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あるなつの

2013/12/14

 お久しぶりです。11月半ば以降店舗特典とか戦挙とかの不自然なまでの特定キャラ推しっぷりにウヘアー('A`)てなって今やテンションだだ下がりですが皆さん元気でいらっしゃいますでしょうか私は風邪引きました。
 あの子らの不自然な推されっぷりに暴君過去ティナの間にドン退きな形式で割り込んでくるんじゃなかろうな…と思えば暴君過去ティナ話は思いついても書けない有り様ですので現パロ昔話です。
 いやもうだいぶ前に途中まで書いてたんですがどうも最後の展開だけが不自然で気に食わなくて長いこと放置してたのを最近になってああならまだマシじゃね? ってなってリメイク。続くかどうかは自分でもわからん。



 お勉強熱心なのはよろしいけれど、折角のお休みなのだからあなたも羽を伸ばしなさいな。そうそう、あすこの別荘はどうかしら。田舎だからこちらより暑くもないし、闇夜も深くていいのよ。少し距離があるけれど大学があってね、図書館が……ええ、そうです。知人が勤めているから、なんならお手伝いをする名目で伺ってもよいのではないかしら。え、名目なんて失礼? まあまあそうだったわね、あなたはそう言うひとだものね。ええ、それでは早速こちらで話をつけておきますから。ええ、それではあの子と一緒に行ってらっしゃいな。良い経験になるといいわね。
 そんな会話から避暑地にある古くからの別荘に送り出されたのはまだいいとして、正直なところ大学に手伝いに行く話は失敗だった――と内心しみじみぼやきながら、顎に伝う汗を腕で拭う。ハンカチは多分尻のポケットに入っているはずだが、取り出すのももう億劫だった。汗が不快に流れる度小まめにそんなことを繰り返していたら、もうそれだけで眩暈を起こしかねない。
 長い歴史を持つ悪魔の家系の、更には稀少で悪魔の中でも一二を争うほど誇り高く伝統ある吸血鬼族は、それなりに権威を持つであろう悪魔にでさえ扱いに難しい存在らしい。初日、少年を出迎えた耳の尖った中年の男は、糞まずいハーブティーを差し出しながら卑屈に笑って。
「いやあ、わざわざお越しいただいて言うのもアレですが……坊ちゃんのお手を煩わせるようなことは特にありませんのでなあ。まあうちにある資料を読みたいと仰るのでしたらどうぞお好きになさってくださいませ。あ、なんでしたらパソコンも使えるようにいたしますんで」
 大切なものが保管されているはずだろう書庫の鍵を束ごと寄越し、自らはさっさと研究室から逃げていった。
 それなりに努力した結果として教授を得たのだろうに年端もいかない子ども相手にへり下るとは何事か、そもそもがそんな努力の果てにようやく得られた研究室からさっさと退散するなど、己の立場と肩書きに誇りはないのかと静かに憤った彼ではあるが、機会は機会だ。ありがたく鍵を頂戴し、大学の規模もあって素晴らしいものが読めるだろうにと期待して書庫に入って適当なレポートを選んで一ページ目を開いたがその期待はあえなく裏切られた。
 平たく言えば完全に彼の範疇外だったのだ。化粧品の研究書など、読んだところで何になる。
 確かにヒトの肌を扱う分野だから薬学医学に近く、原子レベルの科学の知識を必要としていて、しかも今も発展を続けている広く深い専門分野なのだろうが生憎と少年は男である以上、アンチ・エイジングにも毛穴を引き締める成分にも内側からハリとツヤを生み出す成分にもとんと興味がない。
 それでもどうにか六時間かけて一冊読み終えた彼はかなり焦燥し、もうそろそろお帰りになられてはどうですかと戻ってきた教授に対してろくな言葉も投げかけられず頷いて、そのまま無言で帰路についた。そうしてげんなりと、これからここにいる間は毎日あそこに通わなければならないのかと深く息を吐き出したものだ。
