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フェさんを殺すにゃ武器はいらぬ

2011/09/02

 シュールストレミング開けりゃあ良い。
 はともかく暴君フィーバーであちらこちらで「つえー暴君つえー」「マジ今の閣下霞むわー」「フェさんが元に戻って欲しがるのわかるわー」の声を聞くと自動的に脳内でアルティナちゃんがそうさせた原因として責任感じて曇る妄想をするようになって、曇らせがり精神が自分の中にもしっかり根付いてるなとようやく自覚した次第ですお疲れ様です。いやマジ強いけどね!! 私も暴君の強さに酔い痴れてますけどね!
 けどぶっちゃけそのノリでちょっとした話できるな……もう書いちゃおうかな……。
 あと暴君編を切欠に久々に通しでストーリー見たら公式がベタ過ぎて悶絶しました。OPからベタ。ですよねー!
 アルティナちゃんのターンは五話~六話飛んで十話なんでしょうけど、個人的には四話冒頭から結構ビクンビクン来ます。閣下が業欲の天使の噂を耳にする点から始まって、ちらちら出てくる怪しげなプリニー、そのプリニーとのニアミスに一番最初に勘付く閣下、怪しいプリニーがプリニーではないことを仲間内でいち早く見抜き問い詰める閣下、姿を現すブルカノちゃん、の流れがいい……ファム・ファタールだからって視点に変えると凄くベタでいい……。
 しかしアルティナちゃんの特別アクションが一つアクターレの凶弾に倒れるシーン専用化してるのは頂けない……。あれよりももっと汎用性のあるアクションなかったんですか! アルティナちゃんだけ馬鹿の一つ覚えみたいに脚クロスさせて-☆ばっかりはなんか見てて可哀想だよ! ほかの皆は結構それぞれフル活用できてるのにー!

 そういや今更マ王でフーカさんが生尻晒してるとか聞いたんですが閣下たちがどんな反応してるのかがわかんないせいで読めませんキャラ崩壊が怖くて。しかしフーカさんが尻晒したらアルティナちゃんはやっぱり生乳晒すのかな…閣下のヒロイン力と天使の加護があって阻止されんのかな……。ぶっちゃけおっぱいぺろんってなってもアルティナちゃんだともみあげでてっぺんはどうにか隠せそうだ。

 以下web拍手とかのお返事ですー。

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次は閣下が美味しい話

2011/09/04

 バ閣下って罵り言葉を思いついたはいいが活用し所がねえ……。つーかゲーム中閣下に閣下って呼びかけるのフェさんとか汎用キャラしかいねえ……。
 とりあえず目下暴君関連のSSSを書きたいところだけどその前に二つほど書きかけがあるのでどっちか終わらせるべく奮闘中です。作業曲がてらに『裸のレクイエム』流してるけど暴君からアルティナちゃんへの曲じゃねーのと聞いてからキュンキュン来ちゃってあんまり進まねえ! そうだよね、フェさんも閣下も死んでないもんね。生まれ変わりました! とかそんなん一言も言ってないもんね鎮魂歌だもんね亡き者に捧げる歌だもんね……。クソッ、テンペーボーカル曲で悶えるだなんて思ってなかった。フルver聴きたいけどフーデス編サントラに収録されてる予感はない! あったら有給使ってでも探してやる……!(予約してない)
 けど暴君編って実質ディスガイア4・ゼロみたいなもんだし、そのお話のエンディング曲にそんな要素を含ませるのは、暴君編→『裸のレクイエム』(暴君の時代そのものが終わる曲)→本編の流れを考えれば納得。こうして捉えてみると、やっぱり4の主軸はふたりのロマンスなんだなーと実感する次第です。と同時に曲の苛烈さに、暴君のときにアルティナちゃんを私刑から救えでもしたらこのひときっとガチでアルティナちゃんを離しそうにねえと思った。つか三日以上会ってたらもう喰ってたんじゃなかろうかとさえも思うおっぱい的な意味で。
 しかし改めてストーリー振り返ると、ふたりの出会いも別れも再会も、悪く言えばさらっと流しちゃうくらい新鮮味がなくて古臭くてプロットで見たらきっと笑っちゃうくらい陳腐で、良く言えば王道で寓話的なんですよね……。まあ王道ラブ要素を照れ隠しも含めてギャグでどうにか隠すのがこのシリーズのストーリーの基本だと思うけど。そう言う意味では1も絵本めいたボーイミーツガールだし、3は主役片割れ結婚したけどやることやってなさげだし、2でキスしたことが奇跡ではないかと思うほどのメインのピュアップル率……。4で『処女』発言が出ただけでえってなるとか、今後日本一ちゃんと仲良くしてる他企業のエロ要素をちょっとでも参考にしたらどうなるのかわかったもんじゃねえ(主に風呂バナナでソウルブリードするところ見て)。
 しかし陵辱系薄い本シチュだけならアルティナちゃん本編では最多っぽいのがマジ辛い。具体的には挙げませんが、そう言うご本出るのかなあとぐんにょりしてた時期はありました。うん自分でも書いたけどあれは書かれる前に書く精神で追い込まれてたからだし……その手の薄いご本はバッドエンドで終わるもんだし……。
 けどなーアルティナちゃんは悲愴だったり後ろめたいエロスも似合ってるのがどうも。暴君編出る前にアルティナちゃんの影響力も含めた影が薄かったらどうしようと不安がってた時期、血迷ってフェさんとかエミちんとかと粘膜的な意味で絡む(そこにラブがあるかと言われればないけど)話考えてたんですが個人的にはさして違和感はありませんでした。やっぱり女らしい身体を持ってて精神的に強いキャラは順応力が高い。竿なんかに負けない。
 けど男性向け的な視点から男どもの中で三人娘全員と関係持ってもおかしくないと思わせるのは閣下じゃなくてエミちんではないでしょうか逆レとかおねショタ的な意味で。閣下本命の子に手出せないくらいヘタレだしフェさんは閣下以外にまずデレないしで竿役としては致命的な欠点持ちすぎる……。

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・ああ「お友だちから始めましょう」ってそう言う

2011/09/06

 私の中での暴君とアルティナちゃんは多分こんな感じ。

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大学の第二言語で独語取っておくんだったー

2011/09/09

 とか思いますよね……。それか仏語。中二的にはどっちかは必須だと思う。
 ちなみに友人は大学の仏語講師がホモで普通に彼氏との惚気話してきてとても辛かったといまだによく言われます。シャーペンの芯を先から入れるほうか消しゴムのところに入れるほうかでタチネコがわかるらしいよ! いらねえよそんなトリビア!
 4は吸血鬼にも過去ティナちゃん背景的にもがっつりドイツ語圏内が美味しい感じ。回想背景のお城のモデルっぽいノイシュヴァンシュタイン城ナノブロック版を発見して突如として興奮した私ですが衝動的に買おうかと思ったけど完成しても埃被るだけだろうなと思って止めました。
 しかしアルティナって名前自体は実に英語的。固有技最終にもご登場するアルテミスが名前拝借元なんだろうなー。永遠の処女神なのは別に構いやしないけど、処女失ったらもう出ないんじゃないのそれ。それともアルティナちゃんも永遠の処女になっちゃうのねえ日本一ちゃんどうなの。
 フェさんはどう考えてもフェンリルで、デスコは名前じゃないけどヨグとかデザインがモロクトゥルフで、フーカさんは…まあ元ネタないよね多分。閣下はなんだっけ。どっかで72柱のバルバトスさん辺りが名前拝借元ネタじゃねーのって聞いたような気が…。エミちんが全くわからん。オリジナルでいいのか? けどパパンががっつりハデス参考にしてるんだから息子のエミちんが元ネタないのも違和感あるような気もするし…。

 あ、全然話関係ないんですが暴君編見直してみて、暴君の言う「仲間」はMMOで言う「臨時パーティー」で、閣下の言う「仲間」は「ギルドメンバー」って感じだなあと思いました。暴君、フェさんを仲間だって言って庇ったり共闘したけど、一連の騒動が終わったあと自分のもとから離れていくのは当然っぽく捉えてたし、離れていくことには何の感慨も持ってなさそうだったし。シモベになりたいって言われて「えーいいのー?」ってなってる辺りから鑑みるに、よそさまでこのひと仲間を信頼って言ってたけど本人も無自覚に信頼してなかったよねって言われてた通り、仲間仲間うるさかったけど本人が思っている以上にドライな捉え方してたんだろうなあ。

 以下お返事です。

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中庸をもって旨とすべし

2011/09/10

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やめなよ一人ツッコミ

2011/09/13

 と言うことでヒはじめてみましたちょっと生々しい下ネタもあるので非公開ですが。
 いじめていじめられていじめ返すエロ話のいじめ返すちょっと前くらいからやり始めてたから割合呟いてますがまあお気にせずお気軽にヴァルアル飢えてんだオラッネタだけでも寄越せオラッて方はリクしてくれれば良いと思いますー。改めてログ見直してみると私は大人組三人として捉えてるんだなと自覚する勢いでフェさんの話してて割合驚く。

 とりあえずSSSが結構ぽんぽん浮かびはするけど手が追いつかない時間が足りないけどこんなところで有給使いたくなーいーとギギギしております。集中力と効率性を身に付けろって話ですねそうですね。つかもうネタ一個諦めて会話分形式にしたね。
 あと最初の頃のSSSは一日でざっと書ける程度の文字量と濃度にするつもりだったはずがもう短編レベルになっているような気がしないでもない。つかidlyに偏りすぎてるんでそのうちSSSのカテゴリ作ります。
 …にしても暴君は物事にこだわらないひとだなー。フェさんが指し示すままの目標をさらっと「じゃあそうしよっか」ってなんなよとステ画面見ていつも思う。これで初めて有形のものに執着したのがアルティナちゃんとかじゃないよね…これ以上キュンキュンさせてくれるなよ暴君……。
 と言うかフェさんは最初から仲間になんぜーって言ったからおー仲間になれーって快く応じて、暴君とか言われて浮かれてんじゃねえぞオラッて悪魔たちにはあ? ワレこそ舐めとんのかってノリでボコってな感じだった暴君は、普段どんな感じで人間に接してたのかなあと気になってまいりました。
 当然、人間は恐れさせるものだって意識で1600年近く接してきたんでしょうが、そんな中でアルティナちゃんは人間なのに会話しちゃって約束しちゃってキャッキャウフフしちゃってで、しかもアルティナちゃんの言から昔のほうが優しかったらしいと判明してるので、暴君、当時内心では超戸惑ってたりしてたのかなあ。人間相手なのになんでこんな悠長なことしてんだ俺とか疑問を持ちながら、けど末恐ろしい速度でアルティナちゃんに惹かれていく自分を止められないとかいいですよね……。
 以下お返事です。

