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moratoriumoon

2013/04/19


 その光景を見たときに、一体自分が何を考えたのか。それさえもよく憶えていない。
 ただ今は、どうしてあのときあんなことをしてしまったのか、後悔で頭をいっぱいにしながら歯を食いしばり、重い全身を引きずるようにして一歩ずつ前へと進んでいく。言い換えれば、それしかできないのだが。
「……むっ。ぐ……!」
 一瞬、体のバランスが崩れて転けかけるが踏み止まって事なきを得る。廊下は石畳ではあるものの窪みも浅く掃き清められているため蹴躓くのは間抜けか阿呆のどちらかだろうし、自分がそのどちらかのカテゴリに入るのは死んでもいやだから踏み止まった自分を心の中で褒め称えた。だが周囲は無音――おまけにプリニー一匹見当たらない、完全な無人のままだから、そんなことをした自分さえ馬鹿馬鹿しくなって渋々現実に舞い戻る。
 背中の荷物は案外重い。いや、最初のうちこそ割合に軽いものだと舐めていたが、時間の経過とともに次第に重みを増していき、今では支える腕が痺れて疲れて仕方ない。それでもこの荷物を手放せないのは、そいつは生きている上に無防備にも寝ているからで。
「んふ~……」
 どうやら幸せな夢でも見ているらしい。後頭部に太平楽な寝言もどきを耳にして、心が微かにささくれ立つ。このまま両腕を離せればどんなに胸が清々するだろうと良からぬ思いつきも浮かんだが、結局ここまでの苦労を不意にするのも勿体無くて前進を選んだ。選択は冷静かつ余裕を感じさせるのに表情が無闇に険しい点は、まあ仕方なかろう。
 静まり返った長い廊下を、不恰好な影がびっこを引きつつ進んでいく。窓からの月明かりに伸びる影には触覚もどきが二本突き出て、その輪郭はいずこの魔界に住む少年魔王の特徴そのまま。一歩ずつ石畳を踏み締める踵の低いブーツの形状もまた然り。しかし普段なら背の小ささを誤魔化すようにふんぞり返った姿勢の多い彼は、今ならとある子どもの産声を発する爺妖怪に取り憑かれた通行人さながら、もしくは重労働を強いられた奴隷のように、背中を曲げて積み荷を運ぶ。
 その積み荷は、メレンゲを髣髴とさせる白く柔らかな装束を身にまとった長い金髪の娘の姿をしていた。照明の貧しさを無視してきらきら輝く白い羽に丸い耳、今は瞼に覆い隠された青い瞳は悪魔に有り得ざる、見目麗しき天界の住人たちの何よりの証。おまけに華奢な背中を隠すほど大きなその羽は、多くの天使兵を束ねる天使長の証拠だそうだが、その偉大なる天使長殿は現在、見ているものに微笑ましさどころかいっそ苛立ちさえ抱かせかねない寝顔を晒し、少年魔王に遠慮の欠片もなく負ぶさって惰眠を貪り続けている。
 何故こんなことになってしまったのか。簡単に説明するのは少々難しい。しかしこの堅苦しい魔界で、更に堅苦しい性格の、プリニーの餌を好む変わり者の吸血鬼を始めとする一行が新しい仲間として一人の悪魔を連れてきたのが切欠なのは確かだった。
 そいつは、今は彼のものとなった城の宝物庫の奥深くに眠る、特に古い肖像画に描かれた誰かの姿そっくりで、その誰かを具体的に探り当てた彼は知らず全身が強張ってしまっていた。隣の元家来を盗み見ればまた同じく、今まで見たことがないほど血相を変えてこちらを盗み見てきて、お互い考えることは一緒らしいと肩の力を抜いたところでようやく呼吸を思い出した。
 まあそいつは大天使のコネを使って短期間で生前の記憶を持ったまま別人に転生し、自分をこっそりストーキングしていた卑怯者だから、こんなところで再会しても彼はさして気にしなかった。どうせ姿を以前の、しかも若い頃のものにしたのだって気まぐれだろうと当たりをつけていたし、過去別魔界で顔を合わせたこともあるし、今回も同じ展開が待ち受けていただろうと予想していた。
