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女子会

2011/07/07

 割合と今更な話かもしれないが、風祭フーカは乙女である。そりゃあ子どもの頃は男の子に混じって外遊びだ喧嘩だと活発に遊び回り、両親に世界征服出来る妹が欲しいと無茶を言って困らせたりしたが、今は立派に乙女だと胸を張って宣言出来る。
 どの辺りがと問われれば、堂々と趣味趣向と答えよう。家事は得意ではないけれど、昨今の科学文明の進化により面倒で仕方ないが適当に済ませるられる。一人暮らしの独身男性だってできるくらいなんだから父子家庭で家事を一任されたフーカにできないはずがない。
 閑話休題。とにかく今のフーカは、自分の新たに生まれた乙女チックな趣味を満喫していた。具体的には同性との深夜のお喋り、一昔前の表現ではパジャマパーティーと言うやつをだ。
 学校がない上に毎日が似たような戦いの日々だと時間が過ぎる感覚は麻痺する。そんな調子であっても少なくとも一年以上はこの地獄の夢を見続けている――と言うことにしないと暑苦しいプリニー教育係にプリニー鉄の掟とやらを体の芯まで教え込まれる――フーカとて流石にここの生活にも慣れ、新しい刺激を求めに小さな冒険をしてみるのもおかしな話ではない。そして最近になって始めた新しいことが、夜中の気楽な雑談を目的とした仲間の部屋への訪問だった。
 仲間のもとに適当なお菓子を持って訪れ、夜更けまで他愛ない会話で盛り上がる。日中の脳天気なんだか殺伐としているんだかな食物のかけ声響く戦いの最中と比べて基本的にゆったりと過ごせるこのは、ここ最近のフーカにとって三度の食事よりも心が躍った。相手の数多くが耳が尖っており、更には鏃型の尻尾や獣の耳が生えていたりする、平たく言えば人外であることに始めは戸惑ったりしたが、最近では種族や価値観の違いを教え合うことさえ楽しい始末だ。
 当初は物騒だが愛らしい妹を連れてはいたけれど、あの子が聞かせるには多少刺激が強すぎる話も出てくるようになって以降は一人で誰かの部屋に訪れることも多い。可哀想かもしれないが、夜魔族の蜜が滴りそうなほど濃密な経験談を聞いている最中にたびたび質問して雰囲気を壊されるとその判断は間違っていないはずである。
 今晩の訪問先の相手もまたその手の話題は出るだろうと判断したため、フーカはいつものように手早く入浴を済ませてパーカーの寝間着に着替えると、クッキーとマカロンを手土産にとある扉へと直行した。
「アルティナちゃーん、来たよー」
「お待ちしてましたわ、フーカさん」
 笑顔で扉を開けてくれたのは、フーカと同じ元人間でありながら天使となったアルティナだ。以前は『業欲の天使』と呼ばれた賞金首だが、現在は党首との関係や窃盗の理由が明確になったため以前ほど彼女に対する周囲の風当たりは強くない。彼女もまた入浴を済ませたところらしく、桃色の髪の先がやや湿っていて、頬に赤みが指していた。
「はいお土産。苦手な味とかない?」
「ええ、なんでも美味しく頂けますわ。さ、どうぞこちらへ」
 アルティナは紙袋を手渡されると扉から身を引きなめらかな動きで客人を招き入れる。フーカはその流れに沿ってお邪魔するねと一言告げ、天使の部屋に足を踏み入れた。数歩彼女のテリトリーに入っただけなのに、鼻腔に仄かな柑橘類の香りが漂う。
 匂いのもとを探しに薄暗い部屋をぐるりと見返すも、花瓶に活けられた花は薔薇だし、果実らしいものはない。どう言うことかと疑問を抱いたところで、薄く開いた窓から葉ずれの音と共に思い当たる香りが風となって流れ込んだ。
 常に溶岩が流れる不毛のはずの地獄に、どんな奇跡かここに唯一そう設計された場所があるのか、植物が育つ環境があるらしい。窓に近付くと確かに瑞々しい酸味と苦みを併せ持つ香りが強くなり、それだけで地獄に吹く風が随分と爽やかな印象に変わる。
