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不死者の王

2011/08/12

 男一人を取り囲むのは目視でざっと三十。それぞれ洗練も洒落っ気もないが、殺傷力だけは折り紙つきであろう槍だの斧だの鎌に両手剣と物騒な獲物を手にしていた。それらを手にする悪魔どもは面白味のない面構えの、筋骨隆々としたでかぶつばかりで戦略に関してもこれこの通り人海戦術と芸はないが、男は笑みを薄らと唇の端に乗せた。
 金属質の穢れなき白刃が、更につれない女のように冷ややかな銀の月光を浴び大挙しているさまはなかなかに壮観だった。薄闇の中ちらちらと角度を変えるごとに細やかに白光が瞬いて、温かみを感じさせないながらも自己主張する様子は一瞬だけなら夜景と見紛うばかり。とは言え男はそれほど風流を好む性格ではない。街灯りだろうが城灯りだろうが火薬だろうが、光は光でしかない。
 男が笑ってしまったのはまた別の理由、正確には期待から。これら透明で物騒であってもいっそ清浄と言える白銀の輝きが暫くすれば鮮やかで生温くもどす黒い赤に染まって、生と死の調和を生み出すと考えるとついぞ口元が緩んでしまっただけのこと。それを風流だの優雅だのと指摘を受けてしまえば、まあ、否定はできない。
「ぁにを笑ってやがる!?」
「恐怖を通り越して、気が狂っちまったかぁ!?」
 しわがれ下卑た声が正面と斜めからそれぞれ一声ずつ。これだけの仲間を引き連れているのだ。本来ならば余裕たっぷりの伸びやかな声音であるはずなのにどうも小心を無理に奮い立たせている無理が感じ取れて、微かに興が殺がれた男は小さく肩を竦める。
「いいや。むしろこれからが愉しみで仕方なく、ついぞ笑ってしまったのだが……。無礼と言うなら謝ろう」
「はッ! 吠えやがるぜ、たかだかぽっと出の蝙蝠風情が!」
「全くだ。しかしこれも何かの縁。その蝙蝠狩りに牛三十頭を引き連れる輩に、いいことを教えてやろう」
 何をだと、周囲の悪魔の意識が彼の言葉に引きつけられる。それを見て取った男は、骸骨めいた青白い相貌に似合いの、底意地の悪い笑みを浮かべて断固として告げた。
「この俺の首を討ち取りたいのならば、今の四倍は持ってこい。でなければ、牙を満足に揮えもせん」
「手前……ッ!」
 これだけの数でもまだ足りないなど。露骨に過ぎる挑発を受けて、一団の頭は簡単に頭に血が上った。その手下どももまた同族だけに沸点は低く、彼の号令も待たないうちに影法師めいた男へ一番手前の連中が飛びかかる。しかしそれを賞賛さえすれ、止めろなどとは決して言わぬ。その、つもりだった。
「ふん」
 しかし男は一斉に襲いかかってきた悪魔どもの攻撃を軽く身を逸らすだけで二度往なすと、最後の一人の斧を腕で受け止める。黒い外套は一見すれば薄っぺらいのに魔力で強化されているのか、一団でも有数の力自慢の攻撃は、このままじりじりと均衡すると見えたが一瞬、男が細い腕を上げただけであっさり弾かれた。
「なっ、馬鹿な!?」
「斧か」
 あまり趣味ではないのだがな。そんな吐息混じりの呟きが、斧を吹き飛ばされ驚愕する悪魔の耳に滑り込む。その真意を図りかねず目を剥いた彼は、しかし以降それ以上のことは永遠に考えられなくなった。いつの間にか彼の頭上に跳んだ黒い男が、よりにもよって己の獲物を掴み、その分厚い刃を持ち主の脳天に叩き込んだせいで。――当然、最初の犠牲者たる悪魔はそんなことも永劫知りはしない。最期に感じたのは、痛みや苦しみなんぞをとうに超越した、何かが頭にめり込む感覚だけだろう。
「あ……がが」
 つむじから眉間を通り越し、鼻、口、顎までも。それはもう綺麗に、よく熟れた石榴に果物ナイフを突き入れたように縦から斧を埋め込まれた悪魔は、割れ目から一度ぷしっと蜜なる血を吹き出してぐらりと倒れる。血が勢いよく吹き出た影響か、血脈の流れの問題か。倒れた足がびくんびくんと痙攣を起こしていたものの、それも周囲に血の匂いが撒き散らされる頃には終わっていた。
