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・悪魔にとっての恋愛は

2012/11/13

 ……あれ。もう11月も半ばとか早くね?
 ついこの間までD2でわーきゃー言ってた気がするんですけど…ハロウィンの仮装はアルティナちゃん夜魔で閣下が神父で悪魔祓い(と言う名目のぬちゃぬちゃ)いいよね! とかぐへぐへしてた気がするんですけど……アルティナちゃんがセクスィービーム打てたらどうするの? とか考えてた気がするんですけどどど……。

 D2は4の前っぽくてオオウこれはゲスト来ないな…としょんもりしつつもアイドルにフロンちゃんのアルティナちゃんプロデュースの伏線張ってたりラハ姐さんと赤毛男子が大人のイチャしてくれたらいいなあと微かな願いをかけております。あとティザームービーの魔界に咲き誇るユイエの花は綺麗は綺麗なんだけど、魔界の土地柄を考えたら浸食されてるっぽくてヤバくねとかぼやいてたような気がする。
 ってな感じで近況報告終わりです以下小ネタ。

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悪魔万事塞翁が馬

2012/11/17


 いつの間にか、どこかの寝室にいた。自分の、ではない。ただなんとなく似通った雰囲気で落ち着ける、無駄なものがないが家具自体はそれなり豪華な寝室だった。
 何故こんなところに自分がいるのだろうと疑問を抱いたところで、澄んだ青空、静かな湖面の底を結晶化させたような薄青の瞳と、初夏に咲き誇る大輪の花の如き桃色の髪が麗しい天使――初めて出会って約束を交わした頃は人間だったが、死後その魂の清らかさを見出され天使に転生した娘――が、もう何十分も前からいる落ち着きようで、何故か自分の前で跪いていた。
 ぼんやりと座り心地のいい長椅子だか寝台だかに腰を落ち着けている自分に、三つ編みを解いた緩く波打つ芳しい髪を無惨に床に付けた彼女は、それでもうっとりとした眼差しで自分の足下にすり寄って。女の格好が普段の天使の装束ではなく、薄い、身体の線が丸わかりどころか真っ白な肌を隠す用途さえ成し得ていない扇情的なベビードールだと気付いたところで、彼女はそろり男の靴に手にかけ、それを脱がせた。
 普段の彼なら、そんなことをお前がする必要はないと焦って止めにかかるだろうに。今の彼は頭に靄がかかった心地で彼女の行動を漠然と受け入れ、その上で密かに次の行動を待つ。
 そうして彼女は。少し目を凝らしただけで乳房の先さえ見えてしまいそうな黒く薄いベビードールと、同じく黒くやはり透け気味のレースが縁取るショーツだけを身に着けた天使は、艶然と微笑んだ上で靴下を脱がせ、彼の裸の足の甲にそっと唇を押しつけた。
 口の中で、あ、と悲鳴か、それに似た驚きの声が漏れる。四百年にも渡り彼の心の中で聖別されていた娘が、四百年の辛苦の末にようやく再会を果たせた女が、よりにもよって洗ってもいない足に口づけるなんて。いけない、やらせるべきではないと思う反面、その光景から目が離せない。あまりの驚きに舌と手が透明の杭で雁字搦めにされてしまう。
 娘は頬をほんのり紅潮させた上で、丁寧に、躊躇の欠片もなく、今度は彼の足の指に舌を這わせていく。ミルクを嘗める子猫のそれを連想させる鮮やかな、肉厚で唾液をたっぷりまとった舌がぬるぬると、温かく柔らかく彼の足の中指と薬指の間を、今度は中指と人差し指の間を、人差し指と親指の間を舐めていく。それどころか、彼女は時折、指を口に含んで軽く吸い立てたりもして。
 その舌先と唇の内側の肉の柔らかさに、彼は従順に反応した。快感の強さに思わず指を丸め、爪先を尖らせることさえあったのに、彼女はやはりどこまでも寛容に足の指を受け入れて、逆に積極的に舌を絡めてくるくらい。
 だからまあ、堪えているつもりでも女のような声を出したかもしれない。自分でもそこまで気を配って洗わないところを、よりにもよって彼女の舌で清められ我慢できるほど彼は禁欲的でもないし、その天使に厳しくなれないから。
 そっと支えてくる細い指の感触、前髪の隙間から覗く陶然とした女の眼差し、見えそうで見えないだけに余計目映い女の諸肌。加えて爪の垢までほじくり返されるように舌先で弄られ、皮膚がふやけそうなほど唾液をたっぷり刷り込まれ、正直に言おう。彼の股ぐらの奥が、それはもう自分でも恥ずかしくなるほど浅ましく痛々しく屹立した。
 下から彼の足をしゃぶりながら、ちろちろ彼の顔色を伺う娘がそれに気付かぬはずがない。それでも彼女は自分からこれ以上のことをする気はないのか。にこやかに慎ましく、否、完全に挑発的な笑みを宿し、可憐な口を大きく開けて足の親指をはくり。そのまま一気に吸い上げる。
「ぁ……っ!」
 気持ちいい。だがそれ以上にもどかしい。自分が本当に娘に舐めてほしいのは、熱心にしゃぶって口の中でたっぷり愛撫してほしいのはそこではないのだから。
 なのに娘は気付かない振り。親指の側面をこそいで垢を堪能するよう、おしゃぶりに夢中な赤子の粘りで、極上に柔らかい唇の内側を肉の輪にしてぴったり吸い寄せる。その強烈な感覚は、奉仕と言うよりむしろ拷問めいているほど。
 自然、腹と腿の内側の皮膚が引きつって痛くなる。下腹部が、ズボンのファスナーの奥がみちみち軋んで息苦しい。湿っているのはきっと気のせいではない。片足は温かい泥に突っ込んだように気持ちいいのに、そこは雨が入り込んだ靴の中さながら不快だった。
 きっと気持ちが悪いのは自分だから。気持ちいいのは彼女だから。だからだから、早く自分と彼女が混ざりあってしまえばいい。そうすれば不快は薄まり快が広がり増えていく。ぬるぬるのぐしゅぐしゅのどろどろになってしまえば、きっともっと気持ちいい。肌を焦がす快感の果て、ぴたりとひとつになってしまえばいい。
 だから男はいまだ乳房に吸いつく赤子のように自分の足の指にしゃぶりついた娘の名を。知らぬ間に淫蕩に成り果てた清き羽を持つ天使の名を。それでもなお美しく、どうしようもなく彼の心を狂わせる彼女そのものを求め、欲する意志を示すべく。
「ぁる、ティ……なごっ!?」
 額をぶつけた。
 油断していた。堅かった。予想外に痛かった。その、お陰で。
「………………は?」
 周囲を見回す。
 狭く暗い。馴染みがあるどころではないし、落ち着けるなんて好感の持てる表現でもない。素っ気ないほど見知った、見知りすぎて最早飽きて、その飽きさえも通り越した無味乾燥な闇が広がっていた。
 鮮やかな水色の瞳はない。桃色の髪も白い肌も、吸いつくようになめらかな肌も甘露だろう血をたっぷり詰めた肢体も、どこまで目を凝らそうが見当たらない。
「……………………」
 また周囲を見回しつつゆっくりと深呼吸。
 その際、鼻腔に捉えたのはただ自分の体臭のみ。篭りすぎて淀んだ気のある汗のにおい。それと微かに漂う酸っぱい臭いの正体は、正直、あまり考えたくない。
 ぎこちなく足下を動かし、首を引っ込めながら下半身を確認するが何かがいてくれたほうが助かるくらい、やっぱりそこには何もなかった。靴下を履いたままの己の足が虚しく開いては閉じ、障害物なんぞどこにもないと教えてくれる。
 ともかく。これは。つまり。
「…………おい」
 夢だった。
「おぃいいいいいいいっ!?」