 なのに。なのにそいつは彼と目が合っても何も言わず、あっさり視線を逸らし完全に無視して、あの痩せた吸血鬼にばかり話しかけ、しかも内容が彼なんぞお呼び出ないとでも言いたげな真面目そうな雰囲気で。
 歓迎会を兼ねた宴――普段は仲間一人程度で歓迎会なぞしないはずなのに、どうしてそんなものをするのか。その理由を彼は聞いたかもしれないが、結局のところ頭に入らなかった――に参加して暴食の限りを尽くした彼は、しかし心のほうは満たされないまま、宴がお開きになるまで意地を張って居座り続けた。うっかり意識を失うこともあったが、あの男と改めて会話する機会をずっと伺っていたのだ。
 しかし本命の新入りはいつの間にか部屋に帰ったと聞かされて、落胆と苛立ちと疲労を全身に宿しながら自分も割り当てられた部屋に戻ろうとしたところで丁度、こちらも自室に戻る予定だったらしい天使の女どもと遭遇した。正確には二人で、酔い潰れた金髪の一人は顔見知りだが、そいつを支える局部的にむちむちした肉付きの桃色髪の女のほうは、正直言葉を交わした記憶も曖昧なほど。
 それでも彼から話しかけてしまったのは、腹がはちきれそうで苦しいから、少しでも運動して腹の中のものを消化したかったのだ。それ以外の理由もあった気がするが今は忘れた。
 ともかくそいつはどうしたと訊ねた彼に、女は苦笑しながら金髪の天使が自分を待っていたのだと説明した。
 ――なんだかお声をかけ辛そうな雰囲気でしたから、帰り際にでも話しかけようとずっと機会を伺っていらしたようなのですが。……理由ですか? さあ、わたくしごとき若輩ものにフロンさまのお考えが推し量れるはずもありません……。けれど。
「……あの女」
 ――心配していらっしゃいましたよ。ラハールさんはああ見えて結構繊細だから、気を遣ってあげないとって。
 苦笑を浮かべた女の生温い眼差しと、能天気に眠る天使の寝顔についかっときて、気付けば金髪の天使を強引にそいつから奪っていた。
 戸惑う女になんと言ったのか。部屋の場所は知っているとか、鍵は到着次第、本人を叩き起こして開けさせるとか、そんなことだったと思う。
 結局その女はすぐさま大人しくなって、フロンさまをよろしくお願いしますと頭を下げてきたが、去り際そいつがこっそり安堵の吐息を漏らしたのを彼は知っている。どうせ上司を運ぶ手間が省けてよかったと思っているのだろう。グレートフロンガーなんて大層なロボットの開発費用は全てあの部下が集めてきたとかつて背中の積み荷に自慢されたものだが、結局のところあまり慕われていないらしい。ざまを見ろとせせら笑う。
「ふん……大体キサマ、天使長になったと言うが、今のところアイツしか部下がいないではないか……」
 返事がないのは承知の上だが、彼は旧知の天使に話しかける。自分の元家来とまた三人で顔を見合わせたとき、胸を張って新しい衣装と大きくなった羽を見せびらかしてきた、記憶の中の娘に。
 そいつはそのときなんと言ってきただろう。自分の統治する魔界にいたときそっくりそのまま、年上ぶって人差し指を立て、まるで先に生まれたほうが偉いんだとでも言いたげに。
 覚えているとも。忘れるはずがない。あの手の説教はあの天使が自分のもとに現れてから去るまで、耳にたこが出るほど聞いた。
 ――もーっ、ラハールさんったら。
 ため息混じりの高い声。不思議と白くて小さな花を思い浮かべてしまうのは、多分気のせい。
 ――変わってないんですねえ。わたしなんて、羽も大きくなったから背も伸びたんですよぉ~。