 まさしく瞬く間に仲間一人を易々と屠られた一団は眼前の光景に暫し呆けていたが、口を開けている暇など眼前の獲物には絶好の反撃の機会だろうとすぐさま覚り身構える。しかし男は余裕たっぷり彼らを眺めているだけで、また襲ってくるのを待っているらしい。自分から攻撃すれば一方的だから、反撃のみの形式を取ることで挑戦者たちに温情を与えてやっているとでも言うつもりか。
「……畜生め、舐めやがって!」
 歯軋りとともに吐き捨てられた言葉は純粋な怒りに満ちており、相手への恐れなど一欠けらもない。そうともそのはずだと、眼前の男に関して聞き及んでいた噂を思い出した一行の頭が次に取った行動は、自分から襲いかかるのではなく腕を上げるだけで手下たちを鼓舞することだった。無意識に相手を遠ざけてしまったのは、しかし彼の致命的な間違いでもない。
「野郎ども! 容赦はいらねえ、徹底的にやっちまえ!」
 応える咆哮はどれも一様に頭の怒りの声に背を叩かれたか、野太く高らかに空気を振るわせる。彼の頭の隅に滲んだ朧な恐怖は、幸いにも感染していないようだ。
 そんな彼らのたっぷりの殺気篭った声を受け、立ち竦んでも良いはずの男はしかし、やはり悠然としたまま襲いかかってくる連中を冷酷な赤い瞳で眺めているばかり。否否。その表情をよくよく見ていれば薄らと笑んでいるのがわかっただろう。ようやく宴が始まったのだと言わんばかりに、牙を見せることもなく目元を三日月のように細めるでもなくけれど確実に愉しげな柔和さを湛えていた。
 だがいつまでもそんな余裕が続くはずがない。今度は四方から同時に攻撃を受け、次こそどこかしら男は傷を負う――はずだった。
 しかし現実はかくも残酷で冷酷だ。今度は男は外套を揺らしてさえいないのに、男の右肩を狙っていた槍使いが横殴りで吹き飛ばされた。そいつの丁度横にいた、両手に鈍器を構えたのが押される形式でまたあえなく吹き飛ばされる。どう言うことかと呆気に取られた鎌使いは、顔をぐしゃりと潰される。何に。斧に。血みどろの、さっき見たばかりの気がする無骨な凶器によって。
 たちまちのうちに一人になってしまった剣使いとその仲間たちが、ようやく三人を殺したはずの男の凶器をその目で捉えた。しかしそれさえも正直なところ、瞬時には信じられないものだ。さっき息絶えたばかりのはずの、一行の中で最初の犠牲者が頭が真っ二つに割れたまま、ぬうと立ち上がりこちらに武器を構える光景など。
「……お、お前、死霊使いか!?」
 恐怖と戸惑いを交じえた剣使いの問いに、男はあっさり首を左右に振る。
「大層な魔術など俺は知らん。ただ、この通り……」
 男は声を低めて剣使いの剣を赤子の手を捻るように奪い取ると、当人が気付く間もなくその腹を容赦なく刺し貫く。当然苦痛の呻き声を放った剣使いは、あっさりと剣を抜かれて大量の血を吹き出し痙攣めいた震えを起こしながら絶命する。否したのだろう。なのに。
 力なく倒れ伏したばかりの剣使いが、操り人形めいたぎこちなさで起き上がり、頭に赤黒い線を入れた斧使いと同じようにかつて仲間であった悪魔たちに向かって身構えた。どちらも生前当人たちがしていたような構えで、しかし何が起きたか生きていたときよりも冷酷で隙のない佇まいで。
 奇跡と言うにはあまりにも禍々しい光景に、残された二十数名に衝撃が走る。しかしこうなることを予測していた人物がただ一人いた。いや彼とてあらかじめあの黒い男がこんなことをするとは知らなかったのだ。噂を聞いただけ。そう、耳にしたときはそんな馬鹿なと笑い飛ばした、荒唐無稽に過ぎる話。
「俺の手に掛かり、その血を俺に浴びせたものは並べて我が眷属となる。ただ、それだけだ」
 男は笑う。背後に浮かぶ銀盆の月に似た、冴え冴えとした光を口の一部にまとって。光るものは男の唇の隙間から覗く、一対の犬歯。牙。人の皮を容赦なく穿ち、肉を抉り、その奥から溢れ出る血を啜り、吸い上げるには重要な――吸血鬼の、何よりの証。