◆◇◆

 上記のような夢をうっかり見てしまっただけなら、まだ元『暴君』にして現魔界最強と名高いプリニー教育係の腹の虫も大人しかったろう。
 だが不幸はときとして重なるもので、彼がそんな夢を見て飛び起きてしまったのは、まだまだ夜の部類に入る丑三つ時。以降、再び眠ろうと努力しても件の淫夢を思い出してしまい逆に興奮で目が覚め、罪悪感から無心になろうと頑張ってもやっぱり思い出してそれどころか続きを妄想してしまっていや違うそうではないのだとどこぞへ言い訳を連ねる羽目になり、ようやく記憶が薄れ瞼が重くなってきたのは、人狼の執事が起床の時間を知らせにドアをノックした丁度その頃。
 結局のところこの哀れなる吸血鬼の青年はろくに眠ることもできず、目の下に隈を作っての起床と相成ったのだが、これはまだまだ序の口。
 着替えを渡したプリニーにもの凄く生温かい眼差しを受け、朝食のイワシで二尾連続喉に骨が引っかかったせいで三尾目を食べ損ね、党首としての執務中、新入りプリニーに決が済んだ書類を誤ってシュレッダーにかけられたので一部やり直し。お陰で昼食を丸々食べ損ね、空腹を我慢しながらプリニーの教育に取りかかろうと工場に移動したら、もう一人のプリニー教育係たる覆面ヒーローが猛烈に張り切って、今日は全部一人でやるからお前は戻っていいと抜かしてきた。
 日付が変わって以降、大なり小なりの不幸に躓き続けた吸血鬼は、普段は寛容で、神経質なきらいのある人狼の従者を逆に諫めることさえあるくらい器が大きいはずの青年は、このときうっかり気が緩み、ついで堪忍袋の緒も緩んでしまった。
 具体的には、眼前の覆面ヒーローの襟ぐりを掴んで凄んだ。
「……ほぉう? いい度胸だなぁ、ニーノ」
「はっ!? ちょっ、ちょっと、ヴァルバトーゼ様ん!?」
 それまでは普段以上にしまりのない笑顔を張り付けていた優男も、さすがに『暴君』に喧嘩を売られては顔色を変える。一歩後ろで二人のやり取りを見届けていた銀髪の人狼は、ああやはりか、と言いたげなしみじみとした眼差しを主に送っており、覆面ヒーローの今後を憂う様子は一切ない。
「この俺に命令するとは、一体いつの間に貴様はそこまで偉くなった? さあ言え。何年何月何日何時何分何秒コンマ何秒魔界が何回回ったとき!?」
「ちょっ……!? なっ、なんでオレ、善意で言ったことにいちゃもんつけらなきゃなんないの!?」
「ほぉーう! 善意とは全く恐縮だなニーノ殿! 貴殿のような偉大なプリニー教育係に情けをかけていただくとは、いやはや恐悦至極、光栄の至り!!」
「いやあのヴァルバトーゼ閣下!? どうしてキレんの!? つかこの腕はナニっ!?」
「畏れ多くも偉大なるプリニー教育係ニーノ殿に申し奉れば、今、俺は猛烈に虫の居所が悪い」
 襟ぐりを掴む白手袋が力を増し、サンバイザーの奥を睨みつける瞳が血塗れの刃物より物騒にぎらつく。この瞬間だけでも物理的な攻撃力を伴いかねない眼光を受けたニーノは、首を絞められた鶏の断末魔さながらの悲鳴を漏らした。
「今朝から度重なる不幸に見舞われてな……空腹を我慢しながらプリニー教育に取りかかるはずがお前に開口一番『無駄足運びにわざわざここまでご苦労』と言われれば、これはもう喧嘩を売られたも同然」
「いやいやいや善意だから! オレの完全な善意だからっっ!!」
「悪魔が善意善意と主張するな馬鹿者がッ!!」
「ヒィイッ!!」
 覆面ヒーローの失禁しかねないほどの怯えように、とうとう静観を決め込んでいた人狼が一歩前へ進み出る。別に主の堪忍袋の切れ具合に危機感を抱いた訳ではなく、本当に大の悪魔に失禁されるのがいやなだけの可能性は非常に高い。
「恐れながら申し上げます、閣下」
「何だ!?」
 こちらは付き合いの浅いニーノと違い、『暴君』の二つ名に相応しい形相の主に睨まれても涼しい顔。それどころか、穏やかな微笑さえ浮かべているくらい。
「善意であれ悪意であれ、その男の申し入れを今回は受け入れてやってはいかがでございましょう」
「貴様まで何を……!」
「今朝から閣下が色々と災難に見舞われていることはわたくしもよく存じておりますゆえ、執務の時間を割いてでも休息を取っていただかなくてはと思っておりました。が、閣下はこのフェンリッヒさえ根を上げるほど頑固な方。わたくし一人が申し上げたところで却下されるのは目に見えておりました……」
 人狼の控えめな笑みと言う、見るものが見れば背筋に寒気を覚えかねない光景に、黒髪の吸血鬼は眉間の皺を浅くするだけだがプリニーカラーのサンバイザーの男は踏んづけられた蛙さながらの声を漏らす。
「しかし此度に至っては好機。この男は戦挙中の我々に代わりプリニー教育を一挙に担っておりましたし、本人がやると言っているのですから安心してお任せしてみてはいかがです?」
「…………」
「閣下?」
「そのお前からの申し入れを受け入れたとして、だ」
「は」
 慎重な口調に姿勢を正した執事に、主の吸血鬼は先より薄くはなったがやはり眉間に皺を寄せたまま訊ねた。
「追々罠を張っている確率がどれほどか、自己申告できるか」
「………………」
 愚直な、だがいつもの彼らしさも含んだ問いかけに、軽く目を見開いた人狼。続いていつもの含み笑いで、優雅かつ少々の茶目っ気を滲ませ小首を傾げる。
「……六割五分、程度かと」
「よし、ならば受けて立とう」
「勝負かよ」
 すかさず虚空に裏手をかざして突っ込んだ覆面ヒーローの発言は主従二人揃って無視したが、それはむしろこの優男にとって幸いだったとか。

