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クッション一個

2011/08/19

 寝台に小さなサイドテーブル。三つの引き出しがある箪笥。簡素な机に椅子二脚。花の盛りの女性が暮らしているにしてはワードロープさえない殺風景なはずの部屋を見て、けれどフーカはしみじみとものが増えたと思った。
 無論ここはフーカの部屋ではない。なんか暇だから、なんて締まらない理由で訪れた少女を苦笑とともに迎え入れてくれた、今は針を片手に裁縫中のアルティナが本来の部屋の主だ。白くて細くて柔らかな指先は器用に動き、木綿の白い布を規則的に往復する針は淀みなく、最初に相手が何かを縫っているらしいと知った彼女はミシンを使わないのかと訊ねたものの、針の動きにすぐさまそんなものは不要だと思い知らされた。
「お裁縫、得意?」
「得意、と言うほどではありませんわ。慣れてはいますけれど」
「似たようなもんだと思うけど、それ」
 家庭科の授業で雑巾一枚だかエプロン一着だかを縫うのにさえうんざりした記憶を持つフーカにとっては、両手を最小限しか動かさずかつテンポを崩さない天使の針捌きはミシン以上に高性能に見える。尤も、少女はミシンを最初に扱う際、速度と音と衝撃とに困惑してその効力を発揮させる前に糸を盛大に絡ませ、同じ班の連中から盛大なブーイングを喰らってしまったが。――まああれはもう過ぎ去った苦い思い出の一つ。慣れることはなかったが、慣れてしまえば多分どうと言うことはなかったのだろう。
 とにかく今はアルティナだ。フーカが訪れたとき、裁縫道具一式を机の上に広げていた彼女は、曰くクッションを作っている最中だったらしい。今更どうしてクッションなんか、と疑念が過ぎるも、けれどこの最低限のものしか部屋に置かない天使にとって必要に駆られたものなのだろう。そう思えば、奇妙な感慨が少女の胸にぼんやり浮かぶ。
「……クッションかあ」
「どうかなさって、フーカさん?」
 天使の手元を再確認した結果、枕代わりにできるほどの大きさではないらしい。目一杯広げた手のひらより一回りか二回りほどくらいでしかない布は長方形で、一見するだけでは用途はあまりわからない。けれど言葉通りクッションには違いなさそうだ。腰の下に挟んで姿勢の矯正器具代わりにするくらいしか思い浮かばないのだが、そんなものアルティナには必要なかろうと判断すると、フーカは推理を諦めて正直に問うた。
「そのクッション何に使うのかなって。ほら、アルティナちゃんてばほんとにいるものしか置かないし」
 問いかけられたアルティナは、何故だか少し居心地が悪そうに身じろいで、けれど隠す気はないらしく控えめながらに呟いた。
「もうそろそろ、仰向けで眠りたくなりまして……。これは羽が潰れないようにするための緩衝材代わりです」
「へー」
 成る程、と納得もするがそうなれば別に気になる問題も生まれる。もし自分の予想が当たっていればそれはそれで不自然だとの気持ちを隠しもしないままフーカは、僅かに声を潜めて首を傾げた。
「……それってつまり、これまでここに来てから一度も仰向けで寝てないってこと?」
「いえいえ、さすがにそれは」
 打てば響く返事に安心したフーカは、ならばどうしてと視線のみで続けて問う。少女の眼差しに天使は針の動きを止めぬまま、純白の翼を小さく羽ばたかせた。
「わたくしはこの通り背中に羽を持っていますから、眠る姿勢は基本的に横向きでしてね。たまに仰向けで寝ることもありますが、朝起きると痺れたり、体重をかけすぎて痛くなって起きたりが多くて……」
「そんなの嫌だから、もうそろそろ作っちゃおうって感じ?」
「ええ。うつ伏せで眠れるようならそれが一番いいんでしょうけど、どうやらわたくしは枕に突っ伏して眠る姿勢は苦手なようですわ。一度だってまともに眠れた試しがありませんの」