 別荘に帰って過ごす初めての夜、街の様子や悪魔と人間の比率、活動区域や居住区域などを調べてきたらしいしもべに向かって、お前が羨ましいとつい本音を吐いた。
 こちらの話も一通り聞いていたため心中お察し致しますとばかりに畏まったしもべはしかして、ですが奥様からのご用命は守らなければなりませんと止めを刺してきたのでその通りだとしか言い返せず。親の言葉はどんなものでも受け入れてきた少年にして久しくなかった気の重さに、またしても重いため息が漏れた。
 そうして二日目も当然研究室に通い、やはり今後全く彼の人生に関わらないであろう化学式と原子式と意味のわからない言い回しとで頭をぱんぱんにさせて――このときほど夏休みの宿題の多くを始めの週に終わらせてしまったことを悔いた日はない――、帰路につき。ああ授業に出ているのにどうしても点数が取れない連中とはこんな気分なのか、と感慨深く落ちこぼれの同級生たちの心情を学んだのが今のところ最も価値ある経験とは到着時には思いもしなかった。
 まあそんな精神状態が三日も続けば活力も食欲もなくなる。避暑地とは言え季節がら日が高く昇る時間も早く、それだけ直射日光を浴びてろくに血も食事も摂らないまま鈍い足取りで件の大学を目指せば体調不良も自然当然。
 もとより悪魔は夜闇と月光のもとで生きる種族だ。日中でも難なく活動できるものの、人間のサイクルに合わせて生きている部分が強い現代の悪魔は、いかに桁違いの身体能力を持ち合わせている輩であってもこと夏場に限ってはそうとも言えない。
 陽光対策に専用の鍛錬をしたり、生まれつき日光に強い耐性を持つ種族ならさして問題ないらしいが、未成年の本分は学業にありとの言葉を生真面目に受け入れ、長期間の勉学に耐えられる集中力のため、もしくは怪我や病気を防ぐための体作りに徹底している彼は当然耐性などないに等しい。それでも血を口にしているため実年齢以上の心身の発育と体力を持つので今までそんな経験などなかったのだが、今朝に限っては食欲不振に血も一口二口しか口にしていないゆえ、この道程はなかなかに厳しかった。
 大学及び研究室からは依然として遠い。避暑地とは言え木陰のない、アスファルトで舗装された道路ばかりを這うように歩く少年は、本人の自覚如何を無視して確実に着実に体力を奪われていた。
 初日の時点で少し辛かったはずなのに、頭の硬いこの少年は自転車も送迎車も使わず初日と同じく黙々と、帽子も被らず歩くばかりで、この日でなくともいずれこうなっていた可能性は高い。
 次第に意識が薄れゆく感覚と奇妙な、冷たいと言っても過言ではない涼しさ、浅い痺れに思考がまとまらないだるさに喘ぎながらも、彼はやはり頑固に横断歩道以外立ち止まろうともしなかった。時間が惜しいのだ。昨日一昨日この辺りに来るまで五分ほど時間をオーバーしている感がある。たとえ乗り気がしない訪問であっても、誇り高き吸血鬼族の一員として遅刻はいけない。
 そう自らに言い聞かせ、急ぐつもりで足を動かしているはずなのにその動作だけでも妙に辛い。息苦しい。息をするのも億劫だ。座りたい。と言うより横になりたい。けれどいけない。それはいけない。
 今の彼の顔色はもともと血色の良くない吸血鬼の、青白いを通り越していっそ不気味なほどどす黒く、服のままシャワーを浴びたような汗でシャツもズボンも変色して更に彼の身体を不快に拘束し、この場に居合わせた通行人がおれば人間であろうが悪魔であろうが目を剥き声をかけるほどの状態だった。
 けれど本人は意識が朦朧とする経験など初めてで、だからこそこの状態が危険とわからなくと言うより危険と自覚する余裕さえないのだから異変にも全く気付かず、結局のところこれから暫くして完全に意識を失う羽目になる。