◇◆◇

 まあそんな訳で不意の空き時間を得た吸血鬼はだが、しもべとともに屋敷に帰る選択肢はさっくり捨てて一人のんびり工場の見回り、と言う名目の散歩に興じることにした。
 すぐに帰って眠ればいいものをどうして散歩など、と背の高い従僕が目を剥くのは当然だったが、単純な話、様々な理由から寝れそうにないのだ。
 完全に仕事をするつもりでいたからそう簡単に体が休めそうにないのもあるが、頭に血が上りきり、まだ単純に不意の休暇を喜べそうにないのもある。当然あの夢の記憶もしっかり残ってはいたが、あれのせいで今日の不幸が続いたとなればむしろ今では忌々しいほど。だが内容と相手を思えば憎めず、それどころか変に浮かれてしまいそうな上に罪悪感も襲いかかって彼の心中は複雑極まり、再び胸の奥がむらむらと不快に蒸れてしまう。
 こんな精神状態では再び棺に戻ったところで安眠はほど遠かろうし、かと言って書類裁きの再開は御免被る。イワシを食べに屋敷に戻ってもその隙を利用した執事の怒濤の罠が待ち受けている予感しかないし、今朝のトラウマもあって満足に頬張れそうにない。
 故にこんな手段で暇潰しをするしかなかった男の行動を、どこぞのプリニー帽子の少女なら渋い面構えで仕事人間――悪魔だが――だの、無趣味でつまんない男ねだのと散々悪態をつくだろうが、幸いその小娘は最近一つ新たな趣味を作ったらしく、毎日熱心に出かけるばかりで彼に軽口叩く暇も惜しい様子。
 いいことだ。小人、閑居にして不善をなすと言うし、暇だ暇だと抜かしながらろくにプリニーらしく働こうとしない小娘が自分たちの関与外で何らかの活動に勤しんでいるなら、こちとら平和に暮らせるもの。その妹は構ってもらえなくて寂しいだのなんだの拗ねていたが、姉のために強くなれと申しつければこちら素直に応じる可愛げがある。
 そして仲間の女たちのうち最後の一人について近況を思い出そうとした彼は、今朝の夢のほうを脳裏に浮かべてしまい慌ててあの光景を頭から振り払う。
「……はぁ」
 これは世に言う欲求不満なのだろうかと、元はなんだったかもわからない崩れた煉瓦の固まりによっこら腰かけながら男は切ないため息を吐き出す。
 出会って三日で死に別れてしまった娘と四百年振りに再会し、彼女の使命は果たされたも同然なのだから今度は自分の番だと、約束を盾にこの地獄に住むよう強制してからもうそれなり経つ。
 正体を隠していたときは時折沈痛な面持ちで、なのに口を開けば金稼ぎばかりだった天使の娘も、使命から解放されてからはよく笑い、女らしく微笑ましい話題も口にするようになった。警戒心も解いたらしく、当初は掃除をしようとしても部屋に入れてくれないと報告してきたプリニーたちに、今では洗濯やちょっとした遣いを頼んだり菓子や軽食作りの手伝いをさせているくらい。
 それは悪くない。自分の食事代でさえ貧窮していた昔と違い、ようやくあの娘が本来の性格そのままに今を楽しめるようになったなら、いくらでも支援してやる。だが、もう少し別の警戒心を持ってくれてもいいのではないかと思ったりする訳だ彼としては。
 使用済みの下着を洗濯籠の一番上に入れてしまったり、ワイシャツ一枚きりの姿で台所だの小娘どもの部屋だのに立ち寄るくらいならまあまだ許そう。それだって十分迂闊だとは思うが、保嫌所で見習いとして働くようになって以来、疲労困憊で屋敷に帰ってくる日も少なくない娘に異性の目を退けるよう徹底させるのは少し酷な気がするし。
 しかし男の前で無防備な、ときには会話相手の彼でさえうっかり見惚れてしまうくらい美しい表情を晒すのは。こちらの理性の限界を試しているのか疑問を抱くくらい可愛い仕草をするのは。あまつさえ洗いざらしの、後頭部がどろり蕩けかねない芳香を放つ髪を解いたままこちらの手の届く範囲にまで近付いてくるのは。あのうっかり目を引く胸だの脚だのを変わらず丸出しにしているのは。
 ――正直、勘弁してほしい。
 いやあれらが自分だけに向けられているならまだ我慢できる。だが現実にはあの湖面で綻ぶ花の笑顔も、華奢で洗練された労りの手も、娘が勤める保嫌所では大判振る舞いされているのだろうと思えば腹の底が空腹とはまた別のむかつきを覚える。
 普段は不真面目で適当なあのプリニー教育係がやたらめったら張り切っていたのも、どうせ午前中に彼女の手当てでも受けたからだろう。反してこちらは今朝から夢の中以外一度も顔を合わせていないとなれば、あんなふうにうっかり手を出してしまうのも仕方ない。
 だがそのためだけに保嫌所に娘の顔を見に行くのもどうなのだ。怪我をしてもいないのに訪ねても相手にとって迷惑なだけだし、わざと自分の身を傷つけてまで娘に会いに行くのは本来あそこを必要とする患者たちに悪かろう。勿論、わざと怪我をして保嫌所の女たちに手厚く看病してもらおうとする悪魔どもの存在はあえて無視する。自分がそいつらと同レベルに陥っても虚しいだけだ。
「……虚しい、なあ」
 しかし今、排煙けぶり駆動音とプリニーどもの声が響く工場の裏でぼんやりと時間を潰す現状だって、相応に虚しいのではなかろうか。
 彼が党首である『新党・地獄』が与党となってそれなり経つ。扱う金は一介のプリニー教育係時代どころか暴君時代にだって見たこともない桁だし、書類一枚で変化する規模も多大で、今から彼が悪魔はイワシしか食べてはならぬとの条令を通そうとすれば可能なほど――ちなみに彼はそんなふざけた条令を発行する気はない。イワシの力を多くの悪魔に信じてもらえないことより、自分の取り分が減ったり、イワシを絶滅の危機に追い込んでしまうほうが余程深刻で恐ろしいため。
 だが相も変わらず工場から生産される無知なプリニーに手を焼かされ、腹心のしもべはどうにかして自分に血を飲ませようとあれこれ企んでいるし、四百年前の約束の娘と再会を果たせたって、ろくに触れることもできやしない。それどころか欲望が潜在的に高まり過ぎてあんな夢を見てしまうなんて。
 再会できるまでは彼女の夢自体、どんなものであれ身を切るような辛さに胸が苛まれたものだが、今では別の意味で申し訳ない。むしろ会いたくない。いや会えないのは寂しいけれど、今会ってしまったら多分自分はぎこちない反応をしでかすだろうし、それで彼女を傷つけてしまったりしたらどうしようもない。そうして落ち込む娘に誰か適当な男が声をかけたりしたら。それで彼女が励まされたら。笑顔を浮かべて、少しでもそいつに好感を持ったりしたら。その果てに少しずつ自分を見限って、その男と――
「ってそんなこと許すかァァァアアアア!!」
 うっかり夢の世界にでも旅立っていたのかもしれない。いやな妄想を繰り広げてしまった青年はがばと首を上げ、慌てて立ち上がろうとした。
 その瞬間を、誰が狙えるものだろう。
 たまたまだ。本当に偶然、悪い意味で奇跡的にその位置に彼の頭が移動してしまったから、そいつは緩い弧を描いて。
「――っで!?」
 工場のフェンスを軽々通り越し、黒髪の吸血鬼の後頭部に吸い込まれる勢いで不時着する。
 完全に油断しきっていた彼は、普段ならそんなもの痛がり悶絶するくらいで終わる彼は、その痛みと衝撃を無防備にも喰らってしまい、自分の後頭部に何が降ってきたのか把握できる間もなく。
「……っっ……」
 吸い込まれるように、意識を闇の世界へと落としてしまう。
 それでも最後に誰か、特徴的な語尾の悪魔の声を耳にして、彼はそちらを睨みつけようとした。しかしそれより先に意識の糸が脆く途切れ、ああ、あとは完全に――。