「うわっ、こう言う演出するんだ。ヴァルっちってば案外きざったらし~」
 早速フーカは口元を緩めながら、この部屋にいない人物を大いに冷やかす。恐らくにこの部屋をアルティナに宛がったであろう誰かはこの手の心配りをするように見えないのだが、どうにも彼女にだけは別の神経が働くらしい。
 しかしにやつくフーカの考えを否定するように、アルティナは用意したワゴンの上で紅茶を淹れながら微笑を浮かべる。
「あら、ここであの方の名前が出るのは思い違いですわ。この部屋を選んだのはわたくしですもの」
「えぇ~……」
 素っ気ない真相に口先を尖らせると、フーカはクッションが敷かれた椅子へ腰を下ろす。そうして改めて室内を眺めると、確かに件の人物が直接この部屋を選んだ訳ではなさそうだと彼女は考えを改めた。
 アルティナの部屋はまずフーカの部屋に比べて狭く、掃除は行き届いているし家具のセンスも悪くないが、どうにも質素な印象が拭えないのだ。備え付けの家具も彼女の私物も最低限と思われて、これならものがある分、自分の部屋の方が豪華なくらいだと内心判断し、彼女は首をもとの位置に戻す。
 フーカの眼前にいるのは当然アルティナだ。羽の位置に切り込みを入れたワイシャツを羽織っただけの寝間着の下は何も着けていないのか、三つボタンを開けたその隙間から胸の谷間が覗いて彼女が動く毎に細かく揺れる。襟の下からは程良く肉付いた太股がすらりと伸びて、その脚線美を惜しげもなく披露していた。
 これでも普段の方が高露出なのだから男性悪魔にとっては目の毒極まる話だ。いや、むしろ今のような肝心の部分が見えそうで見えない方がいやらしいのか。アンダーウェアまで見せているといっそ潔くてさほどいやらしくないのか。
「って、なんか見てるところがおっさんっぽいアタシ!」
「はい? どうかされました?」
 小首を傾げて湯気の立つカップを渡してくるアルティナに、フーカは何もないと手を小さく振ってからそれを受け取る。
「アルティナちゃんの部屋って思ったよりさっぱりしてるね。もっとこう、お姫様みたいな感じだと思ってた」
「あら、どうしてそう思われたんです? これでもわたくし、貧乏には慣れていますのよ」
 続いてアルティナは差し入れを皿に取り出しテーブルに乗せ、自分の分の紅茶とポットを同じくテーブルの上にまで持って来て、ようやくフーカの対となる椅子に座る。これでお茶会の始まりだ。
 一人ずつきちんと椅子に収まってテーブルの上でものを食べるのはフーカがよく行うパジャマパーティーではないけれど、これはこれで新鮮なので彼女は機嫌良く紅茶を口に含む。対するアルティナは聖句を呟き祈りを捧げる。律儀なものだ。
「だって、天使だし。イメージ的に天使の部屋って聞いたら、ふわふわきらきらしてそうじゃない。あと、ヴァルっちが気遣いそうだし」
「まあ。そんなあからさまに甘えてしまえば、狼男さんにどんな嫌がらせを受けるかわかったものではありませんわ」
 わざとらしく目を見開いてクッキーを手にするアルティナに、現在口に何も含んでいない自らの小さな幸運を喜びながらフーカはぷっと吹き出した。
「言えてる。盗聴とか罠とかしかけそう……! それも絶対、一つじゃないよね!」
「ええ。最低でもそれぞれ三つ四つは覚悟しておくべきでしょうね」
 アルティナはなんでもない顔で頷くと、半口かじったクッキーをソーサの縁に置いて紅茶を口に含む。フーカはこっくりとしたキャラメル色のマカロンを手に取って、同じく半分だけ口にする。
「けどアルティナちゃんもしたたかだし、そんなことになっても案外平気なんじゃない?」
「フーカさんたら……。さっきから吸血鬼さんとわたくしのお話ばかり」
「だって仕方ないって。うちの党の女子で二人に注目してない子いないよ~?」