 しかしそんな只中でも運は良かった。
 否、以降を考えれば彼の連れたる人狼は最悪だと吐き捨てるだろう。しかし彼にとってこの過去を振り返る際、あのときは幸運だったと、胸を張って宣言できた。
「どうしたの?」
 秒単位で意識が削られていく中、くいとシャツの袖を引っ張られた。
 鈍い反応ながら誰だ鬱陶しいと睨みを利かせたのに、その薄青い、一瞬虚を突かれるほど無垢で気持ちよさそうな色合いの瞳は怯みもせずに、それどころか心配そうにこちらを見上げ。
「あなた、すごくつらそうよ?」
 辛い、とは何だろうと考えたところでついに彼は気を失った。やすりで削られていた細いワイヤがぷっつりと切れた感覚に似た消失に苦痛は皆無で、むしろ穏やかな眠りに陥る瞬間に近い浮遊感に包まれていたのだそうな。



 そうして彼が目を覚ましたのは風鈴の音も爽やかなどこかの日陰、と言うより多分建物、家の中。
 朝顔の蕾がいつの間にか開くような覚醒に相応しい、風通しの良い清潔な空間となんとなしに落ち着ける匂いに、彼は再び眠気の強い頭が願うまま目を閉じ寝返りを打って眠ろうとしたところで我に返った。
 ここはどこだ。自分はどうなった。今何時だ。
 勢いよく起き上がり自分の状態と周囲を改めて確認する。
 病院、だろうか。
 埃っぽくはないが学校の保健室よりも質素な雰囲気の白い壁とクリーム色のリノリウムの床の部屋で、自分は病院ではお馴染みの白く塗られた鉄枠のベッド三台のうち真ん中の一台に寝かされていたらしい。額に張り付いていた、どこどこ商店と筆文字が印刷されている濡れタオルが取れて腹に情けなく着地した。その下には大振りな青い薔薇がプリントされたタオルケットが縦に四分の一ほど折られたの。窓際を見ればカーテンではなくすだれで日差しを避けているらしい。視界に広がる風鈴との相性を考えればそれは正しい判断かもしれないが、正直病室にこの組み合わせはいかがなものか。ベッドのシーツのリネンはきちんと分厚く白いが、その奥のマットレスはマットレスではなくこれもまた大振りな花柄の綿布団と伺い知れる。随分とまあ庶民的な。
 病院にしては連続して家庭的に過ぎる光景に唖然としてしまった彼の側面から、不意にドアを開く音。
 しかし扉側の衝立のせいで彼はそれに気付けず、ここは本当に病院なのかそれとも誰かの家なのか、いや家ならこんな殺風景なはずはないし、かと言って病院にしたってこの庶民感溢れる小道具の数々は何なのだと、底にどこぞのキャラクターが描かれた洗面器を睨みつけながら葛藤中だった。
 なのでドアを開けてこちらにやって来た人物がきょとんと目を見開いたことも、その誰かがドアに向かって大きな声で――
「先生! 患者さんが起きました!」
 これでさすがに相手の存在に気が付いて衝立のほうに振り向けば、そこには桃色の髪の人間の女の子がいた。多分、見た目から実年齢より大幅に年上に見られやすい彼と同い年かその前後。緩く波打つ長髪を首の辺りで一まとめにし、室内でも煌めく大きな薄青い瞳はまん丸としていて子猫のよう。丁寧な造りの顔立ちと真っ白い肌はビスクドールめいているのに、彼を無遠慮に見返してくるさまはろくに動いていなくとも小さな身体から有り余るエネルギーで満ちみちているのがよくわかる。
 飾り気のない白いワンピースと白い三角巾は看護師めいてはいたが、それならそんな職に必要であろう落ち着きは皆無で、代わりに漲っているのは責任感、だろうか。『先生』の命令であればすぐさま彼のベッドに飛び乗って、そのまま患者を羽交い締めせんばかりの気迫が揺らいで見える。