◇◆◇

 柔らかくて、冷たくて、いい匂いがする。
 冷たいのは多分氷嚢。冷たいのに柔らかいものが実在するのは知っていたが、自他ともに認めるほど古臭い考えを持つ彼はそれを好きになれそうにない。タオルに包まれたそれが氷なんかよりもよっぽど柔軟に、現在進行形で痛む患部をぴったりと包み込んで冷やしてくれていると理解していても、自然の摂理に反しているような気がしてならないのだ。
 柔らかいのは多分ソファ。どうやら自分は横向きの体勢で寝かせられているらしく、意識が浮上しつつある今では少しバランスを崩せば前か後ろに倒れそうで心許ない。足下なんかはみ出てしまっているから尚更だ。けれど頭部を包むクッションが、首や背中まで案外しっかり支えてくれているからまだなんとか微睡める。
 いい匂いは――知っている気がする。いや、実際に知っている。好きな匂いだ。意識すれば理性がふやけてしまう、どうしようもなく切なくなって、無性に甘えたくなる独特の、表現に難しいが甘いと判断できる香り。しかしそれが許される関係でもない今なら、危うい衝動を引き起こすその芳香はむしろ彼にとっては毒に近しい。
 どうしてそれがこんなに近くにあるのか。タオルの香りか、クッションか。女の部屋に数人がけのソファなんてなかったはずだ。大体自分は地獄の工場裏で一休みしていたのだから、女が通りがかって介抱するはずも――
「気がつきました?」
「……ん?」
 しかし匂いの主の声を予想よりも間近に聞き取ってしまう。薄らと目を開ければあまり見覚えのない棚と、設備品らしい機械が雑多に積まれている光景が広がって、ここは保嫌所の一部かと直感が走る。目を凝らせばその勘を裏付けるように、窓の下に座高測定機だの内視鏡一式だの箱が見えてきた。
 だがそれにしたってここはどこだ。何度か保嫌所を利用したことはあるが、患者用の寝台は四方をカーテンや素っ気ない壁に区切られているはずで、こんなもの横になって目にする機会はない。
 いやそもそも、普通なら患者をソファに寝かせたりしないはず。恐らく物置を兼用した従業員室だろうが、何故自分はこんなところに寝かせられているのだと疑問を抱いたところで下に敷かれた二つのクッションが動いた。
「んん……?」
 クッションがひとりでに動くはずがない。しかし薄目を開けただけでまだ意識が朦朧としている自分が身じろいだ自覚もない。なのに動くなんてどうしてだと、思わず彼はそのクッションと思しき物体を確かめるべく手を伸ばす。妙に細くてしっとりして、なのに柔らかい肌触りの。
「きゃっ、ちょっと、もうっ! 寝ぼけてらっしゃるのっ、ヴァルバトーゼさん!?」
「……は、ぁ?」
 またしても頭上から女の声が降り注ぎ、派手に頭を揺すられて手を退けられての現状に、ようやく眠気が取れてくる。いや、取れるなんてまだ生易しく、予感から眠気など奪われるついでに血の気も引いて起き上がろうとしたら、氷嚢越しにこめかみをぎゅっと押さえられた。思わずそちらに体を傾ければついに仰向けの姿勢になり、真っ白な天井を背にこちらを見下ろす薄青い瞳と目が合う。
「もう……急に動くと痛みますわよ?」
 ほろ苦さを含みつつも自分に笑いかける天使の、華のかんばせが異様に近い。彼女の両頬に垂れた前髪の房はそれ以上に近く、匂いも今までになく明確で。夜魔や猫娘ほどではないが、それでも立派に実った彼好みの双つの胸の房が、この距離と角度で見上げれば顔を埋められると確信を持たせるほど近かった。
 そして脚が。性格は淑やかなのに一瞬目を疑いかねない露出の、けどこちらも彼好みに肉付いた細い腿が直に後頭部をぴったり包んでいるのではと思ったのだが、よくよく後頭部を意識すればそうではなかった。氷嚢もあるし何やら布地が張ってある。はたと眼前をもう一度改めると普段乳房を支えている紺のリボンがない。女の格好に襟があって袖があって名札があって肩が隠れている。つまりこれは普通の衣服で、その中でも個性を取り払った規則性を感じさせるこの色と形状は確か。
「……アル、ティナ?」
「はい?」
「いつの間に、保嫌所は白衣を着用するようになった?」
 そうだった。
 吸血鬼が四百年にも渡って執心している天使の娘は、何故か現代的なワンピース型の白衣に身を包み、ご丁寧にも赤い十字が刻まれたナースキャップまで被って彼を看病してくれていたらしい。しかも膝枕で。何故か膝枕で。
 普段の格好だと膝枕なんてかなりまずいが、ワンピースを着用している今ならまあ大丈夫なような気がしないでもないが少し残念、いやいやその辺りについてあまり深くは考えまい。
 ともかく読んで字の如く白衣の天使となった娘は、氷嚢を彼の頭と自分の腿の隙間に固定したまま苦笑を浮かべて小首を傾げる。
「……その、少し話が長くなるのですが……」
「いいから話、……っく」
「あ、まだ安静になさってくださいね? あなた、硬球を頭にぶつけられて気を失っておられたんですから」
「硬球……?」
 どうしてプリニー工場で硬球が出てくるのか。無言で疑問の眼差しだけを送った吸血鬼に、天使はほろ苦い笑みでゆったり首を横に振る。
「それについてはまたあとでお話します。……まず、そうですわね。救護強化期間って、覚えていらっしゃいます?」
「救護……ああ、確か……」
 平たく言えば、保嫌所をもっと利用してもらう目的のアピール期間だったはずだ。
 政拳交代後、利用者が右肩下がりになってきた地獄保嫌所が客寄せ用に編み出した苦肉の策で、活動内容は従業員たちが出張保嫌所と称して地獄を練り歩き、怪我人に直接その場で傷の手当てを施すと言うもの。
 いつかは忘れたが、値段やサービス内容が普段と同じならと、彼女が持ってきた活動許可書に判を押した記憶がある。緊急を要する場合もあるのだから、そんなことをせず随時従業員が一定の場所に詰めているべきだと、尤もな意見でしもべが反対したのも覚えている。
 活動の効果は実際のところ、当初なら物珍しさから盛り上がっていたものの、三度目四度目辺りから少しずつ利用者が減っていき、最近では期間外と同じかそれ以下になって、彼女たちの努力に反した結果に他人ごとながら心苦しく思っていた。
「それの新しい方法と言いますか……強化期間中、従業員が白衣を着用してはどうかとの意見が出ましてね。まだ正規に申請していませんから、今回はお試しで」
「……そう、なのか」
 膝枕をしてくれる相手を見上げる新鮮なアングルからの、娘のかたちのよい乳房と笑顔を同時に視界に納めた吸血鬼の目元がうっかりだらしなくなる。が、見惚れられていると気付かぬ娘は暢気に頷いた。