 今までに数多くの女性党員の部屋を訪れているフーカは、軽く胸を張って断言する。熱意や興味の示し方は個人によって異なるが、基本的に女性は悪魔であろうと人であろうとゴシップを好むものらしい。党首と生前から縁ある元人間の天使となれば、党内での注目度も俄然上がるもの。
 そんなフーカの説明に皆さんお暇ですのね、とややも呆れた目つきでアルティナは呟くが、その話題を嫌っている訳ではなさそうだ。かと言って聞かせたがっているようにも見えず、そも様子の変化がないため、少女は相手の反応の薄さに違和感を覚えた。だが直ちに残りのマカロンを口に軽く押し入れて、口の中いっぱいに広がる濃厚な味わいでふと頭に過ぎった考えを塗り潰す。
「……けどそんなもんだよ。やっぱり党首『閣下』のこととなると、気にならないほうがおかしいってば」
「そう、ですか……?」
 アルティナの反応からすると、天使はあまりゴシップを好まないのか。その辺りは彼女の上司にもたっぷり事情を教えてもらう必要性がありそうだとフーカは頭の中でメモを取ると、カップを手に取り中身を口に流し込む。仄かな甘味とオレンジの香りが彼女の咥内を清めてくれた。
「そんでさ、……聞きたいんだけど、アルティナちゃんとヴァルっちって、毎日会ってるの?」
「いいえ。戦闘でご一緒する際以外は、あまり」
「え、なんで!?」
 身を乗り出して仰天するフーカに、アルティナはやはり大きな反応も見せず肩を竦める。
「フーカさんだって、今のあの方が昼夜を問わずお忙しいのは知っているでしょう? わたくしも政党に属する一員として用件があるならお会いしますけれど、用もないのに顔を見せたところで邪魔にしかなりません」
「……お、大人だ」
 そうとしか言いようのない冷静な返答を受け息を呑むフーカに、アルティナは浮かれた相手に冷や水をかけて満足したのか茶目っ気のある笑みを口元に浮かべると一言続ける。
「ですから二人でお話できるのは、吸血鬼さんが暇を見つけてわたくしのお部屋を訪ねてくれたときくらい、になりますわね」
「ん……?」
 唐突に付け加えられたアルティナの発言を三回ほど頭の中で繰り返すと、フーカはその言葉が何を意味するのかようやく理解した。クッションに触れかけた臀部をまた浮かし、らんらんと目を輝かせ掴みかからんばかりの勢いで天使に詰め寄る。
「それって部屋デートってやつ……!? なになに、どんなことするの、どんな話する!?」
「会話内容……、ですか?」
 鼻息も荒く訊ねられたアルティナは、しかしこちらはペースを崩すことなく片頬に手を添えて思い出す姿勢を取る。落ち着きのないフーカの催促を受けても尚、彼女は調子を崩すことなく間延びした声を漏らした。
「普通、ですわね。お互いの最近あった出来事や他愛ない昔話と、イワシの豆知識はよくお聞きします。それから、わたくしたちの約束について、くらいかしら」
「約束って、あの、ヴァルっちがアルティナちゃんを怖がらせるまで誰の血も吸わないってやつ?」
「ええ」
 なんでもないようにアルティナは頷くが、部外者たるフーカは我知らずため息を漏らしてしまう。人間の感覚で四百年前の約束を、今もまだ当事者同士で振り返ることがあるのかと思うとそうなってしまうのは自然なはずだ。と言っても、二人が再会したのはついこの間のことだが。
「……二人とも真面目だよねー。アタシまだ十五だからわかんないけど、四百年ぶりに会って相手が自分のこと覚えてたりしたらさ、約束とかもうどうでもよくなんない?」
「相手は、悪魔の方ですからね。わたくしも元は人間でしたからフーカさんの仰ることもよくわかりますけれど、彼らは基本的に自由なんです」
 唐突に悪魔は自由、などと言われても理由がわからないフーカは首を傾げる。アルティナはピスタチオのマカロンを手に取ると、不思議なものを見る目でそれを真ん中から二つに割った。どうやら初めて見るらしい。
「悪魔は原則として人間を恐怖によって戒めると言う役割を持ってはいますが、人間をどれだけ恐れさせるかは本人次第。ノルマもないしお給料も出ないしそもそもお金は生きていくのにさして必要ない、悪魔は生を受けた瞬間から自己満足が追求できる種族なのです」