 これで『先生』よろしく医師もそんな具合なら非常に困るが、幸いにもスリッパをぺたぺた鳴らせて現れたのは優しげな目つきの男性で、歯医者が着るような短い白衣と白のスラックス姿の人間は、小さな看護師の頭を撫でるとゆっくりこちらに近寄ってきた。何故かそのあとを例の女の子が追う。
「具合はどうかな? 頭痛、だるさ、目眩は? 喉は渇いてないかい」
 言われて子どもふたりがはっと目を見張る。女の子が慌てて飲み物を持ってきますと医師に告げて部屋を退出すると、はいはい気をつけてねと暢気な返事。そのやり取りでようやくあの女の子は医師の娘だと察して、まず少年はベッドに上体を起こしたまま返事をした。
「たぶん平気です。……あの、ここは病院……ですか?」
 誰がどう見たって医師に訊ねる質問ではないと、声に出したあと少年は砂を噛んだような顔をする。だが医師は全く気にしないのか、小さく顎を引いて真面目に応じてくれた。
「大雑把にはそうだね。法律的な観点から見れば違う。うちは診療所を名乗ってるよ」
「診療所……」
「そう。入院設備のない、もしくは一定数に満たない病院の形態。医院、クリニック、診療所がそれ」
「初めて知りました」
「あまり役に立たないだろうからねえ。ま、豆知識として覚えておくくらいで構わないんじゃないかな」
「はあ」
 なんと言うかマイペースだ。だが呑気にそんなことを聞いている場合ではないと我に返った少年は、慌てて姿勢を正す。
「助けていただいてありがとうございました。今は手持ちがありませんが、保険証の控えと診療費はまた後ほど家のものが持参しますので、ここの連絡先と今の時間を教えてもらえないでしょうか」
「……君、高学年くらいだろうにしっかりしてるねえ」
 そんな誉め言葉は初対面の大人相手なら今までいくらでももらっているので軽く受け流し、とりあえず要求を呑めと無言で圧力をかけたつもりだったが、相手は柳に風とばかりに軽く笑って受け流し返す。
「まま、そう言わずに今はしっかりと休みなさい。吸血鬼なんてもともと低血圧だろう。それで貧血なんか起こしたんだから君、大事を取っておかなきゃまたどこかで倒れるよ?」
 耳も牙も隠していないので悪魔であることはばれている予感はしたが吸血鬼であることまでしっかり把握され、ここに来て初めて彼の顔が歪む。しかしそれさえも気に留めず、医師は腕時計をちらと見た上で穏やかに知らせてくれた。
「ちなみに今は十一時十三分。君、寝不足もあったのかな。しっかり寝てたね」
「…………」
 三時間以上もの大遅刻だ。衝撃的な事実に打ちのめされた彼の耳に、またしてもドアの開く音と女の子の声が届く。
「先生、吸血鬼さんて経口保水液でいいですか? それともトマトジュース?」
「人間だと貧血にはトマトジュースだけど吸血鬼はどうなんだろう。君、どっちがいい?」
 どうやら親子は大真面目にその選択肢を彼に提示しているつもりのようだ。吸血鬼にとって血の代わりにトマトジュースを差し出されるなんて、笑い話どころか最大限の侮辱表現として一族郎党根絶やしにするまで追いつめるべしとされているため――感覚的には酒場で注文したら盛り塩を出される展開と相違ない――、うっかり怒りかけた彼は何も知らない人間たちの善意は踏み躙るまいとマグカップを見やる。
「ジュースではないほうで」
「はーい」
 予想通りマグカップを差し出されて一気に飲む。常温でほのかに甘酸っぱいそれは、こちらにして良かったと思うくらに彼の喉を物理的に潤してくれた。ちなみに残りのほうは女の子の手の中にある。
「悪いねえ、うち献血やってないから輸血パックもなくて。あれそこそこいいお値段するんだよ」
「いえ、大丈夫です。美味しかったです。ありがとうございます」
 マグカップをどうすべきか躊躇うと、女の子がずいと一歩近寄って両手を差し出してくる。水色の視線が真っ直ぐでとても強いせいだろうか。彼は少しだけ居心地の悪さを感じながら、それでも大人しく彼女に返した。
