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・魔界は地球じゃないですし

2011/12/12

 この辺の疑問を解いてくれそうな設定資料集は現れるのか。…現れない気がしないでもない!

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・妄想DLC真ブルカノ面接イベント

2011/12/22

 風呂入って思いついたときはもっと下品だったのに口調見直すためイベント見たら結構同情しちゃったでござる。


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ヘクセンハウス事件

2011/12/26

 目の前には簡素な白い無地の皿。一見人間界にもある平々凡々としたもののようだが、プリニーの爆発に耐える魔力の加工が成されているため見た目から連想される価格以上に高価であることを知るものは少ない。
 しかし高価と言ってもたかが知れている。上層区住まいの悪魔貴族が日常的に使うものに比べれば桁が二つ三つほど違うが、それに関して彼は別に不便を感じたことは今まで一切ない。
 大体たかが食器だ。問題はそれを入れる食材にあり、そうして真にこだわらなければならないものこそがそちらだろうと彼は信じてやまない。
 だから皿の上に乗っているものが食べられるものならそれでいい。目でも十分に楽しめる芸術性やら盛り付けのバランス感覚やらにこだわる気は一切ない。そう信じてやまない彼をして、しかし今回ばかりはその意見を翻すしかない物体が眼下にあった。
「……なんなのだこれは」
「……なんなのでしょうね、本当に」
 鸚鵡返しに応じたのは天使の女。盆を両手に抱えて笑うがその片頬は居心地悪そうに引きつっている辺り、笑って誤魔化せるなんて考えてもいないのだろう。つまりこの娘はこれの製作に一切関わっていないと暗に知らされて、ようやく吸血鬼は安堵の息を吐き出した。
 だが相手はそう受け取らなかったらしく、何故か焦った様子で懇切丁寧に説明を始める。
「あの、これからはあまり連想できませんけれど、今日はわたくしとフーカさんとデスコさんとでジンジャークッキーのお菓子の家を作りましてね。ヘクセンハウスとも呼ばれるものなのですが」
「ああ……いつかは忘れたが朝から台所を貸し切らせろと言ってきたな。あれが今日だったか」
「ええ。クッキー生地はわたくしがあらかじめ作っておいたので、型抜きや飾りつけをおふたりが担当していただいて。結果としてはそれなりの見栄えと味のものが完成しましたので、こうして皆さんにお裾分けに……」
 それなりの見栄えと味と、言われても。眼下に広がる光景は、悪魔にしては珍しく馬鹿正直な性格と呆れ気味に称されることも少なくない彼をして瞬時に疑いの眼を向けざるを得ない代物で。
 そんな青年の気持ちを手に取るように察したか。娘は慌てて製作者たちのフォローを始める。
「いえその、別におふたりも悪気があってこうした訳ではありませんのよ!? 完成当時は躁に近い状態でしたから、冷静な判断力を失っていたと申しますか、思いやりが裏目に出たと申しますか……!」
「結果的に善意の押し売りになってしまったと。まああの小娘どもが狙ってこんな真似をしたのなら、大いなる知性の芽生えだと手放しで褒めてやったところだ」
「随分と痛烈な皮肉ですわね……」
 しかし昂然と反論をしない辺り、この娘が製作者たちと青年どちらの肩を持っているのかは自ずと知れる。
 それも当然。誰がどう見たって、吸血鬼の前に置かれたものは悪意なく構成されたようには見えないのだ。とは言え、腹を壊すこと確定の虫が湧いた生ごみやら、炭にしか見えない焦げた物体やらを差し出された訳でもない。
 内容はごくシンプルにアイシングが施されたジンジャーブレッドマン、スポンジケーキ、マシュマロ、生クリーム、ラズベリーソース。それらの盛り合わせが本日の地獄党党首殿に差し出された小休憩用の間食である。彼の好物に一掠りもしないが苦手なものも混入されていないので、それらが普遍的に盛り付けられているようならまだ彼も義務的にフォークを取って夕食を励みに食したことだろう。しかし今、ふたりの視線を一挙に浴びる物体は――
「死体が発見された雪原の模型を食わされるのだ。それくらいは大目に見ろ」
 残酷だが悲しいほど的確な表現を用いられ、天使の娘は無理からに作った空笑いで返答を濁す。
 一面に山と盛られた生クリームやマシュマロだけならまだいい。これだけならまだうんざりさせられる程度で済むのだが、そこに半端に埋もれた虚ろな笑顔を張り付けた人型の、無残にも三つか四つに割れたジンジャークッキーに何かしらの悲壮さを感じ取ってしまえば、このデザート盛り合わせから感じられる胸の悪さはまた別種の酷さを生み出す。
 ジンジャーブレッドマンの周囲に配置された、脆く崩れたスポンジケーキと煉瓦型の模様が刻まれたクッキーの一部、砕いたアーモンドが、崩壊した一軒家の瓦礫を彷彿とさせて。更には人型の割れ目を隠す意図が伺える、血の毒々しさを連想させる鮮やかな石榴のジャムとラズベリーソースが決定打。逆に言えばその彩りがあるからこそ簡素な無地の皿の上は、室内にいたにも関わらず雪崩に巻き込まれて運悪く圧死したジンジャーブレッドマン氏の悲劇的な最期の光景を見事表現していた。
 今や地獄どころか魔界で最も注目を浴び、歴史に名を残す英雄とまで謳われたこの血を吸わない変わりものの吸血鬼が、今年一年を終えるまであと八日と差し迫った本日。ともに戦った仲間のふたりであるなり損ないプリニーの小娘とその妹たるラスボスを目指す人造悪魔の童女から、この日のためのプレゼントとして贈られたものがこれだ。
 なんでも人間界では今日は一年の中でも元旦と同じくらい特別な日らしいが、神の子とされる男が人間界で生まれた日を何故悪魔が祝わねばならないのかについて、あれこれと力説していた姉妹はついぞ説明しなかった。そのためふたりのリクエストであるもみの木の飾りとやらの購入を蹴った男は、翌週同じ面子に台所を貸してほしいとせがまれたのだ。それくらいなら好きにしろと許可してやった結果が件の家で、ともかくその甘味の一部が、つまりこのありがた迷惑なお裾分け。
 しかもこれを持ってきたのは同じく仲間のひとりであり、彼にとっては四百年前に出会った忘れえぬ想い出の女にして、以降多大なる影響を受けた唯一無二の存在のもとは人間、現在は天使となった娘で。彼女に対して色々と甘い自覚がある青年は、こんな悪趣味な砂糖の山を差し出されても相手を悲しませたくないと思えば部屋から追い出す気なぞ湧いてこないのが今はいっそ恨めしい。だからと言って男を見せるためこの皿のものを一気食いする気もまた湧いてこないし、そんな姿を見せたところで相手も喜ばないだろうが。