 嬉しそうな報告が、異常に悔しかった。また身長差が開いてしまっただけでなく、相手の雰囲気がどことなく大人びたのが、置いていかれた気分になって。
「……にしてもキサマ。羽がでかくなったせいで、実は体重も増えただろう……」
 デブ、とはさすがに言わない。口にした瞬間、熟睡中のはずの天使ががばと起き上がり、彼の後頭部を遠慮の欠片もなく剣山に変えてしまうだろうから。そのくらい女にとってあの言葉が地雷なのは、いくら彼でも学んでいる。
「はっ、都合のいいところばかり話しおって……。ま、キサマは以前からそう言う性格だったがな」
 悪魔にでさえ躊躇もなく愛を語り、広めようとするこの天使は、彼からすれば呆れるくらいにポジティブで、ついでに心の汚く醜い部分を極力避け、好まなかったように思う。
 憎むより哀れんで、怒るより悲しんで、嘲りや見下しなんか一切抱かず、自身に下された理不尽な処罰さえも穏やかに受け入れて。長らく一緒に暮らしていたが、一時離れて実感したのは、やっぱりこいつは、天使と言う種族は理解不能だと言うこと。
 だから楽しかったとか。だから面白かったとか。だからもっと一緒にいたかったとかは、思わない――ようにしていた。
「ま……どうせここで偶然顔を合わせたところで、お前もオレ様も、もといた場所に帰るだろ」
 あのとき、昇級試験に受かったんで帰りますね、といつもの笑顔で告げてきた天使に、彼は少し、ほんの少しだけ、見捨てられたような気分になった。
 そうではないと誰が言える。彼女は自分の仲間で、天界にいられない堕天使となってからはずっと自分の魔界で面白おかしく過ごしていけたはずなのに。その生活を捨てて天界に帰る道を選んだのは、自分の魔界に留まる価値がなくなった裏付け。つまりもう飽きられたのだ、彼の都は。
 けれど自分は魔王である以上、天使にとって価値がなくても統治すべき魔界にいなければならない。いつだったか超魔王を追ってどこぞの魔界の学園で暫く過ごしたとき、久しく自分の魔界に戻ってみれば城も臣下どもの好き放題っぷりも燦々たる有様だったのだ。そいつらを叩きのめしてまた言うことを聞かせ、もとの状態に戻すのはどれだけ苦労したか。
 今回もあれと同じことをしなければならないのかと、今からげんなりしてきた少年魔王は心底ぼやく。脳裏に浮かぶのは、叩きのめさずとも家来たちが自ら頭を垂れてくる見知った誰かの横顔。
「……でかくなりたい」
 普段はそんなこと気にしないようにしているつもりだが、やはり根底にはそれがある。
 元家来のスイーツ馬鹿に馬鹿にされないくらい背が伸びれば。陛下と呼ぶべきだろうに、いまだ殿下殿下と口うるさい連中の鼻を明かせるくらい立派になれたら。この背中の天使を軽々担げるくらい、逞しい体つきになれたら。――あの男に無視されないくらい、もっと強くなれたら。
「……だめですよぉ……」
「は……?」
 と、背後からの声に目を瞬いた彼は、思わずそちらに振り返る。あんな単純にして恥ずかしい望みを盗み聞かれていたとしたら、彼は今すぐにでもこの天使の脳天に遠慮なく一撃喰らわせねばならない。
「ぅひゅ~……」
「うわっ!?」
 しかし続いて寝息らしいのがマフラーの隙間をかいくぐって首筋に遠慮なく引っかかり、思わず飛び上がる。それでも背中の天使は自分にもたれかかったままだから、あれはきっと寝言なのだろう。安心したが猛烈に心臓に悪い。
「……だめー、です。……ラハールさんは、その、まま……」
 だが寝言にしたって理不尽な言葉に、少年は相手が寝ているとわかっていながらもつい反論を口にした。
「キサマ……! 勝手に天使長にまでなった奴が、どうしてオレ様にとやかく言う!」
 なるべく後ろを向きながら怒鳴ってみても、聞こえてくるのはうふ~だの、ほやぁだのと暢気な寝息ばかり。