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・『暴君』を討ったもの

2011/09/14

 ハゴスパパンが好きです。アルティナちゃんも好きです。ただそれだけです。

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超久々

2011/09/19

 あっち更新しましたー。理由はさしてないけどもうん。ここ暫く上げてなかったなあって話なだけであって。閲覧数水増し説がガチなのか自分ので確認してみたいと言う意図も兼ねてとかそんなんではないですきっと。
 しかし当初はSSS程度にするつもりだったのがどんどん文字数増えてつらい。今回特に脱線酷い(ノリノリで修羅場書きながら)。今度のもそうなるのかなあ…多少ダイエットしたいなあ…。

 話は全く変わりますが、連休初日に某アイリッシュインスト(ノンボーカル)バンドのライブ行きました。
 基本的にマイブームカプがあると随時その子らと聴いている曲を繋げてしまう気持ちの悪いお脳の持ち主の私は当然曲に酔いながらも閣下とアルティナちゃんを脳裏に描いてしまう訳で。
 そこはついつい踊りたくなる系の曲が多いものですから、暴君の手を取りながら向かい合って「こうするんですよー」的にアイリッシュダンス教えてる過去ティナちゃんが連想されてしまいまして。ゲルマンがなんでアイリッシュなんだよってツッコミはもう自分でも散々したんですがやっぱりポワワとなっちゃうんですよこれがまた。
 けどそんな妄想する中でしみじみと、なんつーかこのふたり(特に400年前)は踊りが似合うなあと。
 ラスエンで「ワルツ」の単語が出たせいか、ワルツ発祥の地でもあるドイツ・オーストリーを三日間の舞台の参考にしているせいか、はたまたふたりがいかにも円舞映えしそうな外套とスカートを身に付けているせいかふたりの奥ゆかしい姿勢のせいか、手と手を取り合い踊るふたりの姿はハマりたての頃から妄想してました。まああのくらいの時代唯一恋人たちの体の接触が許される状況がR指定以外だとそれってのもあるんだろうけども。
 つーか捏造三日のプロット練ってるときに鬼ちーの『私とワルツを』聴いてたせいかしら。一部の歌詞がすんげーヴァルアルでぎゅんぎゅん来てたので、イフ展開として三日間のうちに町でお祭りがあったら、きっとアルティナちゃんは町外れでお祭りの光景と音楽に浸って独りでくるくる踊ってたんだろうなあ。それを暴君はぼさっと眺めて彼女の孤独にどうとも言い難い感情を抱いていたんだろうなあ。つーか暴君に見られてたのがわかったアルティナちゃんは照れながらも暴君に手を差し伸べてワルツのお誘いしたらええねん。暴君はおずおずとその手を取ればええねん。ともやもやしておりました。泥沼戦争中だからそんなんまずないけどね!
 まあ自分で自分のネタを潰すのはよくあることです。そうやって大人になっていくんですオタクでも……。

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ヒはこわいねー

2011/09/24

 閲覧者の数関係なしにぼそぼそネタを垂れ流せるのが非常に楽で、こっち用にある程度長さと量をまとめなくて済むのが本当に楽でマジ危ない…。とりあえず現パロはある程度設定が固まってきたのでそのうちこっちに放流します。その前にあみだで決めたSSSですが。

 とりあえず目立った更新はありませんが今までのSSSを掌編としてnovelに移行。大して書き直しとかもありません。いやちょろちょろと直してるやつはあるけど。あと説明によるカプ表記取っ払い。もうわざわざ書くのめどくなってきた。今後トチ狂ってR指定であのふたり以外を書いても前提が崩れないだろうし。崩れたら…………うん、割とマジで凹む。
 ところで某所で日本一ちゃんがアルティナちゃんに愛を注いでるかはぶっちゃけ微妙なところだけど閣下のためにもいちゃついたってよーとぼやいたら「2のバカップルも2のときはあんまりイチャってなかったからあいつらも5のゲスト参戦時くらいにはイチャってるよ」って指摘されたんですがそうなんでしょうか。2はぶっちゃけへとかん漫画読んで、あのラストの中継で告白+抱擁放映+エピローグのキャッキャウフフでこれは…紛うことなきバカップル…ってなって満足してしまったのでプレイしてないんですよね。
 けど5になってもあのふたり大した進展ないんでないのかなあ…。お互い深い関係があることをやんわり示しはするだろうけど、心身ともに高年齢層だからってこともあってきっと目に見えてはイチャってくれないですよね。今回も偶数タイトルの法則に沿って恋愛が主軸ではありましたが、2みたく主人公&ヒロインの恋愛物語ではなくて、ヒロインとの別れを切欠に変化を遂げた主人公が出会った変わりもの爪弾きものたちを、ふたりの再会が一つの糸となって繋ぐ、仲間との縁を強調した仕上がりになってるし。余談ですが男子陣は全員血統正しき悪魔なのに女子陣が全員純悪魔ではないとか、エンドロールの閣下も含めた各エンディング一枚絵の性別分けによる背景の明暗とか、そんな視点で見ても今回結構楽しい。つかメインのふたりにしかほとんど集中してなかったけど、デスコによるエミちんの呼び方の変更ポイントとかフェさんとフーカすんの絡み率とかを考えたらやっぱり今作は男女ペアを意識したキャラ構成になるのかしらん。
 とりあえず日本一ちゃんはヴァルアルがどんなカップルなのかを教えてよ…。そこんとこいまだ全く見えてないよどっかの血を吸わないヘタレさんのせいで…。

 あー完全に余談ですが私がディスガイア知ったの1の電撃記事でした。…魔王の息子! 舞台は魔界!! 天使たん!!! ってなってフロンちゃんにだだハマりした記憶があります。関連商品買うまではいきませんでしたが、とりあえずだらだら新作の情報は随時追うだけ追ってて、サファイア姫見たとき一瞬フロンちゃんか!? ってなって(今にして思えば何故そう見えたのかは不明)殿下やフロンちゃんが大人になる日を待ち焦がれていた記憶も懐かしい。結論としてはフロンちゃんが成長したインパクトを超えてOPの閣下と看護師ちゃんの少女漫画っぷりフオオー!(フローリングローリング) でしたが。電撃の速報記事見たときだって主人公いい感じなのにヒロイン(フーカすん)うーん…可愛いけどヒロインって感じではないなーこのカプ微妙臭そうだなーと思ってたさ…今回もプレイは見逃すつもりだったさ…なのに今や…………。

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・悪意の基準

2011/09/25

 ネモさんマジ便利。閣下マジむっつりDT精神保持者。

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・卵アイスだのマヨ掛けホットドックだの

2011/09/26

 ディスガイアのヒロイン勢は男の浅ましい狙いが読めないくらい性知識に疎そうな辺りがいいよね! 僕も大好きだ!
 と言うかこの手の下ネタわかりそうな「女の子」キャラはエトナさんくらいしかいないんじゃないかしらと思うのはきっと気のせいくない。