「はい。今のところ評判のほどは上々ですし、そもそも保嫌所なのに白衣を着用しないのは衛生面でどうなのか、なんて意見も出てますから、後々正規に申請するかもしれません。そのときは、どうぞよろしくお願いしますわね」
「あ、ああ……」
 ちゃっかり宣伝されてしまったがやはり能天気に見惚れるばかりの吸血鬼。ついで現状に欲が出て、このまま身じろいだり寝返りを打ちたい衝動に駆られるがこちらどうにか抑え込んだ。まだ彼には聞かねばならないことがあるのだ。
「それで……あなたがここに運び込まれたのは、ですね……」
 その聞かねばならないことについて、重々しく口を開いた娘に赤い視線が重みを増す。彼がその話題に集中した証であって、別に好色な視線のつもりは本人にない。絶対に、とは言い切れないが。
「……その、フーカさんが……」
「小娘だと?」
「わざとではなかったそうですわよ? むしろあんなところにあなたがいるとは全く思っていなかったそうなので、随分慌てていらっしゃいましたし……」
「待てアルティナ。……っ、つまり何か。あの小娘、工場の敷地内で野球……」
 硬球と、あのプリニー帽子の少女が得意とするスポーツとを繋ぎ合わせておずおず推理を口にした青年に、天使はあっさり肯定した。
「はい。なんでも、プリニーさんたちに野球を教えるのがマイブームだそうで」
「まい……!?」
「『工場の空き地に丁度いい感じのとこ見つけちゃってさ~。久々にやりたくなったんだけど、一人でできるもんでもないし。プリニーたちも息抜きは必要でしょ? だから何匹か適当に新入り誘って付き合わせてたら、お互い結構盛り上がって。最近、ずっとやってるの』――だそうで」
「あんの……ッッ!!」
 ここ最近、新米プリニーが注意力散漫な理由をようやく把握した吸血鬼の頬を、まあまあと白く華奢な指が撫でてくる。白指から与えられる刺激は堪らなく気持ちいいしくすぐったいが、あのなり損ないプリニーの小娘のしでかしたことを考えれば怒らない訳にはいかない。
 プリニーとは、罪を犯した人間が贖罪のためだけに転生させられる悪魔の下等種。その存在意義は一に労働、二に労働、三四がなくて五に労働と表現しても過言ではなく、個人の趣味を許してやれるのは前提に二十二時間労働あってのもの。
 皮の余りを被らされプリニーにさえなりきれず、唐突な自分の死を認められない小娘を、彼は哀れと思っても例外としてその立場を免除してやるほど恩情をかけるつもりはないのだ。仲間の一人として屋敷に住まわせ、定期的に小遣いを与えてはやるがそれはあくまで党員としての働き――本人は気まぐれに暴れ回っているつもりだろうが――を評価してやってのこと。
 それでも一人だからこそ、及びラスボスを目指し未熟なりに精進している妹の存在があるからこそ多少は大目に見てやっていたのに、真面目に働くべきプリニーを巻き込んで彼らの贖罪の邪魔をするとは不届き極まる。小人、閑居にして不善をなすとは言うが、ここまでそれが徹底されているなると最早呆れも通り越す。
 頭の痛みが引いた暁には、多少荒っぽい手を使ってでもあの小娘にプリニーとしての立場を思い知らさせてやるべきかと、歯軋りしながら具体的な計画を頭の中で練りだした青年の額を、またしても華奢な手が優しく覆ってきた。
「もう……、なんだか凄いお顔になってますわよ。今は難しいことを考えず、少しお休みになってください」
「む……」
 彼の額に添えられた手は、性欲を煽り立てるつもりなど一切ないのだろう。撫でるにしてもまるで膝の上の猫をあやすような素っ気なさだが、そのさらさらとした軽い感触が心地良くて思わず口元が緩みかける。いやしかし、それでも彼は気高きプリニー教育係であるのだから。
「……小娘のしでかしたことを考慮すれば、穏やかな気持ちになどなれん」
「なら、罰としてお小遣い抜きを申しつければよろしいのでは? フーカさんにプリニーさんたちを巻き込んで野球をやらないよう言い聞かせたいなら、それが一番効果的だと思いますわよ」
「…………」
 それだけの問題ではないのだが、目下あの小娘に罰を与えたいならそれが最も効果的なのだろう。小一時間の説教より即効性がありそうな辺り、現代っ子と言うやつは扱いが難しいんだか単純なんだかよくわからない。
 ともかく一つの問題に対しあっさり解決策を出されて吐息をついた吸血鬼は、まだ話が途中だったと思い出し女のほうに頭を浮かせかける。が、撫でていた手でしかと止められた。あともう少しすれば乳房に頭が埋まったかもしれないのに。
「それで? 小娘が秘密裏にプリニーどもと工場で野球に興じ、ホームランだかファールだかで俺の後頭部にぶち当たったのはまあ理解した」
「前者だそうです。フーカさんの場外ホームラン。それでプリニーさんの一人がボールを取りに行ったら、あなたが倒れていらしたと」
 すかさず補足説明を受けて、再びあの野球馬鹿小娘に怒りが湧いた青年。早口で吐き出すように天使に訊ねる。
「……小遣いなし以外であの小娘に与える罰は思いつくか」
「今回の治療費を請求なさっては? もしくは、単純作業で精神的消耗が激しいアルバイトをさせるですとか」
「ふむ、いいアイデアだ」
 このやり取りによって一つの悲劇が予定された訳だが、それを彼は華麗に流して頭を動かさないまま周囲を見回す。
「それで、どうして俺はここにいて、お前の看病を受ける羽目になった」
「それはですね……」
 どうせこちらも自分が倒れたのと同じくらい下らない原因かと思いきや、娘は妙に深刻な表情で仮住まいを正し、軽く項垂れながら説明してくれた。
「倒れたあなたを発見したフーカさんたちがこちらに搬入してくれたのですけれど……運が悪かったのもありますし、わたくしたちも見通しが甘かったのでしょう。今日は強化期間の最終日ですから、従業員全員総出で対応することになったのですが、患者さんが予想外に多くて……」
「しかしベッドを一つ確保するくらい……」
「怪我だけではなくて、横になる必要がある患者さんも多かったんです……。ですから、あなたがここにかつぎ込まれたときもベッドが空いていなくて……」
 軽い自責の念を抱いて浮かない彼女の顔に、これは本当なのだろうと青年は密かに納得する。見習いの彼女なら仮病に騙される可能性も高かろうが、古参従業員である金髪の僧侶はその点の真贋も鮮やかに見極める。その彼女も働いていながらベッドの数が足りないほどの事態になったのなら仕方あるまい。
「意識があれば待ってもらったり、椅子で休んでもらうこともできますが、運び込まれたあなたは意識を失っていらしたからそれも難しくて……なら、こちらの休憩室を使うしかない、と」
 それでどうして『業欲の天使』の膝枕なんて、魔界の一部の住人からすれば血涙流して羨ましがるオプションまでついているのか。ちらと娘に無言で先を促した青年に、彼女はあくまで軽く笑った。