「ちなみにここは君が倒れたところからちょっと行った先の診療所でね。うちの娘が朝の軒掃除のときに見つけてくれた」
「……そうですか」
 聞かされて、ぼんやりと意識を失う直前の記憶を思い出す。あのとき最後に見た、冷たくて心地良さそうな色の瞳の持ち主がこの女の子だったらしい。
 たとえ助けた相手が人間だろうと、いやむしろ人間だからこそ悪魔としての義は通さねばならない。そう自らに言い聞かせ、さっきからじいっとこちらを瞬きも少なく見上げてくる女の子に彼はややも気後れ、だろうかむず痒いながらも向き直りどうにか言ってのけた。
「……ありがとう」
「んふふ、どういたしましてっ!」
 笑みを浮かべた女の子の、その嬉しそうな顔ときたら。良かったねえと父親が頭を撫でるのもわかるほどで、彼もまた得体の知れない温かさと疼きを胸に覚えながら小さな看護師に視線を注ぐ。
 女の子は相変わらず薄青い円らな瞳でこちらを見返してくる。笑みを浮かべているせいかじいっと見られているときより視線は柔らかいはずなのに、やはりどうしたことか彼は奇妙なくすぐったい居たたまれなさを感じて落ち着かない。おかしい。何かおかしい。どうせ一、二歳しか離れていない、しかもか弱い人間の女の子なのに。自分はどうしてこうなっているのか。
 今まで異性はおろか、同性の大人でさえ苦手意識を持ったことはない。沢山の世代を問わない悪魔たちから度胸がある肝が据わっていると誉められてばかりだったし、緊張することはあっても逆に頭はすっきりするくらいだったのに。
 今の彼はただの人間の女の子に見られているだけで、頭がおかしくなりそうだった。見られていると意識するだけで鼓動が高鳴り、とにかく落ち着かなくて照れ臭くて混乱する。何かを待っているみたいだが、一体何をどう言えばいいのかも今では全くよくわからない。また貧血がぶり返してきたのだろうか。あり得るのかそんなこと。
「こらこら、アルティナ。あんまり患者さんをじいっと見ちゃだめだよ」
 助け船と同時に彼女の視線がこちらからつと外れ、ようやく息を吐き出した。それでも心臓は早鐘を打ったままで、自分は疲れているらしいと遅蒔きながら思い知らされる。確かにこんなおかしな調子ではすぐさま大学に行くのは難しい。
 しかも更におかしなことに、彼の意識が飛びつくように集中し、不意に唇から出た言葉はさっき耳にしたばかりの――
「アルティナ……?」
「はい。わたしの名前はアルティナです。あなたのお名前を教えてください、吸血鬼さん」
 にこにこ笑って吸血鬼であることをきちんと認識されつつ訊ねられると、それまで不調だった自分がなんだか情けなくて、彼は無理からに胸を張る。
「……ヴァルバトーゼ」
 いい名前だね厳めしくて立派だと、医師はそれなりの社交性を示してくれたのに女の子は脳天気なものできょとんと目を瞬いて。
「バルバトーゼ?」
 名前をきちんと呼べませんと教えてくれた。
 この事態に異様に落胆、次いで腹立たしい気分になった彼は、眉間に皺を寄せて女の子を半ば睨みつける心地で強調する。
「ヴァ、だ。ヴァ」
「『バ』でしょ。さっきからそう言ってるよ?」
「違う、お前のそれは『バ』だ。ヴァ」
「ブァ」
「ヴァ」
「ブァ!」
「ヴァルバトーゼ」
「バルバトーゼ!」
 女の子がやや自棄気味なのは、本当に言えないのか発音の差に気付いていないのか。どちらにせよ彼が頭を抱えてしまったのは多少に無理からぬ話だろう。
 尤も、女の子はさっきから吸血鬼、も辛うじて聞き取れるほど舌が廻っていない。ヴァ、と発音するのはそれをも増して彼女の舌には面倒な作業なのだろう。自分の名前はきちんと言えるくせにと忌々しげな彼の思考を読み取ったか、医師がははと朗らかに笑う。