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全部お酒が悪いんです

2011/09/29

 宴もたけなわ、を過ぎたどころかもうとっくの前からぐだついて、途中離脱者もそう珍しくなくなった頃合い。ようやく昔馴染みの天使を見つけたエトナは生菓子の盛り合わせを片手にその横に座ろうとして、相手の膝に誰かの頭が据えられているのに気付いた。
 これでその相手とやらが、糞生意気な彼女の一応元上司である魔王なら大いに冷やかしてこの場をあとにするつもりだったのだが、あまり面白くないことにそいつは桃色の髪をした、胸に余裕があおりの天使だった。確か昔馴染みの部下だ。
「なにそいつ、酔い潰れてんの?」
 敷物だけでは尻が痛いから近くからクッションを持ってきつつ訊ねると、出会ったときより大きくて立派な羽になってしまった天使は立てた人差し指を唇に当てて頷いた。
「そうですよ。だからエトナさん、ここはお静かにお願いします」
「別にこんくらいいいと思うけど。あっちまだあんな盛り上がってるんだし、あれで起きなきゃ滅多に起きないでしょ」
 と言いつつ、あさってのほうを顎で指す。エトナの視線の先には、この堅苦しい魔界で起きた異常事態とやらの発端のどうにも線が荒い地味な娘が、どこぞの魔界で自称ダークヒーローをやっていたはずの魔界大統領――魔王のようなものらしい。あの阿呆が自分より先んじてそうなるなんて信じられない話だが――とぎゃあぎゃあと飲み比べなんぞを興じている。当然こんな時間帯ゆえ真っ当な飲み比べではなくなっており、二人してお互いどう飲まずに自分のグラスの中身を消費するか、相手を先に酔い潰すにはどうすべきかの悪魔でさえも目を背けるレベルで見苦しい精神攻防戦を繰り広げている。
 あんな飲み方はしたくないと心底思ったエトナはポッキーでプリン・ア・ラ・モードの生クリームを掬い舐めると、飲み物がないことに気付いて使いの雑魚悪魔を呼ぶ。
「プリニー、酎ハイ紅茶炭酸割り」
「アイアイサーッス!」
 さして声を高くしていないにも関わらず、通りがかったプリニーが瞬時に応じ、望みのものを持ってくる。暑苦しくて堅苦しいあの吸血鬼が直々に教育を施しているためか、ここのプリニーはやけに練度が良い。彼女直下のものと比べてやる気に満ちているし手際が良いのは、不本意ながらこの際認めてやろう。
「お、そう言うのもあるんですかー。美味しそうですねえ」
「フロンちゃん今までなに飲んでたの」
「無難にネクタルとかカルーア・ミルクです」
「無難なのそれ?」
 ネクタルとは神の薬酒とも呼ばれる天界由来の霊薬で、当然魔界なんぞには滅多に入ってこないマニア垂涎級の代物だが、それとコーヒーリキュールのミルク割りが同列に置けるほど無難な選択だとは思えない。まあ今更天使の価値観を学ぶ気は薄いが。
「無難ですよぉ。て言うか、お酒なんて一種類か二種類くらいをちまちま飲み続けるのがいいと思うんですけどエトナさんはどう思います?」
「あー、ま、人それぞれじゃない?」
 話題の持って行き方が少々強引な辺り、顔色は変わらないものの相手も案外酔っているらしいと知りエトナは内心舌を打った。そう言えばこの天使と酒の席で話をするのは初めてだった。絡み酒でないことを願いたいものだ。
「わたしはそう思うんですけど、アルティナちゃんたら結構ハイペースでちゃんぽんしちゃってですねー。サングリアとかベリーニとか酎ハイソーダとか甘いカクテルばっかり頼んでても、色々飲んじゃったらそれだけお酒の回りも早くなるでしょう?」
「それで潰れたのこいつ。ばっかじゃない」
 酒を飲み慣れていないのかもしれないが、自分たちより成熟した図体を持っていながら自分が楽しめるペースを掴めないとは何事か。そんな気持ちを込めて無碍にも吐き捨てたエトナに、フロンは同意を示さないらしくううんと唸る。
「ま、アルティナちゃんは割りと羽目外すの苦手な子ですから。こう言う経験をして、ちょっとずつお酒の席に慣れていってくれればそれで良しとしましょう」
 どこまでも上司よろしく先輩として思いやりに満ち溢れた発言に、エトナは相変わらずこの子は変わってないと実感しながら、同じくらい少し意外な気がして自分から眼下の天使について訊ねた。
「ふーん。……こいつ、天界でもその手の集まりとか交ざんなかったの」
「そうなんですよ~、元は人間だった子ですから恐縮しちゃって。転生前もお酒には縁のない子だったみたいだから、もしかしてこれが初めてだったのかもしれませんねえ」
「へー、元人間」
 別に人間は珍しいものではないが、元人間の天使とは。聞いたことはあるが実際にそうなった天使を見るのは初めてだった。だからこんなに立派な身体を持っておいて純白の羽が小さいのかと納得したエトナは、そのうなされている娘の首から下、照明に照り返るほど汗を掻いているものの男なら自然と視線が吸い寄せられかねない贅肉の潰れ具合に、非常にむかっ腹が立ったので鎖骨の辺りをスプーンの柄で叩いてやった。直後、うう、と女のか細い呻きが漏れる。
「ああっ! なんてことするんですかエトナさんっ!?」
「元人間だろーがなんだろーが、アタシこいつ嫌いだし」
「どこが嫌いかはさっきのアレでわからなくはないですが、一応わたしの部下なんですよっ! それに意識のない女の子を傷モノにしようとしないでください!」
 なんだか誤解を受けそうな言い回しだが、痣がつくほど叩いたつもりはないのでエトナはへいへいと適当な返事をしてから、皿の本命に匙を入れる。しかし不幸にもスプーンに乗った一口分のプリンはさっき柄で叩いた女の肌とよくよく似た牛乳色で、この偶然を彼女は大いなる苛立ちとともに頬張った。当然、ミルクプリンの味わいなんぞろくすっぽ頭に入ってこない。
「傷モノっつったってさあフロンちゃん、そいつどうせ男いないんでしょ」
「どうしてそう思うんです?」
 きょとんと目を瞬くフロンの表情は、何故それがわかったのだろうと言いたげでもあり、何故そんな馬鹿げた発想をするのだろうと言いたげでもある。どちらが本当かは自分のあとの説明次第だろうと冷静に捉えて、エトナは酒気の薄い炭酸の紅茶で喉を潤した。氷に砕いたミントの葉を入れているためか思った以上に爽快感がある。ますますもって小憎たらしい気遣いだ。
「狙ってる男がいるならそいつに絡んで酔い潰れりゃいいじゃん、丁度自前の男を落とすもんがあるんだしさ。何が悲しくて上司の膝枕でなんか寝なきゃなんないのよ」
「ええー、そう言うものですかあ?」
 どうやらこの推理はフロンのお気に召さなかったらしい。しかしよく考えてみれば相手は天使だ、上司と部下でも人間の兄弟のように仲がいいのかもしれない。まあエトナだってその昔、上司である魔王に悪魔には相応しからぬ憧れを抱いて接していたからあまり上下関係についてきつく言う気はない。
「じゃフロンちゃんはどう言う回答がお好みなのよ。カマかける程度しか気になってない男より、上司ラブがいいんですぅーとか?」
「んまっ! エトナさんたら、わたしそんな甘えたじゃないですよーだ!」
 ぷくっと頬を膨らませフロンは胸を張るものの、もともと強調するほど胸はない上に身体の線が出難い服装の影響もあってか動作の意味は正直ない。案の定、白々とエトナが眺めてやるとすぐさま反り気味の背筋は張りを失った。
「……ま、そんな冗談は置いといてですね」
「あ、ごめんフロンちゃん。さっきの話笑いどころマジでわかんなかった」
「エトナさんの面白くない冗談です!」
「え、こっち? ふーん、いい度胸じゃない、アタシのせいにする気なんだ?」
「んもう、話進めさせてください! ともかくですね……!」
 フロンが大声を出したためだろう。巨乳の天使が苦しげに呻いて起きそうになり、上司は慌てて額を撫でつつ急激に声のボリュームを落とす。頭を撫でるなんて子どもっぽい方法が眠りに効くのかと小馬鹿にする気持ちでいたエトナの予想に反して、そいつはまたしても眠りの世界に陥ったらしく安らかな寝息を立て始めた。天使と言うのは皆こんなものなのか。
「……エトナさんの予想は、当たらずとも遠からずってやつです。アルティナちゃん、好きなひとはいるんですけど、色々あってですねえ……」
 ですねえ、で濁されたものの結論はわかりきっている。まだ勝算が見込めないから踏み込めない、及び玉砕したのどちらかだろう。
「へ~、……これでねえ」
 もう一度エトナは、知己の天使の膝の上で眠る娘の姿を改める。
 娘と言うよりもう女の身体を持っているそいつは、腹立たしい体型の夜魔どもよりも細身でいかにも男の保護欲をくすぐりそうな華奢さを持ちながら、ちゃっかりと尻だの太股だの胸だのは女らしく柔らかく肉付いている。顔立ちも悪くないし、髪だって大抵の男の好みがそうであるように長くて艶もある。この色気のない三つ編みを解いて、下着姿で男の寝床に潜り込めば相手は初対面でも籠絡は容易かろうに何を遠慮しているのやら。
「なにその男、インポ? もしくは幼児体型とか雪だるまみたいな肥満体型とか皮と骨みたいなのでないと興奮しない異常性癖の持ち主とか……あ、わかった。ホモでしょ」
「失礼なこと言わないでくださいよエトナさぁん。どれも違います。て言うか違わなきゃ色々辻褄が合いません」