 眠る姿勢なんてさして気にしたことがないフーカにとっては新鮮な悩みだが、そんな事情があるなら必要に駆られてそんなものを作るのは仕方ない。それにしても胸に巨大な錘を付けておいてうつ伏せで眠れないなんて不幸な話だと、少女は生まれて初めて大きな乳房の持ち主を憐れんだ。胸はないと苦労するが、あっても苦労するとどこぞの誰かがぼやいていたのはどうにも間違いではなさそうだ。
「じゃ天界で暮らしてたときも、そう言うの作ってたの?」
「ええ。これで二度目です」
「そっかー、二度目かぁ……」
 感慨深く呟いたフーカの表情に何を感じ取ったのか。アルティナが針の動きを止めて、不思議そうに目を瞬く。水色の瞳は普段大人っぽいのに今は不思議と幼くて、少女は照れ臭さを覚えながらも正直に胸のうちを告白した。
「アルティナちゃん、ここに住んでるんだなって。アタシと同じにさ」
「……はい?」
「そんなの作るってことは、アルティナちゃん、もうここから離れる気はないんでしょ?」
 フーカは知っている。眼前の天使が『ブルカノ』と名乗ってこの部屋に寝泊りしていた時分、ここがえらく殺風景だったことを。今にして思えば恐らく目標金額を達成すれば、もしくは真の目的さえどうにか果たせればすぐさまいなくなるつもりだったのだろう。まだ箪笥どころか椅子や机さえもなくて、置かれていたのは備え付けの寝台とサイドテーブルくらい。一度ちらと覗いた程度だが、仮にも女の子の部屋なのに未使用の個人病棟の一室かと思うほどものがなくて驚いた記憶はまだ鮮やかに思い出される。
 それから世界を救い、アルティナとして親交を深めていく最中で、せっかくの訪問者に失礼だからとの理由や彼女の所要から机や椅子が増えた。箪笥は最新の家具だ。下着や寝間着どころか『ブルカノ』時代用に活用していたらしい変装グッズだの怪しい金属の棒――ピッキングとは何なのかをまだ彼女は理解できていない――だのほかにも色々入っている。小物で言えばベッドランプが最古参。一輪挿しがその次で、鏡がその後なのは女の子としてちょっとどうかと思う。けれど箪笥の上に彼女の私物らしいちょっと古めかしくも趣味の良い小物入れが現れたときフーカは結構感動した。隙を見て中身を覗けば誰から貰ったんだかわからない指輪が一つ転がっており、妹と彼女の部屋から退出したあと、それはそれは盛り上がったものだ。結局それはデコイと言うやつで、あの下は二重底になって更に鍵がかかっているらしいと知ったのは指輪について心当たりのある人物をせいぜいからかったあとだった。まあどこかの誰かに何かを貰ったことは確からしいがそれが何なのかいまだ彼女たちは知れていない。
 とにかく、最初から夢だと思い込み割り切って、いつかここからいなくなる寂しさなんてものさえ特に配慮せずあれこれと自室にものを増やしていったフーカからして見れば――同じ行動は取れないもののその思考は理解できた――アルティナの部屋に少しずつものが増えていく様子は、そのまま彼女がこの地獄に心身を許していく過程のように感じられた。
 今回増える家具のクッションが作られた理由は、眠る際の衝撃材が欲しいからなんて、これまでの家具に比べれば随分と重要性も軽い。それだけ地獄の生活に慣れ親しんで余裕が生まれてきたのだろう。
 けれど、この天使はフーカと違ってリアリストだ。良く言えばロマンチスト、悪く言えば自分に都合よく物事を受け入れるオプティミストな少女の感慨など、針の一縫いとともに吹き消してしまう。
「……フーカさんはプリニーさんですから、いつしか自分の死を認め、生前犯した罪を清算しなくてはなりません」
「アルティナちゃんまでそれ言う!?」
 今この流れでその話を持ってくるかと抗議するフーカにくすりと笑いながら、アルティナはもう一針縫いつける。
「わたくしも同じく、いつかこの地獄から離れ、天界に戻らなければならない日が来るでしょう。……そのとき、あの方との約束を果たせているかどうかはわかりませんけれど」