「……あの、とりあえず一応一口だけでも召し上がっていただけませんか。残ったものは甘党の方にでも処理してもらいますから」
 それどころか天使はこうして、凄惨な物体を差し出された吸血鬼に救いの手を差し伸べるほどの思い遣りに満ちている。真っ当に主を思い遣るならこんな食欲を減退させる物体を最初から目に触れさせるなと彼の僕である人狼なら怒りそうなものだが、生憎とその悪魔も製作者たちである押しの強い姉妹によって似たような目に遭っているか、もしくはそれを予期してふたりから逃げ回っていることだろう。
「ふむ。確かに味の感想を聞かせろとせがまれれば困るしな……」
 ゆえにそんな正論を思いつきもせず申し出を能天気に受け入れて、しみじみと娘に感謝の眼差しを送った彼はようやくフォークを持つ気を湧き立たせる。そのまましばし迷ったが、とりあえず毒々しい光景の最大の原因であろうブレッドマン氏の遺体を食すと決めて掬い上げる。
 しかしその介入は逆効果だったらしい。赤いソースやジャムが上半身が消えてしまった被害者の血痕及び内臓として雪原に更に無残な印象を残し、悪魔でさえもなかなか気が滅入る光景が広がってしまう。だがこれはあくまで菓子だ。そう自らにきっぱりと言い聞かせた彼は無造作にそいつを口の中に放り込み、黙々と咀嚼して喉の奥にノルマを押し込んでしまおうとするが、喉は予想以上に上手く動いてくれない。
 青年とて悪魔として長らく生きてきた以上、この菓子の模型より凄惨で生々しくて残酷な光景を目にしたことは何度もあるし、これ以上の光景を自ら作り出したこともある。だがそれとこれとは別問題らしい。ここ数百年間の偏食が悪影響を及ぼし、この苦痛を長引かせているのかもしれない。
 なんと言えばいいものか。生クリームの濃厚さと歯に染みそうな甘さと口の中に広がるバニラの香りのくどさが、食欲を秒単位で削り取っていくのだ。ジンジャークッキー自体は恐らく真っ当にスパイスを利かせた味付けのような気がするし、毒々しい色のジャムやソースは既製品のため相応の程好い酸味があるはずなのだが、それらをも超えるクッキーにべったりと付着していた生クリームの甘さと存在感が今の彼にとっては酷く重い。甘いものは一種類を除いて苦手ではなかったはずなのに、また一つ苦手なものが生まれそうな予感がするほど、まったりを凌駕してもったりと重い。
 このまま順調に行けば吐き出しかねないと危機感を覚えた彼は、視界に入ったカップをすぐさま手に取り口の中に含む。こちらは天使の娘が丁寧に淹れてくれた、砂糖を一切入れていない珈琲の苦味と酸味がようやく生クリームに打ち勝って――いや、まだ生クリームのほうが優勢かもしれない――どうにか混合物を喉の奥に押し流すことに見事成功。そのまま続けて珈琲を飲み干し、口内にしつこく残る甘ったるい後味もなんとか流し清めて大きく、限界までの素潜りからようやく浮き上がったような具合の息継ぎをする。
「……ぶぁッ!」
「お、お粗末様でした?」
 ぜえぜえと肩を荒げる吸血鬼に、娘は憐憫と労わりの笑顔を浮かべるも少しばかり退き気味なのはどうしたことか。自分の言動を全て肯定してほしいなどと馬鹿げた主張をする気はないが、割合必死にこの試練を乗り越えた青年にとって彼女の反応は些か不満が残る。
 そうして微かに拗ねたような表情を作った青年を無視する気なのか。天使はいまだ彼の眼下に鎮座する皿をまた盆に乗せてから、珈琲のカップも一緒に乗せて早々と退室の支度に取りかかる。女が今日ここを訪れて十分経ったかどうか曖昧なくらいの短時間なのにもう出て行くのかと、吸血鬼はますます眉間の間に刻まれた皺を深くした。
「……ほかの連中にも配って回らねばならんのか」
「いいえ? わたくしはおふたりから、あなたひとりを担当するよう仰せつかったのですが」
 軽く皿を掲げて見せる仕草に、彼は相手の意図をしっかりと汲んでしまってどうとも言い辛い表情で口先を尖らせる。本心は不明だが、天使の娘にはこの吸血鬼が残したデザート盛り合わせを喜んで食べる誰かを見つけに行かねばならない用事が急遽できてしまったらしい。
 しかし青年にとってはそんなもの、久々のふたりきりの時間に比べれば天秤にかけるまでもない。
 何より彼もまたこの魔界に住まう悪魔であるからして、相手の都合より自分の欲望を優先することにそれほど罪悪感を覚えない生き物だ。別に小一時間も拘束する気はないと自分に言い聞かせれば娘を見逃してやる気はますます失せて、彼は会釈しようとする天使の手から鮮やかに盆を奪い、椅子を半回転させて自分に近い位置にある書類の山の一部に避難させた。当然、背後から憤りの声が吹きかかる。
「ちょ……もう、急に何をなさるんですか!」
「これはプリニーどもに押しつけることにする。……朝から小娘どもに付き合わされてお前も疲れただろうが。ここで暫く休んでおけ」
 椅子の位置を戻しながら少しばかり声を潜めて気遣ってやれば、娘は鮮やかな薄青の瞳を瞬かせてからいえそんな、と微笑んでくる。その笑みは確かに天使らしく美しく清楚で、見るものの心を穏やかにさせるはずだろうに彼にとっては胸の奥が騒がしく高鳴ってしまう不可思議な効力を持つ。今はそんな不意の動悸にももうすっかり慣れてしまったが、たかが笑顔や仕草だけで振り回されてしまう自分に戸惑ったり疑問を抱いたりしたのは、さてどれだけ以前のことだっただろう。
「わたくしにとっても楽しい時間を過ごせましたもの、疲れてなんていませんわ。おふたりともわたくしの指示にもきちんと従ってくれましたし、お菓子の家も可愛くできましたし、味もそれなり美味しくいただきましたし……お裾分けでここまで酷くなることだけは、予想外でしたけれど……」
 見惚れるほどの笑みにぎこちなさを滲ませ、再三申し訳なさそうに天使の娘はちらとこちらに視線をやるが、生憎と吸血鬼の青年は気遣いの眼差しに鷹揚な態度で応じてやれるほどの余裕はなかった。さっきも似たようなことを聞いた気がしたか、一口だけでもあの盛り合わせを味わった今なら彼はその評価に大いなる疑念を持ってしまう。
「……美味かったか?」
「……あの、そんな予感はしたのですが。美味しくありませんでした?」
「食べれるはずのものを食って吐き気を催したのは久し振りだった」
「そうでしたの……」
 嘘偽りない感想に、娘はあからさまに肩を落とす。そんな顔をされてもあの子ども舌の上に甘党の姉妹の味覚が、イワシを偏愛する男の味覚とかち合うはずがないのだからとっとと諦めてもらおうと思った青年は、ここでようやく相手が悄然としている理由を察する。この天使は確かクッキー生地を担当していたと先ほど説明していたのだ。つまりあのジンジャーブレッドマンもまた彼女の手によって生み出されたものだと考えを改めれば、彼の感想は傷付かれても仕方ない。まずい。