 意味がわからない言い回しに、エトナは首を傾げてフロンに視線を寄越すと、釣られるようにして首を傾げながら天使は説明してくれた。別に真似ずともよかろうに。
「アルティナちゃん、好きなひとはいるんです。……けど、アルティナちゃん本人がその愛を認めなくてですね」
「ふうん」
「だからその愛を好きひとに示そうともしてくれなくて、結局こうして何もしないままで……。……おかしな話です、この子は愛と敬いを広めるために生まれてきた天使なのに」
 いやそれはどうなんだろうと、エトナは内心ぼやくが口には出さないことにした。この愛マニアにとっては、過去自分を散々苦しめてきた同じ天使である厳つい髭面のことでさえ愛と敬いの使者だと本気で信じていそうだからだ。無理はないかと茶化したい気持ちはあるが、それでさえ本人的には上手いこと解釈するのは目に見えている。
 ――それにしても、愛を否定する天使とは。面白いやつだと、エトナはここでようやくフロンの膝の上で潰れている娘に好感を抱いた。
「じゃあフロンちゃんはさ、どうしてこいつが愛を否定してると思うの」
「なんででしょう。そこがまずわたしにはさっぱりわからないんです」
 そうだろう。エトナだって知っている。フロンは何にでも愛を持ち出し繋げて、悪魔相手にでさえ愛を説く、どこかの人間みたいな娘だ。そいつのことも、そいつに複雑な気持ちを抱く原因の人物のことももう過去の思い出として割り切った彼女にとって、この天使相手にその女に抱いた感傷を持ち出すような真似などしないが今も似ていると思う。
「愛は、素晴らしいものですよ。愛はあまねくすべてのものを大切にし、思い遣り、慈しみます。そうしてひとの心を豊かにして、正して、優しくして、互いを敬い信じあう心を自然と芽生えさせてくれます」
「それはフロンちゃんにとっての愛よね。もう聞き飽きたけどさ」
 変わらない。この天使は全くもって変わらない。堕天使に転生しても、また天使に昇格した上に今度は天使長なんて大層な肩書きと大きな羽を手に入れてもやはりその愛は不変らしい。
 そう確認させられたエトナは、自分でも何故だかわからないが安堵にじんわり笑いながら紅茶をストローで啜り上げる。対するフロンもまた酒を口に含むがこちらはグラスから直接。
「ん? それってどう言う意味でしょう」
「そうじゃない愛もあるんじゃないのー。アタシ悪魔だからよくわかんないけど」
 例えば際限なき独占欲とか。行き過ぎるくらいの破壊衝動とか。こうすればきっと相手は喜んでくれると期待したら、盛大に肩透かしを喰らって猛烈に虚しくなったり後悔したりとか。このひとのためならば、誰かを傷付けることだって厭わないと思える覚悟だとか。そのひとの愛を一身に受ける誰かを、妬む己の醜さとか。
 エトナには経験がある。フロンの指し示す愛とはまるで正反対の感情を抱いて、焦がれて、狂わされて。そんな自分が馬鹿馬鹿しく思えるくらいに散々振り回されて、丁度いいやとすっぱり切り替えられた過去がある。こんなのは愛なんかじゃないと当時反発心もあって思っていたものだが、今にして思えばきっちり愛だったのだろう。別名黒歴史。誰かに話したことなどないが、恐らくは誰しも持ち合わせている経験だ。
 そして多分にこんな感情を、眼下の天使も持ち合わせているんじゃないかと彼女は思う。愛を肯定するはずの天使が否定する愛とくれば、そんな醜い側面を持つものになるだろうから。となれば、この巨乳の娘はきっと自分とご同類だ。
「……そうなんですかねえ。まあ、愛は色々な面があるのは確かですけど」
「色々って例えば?」
 別に愛について学ぶ気はないが、フロンがあの手の感情について理解していると思えずエトナは語尾を上げて訊ねると、彼女は慎重そうに周囲を見回してから、こほんと一つ咳払い。
「え、えーとですね。例えばの話なんですが、……夜魔族の方々がお得意とするのも、また愛、じゃないですか」
「ぶっ、フロンちゃん!?」
 思わず吹いたエトナの動揺を、誰が謗れるものだろう。よもやこの純朴な、コウノトリの存在を信じていてもおかしくない天使がそれを言うかと驚愕した彼女は、しかし同じくらい感慨深くも笑みを浮かべた。
「……そっかー。フロンちゃんもついに自分から下ネタデビューしちゃったかぁ……」
「あ、あの、そこまで言うことはないと思いますよ? わたしだって、堕天したときエトナさんたちから色々学びましたし!」
「あー、確かにあのとき結構はっちゃけてたわよね~」
 今のように青い瞳や白い羽ではなく、赤い瞳に尖った耳、赤い羽と尻尾を生やしていた頃のフロンは、確かに愛を振りまいていたのだろうが方向性が先のお説法と多少違いがあったような気がしないでもない。けれどやはり根は純で、夜魔どものような色気はなかったはずだとエトナは振り返る。あったらあの糞ガキが大人の階段を登っていた可能性も――いや、あれにそんな勇気はない。あったらまず糞ガキだなんて呼んでいない。
「それで、そんな愛もあるにはあるんですが、わたしたち天使は、そう言う愛を、どうしても避けてしまう傾向にあるんですね」
「ま、その理由はわからなくはないけど?」
 ストローを噛みながらにんまり言ってやると、フロンはぷくっと頬を膨らませる。からかわれる理由はわかっているらしい。多分、天使の羽が小さい頃だとこの意図さえも読めなかっただろうと想像すれば相手の変化に喜びと寂しさを覚えなくもない。
「……新たな生命を生み出す唯一絶対の愛ですから、それはとても大切で神聖で、尊いものなんです。……けど、でも、頭ではそう理解しているんですが……」
 語尾を濁して大きな吐息をつくフロンは、羽の大きさや服装のせいだけではなく、仕草もどことなく大人びて。話題によるものか、はたまた酒が入ったためか、ほんのり赤みが増した頬は奇妙なまでに鮮やかだ。
 けれどエトナは同性の横顔に見惚れてしまう趣味はない。だから話が続かないことに所在なさげな天使へ、助け船を出すつもりで少々意地の悪い言葉を投げかけた。
「そんなの真剣に考えるってことはさ、フロンちゃん……誰かにムラッと来たことあんの?」
「む、ムラッ、ですか!?」
「ムラッ、よ。そうムラッ」
 追い打ちに二回続けて強調すると、フロンはもうエトナさんからかわないでください、と焦った顔で怒ってきたがどうせ本気の拒絶ではあるまい。事実彼女の膝に乗った天使の頭は揺れ動かず、笑いながら宥めてやればすぐさま怒気は引っ込んだ。そうして頬を赤らめたまま、彼女は声高に否定するのだが。
「ムラッとしたことなんてないですよ! ただ、その……」
「その?」
「抱きしめたいと、思ったことはあります」
 十分だろうがそれはそれで。
 そう頭の中で突っ込みを入れたエトナの目は、口より雄弁だったらしい。フロンはきいっと眉を怒らせ、座ったままの姿勢で彼女の肩を両手で突こうとしてきた。が、そんなことをされてしまえばまだ食べきっていない果物がひっくり返ってしまうので、当然ながら身を捩り避ける。
 相手はむきになって一瞬立ち上がろうとしたものの、膝の荷物の存在を思い出すとすぐさま諦めたらしい。悔しそうに下唇を噛んで、恨みがましげに攻撃範囲から退いたこちらを睨みつけてきた。
「あはは、ごめんごめん。けどさあ、その抱きしめたいって、フロンちゃん的にはムラッと何が違うのよ。つーか、なんでそんなこと思ったの?」
「なんでって……、そのひとが寂しそうだったからですよ」
 それはまた曖昧だ。母性か性欲。どちらかであっても良さそうで、また双方の感情が入り交ざっていてもおかしくない。そしてだからこそ、フロンは恥ずかしそうな顔でいながら正直に話してくれたのだろう。そのとき胸に芽生えた衝動が純粋な性愛でもなく、けれど彼女が普段口にする愛ともまた微妙に違うことに彼女もきっと気付いている。
「いつもは全然そんなことないのに、なんだかあのときはお母さんとはぐれて独りぼっちに、迷子になったような顔をしてですね……そんな顔しないでくださいって、心の底から思ったら、つい」
 つい、何なのか。よもやと目を見張ったエトナの口元が、期待に漲ったのはごく自然な流れだ。そのあとを促す声さえも、自覚があるほど浮かれた調子。
「え。て言うか抱きしめたの実際?」
「いえいえいえいえ! お、思っただけですっ!!」
 しかし期待はあえなく裏切られ、エトナはあからさまに肩を落とした。と同時に思ったくらいでこうも動揺するとは、天使がお堅いのは知っていたがここまでかとしみじみ実感させられる。だが続くフロンの発言は、彼女の予想を裏切っていやに重かった。
「……そんな気持ちになるなんて初めてですから、驚きましたけど、もうそのまま抱きしめようかなと思いもしましたよ、正直。けどやっぱり止めました。卑怯な気がしたんです」
「卑怯って、何が?」
 フロンの口から生まれるにしては珍しすぎるほど珍しい単語に、彼女はにこりと笑った。その笑顔は知り合った頃と変わらぬ柔らかな陽差しめいた暖かみと清浄さに満ち溢れ、やはり卑怯なんて言葉からはほど遠い。
「だって、そのひとは心細いからそんな顔をしたんでしょう。つまり弱っているんですよ。そんなときに抱きしめるだなんて、ずるいじゃないですか。そのひとを束縛しようとしているみたいで」