「うんうん、それが?」
 悪魔と聞いた際のイメージも概ねその通りなので、フーカは約束の話とどう繋がるのかをあまり想像もせず話の先を促す。アルティナはマカロンの欠片をこぼしながら半分に割ったもう半分を口に運ぶと、慌てるように残りをソーサに置いた。
「ですから約束や契約も、……人間界での約束や契約とあまり変わりない、ほとんど個人の受け取り方次第のもので」
「そんなこと、エミーゼルも言ってたよね」
 アルティナはこぼれ落ちたマカロンの欠片を丁寧に拾いながら、やや俯きがちに笑みを浮かべる。目元は隠れて見えないから、どんな顔で笑っているのかフーカにはよくわからない。
「まあそんな感じですから、ヴァルバトーゼさんは本来なら、約束をいつ破っても良かったんです。たかだか人間との約束なんて、相手が死んでしまえば何の意味もない。忘れてしまっても、誰も咎めないし魔術的な契約でもなければ魔力を失うこともない。そう言うものですから」
「けど、ヴァルっちは約束を守った、って言うか守り続けてんでしょ? そんだけ大事だと思ったから、自己満足でさ」
 人間であるアルティナと交わした約束を絶対のものに仕立て上げたのは、件の吸血鬼の意志によるものだ。そうする理由はフーカの目からは単純明快、彼は彼女に一目惚れしたから。当事者たちはいまだに否定しているけれど紛れもない事実だとクッキーを頬張る少女は思う。
「……ええ。約束を交わしたわたくしにとっても、驚くほど頑固に」
 呟いたアルティナの口元に、吐息が漏れる。それからなんだか辛そうにもむず痒そうにも見える、泣き笑いになりかけたような曖昧な表情を浮かべ、フーカはそんな表情を浮かべる彼女に疑問を抱く。わからないと言えば――、頭の隅にまた別のささやかな疑問が浮かび上がる。
「そういやアルティナちゃんにとって、また会うまでのヴァルっちとか約束とかって、……ええと、どう、思ってた、かな? うーんと、覚えてた?」
 それらしい言葉が思い浮かばないフーカの悪戦苦闘に、アルティナは欠片と化したマカロンを食してからやんわりと笑みを浮かべる。
「わたくしの四百年におけるヴァルバトーゼさんの重要性とか、ポジションとか、そんなことをお訊ねしたいのかしら?」
「そうそう、それそれ!」
 政党の党首たる吸血鬼にとってアルティナは高潔な、四百年の歳月をかけても約束を守るに値する魂の持ち主。しかもそれまで誰の血も吸わないなんて、吸血鬼には致命的な約束を交わしても強固に守り続けるほどの。
 フーカはこの情熱ぶりに身悶えしたくなる。下手な愛情表現なんかより相手への強い想いを感じさせて、冷静であろうとすればするほど第三者のこちらは口元が緩んで仕方ない。悪魔や天使にとって四百年の歳月はやはり長かろうに、それでもその約束を貫き通すなんて、化生だからこそ可能となったロマンチックな話だ。
 そうやって内心浮かれるフーカの耳に、しかし飛び込んできたのは予想に反した返答だった。
「わたくしにとってあの方や、あの方との約束は、人間の頃の思い出の一つ、に過ぎませんでしたわ」
「……ぇええぇえ!?」
 恐ろしいくらい冷静な発言を受けて、フーカは対面する人物を相手に目を剥く。アルティナは、平気な顔で紅茶を飲んでいた。
「そ、そんなもんなの!? あんなにヴァルっちは約束を守ってたのに、アルティナちゃんは……」
 もしかしてアルティナにとってこの四百年で吸血鬼を思い出す回数は、彼が彼女との約束を思い出すより遥かに少なかったのか。四百年前の初恋を互いに忘れていないからこそ結ばれた重みがあるものなのに、再会してから片方が過去を振り返る展開なんて、待たされる側が不憫だ。途端に物語めいた雰囲気が取り払われてしまい、しょげるフーカへ彼女は穏やかな声をかける。