「ち、違うぞアルティナ! 吐き気を催したのはお前ではない!」
「は?」
「い、いやお前の作ったほうではない! あのクリームがだな、歯に染みるほど甘い上にもっちゃりとしていて……」
 と思い出してとにかく酷い出来の生クリームだったと伝えようとするはずが、あの気持ちの悪さもまた口内にリアルな感覚でぶり返してきてもとより青白い吸血鬼の肌が更に悪く、土気色に近くなる。気付けを兼ねて珈琲を飲みたい一心から盆の上を覗くも、白いカップには豆の糟が底に溜まっている光景が虚しく広がり、一気飲みしてしまった過去の己を彼は猛烈に恨んだ。
「……悪いがまあ、そのくらい酷いものだったのでな……」
「そう、でしたの。……でしたら、クッキーのほうには特に大きな問題はありませんでしたのね?」
「恐らくは……まあ、なかった」
 曖昧な表現で悪いとは思うが、それだけ生クリームが酷かったのだと再度強調した彼に、そうでしたのと女は一応納得の姿勢を見せる。それでも気になることがあったのか、小首を傾げて過去の振り返るように小さく唸った。
「けれど、わたくしがおふたりと一緒に食べたときはそんなに酷くはありませんでしたわよ? ……もしかして、わたくしが見ていないうちに粉砂糖でも降ったのかしら」
「かもしれんな。まあ原因は俺にはわからんし、突き詰める気もない」
 暫くは生クリームなんぞ口にしたくもない心地で投げやりに呟いた彼に、あらあらと天使は苦笑を浮かべる。
「甘いものが苦手になってしまわれましたか?」
「可能性はある。何にせよ、今の俺にとってイワシに勝る食い物はない」
「それは絶対に仰ると思いました」
 くすりと笑った女は、そこで何か彼の顔の異変に気が付いたらしい。不意に青年を瞬きも少なく眺めていたと思いきや、無防備にも身を乗り出してひとさし指を至近距離まで差し出してくる。
「……何だ。何か顔に着いて」
「はい。さっきあなたが仰っていた……」
 つと、丁度彼の口の端。唾液で湿った口内に触れるか触れないかの曖昧なところに、ふっくらとした白指が、温かくてなめらかな質感を持つそこが、軽く拭い取るような動きをして。
「生クリームが着いていましたので」
「……そ、そうか」
 本来ならば短く感謝の言葉の一つでも投げかけるべきところだろうに。自分の唇に娘の指が触れた事実に、まるで思春期の子どものような動揺を示す内面を抑えつけるのに精一杯な青年の目に、更に追い討ちとして信じられない光景が映る。
 いやしかしこれを過激と表現するのは悪魔の中でも初心な子どもくらいのものだろう。けれどこの吸血鬼にとって、胸の悪さが一瞬で吹き飛ぶほどの衝撃を受けたことは間違いないのだ。
 天使の娘が彼の唇から掬い取った生クリームを、平然と自分の口に運んで味見をする。青年の唾液に少しは濡れたかもしれなくて、また唇にこびり付いたものを拭い取った訳だから間接的な口移しに近いはずなのに、相手はさして気にしたふうでもなく自分の指を舐めて。
「なっ……!」
「……確かに。あのときより甘い、かも?」
 簡単に、それだけしか考えていなさそうに軽く眉をしかめて呟いた。
 いやそれより前に何かあるだろうがとの反論がすぐさま頭の中に浮かんだ吸血鬼ではあるが、口は池で餌を求める鯉さながらはくはくと開閉するばかりでまともな意味を持つ言葉は発せられない。
 対する娘は暢気なもので、けれどこれくらいなら別に殿方でも平気ではないのかしらとぼやきながら、彼のほうをまともに見ないまま形式的に会釈をして踵を返そうとする。つまり本気で、自分がしでかしたことに気付いていないらしい。
「い、いやお前、アルティナ……!」
 それはいくらなんでもおかしくないかと、もしかして自分を異性として見ていないのかと。そうだとしたら来年に引きずる勢いで傷付くと、そんな気持ちを籠めてようよう立ち上がり声を荒げた青年に、ようやく娘は振り返るもこのときもやはり大切なことを理解した顔をしていない。
「はい?」
 真っ直ぐに自分を見つめてくる薄青の瞳は凪いだ湖めいて澄み煌いており、いつもの彼なら能天気にぼさっと見惚れていたことだろう。もしくはこの天使の娘の眼差しと意識を、このときばかりは自分が独占できることに幼稚な喜びを覚えたかもしれない。だが今は生憎とそんな余裕はないのだ。
「……あ、あの、な……」
「はい、どうかされました? ……もしかして、やっぱりお皿はこちらでお預かりしておきます?」
「そうではない! そうではなくて……!」
 じれったく頭を振った男は、顔が熱いし頭も胸も落ち着かないが、やはり自分がしっかりと言うしかなさそうだと実感させられてまず深く静かに長々と息を吸い込む。続いて息を吐き出すついでに勇気を振り絞り、――しかし的確な表現が不幸にもすぐには出てこなくて、かような表現で彼女を注意する羽目になった。
「あんな真似はするな! その、俺以外に!」
「……は?」
 唐突にそんな言葉で怒られた娘は、数秒間理解不能とばかりきょとんと目を瞬いていたものの、彼の態度と視線とでようやく何を指し示されているか理解したらしい。
 新雪をそのまま映したように白い肌が、見る間に彼女の髪と同じく鮮やかな桃色に染まって、目が一際大きく見開かれたと思いきやすぐに恥ずかしそうに伏せられ、唇から声にならない悲鳴が漏れる。その悶絶の声の与える初々しさに、またもうっかり男の胸が切なく甘く高鳴った。
「あ……の、その……!」
 もつれる舌を復活させる余裕もないのか、娘は我に帰った顔をするとぱっと彼に頭を下げる。それから居た堪れなさそうにドアノブに取っ組みかかり、扉を開けていく様子がまた普段とかけ離れてうろたえ気味なのがどうにも微笑ましく。
「も、申し訳ありませんでした……っっ!」
 無駄の多い動きで最後の扉も開けて、彼のほうへと辛うじて振り返り謝った娘の動揺振りがあまりにも酷いものだから。彼は唖然と、と言うより最早さっきまでの自分の動揺を忘れた蕩け気味の頭で手を掲げ、気にしていないと仕草で示すと扉が力強い音を立てて閉められる。
 一連の天使の様子を脳裏に再生し、くすくすと思い出し笑いを浮かべた男は以降無自覚ににやけていたようだ。感想を聞きに来た姉妹が彼の顔を一瞥し、セクハラだのエロ親父みたいな顔だの散々酷い言葉を放ってくるまで、彼の浮つきは収まることはなかった。





後書き
 多分4魔界はクリスマスがほかの魔界より認知されててかつ「あ? なんで聖人の誕生日なんぞ俺らが祝わなならんねん」的な考えを持ってる悪魔が多そうだなつまりフーカすんたち的に自分なりのクリスマスの楽しみ方をパーティー以外で見つけるほかなさそうだな→そうだ、ヘクセンハウス作ろう! と相成りました。