 あくまで穏やかな口調のまま、けれど本人としては最も想定したくないであろう未来をアルティナはあっさり口にする。多分あまり親しくないときなら、冷たい子だとかシビアな子だとか思っただろうに今のフーカは彼女の内面についてそれなりに知っているから、鼻から呼気を抜き出すのみで受け流す。慎重で生真面目で、それだけ臆病でもある天使はそんなことをあえて口にして、己にいつか来るかもしれないであろうその日を覚悟しておけと暗に言い聞かせているのだろう。不器用な子だと思う。四百年間他人のために頑張ったんだから、今はたっぷり自分の幸せだけを考えて生きればいいのにと思う。
「けれど、フーカさん。……そのいつかがいつになるかはわかりませんけれど、わたくしは、そのいつかが一日でも遠退けばいいと思っています」
「……うん」
 それについては両手を挙げて大賛成だから、フーカはあっさり、けれどしっかり頷いた。力強い彼女の反応に、天使はほろりと苦く笑って唇の前に人差し指を立てる。
「けれど、この話はほかの方には内密に。ヴァルバトーゼさんは特に、フーカさんについては一歩も譲らないつもりのようですし」
「ま、その辺はね。アタシもヴァルっちにアルティナちゃん帰る気あるみたーいとか焦らせてもヤブヘビ展開に転んじゃいそうだし」
 むしろそんな話題になった事情を一から話せば確実にお前はとっととプリニーとしての自覚を云々かんぬんとうるさく言われかねない。そう判断する程度にはプリニー教育係のしつこさを学んでいるフーカは軽く肩を竦めて天使の言葉を飲み込むと、彼女は針をうんと引っ張りながら軽く小首を傾げた。
「まあ、あの方を不用意に焦らせてフーカさんはどうするおつもりだったのかしら?」
「うーんと、アルティナちゃんがもう天界に帰れないようにプロポーズーとか! あと、きせーじじ……?」
 プロポーズ、の時点で微妙な顔をしていたアルティナが、続くフーカの言葉に何かしら感じ取ったのか一転奇妙に美しい笑みを浮かべる。彼女のビスクドール顔負けのなめらかな肌は、成る程陶器でできていてもおかしくないほど冷たく硬質な印象を滲ませて怖いくらいだがそれを指摘しようものなら多分に天使の裁きとやらを少女は味わう羽目になるのだろう。それは何としてでも避けねばなるまい。
「……なにもないですはい」
「そうですか、それは結構ですこと」
 のんびり相槌を打ったアルティナから怒りの波動が掻き消えて、安堵の吐息をついたフーカはどっと疲労を感じ今日はこれにて退散することにした。ついでにそれなりに付き合いは長いはずなのに、相変わらずこの天使ときたら冗談でもその手の話題が自分に降りかかってくるのはお嫌いらしいとの不満が頭の奥から湧いて出る。女子が集まったお喋りの中では彼氏持ちによるちょっと鼓動が高鳴る経験談は必要だろうに、どうしてそうも忌み嫌うのか。同性愛の話題なら結構乗りがいいくせにこればっかりはわからない。
「んじゃ、アタシもう帰るー」
「あら、大したお構いもできませんで」
「ううん、アタシもそのつもりないからいいよ」
 半ば逃げ腰でドアへと向かったフーカは、ふと思い立ったのでドアノブに手をかける前に振り返り、ひらりと手を振って最後に一言。
「んじゃねアルティナちゃん、そのクッション、修理しちゃうくらい使い込むのよ」
「…………そ、れは」
 何かおかしなことを言ったろうか。フーカとしてはこれからも仲良くここで暮らしていようねくらいの感覚で告げたのに、どうしたことかアルティナは赤面し、落ち着かなさそうに顔を伏せる。けれどすぐさまきょとんとした少女に気付いて、こくりと彼女は顎を引いた。
「あの、その、努力は、します……」
「……う、うん?」
 なんとも締まりがない返事だがとりあえずここで一旦引こうと、フーカは廊下に出る。ドアノブから手を離しても相変わらず、あんな反応をされる意味は想像できない。しかし所詮そこで感じた疑問など、その程度のものでしかなかったのだろう。彼女はその日の夜、妹に今日の出来事を話すときには天使の反応の不可解などものの見事に忘れていた。