 みたいではない、するのだ。そのときを虎視眈々と狙って喰らいつき、相手の心を自分に繋ぎとめようと必死に頭を巡らせる。それが愛とやらの側面だろうと、エトナは心の奥底で呟いた。しかし悪魔である彼女は、そんなこと口に出す気なぞ欠片もない。
「だから抱きしめませんでした。もしいつか、わたしがいつも通りのそのひとを抱きしめたいと思ったら、そのときはどうなるかわかりませんけど」
「少なくとも弱ってるときに抱きしめる気はない訳ね。ふーん」
 つまらない、ある意味ではこの子らしい話だと納得してエトナは一応引き下がる。――彼女はこのとき更に一歩先を考えなかった。フロンが誰かを抱きしめようとする己の衝動を卑怯ではないかと察するのは即ち、独占しようとする己の醜さを自覚した、つまり彼女もまた愛の醜い側面を知る同輩になってしまったことに。
「ま、そう言う感情をアルティナちゃんが好きなひとに持ってしまったんなら、この子が思わずその愛を否定しちゃうのも、仕方ないかもしれません。わたしだって、具体的に誰を抱きしめたかったかを急にほかのひとに指摘されたりしたら、混乱しちゃうでしょうし」
 話を元に戻されて、エトナはそう言えばとフロンの膝の上の天使に視線をやる。こんな話題になったことの発端はこの酔い潰れた娘が、その身に抱きながらも口では否定する愛についてだった。
「けど、やっぱりそれも愛な訳ですから、否定はしてほしくないと思います。女の子としても天使としても、すごく勇気のいる行為ですけどね」
 それはそうだ。エトナだって過去は割と好きなひとにわかりやすく媚びていた自覚はあるが、同じ立場の臣下たちには胸に秘めた想いを知られたくなかった。薄ぺったい身体で色仕掛けのつもりかなんて茶化されただけでどれだけ激しく動揺したか。思い出すだけでもいい気がしない。しないついでに眼前の天使に意地悪く訊ねてみる。
「じゃあさ、フロンちゃん。フロンちゃんが抱きしめたくなった奴の名前、教えてよ」
「やです」
 この答えを予想はしていたがそれ以上にきっぱり笑顔で断られ、エトナは大いにむくれた。子どもっぽく口先を尖らせて、握りこぶしの親指を下に向け盛大なブーイングを飛ばす。
「えぇ~なんでよ~。フロンちゃんが部下にそう思ってるんなら、まずは上司がお手本見せなきゃいけないじゃ~ん」
「そうだとしても、エトナさんはアルティナちゃんではありません! だから教える必要はありません!」
 小憎たらしいことに筋は通っている。つまりこの話はここで潮時かと思えば盛り上がりにも大いに欠くことになるため眉根をひそめたエトナは、不意にごく単純にしてシンプルなことを思い出した。そうとも、盛り上がりに欠くのなら自分から山場を作ってしまえばいい。
「ねえねえ、フロンちゃん」
「なんですかー、ヒントもなしですよー」
「それじゃないってば。こいつのこと」
「はい、アルティナちゃんが何か?」
 ぱちくり瞬くフロンに、エトナは目を猫がやるようにゆっくり細めて深々頷く。その心中は勿論のこと、これから起こるであろう出来事に対する期待で小躍りせんばかりに盛り上がっている。
「こいつの好きな奴はこいつのことどう思ってんの。やっぱり眼中にない訳?」
 それでも一応前提条件は必要だ。だから慎重な面持ちで桃色の髪の天使を指差し訊ねると、フロンは何故だか心底疲れたような、呆れ気味の吐息を漏らした。理由はまったく読めない。
「……あれであのひとがアルティナちゃんのこと全く気にしてないんなら、わたしはまず愛についてもう一度考え直す必要があるくらいです」
「フロンちゃんがそこまで言うって……そんなあからさまなの」
「そうなんですよ。なのにアルティナちゃんは尻込みするんです。自分たちの間に愛はないって言うんです」
 続く、若いひとの考えていることはわかんないですよもー、との若干年寄りめいた愚痴は聞き流すとして、ならばとエトナは顎に手をやり思考を巡らせる。思ったより条件はいいらしい。だとしたら多少過激な展開に持ち込んでもいいかもしれないが、一応面倒な展開が起きた際に上手く逃げ道を作っておかなければならないため、上司の声を聞くことにした。
「……フロンちゃん的にはさ、送り狼ってどうなの。愛があればオッケーなの」
「オクリオオカミ?」
 鸚鵡返しに口にしたフロンは、反射的にぼやいてからその意味を理解したらしい。はっと息を呑むと、完全に酔いから醒めた顔でエトナを見返す。
「え、エトナさん、まさか……」
「いやいや、もし、もしもの話よ」
 釘を刺しつつ眼下の娘や周囲には聞かれないよう辺りを見回してから、エトナは声を潜めてフロンに耳打ちする。相手は止めましょうくらい言ってくるかと思いきや密かに鼻息を荒げながらちゃっかり乗ってきて、成功率が更に上がったような予感がするがやはりここは慎重に。
「もしもこいつがその男のこと好きで、その男もこいつのこと好きなら、結構今っていいチャンスじゃない?」
「そ、そうなんですか……?」
「こいつ酔い潰れてんのよ。フロンちゃんが面倒見てるから誰もちょっかいかけないだけで、これで一人だったら誰かにお持ち帰りされてもおかしくないって」
 自分にとって腹立たしい体型の天使は、つまりそれだけ男どもの視線を吸い寄せる体型でもあることくらいエトナだって理解している。だからこそこの天使はそうされる可能性も高かろうと声を潜めながらも力説すると、フロンは今度はあまり意味を把握していない顔で顎に人差し指を押し当てた。
「お持ち帰り……えーと、ご飯ですか?」
「まーある意味当たってるって言うか、持ち帰ってお部屋でフロンちゃんが苦手な愛とかしちゃいましょうって話。今でも普通に部屋に帰ってく奴いるし、けどそれより目立つ奴らもいるから誰かが抜けたって目立たない訳よ。だから女一人担いで抜け出たって多分誰も気付かない」
「……な、なるほど。その担ぐひとを、アルティナちゃんと相思相愛のひとにしようって魂胆なんですねエトナさん!」
「大体そんなとこ。もしそいつ以外がちょっかいかけようとしたらその都度〆ればいいんじゃないかなって感じ?」
 ちなみにこれは今思いついたフォローであり、エトナ自身はこの天使が本命以外に持ち帰られようが正直なところさして心は痛まない。ただそう言っておかないとフロンを始めとするこの娘の知り合いやその相手の男に大目玉を喰らいそうで、それはいかな彼女であってもご免被るから付け足しただけの話。
 しかしフロンはそんな自己保身をちらとも察せずさすがエトナさんです、と目を輝かせて両手を組み、この案に全面賛成するつもりだと伺わせる。ならば彼女も止める気はない、むしろ大いにやる気になって、尻のポシェットに手を突っ込んだ。そうして手探りをして掻き分け引っ張り出したのは、一見すれば安物のブローチにしか見えないものだが。
「……じゃじゃーん。集音マイーク」
「とっ、盗聴する気なんですか!?」
「人聞き悪いわね~、見失ったときのための安全措置って言ってよ」
 実際には直下のプリニーたちが自分の目の届かない範囲で怠けていないかを確認するための小道具だが、よもやこんなところで役に立つとは買ったときは思いもしなかったとしみじみエトナは過去を振り返る。ついでにプリニーたちの件はこんな小道具を使うまでもなかったくらい容易く怠けていやがったので、当然これを回収してから投げて投げて投げまくった。
 ともかく盗聴ブローチを横たえる天使の胸元のリボンの裏側に着けてから、ついでとばかりに帯を固定するためらしい太股に垂れ下がるリボンを片方解く。それだけで前帯の端は頼りなく捲れ、脚を動かしただけで下穿きが外気にあられもなく晒されそうになった。それだけで堅物の悪魔ならつい目を背けてしまいかねないほど疚しい雰囲気を匂わせ、エトナは改めて体型の威力を思い知らされたりしたがここはもう無視した。これで上手いこと物事が運んで悩ましい情事の声なんか聞こえてきたときには録音して脅迫がてらに小遣い稼ぎでもしようなんて発想も正直なところ浮かんだが。
「……こうもきっちり三つ編みしてたら髪解くとわざとらしいか。乱れさせ過ぎてももじゃっとしてたらあんま可愛くないわよねー」
 あれやこれやと可能性を考えつつ、この天使がより男にとって無防備で美味しそうな餌に見えるかどうかを追求したエトナはついでにヒールも片足脱がして髪の留め金も下にずらして仕舞いとする。彼女は普段のこの女の姿なぞぱっとは思い出せないが、見慣れているものからすれば随分とだらしなく見えるはずだ。
「じゃ、フロンちゃん行くわよ。とりあえずツマミ持ってくる振りでいいからこいつから離れんの」
「は、はいっ!」
 酔い潰れた部下を一人取り残すのは、面倒見のいい天使にとって後ろ髪を惹かれる思いをさせるのだろうがここは気にしていられない。折りよくプリンの皿もグラスも綺麗に空になったところだったためエトナは立ち上がってフロンの手を引く。
 ――まずは焦らず、餌を放流するにもごく自然な流れで、またしっかり時間を置いて。
 釣りのテクニックなんぞ敬愛していた人物の薀蓄で耳にしたくらいしか覚えがないけれど、それでもこんなところで活用できるとは。やはり、誰かを愛してみるのは全く悪い経験でもないのだろう。そんなふうに思いながら、エトナはフロンに振り返った。