「よく考えてみて下さいな、フーカさん。あの方と交わした約束はわたくしから見れば『自分があのひとを怖いと思ったら、自分の血を与える』です。わたくしが約束で持つ不利益は、約束が果たされた後に生まれるもの」
 そして約束を果たすまでの不利益は、吸血鬼側が負う。現時点でも約束は果たされていないため、いまも彼は不利益を被っている訳だ。当然両者が感じる約束の重みは全く異なる。
「……まあ、なんとなくわかったけど。でもそれって……」
 ドライな物言いに、件の吸血鬼に対しフーカでさえも憐れみが自然と湧いてしまう。今でこそイワシと気合いと根性で魔界の政拳交代までしてしまったが、血を吸わない吸血鬼なんて、人間でさえ違和感を感じるくらいなのだから悪魔にとっては何故存在しているのかわからないレベルだろうに。そんな彼を慮ることはなかったのかと、少女は彼への同情心半分、天使と悪魔の組み合わせに盛り上がる出歯亀心の半分で食い下がる。
「アルティナちゃんは……、こうなるまでの間にヴァルっちに会いたいとか、なかった?」
「……さあ、どうでしょう」
 肩を軽く竦めてアルティナははぐらかそうとするけれど、その目に宿る輝きはフーカが嫌な連想として思い浮かぶ誤魔化しは感じない。後ろめたそうではあるが、それは彼女のどうにも隠しきれない気持ちを代弁しているようだ。
「あった?」
「正直に言うと、……そうですわね。けれどわたくしは断罪者ネモの企みを阻止せねば、彼を救わねばならなかった」
 そのために天使アルティナの多くが費やされたことを、フーカは知っている。結果的にこの四百年は無駄ではなかったけれど、彼女一人きりの奮闘が計画阻止にどれほど繋がったのかは定かではない。恐らくにその無力さなり手応えなりは、彼女のほうがより明確な感覚を得ているだろう。けれど、とカップに残った紅茶を飲み干し少女は思う。
「それまでの間にさ、ヴァルっちを探して協力してもらおうとか、思わなかったの?」
「あら、フーカさんたら随分と酷なことをおっしゃいますのね」
 残酷なんて指摘を受けると思っていなかったフーカは目を瞬き、アルティナは毅然と彼女を正面から見据える。ほんの少し、咎めているような視線で。
「それは、利用することになりますのよ。わたくしが撒いた厄災の種を、吸血鬼さんの手で刈り取らせるなんて図々しいにも程があります。狼男さんだってそう言うでしょうし、あの方が内心そう考えても不思議ではありません。わたくしたちの繋がりは、ただ一つの約束でしかないのに」
 何より再会するまでの四百年間、吸血鬼が愚直にも自分との約束を守っていたことをアルティナは知らなかった。吸血鬼との出会いや約束そのものを人間時代の思い出の一つとして切り替えた自分と同じく、また彼も過去の無念として切り替えているだろうと想定していた彼女にとって、真実を知った際の衝撃はどれほどのものだったろう。
「アルティナちゃんの言うことも、わかるんだけどさあ……」
 それでもフーカの胸のもやは晴れない。吸血鬼がアルティナとの約束を守り続けていただけに、その彼女が彼よりも断罪者ネモ、平たく言えば他の男を懸念していたと言うのがどうにも――野次馬根性丸出しで表現すれば――、面白くない、ロマンチックじゃないのだ。口中に広がる苺ジャムのクッキーが甘酸っぱいだけに、会話内容にもそれ相応のものを求めてしまう。
「じゃあさ、もしアルティナちゃんが魔界に来なくて一人で……ネモ、だっけ。あいつのことをどうにかできてたら、ヴァルっちのこと探そうと思った?」
「仮定のお話は不毛ですわよ、フーカさん」
 ぴしゃりと言い切られ、フーカは口先を尖らせる。以前から知ってはいたが、アルティナは現実主義者だ。吸血鬼は没した人間との約束を忘れられない浪漫主義者だからふたりの相性は凹凸として悪くないのかもしれないが、女子のお茶会にはあまり良い効果を生み出さない。故に少女はむきになって叫ぶ。