「アルティナは自分の名前だって必死に練習してようやく言えるようになったからねえ。許してやってくれないかな」
「別に……。許すと言うほど怒ってません」
「そうなの?」
 そうだとしっかり頷いてやる。たかだか名前をきちんと呼ばれないくらい気にしないと胸を張れば、女の子は指でつつけば埋もれてしまうくらい柔らかそうな頬に笑みを宿して隣の父へと声を潜めた。目の前で内緒話なんて無意味極まりないが。
「お父さん。悪魔さんて初めて見たけど、やさしいね」
「はは。そうかもね」
「…………っ!」
 人間相手にそんなふうに言われるのは、いかに自分が未熟な悪魔として自覚を持っている彼をしてもやや屈辱的だ。もとより悪魔は人間たちを戒める種族として人間の生活するあらゆる場所で目を光らせ、堕落に流されやすい彼ら人間を監視しときに罪深い人間を裁く、言わば世間の鞭。同じく人間を導くがこちらは飴の役割を持つ天使たちが、宗教を通した組織や機関にしかいないのと違ってこちらは多種多様に富んでいるだけ毅然とした態度を取らねばならないのに。
 それでも自分より人生経験豊富であろう医師が、自分が彼らの血を糧にする吸血鬼と知っても襟を正されないのはもう仕方ない。しかし人間の女の子一人怖がらないなんてこれはおかしい。由緒正しき悪魔の家に生まれた身の上として、侮辱に等しき事態である。
「……優しくない。お前が悪いことやずるをしたら、悪魔はすぐにお前を痛めつける。そういう怖いものなんだぞ」
「わたしいい子だもん。いい子には何もしないなら、悪魔さんはこわくないよ?」
 けれど女の子は負けず劣らず堂々と反論してきて、ますます腹立たしいが主張そのものは間違っていない。罪のない人間を傷つけるのはもはや戒めではなく暴力だ。人権なぞない昔ならいざ知らず、今の御時世にそんなことをすれば悪魔の権威に泥を塗る――そんな輩が現代にもいて人間世間のマスコミを賑わせるお陰で、悪魔全体の風当たりがきつくなりつつあることは一旦置いておくとして。
 だから彼が女の子の言葉に反論するとしたら、こんなところでしかなく。
「ずっといい子じゃないだろう。お前が家の手伝いや宿題をしなくなったりずる休みをしたら、その時点で悪い子だ」
「そんなことしないもん。宿題もおうちのお手伝いも、夏休みになってからいっぱいしてるもん」
「始まったばかりならそうかもな。夏休みが終わる頃には飽き飽きして、学校に行きたくない、ずっと遊んでいたいと思うようになる」
「ならない!」
「いいや、なる。なったらお前の血を吸ってやる」
 めいっぱい意地悪に言ってのけると女の子はぱちくり目を瞬かせ、おっかなびっくりの風情で訊ねてきた。
「……吸血鬼さんって、ほんとに血、吸うの?」
「ああ、吸う。この牙で皮膚に穴を開けて、そこから」
 その様子が今までと違って新鮮なせいで、彼はうっかり調子に乗ってしまったのだろう。力の誇示など野蛮だと普段なら軽蔑していたはずなのに、わざわざ不自然に尖った犬歯を彼女に見せつけるがごとき笑みを浮かべてしまう。
「こいつで噛まれて開く穴は注射どころの大きさじゃないぞ。血もたくさん出るし、おれが加減を間違えればお前なんかすぐに死ぬ。そうすれば、悪魔が優しいなんて二度と思わなくなる」
 さっきとはまるで正反対に今度はこちらが胸を張って言い切れば、何を思ったものやら。女の子は口先を軽く尖らせ俯いてしまう。
「……そんなことないもん」
「思う。絶対に思う」
「どうしてそう思うって思うの? なんでやさしいって言われるのいやなの?」
「悪魔だからだ。悪魔は人間に怖がられるべき種族であって、お前みたいなやつに気安く慕われる種族ではない」