◆◇◆

 いまだちらほらと盛り上がっていたり眠っていたりの連中の間をようやくくぐり抜けた先のゴール地点は、当然ながらデザートが用意されたスペースだ。それでも時間帯もあって抜けの多いトレイの中で、エトナは暫し迷った結果、今度はシャンパンを使っているらしいフルーツポンチを硝子の椀に掬う。気泡は既に抜け気味だったが、大きなボウルの水滴がいかにも冷たそうで食欲をそそったため。意図的に白玉と蜜柑はたっぷり、西瓜は少な目にしてお玉を動かしていると、隣から冷ややかな声が入る。
「好き嫌いはいけませんよー、エトナさん」
「え~。くったくたにシロップ吸った西瓜って甘すぎてゲロ不味くない?」
「んまっ、女の子がそんな汚い言葉使っちゃいけませんっ!」
 相変わらず年寄り臭さが抜けない子だと思いながら、一口大のパンケーキとフレンチトーストを盛った皿を手にしたフロンと腕を組む流れで自分の尻のポシェットにも手を突っ込み、盗聴器からの音声を傍受できるスピーカーを内蔵したコンパクトミラーを開く。あとはもとに戻るだけだから、放流した天使の現状を把握したかった。すぐに誰かが引っかかればそれでいいし、引っかからないのなら落ち着いて監視しながら居つける場所を決められる。
「……ど、どうです?」
 意気込むフロンの期待に反し、すぐにあちらの音声は聞こえてこず、多少のノイズが入り込むがこれはご愛嬌。そもそもあまり高音質のものではないから聞こえ難く、唇に人差し指を当ててエトナは天使に素早く命じた。
「適当に座れそうなとこ探して。できればあいつがちょっとくらい見える位置で」
「はいっ」
 コンパクトで顔の調子をチェックする振りをしながら、スピーカーからの雑音に明確な誰かの声が入り込まないかを集中して探る。しかし流れてくるのはノイズばかりでなかなか上手くいかず、久々に使ったから故障しているのかと眉をしかめた瞬間。
『……ん、うう』
 女の、多分眠っている張本人の苦しげな呻き声が聞こえ、故障はしていないらしいと確証を得たエトナは次に耳に入った声にすぐさま緊張を走らせる。
『あ、……くすぐったいかな?』
 男の声だった。聞いたことのない、誰かは知らない、けれどその声音に秘めた欲望だけはしっかり聞き取れるもの。フロンに視線を送ると、彼女もまた表情を硬くしていたがこれは盗聴器からの音声に気付いた様子ではない。彼女の視線の先にはこちらからでは見えないものの件の娘がいるようだが、相手の男は本命ではないらしい。眉間の皺がそれを克明に物語っていた。
「エトナさん、まずいです……!」
「早速外れ引いたのあいつ? 面倒臭……っつか運悪いわね」
「そんなこと言ってないで! このままじゃアルティナちゃんがピンチですよ!」
 へいへいと相槌を打ちながら、周囲を見回しプリニーを探して手っとり早くかつお得意の方法で外れの男の思惑を阻止しようとしたエトナはしかし、腕を絡めていたフロンに唐突に引っ張られ、あわやフルーツポンチを零しかける。
「なにすんのよフロンちゃん!」
「しーっ、しーっ! エトナさん、ここ、ここに座りましょう!」
 一体どんな風の吹き回しか。オブジェめいた姿勢で眠るフォレストガードの陰に屈み込み助けに行かなくていいのかと眉をしかめたエトナは、眠り姫のおわす方向へ頬を紅潮させ食い入るように見つめてから、我に返ったようにこちらに煌めく青い瞳を向けるフロンの表情の変化に事態を把握した。狙ったようなタイミングなのが少々癪に障るものの、どうやら本命よろしく王子様のお出ましらしい。
「まじ? こっちからは何も聞こえないけど……」
 呟きコンパクトとフルーツポンチを意識しつつ敷物に腰を降ろしたエトナだが、すぐさまその発言を撤回する羽目になった。
 コンパクトの向こうから一呼吸分の間も開けず鈍い、間接技でも決めたような生々しい物音が響くと短く男の悲鳴が漏れる。急襲を受けた男は背後に怒号を放つかと思ったら相手が誰かを理解し瞬時に気迫を殺がれたようだ。唸り声が誤魔化すような空笑いに変わり、腕を放されると尻尾を巻いてすごすごと退散したらしい。また別の男の、深い吐息がスピーカーから流れ出た。――今度は聞き覚えがある。
『……全く。いつまで経っても無防備な奴よ』
「え、て言うかこいつ」
 ぼやいた男の声は低く、どこか熟成された赤葡萄酒を連想させる男性的な甘みも持つもので。聞いたことがあるどころではない、その声の主について記憶の引き出しを探る必要もなくエトナはしっかり知っていた。幾分か古めかしい言動と隙のない貴族的な立ち振る舞い、それと今更笑ってしまうくらい古臭い悪魔観の持ち主の、しかしそれらの好感触をひっくり返す勢いで何故かイワシが好物だとか言う吸血鬼。
「はい、ヴァルバトーゼさんですよ。……あれ、教えてなかったですっけ?」
「ないっての!」
 半ば叫ぶようにして、エトナは隣のフロンに牙を剥く。全く教えてもらっていなかった。
 と言うか天使が悪魔に惚れるなんてどうなんだそれと思ってしまうが逆も目にしている訳で、ああそれうんなら別に不自然なことでもないかと納得もし。まああの吸血鬼はイワシへの執着はともかく強いしそこそこの優良物件には違いないからあの慎み深そうな天使も惚れたのだろうと見当をつけ、しかしあれでは敵も多そうなのでまず種族が違う天使が振り向いて貰えそうにないと尻込みをするのも仕方ない。今回は幸いにも助けてもらえたようだが、それだって現段階では仲間の危機を救うためとかあの男なら平気で言いそうだし、フロンのように物事をポジティブかつ愛に繋げるのは厳禁だ。とりあえず抗議はほどほど小声で最低限に抑え込むと、二人は次にスピーカー越しに何らかのリアクションを寄越すはずの吸血鬼の反応を待ち侘びた。
 待たれているとわかってはいまい。だがそれでも周囲を警戒してか吸血鬼は長いこと黙り込んだままで、二人が苛立ち視界で現状を把握しようと立ち上がりかけたところでようやく長く重く深くため息を吐く。ちなみに二人は、彼女たちが見たときよりしどけない格好のまま眠る天使の娘に、悪魔の青年が長らく頭の中で葛藤を繰り広げていたことなど知る由もなかった。
『アルティナ』
 それからそっと。囁きは耳朶を爪先で撫でるようで、周囲の雑音に掻き消えてしまいそうに小さくて、けれどその名を口にするだけでもどれほど相手を激しく真摯に想っているのかはっきりと聞き取れるほどの声音で、吸血鬼は眠る娘を呼んだ。
 呼ばれた張本人でもないのに、盗み聞き中の二人は軽く跳び上がりかける。二人の知っているあの悪魔の青年は普段から堂々と振る舞い、どんな発言であろうとしっかり腹から出すような自信に満ち溢れたものだったのにこのときの彼の声ときたら。詩人が恋の歌を詠むときだって、こんな声はするものか。
『……アルティナ』
 今度はやや強く。けれど相手の何かを少しでも傷付けまいとする心遣いと弱さを明確に聞き取らせる。こんなに優しくも慎重な声で名を呼ばれて何が傷付くと言うのだ。繊細さが売りの硝子細工とて、羽根箒で撫でられても壊れやしないと言うのに。
 盗聴者側はもう堪らない。声だけでもくすぐったくて背中の手の届かないところや内臓が猛烈に痒い。周囲の悪魔たちからすれば、天使長と魔神が顔を赤くしながら声も出さず悶絶している珍妙な有様を見せられたことになるが、そんな冷たい視線にさえ二人は気付けなかった。それくらい男の声の破壊力は酷いため。
 しかしながら悶えることで多少落ち着いたエトナは、口にはしないものの異常に戸惑った心地でフロンを見やる。まさかこれで――こんなふうに名前を呼ばれて、互いの間に愛はないと言う気なのか。思い込んでいるのかあの人間だった天使の娘は。
 目配せの意図はしっかり隣の天使長にも伝わったらしい。彼女もまた息を荒げながら、そうなんですよと声にしないまま唇を動かしてしっかり頷いた。
「……ありえねー」
 短く、だが心底にぼやく。と、コンパクトの向こうもまた何らかの変化が起きたらしく大きなノイズが鏡を細やかに震わせる。
『……おい。起きろ、アルティナ』
 布擦れの音とともにようやく吸血鬼が普段に最も近い、それでも優しさに満ちた柔らかな声音で呼びかける。どうやら天使の身体を揺すったらしい。またしてもノイズ交じりに女の呻きが漏れたが、今度は生理現象めいた調子でううんと伸びをしたような調子。
『……あ、ら。ヴァルバトーゼさん……?』
『ようやく起きたか。眠りが深いのは天使になっても変わらんのだな』
 男の含み笑いは、横になっていた娘が起きたせいだろう、がさりと大きなノイズが入ったため掠れてしまう。それでも二人はかぶりつくようにコンパクトの向こうの様子を伺い続けた。最早、安全措置のための盗聴であることなど二人の頭からとっくに消えている。
『天使になってもって……。あのとき、わたくしの枕元にでも立たれた経験がおありなのかしら』
『……まあ、その。気配でも察してお前が目を覚ませばせいぜい怖がるだろうと思ったのだが、いつまで経っても太平楽に眠っているものだからな。呆れて夜明け前に退散した』
『女の寝顔を見ないでください。……もう、そんな方ではないと思っていましたのに』
『み、見ておらんわ。……それより、お前』
 ここでようやく娘は自分の着乱れた格好に気付いたらしい。あらと恥ずかしそうな声に覆い被さるようにしてまたしても布擦れのノイズが入り込む。なんと言うか異常にやきもきさせられて、エトナは思わずフロンの肩を突付いた。
「ちょっと、もうちょっと近くに行かない?」
「近すぎるとバレますって……! けど、お二人を見れる距離には行きたいですね……」
 結局のところエトナの案に賛成らしい。フロンはフォレストガードの陰から首を出し、今度はあそことティアマットの背中を指す。確かにそこならばふたりの姿が見えそうだと判断すると、彼女はすぐさま立ち上がり、素早く移動してから今度こそ腰を落ち着ける。ちなみに壁役の邪竜は死んだように突っ伏した姿勢で寝ていた。
 フロンもエトナの横に座ろうとしたものの、彼女が件のふたりに背中を向けているものだから不可解そうに首を傾げる。しかしこれがあるだろうと黙ってコンパクトを掲げると、ぽんと手を叩き納得してくれた。つまるところ鏡越しに背後の光景を覗き見る作戦だ。これならあのふたりがこちらの視線に気付く可能性は直視するよりぐっと低くなる。
 丁度小さな鏡の向こうで、あの天使の娘がざっと身だしなみを整え終えたところらしい。髪が少し乱れたままの女が、胡座を掻いた黒髪の吸血鬼にほんのり笑いかけた光景が映った。
『……お見苦しいものをお見せしてしまって、申し訳ありませんでした』
『見苦しいと言うほどでもない……目の毒に違いなかったが』
 どっちも同じじゃないかと思いながらエトナはようやくフルーツポンチの椀に匙を入れ、隣のフロンも思い出した顔でパンケーキを口に運ぶ。既に二人して恋愛ドラマでも観ているような気分に陥っていたが、相変わらず盗聴覗き見なのは揺るがぬ事実である。
『もう皆さんへのご挨拶はもう終わりましたの? なんだかそちらは盛り上がっていらっしゃったようでけど』
『無礼講の席で挨拶周りも何もあるものか。ただその、反乱当初からの面子と予想外なほど昔話に花が咲いてな……』
『よろしいことではありませんか。ここ暫くはお忙しかったでしょうから、そう言う時間も必要です』
『それはそうだが……』
『あら、何だか随分とご不満そうですわね?』
『まあ、な』
『どうして?』
 笑みを含んだ娘の声は伸びやかで、世間話並に実のない会話であってもいかにも幸せそうに聞こえる。鏡に映る彼女の笑みもまたその表現が適切な穏やかさと恋する女特有の輝きを宿しており、エトナは自分は過去もあんな顔をしていたのだろうかとぼんやり昔を振り返った。甘酸っぱい思い出と胸をきゅうと締め上げる感傷が、胸の奥に浮かび上がるはずが。
『……今の今まで、お前と話せなかった』