「細かい話になりますけれど、あなたのたんこぶはうつ伏せでも仰向けでも、氷嚢用の固定台では冷やせそうにない位置にありましてね。なら人がついて患部を冷やすしかなくて、だったらまだ休憩に行っていなかったわたくしが、と言うことでして」
「そうなのか……」
 実に理論整然とした理由に頷かされた吸血鬼は、心の中で高らかに古参の僧侶に感謝の意を表する。閉館時間ぎりぎりに駆け込んでイワシの骨を取ってもらったときからあの女悪魔は慈悲深いと常々思っていたが、よもやここまでとは。この恩を返すべく、来期の保嫌所への予算はなるべく融通を利かせようと密かに彼は決意したが、それが相手の狙いだとはついぞ見抜けなかった。
「それで……お前はまだここにいるのか? と言うか、これで休めているのか?」
 自分の頭の重みで彼女の足が痺れているようならすぐさま上体を起こす気でいる青年に、お気になさらずと天使はいつもの気軽な笑みで彼の動きを制する。
「魔力を失って小柄になった影響か、思ったより軽かったです。むしろこの体勢であなたが休みにくいと仰るのでしたら……」
「い、いや、それは……別に……」
 女に軽いと言われるのも案外喜べないものだと一つ学んだ青年は、頭を振りながら頭部に神経を集中させる。しっかりした生地に包まれていても、彼女の太股の柔らかさと温かさは薄らと感知できたのだ。それを味わえるなら、今堪能できなくてどうする。
「……枕として使う分には、遜色ない」
 遜色ないどころか、できればこれからずっと自分専用の枕になってもらいたいくらい気持ち良かったが、彼女に望むのは膝枕だけではないし、そんな傲慢な上にわがままな告白ができるようなら彼はこんな状況ごときで浮かれない。
 しかし娘は彼の素っ気ない言葉を譜面通りに受け入れて、苦笑しながらまた氷嚢の位置を直してくれた。
「でしたら、もう少しこのままでいますから、またお休みになさってください」
「……少し?」
 さすがに付きっきりは難しいのか。思わず眉をしかめた彼の考えを裏付けるように、頷いた女の体がソファに軽く沈む。
「ええ。意識が戻るまで一時間以上かかったら、目が覚め次第なるべく早く現場に戻るように言われてましたので……」
「つまり一時間、以上気を失っていたのか、俺は……」
 いくら油断していた節があったとは言え、そこまで長々と醜態を晒していたなんて。魔界を危機から救って以降、緊張感を失った党員も少なくないが、密かに自分も油断していたらしいと思い知らされ反省した吸血鬼の耳に、ううんと女の唸りが届いた。
「あれは気を失っていたと仰いますか……。……あの、実は寝不足だったりします?」
「なっ、何を根拠に!?」
 単刀直入な問いかけに、裏声で反応した彼の態度が何よりの根拠。白衣の天使は彼に注ぐ視線に呆れの色を露骨にして、もうと短く嘆息する。
「いけませんわね。いくらお仕事が多くても、きちんと休むときは休んでください。ご自分の体調を疎かにするから、こんなことになったんですのよ?」
「い、いや、それは……」
 彼が今日寝不足になった原因は仕事ではなく、むしろ今の話し相手のせいなのだが、つまびらかに話せる内容ではない。話したら頬に平手打ち、及びもう一度昏倒させられる羽目になる可能性は大いに高く、薄青の視線に疑問符が含まれていると察した彼は直ちにいや、と一声鋭く否定した。
「……すまん。お前の言う通りだ。だが、俺にも立場と言うものがあってだな……」
「それはわかっております。けれど、あなたが過労で体調を崩されたりすればほかの皆さんに迷惑がかかるでしょうし、わたくしだって心配しますのよ?」
 わたくしだって、の一言にうっかり頬が緩みかける。しかしもし本当に彼が過労で倒れても、彼女は看病してくれまい。つきっきりで面倒を見る役はあえて言うなら執事が買って出るだろうし、良くて見舞いに顔を出すくらいだろう。
 それがわかっているはずなのに、この状況は彼の心のたがを緩くする効果を持っているらしい。拗ねた口先から不意に本音が出てしまう。
「……ならもう暫く枕役をやれ」
「あらあら、随分とお気に召していただいたようで」
 だが娘の声はいたずらっぽく、本音の吐露さえ精一杯な男心を汲み取った気配はない。しかしこの状況でもっとこちらを慮れと主張するのも幼稚だからと、彼は半ば捨て鉢に顎を引いた。
「ああ。お陰でまた休めと言われても、すんなり眠れそうにない。少なくとも俺が寝付くまではいてもらいたいところだが」
「……それ、あなたが寝付いたところでわたくしが立ち上がろうとしたら、またあなたが目を覚ましそうな気がしますわよ?」
「ふむ、言われてみれば確かに」
「もう……」
 頬を軽く膨らませ吐息をついた娘は、結局のところ患者のわがままよりも自分の立場を優先したようだ。氷嚢を自分の膝と青年の後頭部の隙間から抜き取ると、患者のたんこぶの辺りを軽く触診。くすぐったいやら痛痒いやらで口元を疼かせる吸血鬼の表情を覗き見ながら口を開く。
「痛みも少しは治まったみたいですし、これから氷嚢は自分で固定してください。あなたはちょっとした痛みや枕が変わった程度で眠れなくなるほど、軟弱な精神の持ち主ではありませんでしょう?」
「…………む」
 普段から自分はイワシを食べて強くなっただの頑丈になっただのと公言していた男は、その発言を受けて苦虫を噛み潰したような面構えになる。娘の発言のせいで、以降どんな反論をしようが、その瞬間から彼は自らが最も嫌う軟弱者に成り下がってしまうのだから。
「と言う訳で、申し訳ありませんけれどわたくしはこれで失礼しますわ。あなたはもう暫くお休みになって……いつでも構いませんけれど、もう動いて大丈夫だと思うようになったら、あちらに顔を出してください」
 彼の首の負担にならないよう、静かに膝を抜き取りソファから立ち上がった天使は、専用のサンダルをてんてんと蹴って傍のテーブルに置かれていた盆を手にする。盆の上には簡素なコーヒーカップにパン屑つきの包装紙が折り畳まれており、どうやら彼が起きるまで本当に一服していたらしい。
 氷嚢だけを枕とするようを強いられてしまった青年は、拗ねた心持ちで天使が後片付けをする光景を眺めるものの、その口元は妙に緩い。
 当然と言えば当然。もうあの素晴らしい時間は遠のいてしまったが、今の彼の瞳には麗しい天使の、可憐で清潔感に溢れ、なのにどこか粘つく疚しさも引き起こす白衣姿がしっかと焼き付けられているのだから。
 備え付けのシンクでカップを洗う娘の背中を覆う、桃色の豊かな髪はいつも通りきっちり結わえた三つ編みなのに、頭上にちょこんと乗ったナースキャップがやけに可愛らしい印象を与える。更に彼女の身を包む簡素な白衣は、簡素だからこそ着用者の女らしい華奢さと豊満さを隠しながらも強調して、普段の高露出な天使の装束より余程服一枚奥への想像力を煽られる。