 実際は作ってる最中も書きたかったけど時間切れぐぬぬ。

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懺悔の夜

2011/12/31

 丸々とした赤い月は、灯りに透かした鮮やかな鳩の血色に輝く紅玉ほど煌いてもおらず。かと言って、つい先ほどまで熱き血潮を脈打たせていた心臓ほど毒々しくもなく。人間界では知恵の実と謳われ、同時に原初の罪の果実として畏れられる、真っ赤な果実ほど鮮やかでもない。
 なんとも半端な色だと彼は吐息をつく。柔らかくもないが見ていて気に障るほど刺々しくもなく、静かでもないがこれを見て落ち着けるなどと世辞であっても思えそうにない。しかし血が滾るほど禍々しくもなく、無視できるほど違和感の薄い色味でもなく。
 けれどいつかの自分なら、こんな事象は完全に無視していたはずだ。魔界の最低級悪魔が転生を迎えようが迎えまいが、自分には関係ないことだと信じてやまなかった。
 今は違う。魔力を失い地獄に堕ち、僕とともに魔界の刑務所たるここでプリニー教育係として働くようになってから、かつては『暴君』と恐れられた吸血鬼は魔界に住んでいれば当然のように出くわすこの事象に、もうそんな時期かと微かな感慨を持つようになった。別に驚きもないし、どんよりとした薄墨の夜空を覆わんとする赤い輝きにしみじみと酔うこともなく、ただちらと窓の外を眺めて意識する程度であったがそれでも変化に違いない。
 しかし今宵はどんな偶然か。中天に昇ろうとする赤い月を目にして、一介のプリニー教育係と成り果てた男は珍しくも立ち止まってしまった。
 理由ならば一応ある。彼が今日は赤い月の晩だと気付かされるのは、大抵月が天高く昇ったあとのこと。魔界の空に広がるプリニーたちの中身――ほのかに白く、淡い蛍火のような光を宿した人間たちの魂――が、赤い月へと舞い上がる光景を目にして、今日がその日なのだと遅まきながらに知らされるばかりなのに、この日に至ってはそれがまだ為されていないから。
 そうしてこの場面に出くわした彼の感想が、以上のような色気もへったくれもないものだった。本人としてはまるで準備はすっかり整ったかと思いきや、実際は並べて中途半端なまま放り出された立食会の会場を見せられたような拍子抜けを味わったに程近いが、それは赤い月にとって無体と言うもの。いつも舞台のクライマックスだけを愉しむ客が、勝手に早い時間にやって来てきてああまだ途中だったのかと無碍にも切り捨ててきたに等しい。
 そんな調子で一瞬止まった歩みをまた再開しようとした男は、不意に向こうからこちらを目指すつるりとした紺色の頭にすぐさま足を止めさせられた。そいつは立たせた卵型のシルエットに、棒切れのような二本足、ついでどうにか小さな蝙蝠羽が垣間見えてようやく悪魔だと理解できるほど、悪魔としての禍々しさが薄い、どころか間抜けだとさえ思わせる風貌の。近くで見れば卵型なのも間抜けなのも至極当然、作り物めいたペンギンに、ちゃちな悪魔の羽を生やしただけの容姿。これが魔界の使い捨て悪魔、最低級悪魔、生前罪を犯した人間たちが贖罪するために転生した姿、今宵の主役、プリニーである。
「ヴァルバトーゼ様、こんばんはッス」
「うむ。お前は今日か」
「はいッス。今までご指導ご鞭撻ありがとうございましたッス」
 もうすぐ贖罪の皮を脱ぎ捨て新たな生を受けられると言うのに、律儀なプリニーは深々と頭を下げて己を教育してくれた悪魔に礼をする。それが今の生業であり、恐らくは使命であると受け入れている男にとって、しかしそこまでの行為は過ぎたもの。やんわり手をかざして頭を上げさせる。
「無知なお前たちを指導し、どこに出しても恥ずかしくないプリニーに仕立て上げるのが俺の仕事だ。感謝されるほどのことではない」
「それは理解しているッス。ですけども、ヴァルバトーゼ様に指導を受けた一期生としては、やっぱりお礼を申し上げたいところなんッス」
「ほう……? 一期生とな」
 随分と珍しい単語を耳にして、青年は面映くも過去を振り返る。
 当然、プリニー教育係となるなどそれまで考えもしなかったこの吸血鬼は、野垂れ死ぬかこの職を取るかと言ったところで生き長らえる道を選んだものの、翌日から容易に満足できるほど職務を果たせたかと問われればさにあらじ。
 何せプリニーの生産数は最盛期ほどではないにせよ、青年が教育係となった当時もそれなりに多く、何より彼らは投げれば爆発すると言う厄介な体質を持った悪魔である。そんな危険な上に扱いも面倒な悪魔たちが魔界の常識も知らず、また己の体質の実感も薄いとくれば、事故を起こす確率は高い。かようなものどもを一つところに集わせてプリニーの基礎を刻み込むのだから、プリニー教育係は常に危険と隣り合わせ。神経を配り事故を起こさないように対処しつつも、彼らをなるべく効率良くまた効果的にプリニーとしての教育を施すと言う、常人ならばすぐさま神経を磨耗させてもおかしくない職である。自らに溢れる魔力を揮い勝手気ままに生きてきた若き吸血鬼にとってもまた同じく、この職に就いて以降暫くは混乱と反省をしない日などなかった。
 けれど生物とはいかに苛酷な環境であっても生きる意思さえあればいずれ耐性が着くものである。人間を恐怖で戒める使命に忠実な『暴君』は、熱せられては叩かれてを繰り返した刃物のように少しずつ、反省と試行錯誤の末にプリニー教育係となった。
 しかし今でも我が身を不勉強だと考える彼としては、最初に自分が出荷したプリニーなぞ、逆に教育を施された面々に対し申し訳なささえ覚えてしまう。尤もあのときはあのときで精一杯だったから、当時の自分を叱咤する気などありはしないが。
「お前たちも災難だったな。もう少し俺が早くプリニー教育係の職に就くか、もしくはよその悪魔に教育を受けておれば、ここまでプリニーとしての生を引き延ばすこともなかったろうに」
「そんなことはないッス。ヴァルバトーゼ様のお陰で、先輩より早く転生した同期の連中や後輩も沢山いるッスよ!」
 それは何よりだと思うが、しかし結局のところ彼らが早々に転生し得たのは青年一人の働きがあったからではない。何故か自分を執拗に持ち上げたがるプリニーに、吸血鬼は小さく首を振った。
「それはお前たちが俺の教育を受けたからではなく、お前たちが俺の教育を真摯に受け止め、贖罪に励んだからこそ。……それにお前は一期生と言っていたが、俺がプリニー教育係となってどれほどの年が経ったと思っている?」
 そこは手痛い指摘だったようだ。
 プリニーは照れ臭そうに頭を掻いて、自らがどれだけ長きに渡ってこの魔界で贖罪に励んでいたかを自覚したらしい。ささやかな沈黙が横たわり、青年はふと肩の力を抜いた。