 耳に届いた吸血鬼の発言に思わずぶふ、と吹いてしまう。助けたときから薄々予感はあったがこれは完全に脈あり、どころではなかろう。むしろ男のほうがあの天使に入れ込んでいないかとエトナはむせながら考える。そんな彼女の背中を、フロンは温泉に浸かっているように表情筋を緩めて撫でてくれた。
『ふふ。そこまで気を遣っていただかなくても結構ですのに……ほんとう、生真面目な方』
 しかしあの天使はその発言をどう捉えたものか。はにかむように微笑みつつ、やんわり青年の好意を受け流す。憶測でしかないが、気を遣うとは即ち、多数の仲間のうちの一人として自分に話しかけてくれたと考えているのだろう。あれで。あれで。あんな声で呼びかけられておいて。
「頭どっかおかしいんじゃないの……」
「エトナさん、しいっ!」
 ぼやきに対しすぐさま沈黙を強要するフロンだったが、部下の悪態について全く触れてこない辺り、多分に彼女も同じことを思っているらしい。そう言えば若いひとの考えていることはわからないとしみじみ愚痴っていたか。若いひとではなくて彼らが特殊な気がするが。
『……気を遣ってなどいない。しかしまあ、お前にもお前の都合があるようだしな』
『あなたほど広範囲のお付き合いはありませんわ。……けどそう言えば、フロンさまはどうなさったのかしら』
 唐突に名前を口にされ、長い絹糸めいた金髪が軋む。続いてティアマットの陰に深々と身を屈めるフロンを暢気に眺めていたエトナだが、あの天使には自分も彼女と顔見知りだと知られているので流れのまま見つけられるとまずいと察して同じ行動を取った。お陰で鏡からの情報を得辛くなったが、話題が移るまで暫しの辛抱だ。
『俺が見たときは小娘どもと一緒にいたと思ったが、……そうか。天使長と一緒だったか』
『はい。グレートフロンガーの増設パーツ予算について少々……』
「オイ」
 どさくさ紛れに何をやっているんだとエトナは冷たい視線をフロンに送ると、天使長になることでむしろ趣味への情熱が酷い方向性を帯びた気がしないでもない天使はえへ、と舌を出す。スピーカーの向こうは彼女と同じ気持ちでいるらしい、吸血鬼の苦々しい嘆息が聞こえてきた。
『お前……幾らなんでもそれは甘やかしすぎではないか』
『で、ですけどあれがなければわたくしたち今頃どうなっていたのかわかりませんのよ!? フロンさまへの恩義に報いるのは当然のことですっ!』
『それについて否定はせんし俺も恩は忘れておらんが、だからと言ってお前がそこまで天使長の趣味に付き合う必要はなかろう』
『そう、なのでしょうか……』
 娘の声は好きな男の助言を受けても不安げで、責任感の強い下っ端天使には天使長の命令とは余程強固なものだと伺い知れる。こうもしっかり本命相手に好意を示されてるのにこんなに頑ななのはあんたのせいでもあるんじゃないの、との気持ちを籠めてエトナは肘でフロンを突付いた。本人も多少は罪悪感を覚えているらしい、薄っぺらい空笑いを貼りつけたまま、されるがままになっていた。
『ともかく。増設予算案なんぞと大金の関わる話題について、潰れるまで話し込むのはどうかと思うぞ』
『……そ、うですわよね。随分と寝乱れていたようですし、お恥ずかしい限りです』
 寝乱した真犯人はしかし今度は平気な顔で一口大に切られたバナナを口に頬張る。むしろ自分が手を入れてやったことでこの会話があるのだから感謝してもらいたいくらいだった。まあ盗み聞きがばれたらどうなるかわかったものではないから主張しないが。
『し、しかしお前、そこまで酒は弱かったか。天使長との会話で予想外に盛り上がったのならばわからんでもないが……あんな』
 助けたときの天使の姿を思い出したらしく、裏返り気味の声に居た堪れなさが滲む。そこまで過激な格好だったろうかとようやくここであの外れの男がやらかした行為にエトナたちは今更ながら意識を向けかけたが、娘の次の言葉が持つ奇妙な艶にそんな暇はない予感を抱かされた。
『わ、わかりません。ただ、……お酒を飲む席には今まであまり縁がありませんでしたし。それにお酒の力を借りて、フロンさまに愚痴を聞いていただ……あ、いえ』
『愚痴?』
『違うんです、そうではなくて……!』
『どんな愚痴だ。俺には話せんのか』
『そんな……。ただの我が儘ですもの、あなたが気になさる必要は』
『我が儘だろうと何だろうと、我が党の一員が現状に不満があると言うなら聞く。いいから話せ』
 それは本当に党首としての感情か。それとも好いた女に不満など抱かせたくない男の自尊心に関わるものか。あくまで前者を建前にしていながら、確実に後者だろうなと思いつつエトナはよっこら腰の位置をもとに戻した。これでようやくふたりの様子が見直せる。フロンも思い出したように座り直す。
『……下らないものですから、お気になさらないでくださいね』
『それは俺が判断する。とっとと話せ』
 空気は緊張感を帯びてはいるものの、なんだかいい雰囲気も漂わせている。と言うか確実に恋人同士のそれだ。これで付き合っていないのかとこの短時間で何度目かの疑問を強く抱きながら、エトナは息を潜めてコンパクトに映る恥ずかしげに俯く女の唇が動くのをひたすらに待った。
『……寂しいと』
 微かなノイズに紛れてしまいそうなくらい小さな音量で、女の震える声が出歯亀ふたりの耳に届く。それだけなのに少し、いや本気で二人は焦った。これはもう、盗み聞きなんぞしてしまっては本格的にまずいことを聞いてしまわないかとの予感を誘って。
 けれど、コンパクト越しのふたりは気付かない。誰かに見られて聞かれていることなど知らないから、どちらともなく息を呑む間を置いて、女は改めてはっきりと、おんなを感じさせる声音で改めて告げる。
『あなたとふたりでいれなくて寂しいと。そんなことを、申しました……』
 ついに我慢ならず、ぎゃあとエトナは声なき悲鳴を漏らす。フロンなぞ耳まで赤くしながら、それでもにやにやと口元を緩めてコンパクトにかぶりついて男の次なる反応を待つ。もう二人とも、手元のデザートを口に運ぶことすら忘れていた。
『……アルティナ……』
 眠る娘を呼びかけたときを彷彿とさせる低くも静かな声を響かせ、黒い外套が僅かに動く。俯いた娘の手に吸血鬼の手が触れたらしい、鏡の向こうの羞恥に頬を染める天使がゆっくり顔を上げた。その表情は儚くも艶っぽく潤みを帯びており、あんな顔をされて誘惑に負けない男などこの世のどこにもいまいと思わせる。いや誘惑にしたってあれはちょっと強すぎる。ここは天界でもなく人間界でもなく、悪徳堕落を褒めこそすれ戒める気などまるでない魔界だと言うのに。
『まだ酒が抜けていないらしいな。……顔が赤い』
『そうかもしません。なんだか頭がぼうっとして……』
 白い手に触れた白手袋がするりと上に向かい、女の頬の線をなぞり親指が唇に触れる。その手を振り払うどころか、むしろ頬の熱を吸い取ってほしがっているように天使は両瞼を伏せてされるがままになる。多少顔が見えづらくなった。と言うことは相手に身体を寄りかからせているのか。
『ならばお前はもう部屋で休め。……俺も休むついでだ。送っていく』
 これは。これは。いや冗談で送り狼なんて言ったがよもや本当にこうなるなんて思ってもみなかったとエトナは割合本気で戸惑いながら、それでも興奮を隠しきれずにコンパクトを握る手に力を思わず籠める。そのせいで鏡面の光景がぶれてしまい、ああんと隣から咎める声が漏れた。自分でも失態を犯した自覚を持ち、焦ってふたりの姿を鏡に収め直そうとしたとき、しかし不意に彼女は何かを見つけてしまう。――それは青かった。ついでにつるりと丸かった。ペンギンのような形態をしていた。背中に羽が生えていた。つまり。
「プリニー?」
 視界に入り込んだものについて不意にエトナが口にしてしまった瞬間、鏡の向こうが爆音と閃光に包まれる。毎度お馴染み、などと言ってしまうのは悲しいくらいだが彼女にとって心底馴染み深いプリニーの爆発をすぐそばに受け、折りよく立ち上がろうとしていた男女は片方はバランスを崩し悲鳴を上げ、もう片方は連れ合いを庇おうとかいなに抱く。
 幸いにもふたりは無傷で爆発から逃れたらしいが、お陰で完全に甘い雰囲気は取っ払われた。しかも爆心地には被害者がいたらしい。律儀なことに互いに身を離してから煙が立ち込める方向に緊張の面持ちで振り返るふたりの姿に、一連の出来事を覗き見ていた二人はプリニーを爆発させた人物の狙いを理解して怒りの炎を胸に灯す。
 どうやら、二人と同じくふたりのやり取りを盗み見ていた人物がいたようだ。でなければこんな絶妙のタイミングで邪魔が入るはずがない。どこのどいつだそんな野暮な真似をしくさった悪魔は――そんな思いを胸に、出歯亀たちは奥歯をがりと噛みしめる。
「……どこのどいつよ、このアタシにプリニー投げたのは!」
 しかし激怒の唸りを放った覚えはないし、そんなことは思ってもない。と言うか狙いは全く別だったのか。同じ疑問と衝撃を抱いたフロンとエトナは、すっくと立ち上がりプリニーの爆発を直に受けた人物を鏡越しでなく見てしまう。
 被害者はジャージを羽織ったなかにセーラー服を着用し、プリニーの帽子を被っていたのだろうが爆発を直撃したので吹き飛んだらしく、当然それは頭からなくなっていた。茶髪のツインテールは幸か不幸か某雷様よろしくアフロ状にはなっていないが多数の部位がしっかり焦げ縮れ、もともと体力馬鹿なのか近くの僧侶にすぐさま回復してもらったのか酷い火傷はないものの肌は煤に汚れ血も滲み、やはり完全に無事とは言いがたい。それでも不意打ちを受けた少女の怒りは凄まじく、この即席の宴会場の隅から隅まで怒号が響き渡ったが、あんな般若よりも鬼らしい形相をされて素直に名乗り出る馬鹿はどこにもいなかろうと言わんばかりの静寂が場を包み――。
「あ~悪い悪い、ごめんなーフーカぁ」
 馬鹿がいた。どこの命知らずだとギャラリーのエトナたちどころか件のふたりでさえ声のする方向に体をやる。
 一同の視線を受けても尚平然と手をひらひら掲げたままなのは、妖霊族を髣髴とさせるパーカーに死告族の髑髏のマークと言うある種の矛盾を感じさせる格好と、くせの強い金の巻き毛に浅黒い肌の少年。エトナにも見覚えがあったが、あのガキはこんなことをしでかす度胸と非常識さがあったろうかと疑問を抱く程度に今の態度には違和感があった。怒り心頭の被害者からすれば些細なことらしいが。
「ぃぃいぃい度胸じゃないエミーゼル! へたれのあんたがこんな真似できるようになったお祝いに、その頭バットで綺麗に胴体から吹っ飛ばしてあげるわ!!」
 怒りに我を失っているとは言え物騒極まりない発言に、少女の周囲の女悪魔たちが慌ててどうどうと宥めに入る。当然、近くにいたあの天使の娘もフーカさん、と口にしながら周りの制止を振り解き宣言通り少年を殺しに行こうとする小娘に近付きかけるがそれより先に。
「いいよ、そんなもんさぁ。つーかぁ、文句あるならデスコに言えよな~」
 ふたりを挟んで少女と対照の位置にいる少年は自らの命の危機を全く理解していないようで、暢気に口先を尖らせて周囲の目を見張らせる。続きひっくと肩を小さく揺らして眠たげに目を瞑る仕草から、予感はしたがしっかり酔っ払っているらしいと伺わせた。
「はっデスコ!? なに言ったのよあの子!?」
「おねえさまはプリニーさんの爆発食らったら連鎖爆発するデスかねーだってさー。しないっぽいぞ~、お~いデスコ~」
 少年の近くで眠っていたようだ。揺さぶられる間を持って、デスコと呼ばれた角と額に第三の目を持ついかにも悪魔らしい少女が髪に見苦しいくせを付けて大欠伸とともにゆっくり起き上がる。熟睡していたらしく、こちらもまた場を包む緊張感になどちいとも気付いた様子はない。
「……ふぁ。なんれすかぁ、エミーゼルさん……デスコ今、勇者さんを磔にして……」
「それ夢だよ夢。お前、さっきおねえさまは誘爆するんデスかねーとか言ってたよな~」
「さっきっていつデスか……。あーけど言ってたよーな、言ってなかったよーな……」