 おまけにタイトな膝上十センチほどのスカートからにょっきり伸びる脚は白色灯の光を反射し細やかな輝きを放って、どうやらストッキングを着用しているらしい。本人は棒きれのようと自虐したひかがみやふくらはぎがやたら艶めかしく、目を細めた青年はそこでふと違和感を抱かされる。
「……アルティナ」
「はい?」
「右脚の後ろのそれは、柄、か……?」
 えっと口の中で悲鳴を漏らした娘が、指摘された通り右ふくらはぎの後ろの外側を見、更に屈んで不自然な色合いのそこを触ると小さく呻いた。彼の質問は実のところ、ストッキングの伝線をやんわりと指摘していたのだ。
「もう……どこかに引っかけたのかしら」
 当事者はなかなか気付かないが他者にわかりやすい位置でこうなってしまえば、穿き換えるしか対処法がない。幸いここは従業員室だったので、時計をちらと確認した彼女は自分のロッカーを開けてもう一つのストッキングを取り出し、直ちに穿き換えるのかと思いきや。
「……ヴァルバトーゼさん?」
「ん?」
「どうして、こちらを見ていらっしゃるの?」
 一連の光景をソファに寝そべったまま眺めていた吸血鬼、一昔前の深夜番組を観る男児の心構えで天使が自分のスカートに手を伸ばすのを待っていた節は確かにあった。ので、ブラウン管の向こうから女優に子どもはもう寝なさいと怒られた気分そのまま、居心地悪く瞼を閉じ畏まる。
「……その、すまん。うっかり、な」
「うっかり女の着替えを見ようとするのは、紳士的ではありませんわね」
 サンダルがリノリウムの床を擦る音を聞きながら、そうだなと頷いた青年はロッカーの隣、ソファの足下の方向に姿見があったことを脳裏に蘇らせる。どうやら彼女はあちらに移動してから着替えるつもりのようだ。
 案の定、ソファの足下のほうが軽く沈むと同時に娘のよいしょと呟く声を聞く。立ったままストッキングを脱ぐのはやはり至難の技なのか、患者の邪魔にならないようソファに腰掛ける面積は小さいものの、彼は足下に全神経を集中させて彼女の臀部の気配を感じ取ろうとする。その脳裏には、タイトスカートに包まれた尻をこちらに軽く突き出しているだろう娘の、無防備だからこそ悩ましい姿勢がやたら生々しく描かれていた。
 そうして響く衣擦れの音。厚い生地のスカートをたくし上げているらしいのに、何かをずら下げ、ぱちんぱちんと何かを弾く音が、やかましい自身の鼓動の隙間を縫うようにして青白く尖った耳に届く。
 しかしスカートにボタンらしいものはあったろうか。ワンピース型である以上、脱がすとしたら一般的なシャツと同じく上からボタンを外していけばいいはずだと疑問を抱いた青年はふと閃く。あれは金属製のクリップを外した音、つまり彼女のストッキングは。
「ぐッ……!」
「えっ? あ、あの、何かありまして?」
「い、いやっ、少し、傷口に水がしみてな……!」
「は……? 擦り傷はなかったように思いますけど……?」
 そうだったかもしれないが、これ以上突っ込んでくれるなと願いながら彼は口の中で二の句を濁す。別の意味で心臓に悪くなってしまったが、彼がうっかり歓喜の声を出しかけてしまったのは彼女がガーターベルトを着用している可能性がある、どころか確信を得たからで。
 このご時世にあえてそれを身に着けるのかと複雑な心境ながらも胸ときめかせた吸血鬼は、彼女の本来の年齢を思い出し即座に納得。どちらかと言えば自分と同じく旧い世代の彼女が、腹まですっぽり覆ってしまうあれを気に入らない可能性は高い。それよりも腰回りを締め付けず、仕組みが分かりやすいもののほうがずっと好ましいと考えて、白衣の下にガーターベルトを着用しているのではなかろうか。
「………………」
 白衣の下にガーターベルト。
 用途としては清く正しく、着用者もまた誰かの目なんて一切意識していなかろうが、それでもその単語を頭の中で反すうすれば、いつの間にか白衣を脱ぎ捨てた脳裏の天使の艶然と自分に笑む姿を妄想してしまう男心の虚しさよ。
 二の腕を寄せて胸の谷間を強調し、竦めた肩から腰にかけて描かれる曲線のなんと悩ましいこと。しみ一つない太股に、レースのガーターベルトと同じくレースのタイツがやわく食い込んで、窮屈そうに見えたなら外してくれないかと誘っているよう。
 ああ当然外したい。腰回りを申し訳程度に隠す下着も含めて毟り取り、控えめに肉付いた腿に淫らな指の痕を刻みつけたい。無論それだけではなく、娘の太股の奥、誰も見たところがないがきっとしとどに濡れた――
「…………!」
 と、目を瞑り、口も噤んだままの青年は、とある可能性について唐突に閃いてしまった。
 下着。そうだ下着だ。
 昨夜、いや正確には今朝見てしまったあの突拍子もない淫夢、実は本当にあったことではなかろうか、と。
 いやいやそんなはずはない。棺には自分以外誰の気配もなかったし、靴下が脱げていないのも確認した。だからあれは夢だと実感して、酷く落胆したではないか。いや、しかし足が濡れていないのもきちんと確認したのか。自分の体臭にうんざりして、誰かの残り香を嗅ぎ取る作業を本当に忘れていないか。棺の外で息を潜める誰かの存在を確認しなかったのか。更には部屋の外まで見て、誰か自分の部屋に来なかったのか本当に確認したのか。
 過ぎるそれらの仮定に、青年は目を瞑りながらもそっと明後日の方向に首を向けて黙り込む。そこまでは確認しなかったのだ。起きた瞬間からあれは夢だと思い込んでいたから、現実になりうる可能性なんて探ろうとも思えなかった。
 ならばこの発想もまた一蹴できない。もしかして彼女が自分が寝ている間にこっそりやって来て、夢に出るようなことをしたかもしれない。そんなはずはない、あいつはそんな奴ではない? 否、断定は無意味だ。何せ、彼女と自分は離れて四百年。無垢な人間の時分と違って、魔界で怪盗をやるくらいになった女も色々世間を知っただろうし、天使と言えど身の内に艶火を宿さないとは言い切れまい。もしかすると、自分を起こし、襲われるつもりであんなことをしたのかも――いやいやいやそんなそんなそんなことは!
 ならば確認するしかあるまい。この娘の潔白を知るために、あの夢に出てきたような淫らがましい下着を身に着けていないか確認しなければ、自分の中で彼女の立場は曖昧になってしまうだろう。そんなはずはないと信じようとしても、こうして頭の中に可能性が生まれている以上、意識しないはずはない。そんな靄を抱えたまま、いつも通りに振る舞えるのか。不用意に傷つけてしまったりしたらどうする。そうしないためにも、今、ここで、きっちり白黒つけてしまわねば!
