませんでした。
 だって、ずっと会いたかった王子さまとまた会えたのですから。おまけに王子さまはあの大コウモリで、自分も大コウモリのように長生きして、そうしてこれからずっと、50年も、100年もこのひとといっしょにいられるのなら、それはとてもしあわせなことだとお姫さまは思いました。
「ならコウモリさん。あなたがわたくしの血をすったのなら、やくそくどおり、あなたのいた国につれていってくださいな」
 お姫さまににこにこわらいながら言われて、王子をいつわった大コウモリの男のひとはあきれました。
「おまえの血をすってやったのは、おまえがあのままだと本当にしんでいたからだぞ。しかたなくおれが血をすってやったのに、おまえはまだやくそくにこだわるのか」
「やぶったやくそくは、あれひとつでいいじゃありませんか。それともあなたのいた国は、わたくしなんか入れませんか?」
「そんなことはない。ただとてつもなく、ひどくとおいのだ。きびしい、つらい旅になる」
 王子さまはけわしい顔で言いましたが、お姫さまはちっとも気にせずわらいました。夜なのに、太ようのような明るい、かわいらしい顔でした。
「それでもいいわ。あなたといっしょにいられるのなら、わたくし、どんなにつらいことだってたえられます」
「そう言うのなら、よかろう。おれもおまえといっしょなら、どこへでもどこへだっていける」
 そうしてしあわせなふたりはわらいあって、お姫さまがいた国をとび出していきました。

 やさしいお姫さまのおはなし。これで、おしまい。









後書き
 童話形式でアルティナちゃん貴族令嬢IFで女吸血鬼転生展開とか盛り込みすぎですねごめんなさい!
 アルティナちゃんから原作のあらすじからはずれないようにしつつ天使とか悪魔とかそっち要素を排除するとか無理じゃったよ…。
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