 断固として告げてやれば、こちらに向き直り雨に濡れた子犬さながらの表情を見せつけられるも、眼差しがいかにも納得しておりませんと言わんばかりの反発心に満ちており。負けずに意地を張るべきか無視するべきか下手なりにフォローすべきか、少年は澄ました顔を作りながら頭の中では激しい葛藤を繰り広げていたものの、やはり相手のほうが一足早かった。
「……じゃあいいよ」
「いいって……何が」
「吸血鬼さんがわたしのことずっと見張りたいなら見張っていいよ。わたし、夏休みはずっといい子でいるもん。だから、吸血鬼さんは夏休みじゅうずっと血を吸えないの。こわくないの」
 きっと睨みつけられた上の挑発に、今度は少年のほうが気圧される。彼の意地を尊重すれば冷静になったと表現すべきかもしれないし、さっきの自分の脅し文句を思い出せば冷静を超えて後悔さえ浮かんだがそれも今更、あとの祭りである。
「アルティナ、勝手にそんなこと言ったりしたら彼に迷惑が……」
「そ、そうだぞ。おれにはおれの事情があるし、ずっと見張る訳には……」
「ならどうやってわたしが悪い子になるってわかるの? 悪いことしそうになったり悪いことしたらなにかちがうの? そーいうカンがあるの?」
「……それは、まあ……ご両親に聞くとか……」
「悪魔さんって、まわりの人に聞いてからおしおきするの? ペットとか赤ちゃんには、悪いことをしたらすぐ叱らないとだめって聞いたよ」
「そう、かもしれないが……その。お前はペットや赤ん坊じゃないだろう?」
「ちがうけど、わたし吸血鬼さんに先週お前は悪いことをしたのだーって言われても、なんのことかよくわからないと思う。それって罰になるの?」
「………………」
「あと、どうしてお父さんにかばってもらうの? 吸血鬼さん、どうしてわたしを怖がらせようとして、お父さんはそうじゃないの? わたしが吸血鬼さんより小さくて、怖がらせやすそうだからそうしてるの? それって弱いものいじめだよ。悪い子のおしおきじゃないよ」
「……………………」
 ご尤もだと苦々しくもうっかり頷きかけたが、それでも彼は天井をうんと仰いでため息をついて、それを最後の抵抗及び完敗の仕草とする。
 そう、完敗だった。脅すにしたって余計なことを言い過ぎた。悪魔は恐怖の象徴として人間を戒めるべしと物心つく頃から教え込まれ、帝王学さえ身に着けていたはずなのに、たった一人の女の子相手の初陣でこのざまとは。今まで親族の期待にはすべて応えてきたつもりだったのに、案外自分は不出来だったのか。いやそれともまさか、悪魔にとっては致命的だがよもや人間を怖がらせることだけが不得意だったりするのか。いやいや、ただ単に運が悪かっただけで、例えば怖がらせようとした相手のほうに問題が――だとしても完敗した事実には変わりないし、負けた理由を相手になすりつけるのも情けない。
 ともあれ現実の厳しさに打ちのめされ、惨敗を帰したがゆえに自信まで失いつつある少年吸血鬼だったが、それでも希望は残されていた。これについては恐らく生来から賜り物だろう、苦しいながらに前向きさを奮い立たせリベンジマッチを挑むべく声を張る。
「……わかった」
「ぅ?」
「いいだろう。これからおれが家に帰るまで、毎日お前を見張ってやる。そうしてお前が悪くなった瞬間、その首に食らいついてやる」
 すぐに怖がらないなら、怖がるまでとことん付きまとってやればいい。
 吸血鬼族に生まれ、嫡子として一族と悪魔たる種を背負う立場にある自分は、こんな小さなことにこだわるべきではないことも、こだわったところで苦労の割に合わないことも理屈としてはわかっている。それでも家と全く関係ない環境でこんな無残を晒して、あまつさえそれをなかったことにするだなんて、誰が許そうが彼は自分で自分が許せなかった。
 半ば自棄気味に宣言すると、女の子もはいと力強く頷いて、すっと前に立てた小指を彼に突き出す。
「……なんだ」