 ――等々、悪魔の中においても更に悪魔らしい思考に取り付かれてしまった不幸な青年は、躊躇い苦しみ苦悩を抱きながらも必死に抵抗した。甘言に惑わされまい、彼女の潔白を心から信じてやるべきだと、ある意味では吸血の誘惑より更に強い吸引力を持つ提案に、しかし血を絶ったとき以上に必死になって足掻いた。
 だがやはり、悪魔は所詮、悪魔でしかなかったのか。闇の使徒として世に生まれた以上、黒い欲には打ち勝てない生き物なのか。いくら使命に一途たれ、悪魔として高潔たれと意識していても、誰かの潔白を信じぬけない宿命を背負った哀しい生き物なのか。
 結局、彼は学んだ。
「……ぃしょっと。では、ヴァルバトーゼさん」
「ん……?」
「そのまま、暫くお休みなっていてくださいね。寝すぎたと思っていただくくらいで結構ですから」
「……ああ、わかっている」
「本当にわかっていらっしゃるの? 十分もしないうちにこちらに顔を見せてきたら、今度はソファに縛りつけますからね」
「ええい、患者を脅すな。……行くなら行け。お前のせいで目が冴えてきたらどうする」
「あら、それは失礼しました。……では、お休みなさい」
 穏やかな声ののち、気を遣って扉を閉めた音が小さく耳に届く。
 そうして緩やかに広がる沈黙。窓の外がどんよりと黒く分厚い雲に覆われていなければ、微睡みさえ覚えかねない小ぢんまりとした空間の中でただひとり、ソファに横たえた痩躯の吸血鬼はしみじみと、己の胸に刻みつけるよう強く思う。
 ――白、最高、と。
 女の心の潔白を示すには、やはり文字通り白が一番いい。淡い桃色や水色や黄色でも問題はなかろうが、純白の説得力たるやそれらとは一線を角す。
 ついで、やはり臀部は前からではなく後ろから見るのが最もいいともしみじみ実感させられる。前は明け透けで慎みがない。いや後ろだって十分ないかもしれないが、二つの尻肉が性のぎらつきをやんわり覆い隠し、柔らかそうだとか触りたいとか顔を埋めたいとか下半身に直結する欲望への衝撃剤になってくれるのは実に素晴らしいことではなかろうか、と。
 ちなみに下着の色の確認が即ち彼女の潔白に繋がるからとピーピング・トムに洒落込んだこの青年、目的を果たした瞬間、あの疑心暗鬼の囁きを一気に霧散させ、ますますもってただ天使の娘の下着姿を見たかっただけだと自ら証明したのだがこれはあくまで彼の心の中の問題。本人さえ気付かなければ誰もそれを指摘しないし指摘できないため、悲しいかなこの出来事は表面上何事もなく終わった。
 しかし救護強化期間についてはそれだけで終わらない。
 のんびりソファに寝ころびながら、だらしなく鼻の下伸ばして脳内で天使の無防備な艶姿を何度も反すうしていた『新党・地獄』の党首殿。あの彼女の格好は自分が独占できるものではなく、今後の新しい客寄せのためなのだと遅ればせながら理解すると甘い気分も一気に吹き飛んだ。
 と言うかあの怠け者のプリニー教育係が今日やたらと張り切っていたのはあの格好の彼女の手当を受けたからだと今更気付き、これからの救護期間中、彼女がずっとあんな格好をして不特定の患者と接触するかと思えばむしろ危機感で胸が重苦しくなる。自分でさえ一目でときめいたし理性がかなりぐらついたのに、抑えのなっていない、けだもののような悪魔どもが彼女に近付こうものならどんな不幸が起こりうるのか。
「まずい」
 最悪の想定をし、普段から血色の悪い顔から更に血の気をさっ引いた吸血鬼は、がばと起きあがると時計を確認。幸い診察室に顔を出しても再びソファに縛りつけられない程度の時間は経過していたので、ドアをやや乱暴に開け、危機感のない従業員たちに異議を唱えようとしたのだが、診察室は白衣の人物どころか患者さえいなかった。
「はぁ!? まだ就業時間のはずだろうが、いないはず……っ!」
 ベッド側の衝立から微かに漏れる苦痛の唸りを背景にざっと周囲を見回せば、すぐ机に書き置きを発見する。古参従業員のものだろう達筆で、党事務所に書類を届けに行きます、申し訳ありませんがご用がおありの方はそのままお待ちくださいと書いており、背中が一気に強ばった。
 混雑は一段落したのかさせたのか。今の時間帯はいわゆる役所仕事の窓口が閉じる寸前、なら連中は滑り込みで何かを申し込む気なのだろう。その中でも今の時期で保嫌所が関わる出来事は、救護期間に関するもの以外あるまい。白衣の件が正しい処置に則って実行に移されかねないと瞬時に理解した吸血鬼は、険しい表情で外套を翻し、保嫌所の扉を蹴破ると全速力で駆けていく。
 目指すは党内事務所。彼女たちが向かうのは恐らく党内で彼に次ぐ権力を持つ人狼のもと。硬派なあの悪魔なら女たちの格好には惑わされないだろうが、売り上げが良かったのならと今後活動を認める可能性は非常に高い。
 そうなる前に、暢気な女たちにデメリットを訥々と教え込んでやらねばなるまい。そうしてあの天使の貞操を、白衣姿を誰にも見せないように守ってやらねばいやいやあの姿を独占したいとかそんなではなくて!
 かくして病み上がりにも関わらず、地獄を黒と赤の暴風よろしく吸血鬼がひた走る。
 彼が事務所に辿り着いた果てには何が待ち受けていたのか。その子細は省くが、保嫌所から出ていく際の保嫌所従業員一行は白衣の上にカーディガンを羽織ってこれもまた奇妙な色気を滲ませており、またそのうちの夜魔と僧侶の二人は、黒髪の党首殿が素人童貞精神を発動させたりしないようにと密かに願っていたのだそうな。








後書き
 同人誌で重苦しいのがひたすら続いてたからえろくて頭悪いの書くぜおー! ってなったけど閣下いいとこなしだしOGERETU過ぎたねてへぺろ☆
 何気にこれ、最初の段階では連載の予定でした。強化期間で白衣コスするアルティナちゃんとエンドロールに出てきた同僚二人の話のはずが閣下視点で童貞あほえろ~んに。

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・事実婚夫婦の日常

2012/11/22

 いい夫婦の日ですねと言う訳で五分も練ってない小ネタ(意訳:とっとと結婚しろ)!


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・疑惑のめぐり

2012/11/28

 結婚とかにんっしんっなネタはちらほら見たりするけどこれはそんなないよなーとふと思ったのでございまする。
 当初は連載として考えてたとかお下劣な上に最低ね自分!

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