「そうかもしれないけど聞きたいの! アルティナちゃんだってヴァルっちのこと好きなんでしょ!?」
 フーカの問いかけに明確な返答はなかった。暫くの沈黙が広がったのちに、けほ、とどこからともなく咳が聞こえてくるだけだ。
 どこからとは、フーカの目には明確そのもの。向い合うアルティナが急に屈み込み、紅茶が気管に入ったのか咳き込んで、彼女の羽がもがくように揺れる。それまで一度も動揺を示さなかった彼女のこの態度に、少女はようやく気付いた。
 アルティナが吸血鬼を頑固だと言ったときに浮かべたむず痒そうな表情は切なさと表現できて。会いたくないのかと尋ねられ、返答を濁した理由は後ろめたさと考えられて。利用するなんて残酷だと告げたときの心情は、対等であろうとする意志と迷惑をかけまいとする思いやりがあって。それらは彼への、たった一つの感情に繋がっている。即ち。
「……て言うか、大好き?」
 アルティナの肩が一瞬止まった。と思った途端に再び激しく咳き込み、彼女が掴むテーブルまでもが地震でも起きたように細かく揺れる。洒落にならない様子に流石にフーカは慌てて立ち上がり、羽の隙間へ手を当て撫でさする。
「ご、ごめんね! そこまで反応されるとか、アタシ思ってなくて……!」
 その発言こそがアルティナの動揺をますますもって激しくさせていることに、気付いているのかいないのか。フーカは緩んでしまう口元をどうにかしようと開いた片手で顔の下半分を覆い隠しながら、華奢な背中が熱を持ちそうなほどさすり続ける。
 結局アルティナの咳が完全に納まったのはそれから一分以上も後で、ようやく顔を上げた彼女はナフキンで口の周りを拭いながら、赤い顔ではあと大きく息を吐いた。
「……四百年振りに、こんな痛みを味わうなんて、思ってもみませんでした」
「いや~、ほんと、ごめんね……?」
 下手なことは言うまいと心に決めておきながら、フーカの表情筋はアルティナが咽る前よりも緩んでいた。単純に彼女の気持ちが確認できて嬉しいからだが、天使にとってはさぞかしいやらしい笑みに見えたことだろう。鼻をかみながら彼女は少女を軽く睨む。
「謝罪に気持ちが篭っていませんわね、フーカさん。慰謝料でも請求しましょうかしら?」
「えぇぇえー! お、お菓子持ってきたんだからそれで勘弁してよ!」
「あら、それならわたくしはお茶を用意しましたもの。フーカさんが持ってきて下さったお菓子に見合うように、そこそこお高いものを選びましたのよ?」
 そう返されると紅茶を清涼剤替わりでしか飲んでいないさっきまでの自分にもっと味わえと言いたくなるが、今そんなことを思っても無駄だ。『業欲の天使』の手腕を堪能したくないフーカは、全面降伏することで眼前の危機を回避しようと試みる。
「ごめんなさい、アルティナちゃん。今度から絶対にあんなこと言わないから、だから、許して……!」
 祈りを捧げるポーズでフーカが頼み込むと、アルティナはため息を漏らして肩を落とす。
「……そこまでせずとも構いません。そんなに怖がられますと、天使として逆に傷付きますわ」
 許されたフーカは怒られない程度に万歳をすると、あっさり思考を切り替えて自分の持ってきた菓子の皿に手を伸ばす。密かに狙っていたココアのマカロンを無事確保すると、更に機嫌は上昇した。
「ああっ、やっぱり天使は心が広いわあ……! じゃあお金は差し出せないけど、アルティナちゃんが困ったことがあったらいつでもアタシを頼って! できることならなんでもやるから!」
 明るく借りを作ったフーカの脳天気な笑みに、さしもの天使も呆れたらしい。自分の眉間に指を軽く添え、アルティナはぽつりと呟いた。
「今から馬車馬のように働かせたくなりましたけれど……まあ、いいですわ。持つべきものは人の縁、ですものね」
「そうそう! お金で買えない価値があるって、きっとこう言うことよ!」