 さてプリニーもどきの少女が妹に、それぞれの寝台で向かい合って今日の出来事を話す頃。天使の部屋ではまた彼女が別の誰かと向かい合っていた。奇しくも同じように、今日あった出来事を相手に話して。
「……で、お前は実際修理するほど使い込む気はあるのか」
「ありませんっ! 話の流れでそう返事をしただけです!」
 けれど姉妹が能天気なやり取りを交わすようにはここではならない。呆れ気味の赤い視線と羞恥にまみれた青い視線が絡み合い、かと思えば乱暴な勢いでもって逸らされる。勿論、逸らしたのは青い瞳を持つ女のほう。
「……天界では本当に仰向けで眠る用に使わないことはありませんでしたけれど。その、あなたが仰るような方法では一度だって使ったことはありませんし……」
 女が手にした物体を、男はひらりと奪って四方から眺める。彼もこれについて事前に説明を受けてはいたが、実物を見るのは初めてだった。とは言え、見ている限りではやはり単なるクッションだ。姉妹の姉のほうが事前に目にした通り、長方形で手のひら大の大きさの、綿がみっしり詰まっているがそれだって何の変哲もない。
「使ったら使ったで誰を相手にしたのかをこれからたっぷり問い質さねばならんな。……一応訊くが、天界では挿入なしのサフィズムが一般的とかそんな落ちは」
「ないです!」
 きっぱりと言い放つ女の勢いに飲まれたか。まあ彼女がそう言うのなら真実はどうあれ彼女自身は一度だってそんな経験がないのだろうと受け止めて、男はクッションを返す。返された女はいまだ頬に赤みを宿したまま、そっと瞼を伏せて大きな吐息をついた。
「どうした?」
「……いえ。まさか、これをそんなことに使うなんて思ってもいませんでしたから、何だか……誰にかはわたくしにもよくわかりませんが、色々と申し訳ない気がして」
「…………」
 明確な相手を持たない懺悔めいた言葉に、しかし男は神に仕えし神父でもないため目を軽く見開いてからふむと一声漏らして物凄く直球に。
「確かに、それが通常位で羽が押し潰されないための緩衝材だとは口が裂けても説明できんからな。そうやって誤魔化すしかあるまい」
 このクッションが作られた真の目的を口にしたものだから、それまで必死に言及を避けていた女は落ち着きかけた頬の紅潮を蘇らせるどころか今度は顔全体を真っ赤にして呻く。
「……あのですねぇっ!」
「うん、どうした?」
 けれどそんなふうに怒りと羞恥に震える女の額を、男は啄むように口付ける。意図的にやっているのならば、なかなか女の扱いが上手いことになるのだがこの調子では多分気付いていないのだろう。
 偶然だろうが故意だろうが結果的に怒りを鎮火させられた女は、最早どうでもよくなって、目を瞑り口付けられるまま相手にゆっくり身を任せる。静かに肩に手が周り、相手がしっかり支えてくれる。気持ち良かった。久し振りに、肌と肌とで触れ合う感覚は。
「……なんでもありませんわ。どうやらあなたとわたくしとで恥ずかしいと思う点は、違っているようですし」
「ふむ。……ならば、早速これの使い勝手を試してみるとするか」
 本人としてはさり気なく言ったつもりだろうが、それでも情熱的な秘事に移行したい気持ちが隠しきれない男の僅かに弾んだ声に、女は深く深くため息をついて。
「……もう」
 けれど一切の抵抗もなく組み敷かれた。無論、背中の羽の隙間に手製の新たな家具を差し込んで。





後書き
 正常位好き好きなふたりのためにアルティナちゃんがしゃーなしで小道具作るってエロいな…ゴクリ的な発想から。しかも関係を知らないフーカさんに見られながらとか更にいいよね…と言うとオッサン臭いですかねそうですね。
 ちなみにサフィズム=レズ。あとフーカさんの態度が示す通り、一行の地獄生活も随分経ってる感覚です。
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