 お陰で少し怒気を削がれた少年は、しかし完全に怒りが拭えた訳でもないからじっと返事を待ってみたが、そもそも寝ている相手と会話を試みるのは無謀な話。いつまで経っても寝息ばかりで、諦めて歩きだそうとする。そこで。
「今の……ラハールさんは、……だーめっ」
「はぁあ!?」
 更によくわからない寝言を頂戴してしまい、ついぞそんな声が漏れた。もう相手が起きていようが寝ていようが構うまい。彼は思いの丈を遠慮なく声にする。
「意味がわからんぞ! 大体、お前も会ったときは変わってないと馬鹿にしていたではないか! それを見返してやりたいと思って何が悪い!!」
「んぅう~……」
 五月蝿いとでも言いたげな呻きが漏れる。そんなもの知るかと思って少しずつ前へ進みながら返答を待つと、ようやくそれらしいのが聞こえてきた。
「……焦っちゃ、だめですよぉ~。自分のペースで、のーんびり……」
「なら早くても問題なかろう! 大体、お前のほうが先に……その、偉くなったのだぞ! オレ様が焦るのは当然だろうが……!」
「……ぇえ~?」
 なんだ、そんなこと、とでも言いたげな反応が腹立たしい。
 そんなこと、ではなかろう。男は競争に生きるものだ。特に自分がなんだこいつと不可解に思っていた存在が、部下を持ち、髪と背が伸び、大人びて、少し綺麗になったような気がしたら、焦るのも当たり前だろうに。
「いーですよぉ……そんなのぉ~。わたしはぁ、ラハールさんより、年上、なんですから……」
「だから成長するのも早い、と抜かす気か。フンッ、勝者の余裕だな!!」
 思わず吐き出した言葉に、ならば自分は敗者だと自分で裏付けてしまったようで腹立たしくなる。悔しくなる。
 だがそれは天使が狙って自分に引き出させた言葉ではない。密かに思っていたことを、自分で吐き出し自分で傷付いた、完全な自爆行為。
「…………くっ!」
 だから誰も責められない。みっともなさ過ぎて八つ当たりさえできやしない。けれど全身からこみ上げる猛烈な悔しさと虚しさと恥ずかしさに大人しく堪えていられなくて、彼は思わず床を蹴りつける。しかしそれでもすっきりしない。廊下の壁を蹴る。自分の足が痛いばかりで虚しくなる。
 それ以前に、こんなことをしている自分のほうがもっとずっと虚しかろう。ただ一人の悪魔に無視された程度で落ち込み、動揺し、やけ食いを起こして結局そいつをおめおめと逃した上に、こうして無関係な天使を怒鳴り散らす。これが魔王の行いなのか。自分の臣下どもが目にすれば、どんな反応が返ってくるやら。
 そう思ったところで少年は気付く。あの家来どもは、赤毛の生意気な魔神も含めた城の連中は、きっと失望も落胆もしないだろうと。情けない魔王の姿にいつものことと受け流し、そんなんだからお子ちゃまなんですよ、だのなんだの平然と毒を吐くだろう。それを自分は受け流せるのか。無理だ。精神的に余裕があるときならともかく、今は無理だ。だとしたら。
 だとしたら、自分は全く変わっていない。魔王になる前、天使と出会う以前と比べて、さしたる成長を遂げていないことになる。だからこそ父親は自分を見捨ててしまったのか。息子ではないと突き放したのか。
「……う……」
 泣きたいなんて思わない。自分の情けなさは自分がよく知っている。この天使とあの家来が去ってから、自分は強く大きく成長するためにどんな努力をしてきたのか。ちっともしていなかった。ゲームに現を抜かし、ろくな食事も取らず、たまに自称勇者や下克上を申し立てる連中を戯れに蹴散らし威張り散らすばかりで、強さを極めたり修行なんてしたこともない。民草の声に耳を傾けようとも思えない。だからこそ早く。だからこそすぐに。だからこそだからこそだからこそだからこそ――!