「まあ来世もまた俺の教育を受けぬよう、清く正しく生きるが良い。尤も、このような苦言でさえも転生すれば忘れてしまうが」
「そうッスね。……ですから、ちょっとヴァルバトーゼ様に話を聞いてもらいたかったんス」
「話?」
 もう間もなくすれば転生だろうに。金を稼ぐことで生前の罪は浄化されたはずだろうに。どうして罪を犯したプリニーの話を聞かねばならないのかと、彼は鸚鵡返しに呟き相手を睨む。
 それはやんわりと断る意味合いを込めた仕草のつもりだったのだが、相手はそう捉えなかったようだ。もしくは捉えていながら無視したか。転生まで残されたごく僅かな自由の時間の潰し方にしては、あまりいい方法とも思えない。
「正直なところ、ヴァルバトーゼ様でなくても良かったんスけど……まあ、お礼を言いに行く前にここで会えたッスし、私は多分ヴァルバトーゼ様に教育を施された最後の一期生ッスし、これも何かの縁だと思って」
「それに付き合わされる俺の身にもなってみろ。お前は今夜でプリニーとしての生を終えるが、俺には明日もいつかのお前のような無知なプリニーたちを導かねばならんのだぞ」
「それほど時間はかけないつもりッス。……ですから、お願いしますッス」
 深々と、先とは違い土下座の勢いで頭を下げられてしまい、さすがの吸血鬼も罪悪感に近いものを感じて折れた。しかし転じて考えれば、最後の一期生との言葉は割合重要かもしれない。このプリニーの身の上になど興味はないが、彼の教育方法について一言あるなら是非とも今後に活かそうではないか。
 そんなふうに転んでもただでは起きない心構えで、ただ短く一言、話せと命じた男は近くにあった瓦礫に腰かける。頭を上げたプリニーは、はいと神妙に頷いて、死んだ魚のような瞳を空へと向けた。赤い月は、まだ中天に辿り着いてはいない。
「……まず始めに言っておきますッスと、私がこんなに転生に時間がかかったのは、当時のヴァルバトーゼ様の腕が未熟だったからではなく、私の罪の重さにあるッス」
「ほう。お前の犯した罪とは何だ」
 確かに規格外に長い間働いていたと言うことは、それだけ重い罪なのだろうがそれとてたかが知れている。どうせ人間界で死罪となるほどの罪を犯したのだろうとの青年の予想は、すぐに裏切られた。
「戦争ッス。戦争を引き伸ばしたのが、私の罪ッス」
 戦争。珍しく嫌いな言葉に、このプリニーに興味などないはずの青年の瞼が細かく震える。
 彼の微弱な変化を気付いていないのか気にしていないのか。プリニーは重く息を吐き出して、肩を竦めるような仕草を取った。プリニーにはそんなものないはずなのに。
「私はもともと辺境伯の家に跡継ぎとして生まれ育った人間ッスから、家と領地を継げば、もしものときは敵国からの侵略を防ぐのが使命なんッス」
「……ああ、わかっている。人間界では貴族であろうが王族であろうが死ねばプリニーなのはどこの世も変わらん」
 実際、そんな戯言を吐いてプリニーとして生きることを拒絶した悪魔が今まで何匹かいたが、彼らには徹底的な教育を施すことでどうにか出荷に漕ぎ着けた。あんなことを毎回する気はないが、反抗的なプリニー用に別メニューとして洗練する必要はあると彼は頭の中の一部にメモを貼り付ける。
「それで、その機会が私の代で訪れたとき、始まった当初は私も領地が面倒に巻き込まれるのは嫌だし、とっとと終わらせる気になってたんス。……けどまあ、人間ってのは意思が弱い生き物ッスから」
 苦笑で濁すプリニーの言いたいことは、手に取るように彼にも伝わる。結果この生前愚かだった人間は、私利私欲のために戦争を膠着状態へと導いたのだろう。
 反吐が出そうだと、彼は嫌忌も隠さず眉間に皺を作る。
「理由は色々あるッス。金も、他の貴族が自分に媚びへつらう様子も、王陛下のご心証を得る機会も、色んなものが、いえ全部が魅力的だったッス。だから私は、戦争を引き伸ばして集まってくる金や権力の行使に酔い痴れていたんス」
「成る程。それでは贖罪にこれほどまでの時間がかかっても仕方あるまいな」
 一切の同情もなく、それどころか嘲りさえも含めて断言した青年に、そうなんスとプリニーも過去の自らの悪行をあっさり――当然だが――認める。
「けど、そのときはそのときで、罰を受けていたつもりだったんス。甘い汁を麻痺するほど啜って、もうこれ以上幸せな人生はないと思っていたときに……私の末娘がひとり、死んでしまったんス」
 その声の陰りに、青年の眉間に刻まれていた皺が少し薄まる。末娘とやらはとても大切だったのだろう。それを告白した際のプリニーの声は瞳以上に虚ろで、虚ろだからこそ贖罪の日々を終えた今でもそれが長らく尾を引いていると知れる。当時はその事実に一体どれほど嘆き悲しんだのか。ざまを見ろと、運命とやらもなかなか悪くないものだとさえ彼は思う。
「娘が死んだ原因は、よりによって私が引き伸ばした戦争でした……。あれは変に賢しくて変に愚かな娘でしたから、私の犯した罪の尻拭いを自分なりにしようとしていたのでしょう」
「話が見えんな」
「怪我人の看病を自費で行っていたよう……なんス」
 懺悔を告白する相手と己の立場を思い出したか、慌てて語尾にプリニーの証を付ける愚かしい元辺境伯の努力を、彼は静かに受け入れ見逃してやる。贖罪分だけ働いたのならば、こんなときくらい目を瞑ってやろう。
 けれど青年が唐突に、それまで聞き及んでいた中ではむかつきしか覚えなかったプリニーにそんな慈悲を示すのは、その娘とやらの話を聞きたくなったからだ。
 戦時中、我が身を省みず怪我人を看病する父想いの優しい娘――差異はあっても、誰かに似ていると彼は思った。その誰かを思い出すことは昨今あまりなくなったが、姿を脳裏に描こうとすれば今もなお鮮やかに思い起こされる。その娘を目にしたときの自分の感情もまた同じ。温かく、優しく、切なく、くすぐったく、けれどそれ以上に身を切るような後悔の念が、心の臓を杭よりも深く穿っていく。
「あれはもとより変わった子でして……宝石だの甘い菓子だの詩篇だの、年頃の娘らしいことにはちっとも興味を示さない娘でした。動物が好きで、野の花が好きで、春から夏の終わりにかけては泥だらけにならない日がないほどで」
「土遊びか」
「似たようなものです。領地の子どもらと一緒になって、花を育てたり、鳥や栗鼠など小さな生き物の世話をしたり、怪我をしたものの看病をしたがりましてな。と言っても聞き分けの良い、貴族の娘としての教養も受け入れる子でありましたから、輿入れ頃には諦めるだろうと、それまでなら許してやろうと思ったのです」
 その話し振りから察するに、実際にはそうはならなかったのだろう。今度はそんな彼の予想を裏付けるように、プリニーは短くも深く嘆息する。