「指きり。知らない? こうやって小指と小指を結んで……」
 小さな手に自分の手をむんずと掴まれ小指と小指を絡めた恰好が作られると、聞いたことのない歌を背景にそいつをぶんぶん振られる。
 恐らくは約束をより強めるための歌なのだろう。嘘をついたら針千本飲ませるなんて物騒極まりない歌詞で、そこまでの覚悟を決めるよう強制されるのは望むところだったが、そんなものよりもっと緊張感がある方法を彼は一つ知っている。
「針はさすがに飲まないが……お前の血を吸うまで、誰の血も吸わないようにするくらいならできる」
「それ、へいきなの? お腹すいたりしない?」
 あんな物騒な内容の歌詞を歌ったくせに不安げな顔をされ、力強く首を左右に振る。人間と悪魔の関係には、同情なんて不要なのだから。
 それに吸血鬼が血を吸うのは空腹を堪えるためではなく魔力を補充するため。物心ついたときから人間の血を摂取していた彼は、お陰で七歳にも関わらず高学年の肉体を手に入れている。当然、学校で受ける授業もそれに相応しく、このままのペースなら来年は中学だろう。けれどこの大いなる試練を乗り越えねば、飛び級なんてなんの意味も持たない。
「血は腹を膨らませるものじゃない。吸血鬼にとって必要なチカラが得られないだけで、腹が減れば人間と同じものを食う」
「そうなんだ……。うん、じゃあ、そうしていいよ。わたしが悪い子になったら、いくらでも吸ってもいいからね」
 そんなことは起きないと自信を持っているからこその発言か。相手もこの勝負に気合満々と知り、彼はやけに心を弾ませながらそうしようと笑った。
 それ以降はさすがに静観していた医師が割り込んで、患者にはもう少し寝ていなさいとやさしく諭し、小さな看護師にはお昼も近いからお母さんのお手伝いに行きなさいと命じ、二人はそれぞれ別行動を取ることになった。
 寝るよう命じられても、興奮していてはすんなり眠れるわけがない。とは言えさしてやることもないので何度か寝返りを打ちながらうつらうつらと微睡んでいる途中、お握りと味噌汁の軽食を馳走になったり、女の子が衝立の向こうの患者――こちら庭で行き倒れていた重傷人らしい――の世話をしているらしい様子に遊びじゃなかったんだなと密かに驚いたり、滅多にないほど怠惰な時間を過ごした。
 そうして彼がようやく帰路に着いたのは、それまで通っていた大学の研究室からちょうど帰る時間帯。あれだけ容赦なかった太陽が黒い木々の向こうに隠れ、体が軽くなっていくのを感じながら何食わぬ顔で玄関を開けた彼は、日中あるじが倒れたことを露とも知らないしもべや家政婦の目を難なく欺き保険証のコピーを入出。そのついでに研究室の電話番号もちゃっかり調べて、夕食後、実家に息災の電話をかけてからやはり電話口でも滑稽なほど腰の低い教授に口裏を合わせるよう持ちかけた。
 今までそちらが自分の存在を持て余しているのは当初からわかっていた。今後、自分は所要でそちらに行けなくなったが、そちらは母の顔を立てねばならないのもわかっている。だからこれからも今までどおり自分は通っていることにして、その実お互い自由に過ごそうではないかと口裏を合わせよう持ちかければ、教授は平伏しかねんばかりに感謝を述べて、二つ返事でその申し出を受け入れた。
 お膳立てをそつなく整え終えた少年はその日、昨日とはまるで正反対に明日への期待に胸を膨らませながら寝床に入った。
 遅刻はいけないからと普段以上に早く就寝したつもりなのになかなか眠れなかったのは、昼間あれだけのんびり過ごしたからだろうか。それとも瞼の裏に浮かぶあの水色の瞳に、どうしようもない鼓動の高鳴りを覚えてしまうからだろうか。



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