「だーめっ」
「っっ!?」
 白い襟。華奢な手。甘い声。それらが、腹の奥底に黒いものを渦巻かせた彼をそっと包み込む。まるでこちらを気遣って、花びらで触れてくれているみたいに。
「……だめよ、ラハールさん。あなたは、あなたのままでいて」
「フロ、ン……」
 きゅっとマフラーを握られて、あのペンダントに触れたときの感触が蘇る。火傷しそうに熱かった初めてではなくて、二度目の、肌身離さずそれを持っていた天使の体温をそのまま宿したように、ほの温かかった記憶が。
 引きずられるように脳裏に蘇る、穏やかな天使の笑顔と、真っ直ぐな光を宿した青い瞳。それらを目にするのは苦手だった。視界にあれがあるだけでなんだかいつもの自分ではなくなってしまうような、落ち着かないくすぐったさに全身が翻弄されてしまうから。
 けれど今では喉元を掻き毟りたくなるほど、あれが酷く懐かしい。いいや、独りを自覚したときは、ずっと恋しくなっていた。だが魔王が寂しいなんて、そんなのおかしいだろうから今までずっと認めてこなかった。
 だけど今なら。たったふたりしかいない、今くらいなら。
「おい、……フロン」
「はぃ~?」
 絞り出すように発した声は自分でも不自然だと思うのに、背中の荷物は普段通りのんびり返事を寄越してくれる。それだけで、何故だか無性に安心してしまえた。
「……それは、つまり。オレ様が、百年後も二百年後もこのままでも、お前は別に気にしないと、言うことか」
「それで、ラハールさんが満足なら」
 少しどきりとするところを突かれ、体が軽く強張ってしまう。能天気なくせにこんなところは相変わらず鋭いやつだと、呆れながらも感心させられたのはこれで一体何度目だろう。
「不満、なら?」
「一緒に、変えていく方法を考えます。ひとりで悩み苦しむあなたを、わたしは放っておけません」
 即答が、断言が。これほどまでに気持ちよくて、心強いとは思えなかった。
 眼前はさっきと同じ、月光に照らされた殺風景な石畳の廊下のままなのに、今の彼には妙に明るく頼もしい空間に感じられた。それはきっと、見ているものの心の影響。
「……はっ。ははっ!」
 思わず笑いが喉から漏れる。
 だが普段の偉ぶった高笑いではなく、腹の底から沸き上がる感情に身を任せただけの短いそれに、女の膝から下がぶらり揺れた。いつの間にか、全身に力がみなぎっている。眠気も疲れも、宴会中からさっきまでずっと腹の中にくすぶっていた黒い何かも、綺麗さっぱり消えていた。
 その上で、彼は怒る。甘えたいなんて思わないし、そんなこと口にも出すものか。自分は最凶の魔王を名乗っているのだから、女なんかに自ら寄りかかったりしないのだ。
「馬鹿もの! お前は一応天使長だろうが! 魔王一人の成長のために、付き合う暇がどこにある!」
「わたしは天使長になるために天界に戻ったんじゃありませんもん。それにあっちには沢山ほかの天使長さんがおられますし、わたしの仕事くらいきっと誰かが代わってくれますよ~」
「適当なやつめ。また堕天させられるぞ」
「望むところです。ラハールさんがラハールさんの望む通りに成長したら、また天使になればいいだけですし」
「望む通りだと? フン、馬鹿を言うな。オレ様はお前の想像を超えて強くでかくなって、なり続けてやるからな! 一生天界には帰れんぞ!!」
「別に気にしませんよ~? わたしは、世界に愛を広められればそれでいいんですもん」
「また愛か、この愛マニアめ!!」
「ええ、そうです。わたしは自他ともに認める愛マニアです」