「けれど私が必死になって王太子との婚約にこぎつけようとしている最中、ついにあれは医者になりたいなどと言ってきまして。……そんなこと、許せるはずがありません」
 そうだろう。今の人間界ならば、努力と機会と知識さえあれば女であっても医者にはなれると聞き及んでいる。けれどこの男が生きていた時代ではそんなこと、お伽噺よりも荒唐無稽。なれても精々、当時の人間たちにとって得体の知れない術を使う魔女や魔法使いと誹られる隠者、異端者としての医者だ。貴族の娘がそんなものになるなど、親は決して許すまい。
「しかも理由を聞けば、戦で傷付いた人たちを治したいと来たもので。まるで私の醜く肥えた胸の奥から良心を抉り出すような耳に痛い言葉ゆえ、動揺と勢い余って閉じ込めたのですが、あれのほうが一枚上手でした。仲の良い侍女の手を借りて、最低限の荷物を持って家を飛び出していきおって……」
「お前が引き伸ばしている戦時中にか?」
「……はい。けれどそのときも私は、あれを甘く見ていました。露にも濡れるようにと、まさしく王女のような暮らしをさせていたつもりでしたがあれは自ら露に濡れてはしゃぎ笑うような娘。身分を偽り、自分の所持品を売りながら荒んだ街で暮らしていても、そうして工面した金などすぐに尽きるであろう、慣れぬひもじさと孤独からすぐに帰ってくだろうとたかを括っていたのです」
 プリニーの声には明確な子への慈しみに塗れていたが、それ以上に感じ取れるのは自らへの嘲りと怒り。事実、娘が折れてくるのを安穏と待ち、また耳に痛い言葉を愛する娘から聞いたはずなのに戦争を続けさせていた男は、彼からしても擁護する気が欠片も湧いてこないほど愚かしい。
「そんな調子で二年経ち三年経ち……そうして遂に痺れを切らし、ようやく街を探すように配下のものへ手配してみれば。既に、あれは死んでおりました。金の工面から疑心暗鬼を起こした我が陣営の兵士たちに目をつけられ、殺されたと聞きました」
 そう知らされたときこの男は、一体何を思ったのだろう。
 当時の姿などまるで想像もできないが、その反応はおおよそ予想できた。と言うよりも、あの娘。『暴君』と呼ばれた男がプリニー教育係となるに至った切欠の約束の娘が、今しも息絶えんと弱り果てた姿を見つけ出したときの自分を自然と思い出してしまって、彼はそっと瞼を伏せる。――自分は何を勝手に当てはめているのだろう。人間の親が我が子を知らず見殺しにしたと聞かされた衝撃は、約束を破ってしまった娘への罪悪感と等しいとでも思っているのか。我ながら何を。
「……あのとき、私はきっと狂気に駆られていたのでしょう。すぐさまあれの墓を暴くように指示し、城の霊安室に運ばせました。そうしてその日から毎日のように、あれに謝罪の祈りを捧げるようになりました」
「馬鹿馬鹿しい。お前が真っ先に為すべきことは、戦争の終結に向けての交渉だろうが」
 気持ちはわからなくもないが、敢えてそんな言葉でこの父親の、娘への償いを一蹴すると静かにプリニーは首肯する。
「左様。しかしあなた様にはわかりますまい。娘をみすみす死なせてしまった、間接的とは言えその原因を作った己の罪深さを知った父の気持ちを」
「…………」
 わかるはずもない。彼が知り得ているのは、約束を破ったことで生まれる悲痛なまでの胸の痛み。相手への申し訳なさ。守れなかった自分の不甲斐なさ。あのとき時間を戻せたら、娘の命を守れれば、己の命を喪ってもいいとさえ思うほどの強い強い悔恨の念。
 けれど彼はそれがどれほど辛いものか、この眼前のプリニーに言葉で伝えるつもりはない。きっとこの苦しみは、あのときの痛みはどれだけの言葉を尽くしてもこの男にわからないだろうから。この男の苦しみが、自分に伝わらないのと同じように。
「……三、四年でしたかな。ようやく衝撃から立ち直った、いえ、自己満足を突き詰めて気が済んだ私は、あなた様の仰るように粛々と事を済ませました。そのときようやく、金も権力もあったところで幸せにならぬと、あれらは真に大切なものを取り戻すほどの力は持たぬと悟ったのです」
「……愚かしい。しかしそこまでの愚か者なら、成る程。以降どれほど改心したところで、死後こうしてプリニーになるのも当然だ」
 悪魔として、人間を恐怖で戒める闇の使者として残酷な言葉を放ち元人間の魂を嘲笑ってやる男は、けれどその胸中は優越感など一欠片もありはしない。
 何故ならばこの男は根本的には自分と同じ、つまり自分もまた愚かなのだと自覚させられたから。大切なものを喪って、引き返せない過ちを犯して、ようやくどれほど自分が思い上がっていたかを強い痛みとともに知らされる。この元人間は金と権力を、彼は己の力を過信して。
 だから本来ならば、青年はきっとこのプリニーを嘲笑う資格などないのだ。しかし彼はプリニー教育係として、彼らを導く存在としてここにいる以上、彼らと立ち位置を同じくしてはならない。
 それを眼前のプリニーも理解しているのだろう。いや彼の内心まではわかっていなかろうが、きっとこの元人間は、この溜め込んできた生前の悔いを、懺悔を誰かに嘲笑してもらうために地獄に戻ったのだろう。表情が作れない作り物めいた瞳のままこっくりと頷いて、左様です左様ですと何度もくちばしの中で呟く。
「左様でございます、ヴァルバトーゼ様。私は愛する末子を失ってようやく真に大切なものを知った、救い難き愚か者でございます。ですから私は死後このような境遇に成り下がったと自覚した際、何よりも自分が転生に必要な金額を知った際、お前に転生する資格はないと告げられたに等しいと思ったのです」
「しかし、そうではなかった」
 愛した末子を自らの欲望に巻き込んで間接的に殺し、また多くの人間を私利私欲によって苦しめてきた男は、今こうして新たな生を受ける日を迎える。自分にプリニーとしての掟を刻み込んだ悪魔へ、生前の懺悔をする時間さえ設けるほどの余裕を持って。
「お前にとってはどのようなことをしても償えぬ罪やもしれんが、それでもお前の罪は今夜浄化されるのだ。……こうしてお前が他者に己の傷を抉ってもらいたがっているのは、恐らく今までの贖罪に納得していないからこそなのだろうがな」
「……よくおわかりで」
 プリニーの声が少しだけ上擦っているのは、彼が的確な指摘をしてくるなんて思いもしなかったからだろう。少しだけ舐められているような気がした彼は、微かに語気を荒げてしまう。
「馬鹿にするな。貴様とてこの魔界で長らく暮らしてきたのならば、悪魔にも痛みを学ぶ心があることくらいわかっていよう」
「重々承知しております。……しかしヴァルバトーゼ様。私が自分に課せられた金額を、その贖罪を疑うのは、愛ゆえでございます」
「……愛?」