 その買えない価値の象徴たる平和と贖罪のために金銭に固執し、魔界で大泥棒として活躍していたアルティナにはかなり皮肉めいたフレーズなのだが、そこは中学三年生の神経の図太さよ。彼女の笑みに薄い陰が被さっているのも気付かず、フーカはココアのマカロンから溢れる程良い苦味と間に挟まるこっくりとしたチョコレートソースの調和を堪能する。いつの間にかカップにはお代わりの紅茶が満たされていたし、全く以て何も言うことはないほどの満足感を覚える。
 けれど人とは満たされ過ぎてしまうと、不安や悲しみも不意にぶり返してしまうものだ。負けん気の強いフーカにはあまり縁のない心のバランス感覚だが、このときは自覚があるほど珍しく、するりとテンションが下がっていった。
「けど、よかったぁ」
「何がです?」
「アルティナちゃんがヴァルっちのこと、四百年なんとも思ってないとかじゃなくて」
 フーカのさして知識が詰まっているわけではない頭から、とある言葉が海底で生まれた泡みたいに浮かび上がってくる。昔――とは言っても四百年に及びもつかぬ二年前だが――ならよく思い出し、彼女を悲しい気分に浸らせたりした一言だ。
「好きの反対は無関心、って言うじゃん。その言葉を思い出すたびにね、アタシはその通りだなーって思うしかなくてさ。アルティナちゃんがさっき思い出って言ったとき、じゃあ興味なくしたのかなって……」
「そんなことは、……ありません」
 アルティナも、フーカの声音に合わせるかのごとく静かな調子で否定する。自分のカップにも紅茶のお代わりを注ぎながら、けれどその中身を見ているのかいないのか曖昧な視線で。
「ただわたくしは、天使として召し上げられてしまいましたから。視界に入る命を救うため奮闘してきた功績として、天界の方々から評価を得たことは嬉しく思います」
 けれど、とアルティナは言葉を切る。
「けれどね、フーカさん。それはつまり、たった三日しか会っていない吸血鬼さんと交わした約束は、天界の方々にとっては意味がないのです」
「天使たちに無視されてるからって、別にアルティナちゃんがヴァルっちのことどう思っていようと勝手でしょ?」
「いいえ、そうはいきません」
 清浄な空色の瞳に籠る光は力強く、アルティナの性格を言葉よりも一層明確に示す。つまりは生真面目、頑固、融通が効かない。そんな意味合いのことを。
「わたくしが生前の記憶を引き継ぎ『アルティナ』として天使となれたのはフロン様や天界の方々のお慈悲あってこそ。御方々からの御恩に報いるためでしたら、何よりも我が身に帯びた使命と、わたくしが背負うべき責任を最優先すべきです」
「……何よりもって、それ……」
 淀みなく告げるアルティナの言葉の裏には、それこそあらゆる感情が潜んでいるのだろう。折角新たな肉体を得たにも関わらず、彼女は生前他者のために切り捨てたはずの欲を今度もまた自ら捨てたのか。責任なぞ自主的に感じたことのないフーカにとっては考えられない感覚だけれど、だからこそ彼女は天使となったのかもしれない。
「ですからわたくしは、断罪者ネモを止める道を選びました。その結果が今なのですから、後悔はありませんわ」
 彫刻みたいに綺麗な笑顔を浮かべるアルティナだが、フーカは釈然としない。そりゃあ世界の破滅を防ぎネモに贖罪の意識と希望を植え付け、更には思い出として自分の中で完結させていた恋を実らせたのは誰だって花丸を付けるほどの僥倖だろうが、だからと言ってそれでは――。
「……あの方の気持ちを考えたら、そんなこと、ご本人の前で言えませんけれど、ね……」
 そうなる訳だ。
 だが先にもアルティナが指摘した通り、天使となってから吸血鬼に会いに行くのはネモのことが頭にある以上、彼らを利用する展開になりかねない。それは最も彼女が厭う手法だろうが、その手を取らねばかの吸血鬼の心の傷と喉の渇きは癒されぬまま四百年を過ごすことになる。結果的に情であれ大儀であれどちらを選んでも、彼女の心は苛まれていたのだろう。