 ようやく眼前の男が、吸血鬼の帝王と呼ばれるに相応しい力を持っているのだと、戦ごとに亡者の僕を引き連れるなどとの噂を聞き及んでいた頭も含めて一行が察したときにはもう遅い。彼らが恐怖を覚え武器を手放し降参するよりも先に、斧使いと剣使いがそれぞれ表情を変えることなく周囲のもとは仲間たちである悪魔に襲いかかった。たかが二人と侮るなかれ。その素早さも攻撃の的確さも何より強力も、どれもこれもが生前とは桁違いに優れている。おまけに二人を視線さえやらず操る黒い男が段違いに強いのは、犠牲となった二人の件で十分に証明されていた。
 つまり以降は、凡そ誰しもが簡単に想像できてしまえるものでしかなかった。ありきたりで面白みの欠片もなくて平凡で、男にとって最早見慣れた光景だ。恐怖の悲鳴を放ち、必死の形相で逃げ惑う悪魔ども。失禁さえしているのに自棄を起こして立ち向かおうとする悪魔ども。それを的確に屠っていく彼の一時の眷属たち。時折自分の隙を突こうとする連中に反撃し、殺してしまえば手駒が増えるし殺さなければ既に手持ちの駒が殺す。
 ああまったくもってつまらない。しかし愉快であればいいと言う話でもなし。何より男の名を聞きつけて挑んでくる愚か者どもに、真の悪魔が持つべき恐怖をその魂に刻んでやるのは強きものの負う義務だ。だから男はその義務を放棄することなく応じてやる。教えてやる。そして、今度は少しでも賢き来世を送れるようにしてやる。
 だがやはり。吸血鬼の魔力の源にして、悪魔が本来正すべき存在たる人間たちを相手にしたほうが、男としては心が躍った。その首に牙を剥き、熱き血潮の食事にありつけるからなどと表現してしまえば即物的だが、どうにも悪魔の血は吸う気になれないのだ。手応えのある悪魔と戦うとき以外、概ね時間も力も消費していくだけの出来事でしかない。こうして一時の眷属を作り上げるときでさえ、男は外套や肌に触れさえすればそれでよしとする。
 尤も、餌たる人間の血を吸い尽くしたところで連中を自分の一時の眷属にしたことはこれまでだって一度もない。したいと思ったこともない。だがそれでよかろうと男は思う。人間は糧、自分に立ち向かう弱き悪魔は駒であり教育対象、自分の前に立ち塞がる強き悪魔は自らの力を磨き上げる対象。それでよい。単純なことはそれだけで好ましい。
 そうして軽く物思いに耽っているうちに、悲鳴が一つも聞こえないと気付いた男は改めて周囲を見回した。成る程、もう生き残ったものは一人もいなくなったらしい。
「……よかろう。では、お前たち」
 ここで男はようやく、一時の眷属たる死した剣使いと斧使いに声をかける。それまで生きていた頃よりも俊敏であったはずの二人は、何故かのろりのろりと仮初めの主に近付いて、けれど忠誠心は深く、跪いて頭を垂れた。
「これにてお前たちの役目は終わった。褒美をやろう。よく、休め」
 慈悲深くもしっかりとした口調でそう命じると、二人はそれを合図に糸が切れたようにそのままぱったりと倒れる。今度こそ、彼らはその生を終えられた訳だ。それが幸せかどうかはともかくとして、生前よりも勤勉であったことは間違いない。
 男はそんな二人に微かな感慨の視線をくれてやると、すぐさま踵を返しこの場から立ち去る。向こうから喧嘩を売ってきて相手をした。それだけで山のように築かれた死体に当然彼は感傷など持ち得ていないが、たとえ僅かな間でも操った以上、それなりに慈悲をかけてやることを信念としているため。
 吸血鬼ヴァルバトーゼ。自らが作りたもうた敵の屍に力を与え、彼らを意のままに操る不死者――つまり既に死んだ輩――たちの王。誰が考えたものか、『暴君』とはよくぞ言ったもの。しかし近頃は暴れていない。暴れる相手が出てきてほしいものだと思いながら、男は今宵の一時を演出してくれた月にちらと笑んでやった。





後書き
 暴君の魔ビ『ノーライフキング』って小説として表現するならこうですよねきっと。つまり血を吸える対象たるアルティナちゃんが生き延びることを望んでいたのに、暴君本人が頑なに血を吸わずにいたのって、約束も勿論あるけどもし血を口にしたら眷属にしちゃうかもしんなくて、けどそんな生ける屍になったアルティナちゃんなんて、死にきったアルティナちゃんよりも嫌だからじゃねと思うとすごいビクンビクン来ます。
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