 全くもってめげない天使に、また笑いかけた少年は今更ながらここでふと気付く。負ぶさってやっている天使と、凄く自然に会話できている現状に。
 要するに、彼女はもう――。
「おいフロン」
「はい~? なんです、ラハールさん」
 相手はもう隠すつもりがないらしい。それともすっかり寝た振りを忘れてしまったのか。どちらにせよ、彼が告げるべきことはただ一つ。
「とっとと降りろ。さっきから手が痺れて痛い」
「んーまっ! なんですそれ、暗にわたしが重いって言いたいんですか!?」
 そこで普通の思考なら羽ばたいて軽量化に努めるべきだろうに。何故か更に背中にもたれかかってくる天使に、ぐぎゃあと少年は悲鳴を漏らす。
「わざと重くしながら言うなっ! 手を放すぞっ、いちにっさんっはいっ!」
「やっ! ちょっと、待ってくださいったらラハールさんっ! わたし酔ってたから足下まだふらふら……って、あれ? きゃっ!」
 散々焦った声を聞いてから盛大に腕を放せば、案の定尻餅をついた女の悲鳴と落下音が盛大に廊下に響き渡る。
 すぐさま背後を振り返った少年は、しっかり天使の痛がる様子を目にしたついでに身軽になった喜びも後押しし、魔王らしくもなく舌を出してはしゃぎ回った。
「やーいひっかかったー! こんな見え透いたフェイントに引っかかるとは、天使長になったところでお前も中身全然変わってな……っ!?」
 が、頬に鋭い棒状の物体が掠って、彼の歓喜と珍妙な踊りに水を注す。掠っただけで魔王の身を傷つけるようなものを、一体どこの誰が投げかけてきたのかと問われれば当然。
「んーもーおっ!! ラハールさんっっ!」
「おいフロン!! 丸腰の悪魔相手に武器を持ち出すな! 卑怯だぞ! 天使長が卑怯な真似なんかしてもいいのか!?」
 どこから取り出したのか怒り心頭で弓矢を構える天使長に、少年魔王は尤もな言葉を浴びせるもそれで彼女の怒りが鎮火するはずがない。また弓に矢をつがえながら、頬を真っ赤にしてこちらも声高らかに反論する。
「あんな脅す程度で済んじゃうのかな……? とか期待させたラハールさんが悪いんです! 少しは成長したのかと思ったらほんとに手を放すなんてぇ~!」
「はああ!? そんなもん勝手に期待するほうが悪いに決まってるだろうが!」
「いーえっ! 繊細な乙女心を弄んだ挙句に女の子の腰を痛めたラハールさんが悪いんですーっ!!」
「なんだその局部的な被害は!? って!!」
 以降に続くは衝撃音に破壊音。自らの正当性を主張し、相手に譲る気なぞ皆無の少年の声と少女の声もきんきんと。
 長く暗く、静かだったはずの廊下が途端物騒な騒がしさを帯びていく。
 それでも静かだった頃よりは余程いい。あのとき胸に浮かんだ、らしくない光景のままでいられるよりも今のほうがずっといいと、怒号を発し逃げながらも、少年は密かに思っていた。





「……はあ。久しぶりに会った息子にはどう話しかけるべきか。何度経験しても緊張してしまいますねえ」
「そんなものか」
「ええ。あなたも将来、同じような苦しみや緊張を味わいますよ」
「………………」
「ん? どうかされました?」
「い、いや……その、どうして断言されるのか、少し気になってな……」




アトガキ
 殿下が電撃の人気投票1位取った記念&D2発表期待してたときに書いた私的に珍しくラハフロ(≒他カプ)。
 シリーズハマったのは間違いなくラハフロが切欠だけど、くっつくかどうかのお話になるとこの二人はまだまだ先っぽいですねー。日本一ゲーは概ねそれが言えるけど…。
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