 後悔はないと告げた際の笑みが作りものだとわかるほどぎこちなく、震える目元や口元に刻まれた笑みをじわと薄らげていくアルティナの姿は、フーカの目に痛ましく映る。温い紅茶は仄かに甘くて美味しいけれど、それでもどうにもできないほどに彼女の胸は苦かった。恐らくそれ以上に、天使の胸は苦痛と後悔にまみれているはずだ。
 しかしフーカは眼前の雁字がらめを憐れむだけの趣味などない。夢にせよ現実にせよ、できれば最短ルートでハッピーエンド、誰も傷付かない大団円を目指したいのが世の常人の常だと思うから、彼女は不幸を感じる許容範囲が振り切ったと自覚した瞬間に甲高い呻き声を漏らし、両腕を天井に向かって突き上げた。
「んも―――! めんどくさい!!」
 急な行動に唖然とフーカを見るアルティナの鼻先へ、怖いもの知らずの少女は勢いのまま立ち上がると人差し指を突き出す。
「そんじゃあほんとに心の底から後悔しないためにとっととヴァルっちとくっつけばいいじゃん! 四百年も待たせちゃったし、ネロのことは解決したんだからそんくらい他の天使だって許すわよ!」
「いえ、それは……」
「てゆーかアタシが許す! 大体ね、アルティナちゃんもアタシの夢の中のキャラなんだからそんな頑固になんなくったっていいの! アタシ天使を苛めてスカッとするような性格じゃないし、逆にアルティナちゃんが悲しそうなの嫌だもん!! だからとっとと幸せんなって!! そんでアタシに感謝して!!」
 散々好き勝手に喚き散らしたフーカの険しい顔を見て、呆けたように口を開けていたアルティナが何故だかぷっと吹き出した。どこへぶつけるべきかわからない怒りで体中が熱い少女にとっては突っかかりたくなる反応だったが、くすくす笑って立ち上がった天使の次の行動で、それは見事に封じられる。
「わたくしのために怒って下さって、ありがとうございます、フーカさん」
 近付いて両脇から腕を回され、そのまま強く抱き締められる。アルティナのほうが僅かに身長が高いためかフーカの胸の位置より少し上に柔らかな脂肪の塊が圧しかかり、彼女の意識がそちらに向きかけるがそれよりも。日常的にスキンシップさえしない国で生まれた少女にとって、この感謝の示し方そのものに戸惑いを通り越して硬直してしまった。
「……え、ちょっ、ちょっと!」
「そのお気持ちだけで、わたくしはとても嬉しいし、幸せですわ。それと、彼は断罪者ネモです、ネロ、なんて純朴そうな名前ではありません」
 抱き付かれたため顔は見れないけれど笑みを含んだ声は晴れ晴れしく、アルティナの言葉が本心から発せられているとわかるのが逆にフーカの腹の底を熱くする。気持ちだけで十分なんて言われてますます腹立たしくなることに、天使は気付いていないようだ。
 けれど抱き締めるアルティナを、フーカは振り払わなかった。肌が触れているせいだろうか、彼女への怒りは強いけれどそれ以上に親愛の情がじわりと胸から溢れそうになって。
「アタシ……、諦めないからね」
 ようやく抱かれることの心地良さを受け入れながら、けれどやはり腹立たしくて仕方ないフーカは瞼を伏せて宣言する。
 お節介なのは十分承知。だがそれでも、程よく自分を誤魔化せない、幸せになろうともしないこの天使を無理やりにでも幸せにする。それから天界に行って、天使に恩を売ってやったのだからプリニーではなく天使にさせろと交渉しようではないか。
 フーカは決めた。でなければ腹の虫が納まらないなんて、物騒な理由で彼女は心の奥底から、自分に向かって『約束』した。





後書き
 何気に一番最初に書いたディスガイア4二次SS。今の解釈と多少違う部分もありますがまあその辺りは寛容に目を瞑っていただけるとありがたいかと。
 しかしヴァルアル前提アルフーもどきとか本当自分に素直だな!
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