 久しく耳にしていない、どころかこの魔界では全く聞かないはずの言葉をよりによもって自分が教育を施した悪魔から聞かされて、青年はうっかり同じ言葉を口にしてしまった自分に内心舌を打つ。
 愛。悪魔にとっては不要なもの。口にすることさえも憚るほどに、忌み嫌うものさえいるその単語。その意味。相手を敬え、この世に在るあまねくすべてのものを、我が身を削ってでも尊べなどと言う世迷いごと、奇麗事。そんなものを抱えて、この力こそが正義の魔界で生きるものなどいやしない。いつかは悪魔にでさえ恐れられた吸血鬼もまた同じく、それに類する感情など持ち得た自覚は今まで一度だってないと断言できるのに。
 今このときプリニーがその単語を口に出したタイミングでは、まるで彼がそれを知っているとでも言いたげな。
「左様。今まであれだけの金を集めるに至って、辛くなかったなどとは申しません。……けれどそれでもまだ足りないのではないかと、いやいっそ、どうか足りないものであってくれとさえ思うのです。多くの人々の命を奪い、愛するあれを殺した私の罪は、もっと厳しく重いものだろうと、今でも疑っておるのです」
 けれどそんな疑念は、続くプリニーの言葉によってすぐに掻き消された。
 自分の罪で手一杯なこの雑魚悪魔は、きっと彼の変化になど気にしていられる余裕はないのだろう。しかしそれが今は功を奏して、男はプリニー教育係としての自分を取り戻す。約束を破り、ただひとり人間の娘さえ守れなかった吸血鬼の立場を棚に上げて。
「……ならば、お前がお前に科せられた金額を疑い、自らを苛むその痛みでさえ、罰なのだろう」
 静かに、しかしはっきりと響く青年の声に、弾かれた勢いでプリニーが顔を上げる。
 相変わらずその瞳は虚ろ。どこかの誰かのような星よりも細やかで清浄な煌きを宿すことなく、墨で乱雑に塗りたくったような黒丸のそれに、彼は今の自分の立場を何よりも実感させられる。これらを導くために生きているのだとさえ思えば、あのとき枯れ尽きたとさえ感じていた気力が湧き上がってくるよう。
「お前は、この地獄に送られてきた人間たちの罪は稼いだ金で償えると捉えていたのか? そうではなかろう」
「ヴァルバトーゼ様……」
「俺は教えたはずだぞ、プリニーよ。金を稼ぐに当たって生じる理不尽に耐えることこそがお前たち、罪深き魂に成せる唯一の贖罪。金はその理不尽に耐える期間の目安でしかない。お前が金を稼ぐに至るまで、苦痛を感じ、過去の思い上がっていた己を殺し、それでもまだ心を苛まれていたのならば、その痛みこそが相応の罰なのだ」
 力強く断言する。取り返せない過ちを犯しながら、それでも苦痛を感じることでそれを洗い清められる機会がある人間の魂へ、羨望さえ込めて。
 悪魔はそうではない。魔界の刑務所たる地獄に送られても、罪を犯した囚人たちは己の罪を償う明確な方法などないのだ。刑期が過ぎるのをただひたすらに待つ以外、許される贖罪の方法はない。自ら痛みを感じ、理不尽に耐えなければならない環境で働くプリニーたちとは違って。――そうだとも。一度犯したあの過ちを、あの娘を守れなかった痛みを、忘れられないまま生きるのだ。
「そうしてお前はその罰に耐えたのだ。心を完全に壊してひたすら主人の命に従う道もあっただろうが、お前は痛みを感じる心を生かしたまま、罰を受け続けた。……それはただ贖罪のためだけに働いたプリニーよりも、更なる苦痛を、罰を感じていたことだろう」
「……ヴァルバトーゼ様……」
「それでも満足しないと言うのならば、プリニーよ。今からでも貴様の金を毟り、その心を徹底的に破壊してやろう。末娘のことさえも思い出せぬままいたずらにこの魔界でときを過ごすと言うのも、お前にとっては相応に苦痛であろうしな?」
 悪魔らしく凄惨な笑みを浮かべて言ってやると、プリニーは一度だけゆっくりと大きく首を振ってその意思を示す。そんな予感はしていたから、彼も白手袋に籠めた物騒な力みをすぐに抜いた。
 深呼吸の間を置いてから、プリニーは改めて青年へ深々と礼をする。この短時間に三回近くは頭を下げられたような気がするが、今回ばかりは鷹揚に受け入れてやった。
「……ありがとうございますッス、ヴァルバトーゼ様。最後の最後で、ようやく私はプリニーとしての本分を思い出しましたッス」
「誤った道に迷い込んだプリニーを、正しく導いてやるのも我が使命。……尤もお前のような生真面目な奴は、いつしか自分が間違った考え方をしていることにさえ気付かず働いていたようだがな」
 全く愚かな奴よと笑ってやると、その通りッスと心底生真面目に頷いてくる。しかしどうしてだろうか。複雑な感情を示せないはずのプリニーは、今なら穏やかで晴れ晴れとした表情をしているように見えた。
「それでは私はもう行きますッス。……ヴァルバトーゼ様。私の話に付き合って下さった上、このようなときにまでご指導頂き本当にありがとうございましたッス」
「構わんと言っただろうが」
 よっこらと腰を上げた流れで空を見上げてみれば、赤い月はもうすぐ中天に到達しようとしていた。それほど時間が経ったのかと意外に思ったが、ならば彼にとってもこのときはそれなりに有意義だったかもしれない。
「……この短時間で一匹の迷えるプリニーを正せたのだ。俺も今日は更なる充実感を得られたように思う」
「左様ッスか。……ヴァルバトーゼ様、あなた様は本当に稀有な方ッスね」
「ああ、よく言われ……」
「そこまで愛を示される悪魔を、私はこの魔界であなた様以外に見たことないッス」
「は?」
 またしても愛を持ち出され、外套を翻して屋敷へ向かおうとした青年は、思わずプリニーのほうへと首を向ける。
 赤く強い視線を浴びた悪魔は、物怖じをしないどころか言い繕う気などちっともない顔でそこに佇んでいた。あまりにも落ち着き払った態度に一瞬彼のほうがおかしいのかと錯覚させられたが、それこそ間違いだと吸血鬼は慌てて首を振る。本来は逆だ、この魔界では。
「……プリニー。訂正しろ」
「何がッスか?」
「愛などと言う感情は俺にない。いや俺だけではなく、悪魔にも不要なものだ」
 これも教えねばならないのかと考えつつ苦い顔で指摘してやると、今度ばかりは本当で訂正する気がないらしい。プリニーは全く動じないまま、いえと短く首を振った。
「ヴァルバトーゼ様が、私を正しき道に導こうとして下さったその感情もまた愛ッス。それに先程、ヴァルバトーゼ様は仰っていましたッスよね?」
「何をだ」
「悪魔にも痛みを感じる心はあると。……それはつまり悪魔の中にも人間と同じように、悲しみもあり、怒りもあり、喜びもあると言うことッス」
「あるだろうな。しかし悪魔に愛はない」
「愛だけないなんておかしいッス。でしたらヴァルバトーゼ様は、友愛や師弟愛も否定されるッスか?」
 友愛もだが師弟愛、とやらの単語を生まれて初めて耳にして、ようやく先のプリニーの言葉の意図が青年の頭にも伝った。間違ったプリニーを正そうとするその意思、もしくはプリニーを導くことで充実感を得た彼の気持ちを、この元人間は億劫もなく師弟間に生まれる愛だと表現したのだろう。
 人間どもは高潔な使命感でさえも愛に繋げるのかと、吸血鬼は軽く頭を抱える。愛とは神の慈悲だとか、男女の間で交わされる腑抜けたものだとかその程度の認識でしかなかった若き悪魔の青年にとっては、そんな概念など寝耳に水。どう言い返せばいいものかと唸っていると、こちらはあまり悪気がないのか、彼の態度でようやく何かを学んだらしいプリニーの控えめな声が聞こえてくる。
「……それとも、悪魔は愛を認められない生き物だと、そう言うことッスかね」
「認められないのではない、そもそもがないのだ。それと必要もない。魔界にも悪魔にも」
「ああ……成る程。そう言うことなんッスね」
 プリニーはようやく納得したようだが、つい先程まで堂々とこちらをおかしいと言っていた輩にあっさりとそんな態度を取られるのもまた妙に癪に障る。しかしそれを表に出すのは自らの矮小さを示すような気がして、青年は喉奥から溢れ出そうになる言葉を辛うじて飲み込む。が、それも成功とは相成らず。
「……しかし今でそんな調子でしたら、いずれ迎えられる奥方にはどう対応するおつもりッスか?」
「そんな予定はない!」
 ついうっかり語気を荒げてしまった青年に、プリニーはそれこそ信じられないと言いたげな視線を寄越す。それが当然の環境に生まれ育ち、末娘への愛しさから死後も含めて今まで自分を長きに渡り苛めてきた人物にとっては理解不能なのだろうが、彼は人と違って妻子が不要な悪魔だ。おまけに誰かを愛したことなど、それこそ一度だってない。
「……そうッスか。まあそのうち作ると思うッスがねえ」
「金輪際ない。……何故そうもお前はそれに拘る」
「そりゃあ、家族がいいものだからッスよ。私は末娘に遺恨を残しましたが、細君もほかの娘息子も愛していたッス」
 愛の押し付けか、それとも世帯持ちの自慢か。どちらにせよ余計なお世話だとしか言えず深くため息をついた青年に気付かないまま、プリニーはなんとも恐れ知らずな発言をしてくる。
「それに一介のプリニーたる私にそこまで熱心であらせられるヴァルバトーゼ様なら、奥方様やお子様にはそれ以上の深い愛情を注がれるだろうと……」
「妄言はそのまま頭の中に仕舞っておけ。お前の中だけの仮定とは言え、聞かされる俺にとっては背が痒くて仕方ない」
 実に苦々しい顔でそんな制止を受けて、ようやく相手が不機嫌になっていく一方だと自覚したらしい。プリニーはぴたりと動きを止め、何故だか呆れたように彼のほうへと背を向けた。
「……確かにそうッスね。これから転生する私には、関係のない話ッス」
 その通りだ。ようやく愛と家族の素晴らしさについての語りが止んだことに安堵の息を吐いた吸血鬼は、こちらも帰路に着こうと踵を返し、歩き出す。それでもあの愚かしいのにお節介なプリニーの声は止まないのは、一体どうしたことか。
「あの子が独り身で逝ったのは、不幸中の幸いッスね」
「それはどう言う意味だ? 大体、何故俺にそれを言う」
「あなた様のような、指導者としては正しくても男としては良くない方向で頑固な人に引っかからなくて良かったって意味ッス」
 プリニーの嫌味は痛烈だったが、生憎と彼はこの元人間の末娘の顔など知らないし見たこともない。そのためちっとも傷付かず、こちらもまた振り向くこともなく短く笑い飛ばしてやった。
「それは良かったな、プリニーよ。まあ、安心しろ。もし俺がお前の自慢の末娘と出会ったとしても、お前の危惧するような感情は双方湧くまい」
「そうだといいッス。そうなるととても安心するッス……あ」
 最後の声で、プリニーの気配がふと遠退く。恐らくに赤い月へとあのプリニーを送り届ける任務を負った死神が、あいつの前に現れたのだろう。ようやく会話が終わったと知らされて、吸血鬼は鼻からゆっくり呼気を抜く。
 最後まであのプリニーはおかしな奴だった。愚かしくて生真面目で、良くも悪くも素直で馬鹿丁寧で、生意気なのにどうにも憎めなくて。まるでいつかの彼が人間たちに抱いていた感情を思い起こさせるような、人間の愚かしさと輝かしさを凝縮させたような魂だった。
 プリニー教育係となって初めて出荷したプリニーのうちの一匹があんな奴だと知っていたなら、彼はあのプリニーを手元に置いて、地獄で働かせたのだろうか。プリニー教育の方針を、今のものとはまた多少違ったものにしていたのだろうか。
 わからないが、それも今となっては叶わない。しかし叶わないままでいいと青年は思う。あのプリニーは今夜一晩出会い、言葉を交わしたからこそ自分の中で思い出として残るのだろう。あのプリニーの記憶はもう罪とともに洗い清められるが、彼が覚えていればそれも無意味ではない。あの罪深き魂が、深く愛した娘のこともまた。
「……娘、か」
 独り呟く単語から連想されるのは、しかしあのプリニーが愛した娘のことではなく、彼が約束を破ってしまった娘。戦地で怪我人を癒し続けた、孤独で清らかな心根を持つ人間。そう言えば、あの女も高貴な出生と伺える言動を取っていたか。
「……はん。まさかな」
 一瞬だけ下らない考えが浮かんだが、青年はそれこそ馬鹿馬鹿しいと自分の妄想を一蹴して、ちらと視界に入った光景に足を止める。
 首を上にやれば、天の最も高いところに昇った赤い月が炯々と輝いて。罪深き人間たちの魂が、白い蛍火めいて淡く光を瞬かせながらそこを目指して舞い上がる。
 普段ならよく見る光景だが、今宵に至っては感慨は薄い。代わりに胸がくすぐったい。珍妙な温かささえ感じている。原因はわかっている。つい先まで口を利いていた、あのプリニーがあの無数の魂のうちのどれか一つだと知っているから。
 人間の魂に視点が存在するのかどうかを彼は知らない。けれどあの男に今の自分の姿が見えていれば良いと思いながら、彼はまたしても歩き出す。そうして振り返らないまま、ひらりと最後の別れの挨拶として、あれに向かって手を振ってやった。







後書き
 閣下、アルティナちゃんと再会する前にお義父さんと出会うの巻。ついでに「おめーみたいなヘタレにゃ娘やれねーわ」って言われるの巻。
 オリ設定になりますがアルティナちゃんパパン(辺境伯)は戦争ぐだぐだに引き伸ばしてるんだから相当罪深いよね→んじゃ死後はプリニー確定じゃねえか!→閣下が教育してたりするとイイかもネ! なおめでたい発想から生まれました。

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