 ぐにゃぐにゃと上半身を動かしながら、少女は赤い手で瞼を擦る。よもやと思うがこちらもまた酒気を入れていたのかと思うほどの緊迫感のなさに、一連のやり取りを眺めていたエトナでさえあんな年端もいかない子どもに呑ませたのはどこの誰だと頭の中で悪態を吐いた。
「どっちよ! はっきりさせなさいよ!」
 それにしてもああも脳天気な幼い二人の会話を聞いても憤りを損なわない小娘も大したものである。このマイペース振りはまさかこっちも酔っているのか。面倒なことに可能性は大いにある。
「あ、おねえさまー。そんなところにいたデスか~」
 ここでようやく姉の存在を認識したらしい。悪魔の少女はほやんと笑って両手を振るが、怒り心頭の人間の少女はそれに乗ってやれる余裕はない。むしろ前歯が全て牙かと錯覚させる勢いでもって吠え立てるほど。
「いたデスかーじゃないわよデスコ!! ちょっとあんたこっち来なさい!! ラスボスに相応しい耐久性かあるかどうか、アタシ直々にテストしてあげるから!!!」
「いやんデスぅ。今のおねえさま近付いたらいけない予感がしますデスも~ん」
 酔っ払ってもそれはきっちりわかるらしい。図体に全く似合っていないが夜魔の真似めいて体をくねらせる悪魔の少女が命令を拒否すると、人間側から堪忍袋の緒がぶち切れたと思しき物騒な音が聞こえてきた。次に小娘は、エトナたちからの距離からでもわかるほど、くっきりと顔面に血管を浮かび上がらせ、導火線に火が点った爆弾を連想させるそれはそれは素敵な笑顔を作る。
「へ~ぇ~え~え!! このアタシの命令を拒否するとはいぃいい度胸ねえデスコさぁあああん!?」
「い、いけませんわフーカさんっっ!」
 割と本気で危機感を誘う、地を這うような被害者の声に、人間の少女の行進を拘束しようとする面子が増量する。ついに死神の少年の発言以降呆気に取られていた天使の娘も加わるも、少女にとっては焼け石に水らしい。小娘を中心に築かれた人垣から誰かが乱暴に突き飛ばされ、痛々しい女の悲鳴が上がり、場の空気がますます険悪さを帯びてくる。いくら無礼講の席とは言え、これはいけない。
「……お、おい、落ち着け小娘!」
 ついに党内最高権力者でもある党首の青年が声を荒げ、どうにか少女の暴走を止めようとするが当然それしき止まるほど件の小娘は吸血鬼に対して忠誠心なり敬意なんぞを抱いていない。それくらいエトナにだってわかる。
「あによヴァルっち! あんたがどう言ったってアタシはやられた以上百倍どころか一億万兆倍にして返さなきゃ気が済まないわよ!?」
「ええい、こんなところで己の頭の悪さを露呈させるな! いいから落ち着け!!」
 青年も焦っているのだろうが、それは完全に失言だった。お手本のような逆鱗に触れた瞬間だった。防壁を兼ねた人垣で覆われ完全に見えないはずの少女が、異様なオーラをまとっているらしいことがエトナとフロンの目からも捉えられる。
「ハイ無理ィ――!! あんたら全員ボコるの確定決定即実行!!!!」
 ああこれはもう絶対に酔っている。アルコールを潤滑油として憤怒が少女の思考の巡回を限界まで暴走させているらしい。青年どころかこの場にいた全員がそれを思い知らされて戦闘態勢に入りかけるが、小娘をそう導いた幼い二人はやはり空気を読めないままでいた。実に嫌な意味で緊迫した空気が漂う中、けたけたと暢気な笑い声が響く。
「確定決定即実行か~。あーうん、いい感じに韻踏んでるよ。お前にしちゃ結構上手いなあ、フーカ」
「さすがおねえさまデス~! デスコ、尊敬しちゃうデスよ~」
 ――誰か早くこの二人をなんとかしろ。
 性質として正反対の天使までいる悪魔の酒盛りの席に、三人以外が漫然一致でそんなことを心底に吐き捨てた奇跡が起きる。しかしこんな奇跡、起こったところでどこの誰が喜ぶと言うのだ。協調の精神を尊ぶ神だって、こんな事態は好むまい。
「してんならとっととツラ貸せやゴルァアアアアッッ!!」
 案の定、少女の怒りの咆哮はますますもって物騒さを帯び、押さえつけようとしていた女戦士が何人か一気に人垣から弾き飛ばされる。アーチャーと盗賊なんぞ宙を舞った。これは見ていられないと、ようやくエトナたちも立ち上がり加勢しようとしかけたところであの幼い二人の、聞いている限りでは可愛らしいのに今現在は猛烈に耳障りな笑い声が響いていたのが。
「お前らいい加減にしろ!!」
 必死を通り越し最早悲痛な、これまで耳にしていなかった男の声とともに止んだ。
 続けざまに鈍い音と短い呻きが聞こえて、そちらを振り返った面々は驚愕と安堵を覚える。獣の毛並みめいたボリュームの銀髪に褐色の肌を持つ青年が、少女を散々煽り立てた幼い二人に裏拳でも喰らわせたらしい。胴の長い男の両腕に、俯きぐったりと力を失った件の少年少女が抱えられている光景が皆の目に映る。
「今よ!」
「ひぎゃっ!?」
 連鎖反応のように加害者兼被害者側から呻き声。こちらもまたどうにか怒りで化生寸前になりつつあった小娘を昏倒させられたらしい。暫くの沈黙ののちそろそろと人垣が割れ、意識を失ったジャージの少女の姿が、魔法剣士の腕によりまるで狩りの獲物よろしく高々と掲げられた。
 これで渦中の人物全員が意識を失うと言う、かなり強引ながらこれ以上の混乱と被害を抑えられる事態の収束を迎え、場の空気がどうと弛緩する。
 少しずつぎこちなさを掻き消し、騒動の前に戻ろうとしていくざわめきの中で、党首の吸血鬼は苦い顔で幼い二人を抱える人狼に近付き深々と嘆息した。
「……流石は我が僕だな、フェンリッヒ。お前があそこでそいつらをどうにかしていなければ、今頃ここは地獄絵図と化していただろう」
「恐れながらヴァル様、ここは既に地獄でございます。……いえそれはともかく、この件につきましてはわたくしにも責任がありますゆえ、大変心苦しいお話ではありますが、閣下のお褒めのお言葉は返上いたします」
「それはどう言う意味だ?」
 訝しく長身の青年を見上げる吸血鬼に、人狼は奥歯にものが挟まったような顔をしていたが結局のところ白状する気になったらしい。小脇に抱えた二人の、少女の方をちらと見る。
「……いつだったかデスコが姉とはぐれたと泣きついて参りまして。ですがわたくしも閣下のお姿を探している最中でしたので、あしらうつもりで適当な方向を教えたのですが……」
「が?」
「……その。わたくしが気付いたときには、デスコの奴、指し示した方向にあったらしいワイン樽に頭を突っ込んでおりまして」
「頭を、突っ込む?」
 意図的だろうがそうでなかろうが、人狼の言葉を耳にしたほぼ全員が吸血鬼と同程度の動揺を示す。思わずそちらに振り返るほどの反応を寄越すものもいたくらいで、しかしそれくらいのことをしでかした自覚があるのだろう長身の青年は殊勝な顔で注目を受け入れた。
「……目に見えて樽の中身が減っておりましたのでそう言うことらしいと受け止め、プリニーを呼んで介抱してやるように申しつけたのですが。ものの見事に逃げられてしまいまして」
「逃げた先で同じく酔っ払っていた小僧を発見したであろうデスコがこいつを煽って、あんなことが起こったと言う訳か」
「直接は目撃しておりませんが閣下の仰せの通りかと。……怪我人も出たようですし、閣下がこの件の責任を取れと仰るのでしたら、わたくしはいかような処分でも甘んじて受け入れる所存でございます」
 一連の騒動の発端を聞かされた吸血鬼が思わず天を仰ぐ。それを聞いていた面々も、大体は同じ気分になっていた。多分に人狼の青年もよもやこうなるなどと予想していなかっただろう。運が悪い方向に転がり続けて起きた事故に、どうにも表現に難しい顔で肩を脱力させる党首の横から、桃色の髪の天使がひょっこり顔を出す。
「けれど、狼男さんが少々乱暴とは言えあんな方法を取ってくださらなければもっと酷いことになっていた訳ですし。そんなに手厳しいことをなさらなくても構わないと思いますわ」
 絶妙のタイミングで現れた助け船だと言うのに、人狼はあまりこの天使についてよく思っていないようだ。眉根に皺を寄らせてあからさまに不機嫌な顔をするが、吸血鬼はその反応を無視しているのか気付かないのかちらと横目で女を見ながらそうだなと首肯した。
「アルティナの言う通りだ。お前は既に事態を収束させたのだからこの件については不問と付す。怪我を負った党員には党から速やかに特別手当てを出すよう手配しろ。目下お前の為すべきことと言えば、……そうだな。このまま小僧を部屋まで運んでやれ。デスコ共々たっぷり締め上げるのは明日でよかろう」
「御意のままに」
「デスコさんはわたくしがお預かりします。……けれどお二人とも、明日はお二人をあまりきつく叱らないでくださいな」
 一歩前へと進み出て、娘は人狼に対し悪魔の少女を受け取ろうと両手を掲げる。唐突な願いへ顔に疑問符を浮かべる主従に、天使は寿命を縮めんばかりの騒動を起こしてくれた少年少女を眺めてから苦笑を浮かべた。
「フーカさんも含めて明日はお三人とも死に体になっていそうですし……自分たちが何をしでかしたかはわからなくても、二日酔いの酷さで羽目を外すとどうなるかは十分理解なさると思いますわ」
 ゆっくり人狼から悪魔の少女を受け取った天使の娘に、男二人はそれぞれ複雑な顔で吐息をつく。その心中は多少の違いがあっても、彼女の意見には概ね肯定気味らしい。脱力するよう鼻から呼気を抜いて、吸血鬼が静かに手を掲げる。
「……では丁度区切りだ。我らも今宵はここで解散するとしよう」
「畏まりました。お休みなさいませ、ヴァルバーゼ様」
「はい。それではお二人ともお休みなさい」
 小脇に少年を抱えた男と、両手で少女を抱えた女がそれぞれ青年に対して丁寧に会釈をする。それを鷹揚に受け入れて、吸血鬼はきびきびとした動作で遠ざかっていく執事と、もう一度彼のほうに困り気味の笑みを浮かべて一礼し人に紛れていく天使を見送っていたのだが、どちらに意識が向いていそうかと問われれば無論天使の娘ほうで。
「…………」
 明らかに落胆した様子で俯くも、ここにいたところでどうにもならぬと切り替えたようだ。また二人とは別の方向に振り返ると、そのままのろのろと宴の席から離れていく。そんな未練と哀愁漂う黒い外套を、天使長と魔神の二人は人ごみに掻き消えてしまうまで見送って、そうしてぽつりと悪魔の娘が呟いた。
「ねえ、フロンちゃん」
「はい、エトナさん」
 視線を重ね合う。割合に顔は近いが二人の間に勿論ながら甘い空気なぞ漂っていない。コンパクトは既にエトナの手からポシェットへと収まっている。これからあれにかじりついたところで、どうしようとも期待した展開など聞こえてこないだろう。それくらい、彼女だって理解している。
「アタシ、今から無茶苦茶飲みたくなったんだけどフロンちゃんどうする?」
「奇遇ですね。わたしも今日はこのまま朝まで飲みたくなりました」
 がっしりと、それはそれは力強い握手が交わされる。そうと決まれば迷いはない。二人はやや据わった目付きで吸血鬼を見送っていた方向から体をくるりと反転させると、同じタイミングと同じ速度と同じ歩幅で歩き出した。
「まずは殿下見つけようよ。プリニーでもいいけど聞き手は必要だしさ」
「多分どこかで寝てますよね。けどもう何したっていいから探して起こして付き合わせましょう」
 フロンの発言は天使長の言葉にしてはややも物騒ではあったがエトナは止める気なんぞさらさらない顔で深く頷き、それから腹の奥からふつふつと湧く怒りにあの小娘と同じような勢いでもって叫びたい気になったが今はぐっと呑み込んで。
 二人の予想通り、大の字で高いびきを掻き眠っていた別魔界の少年魔王が理不尽な怒りの矛先と愚痴を受ける羽目に陥ったのは、以上のやり取りから十分もしないうち。傍若無人な性格の少年をして珍しく宥めさせられる側に立たされるほどの気迫で、天使と悪魔の娘二人は彼を相手にひたすら声高く喚いた。
 ――全部お酒が悪いんです、と。







後書き
 別名、深酒ガールズトーク。エトナさんとフロンちゃんでぐだぐだと天使の愛と悪魔の愛について語る予定がうっかり(?)ヴァルアルになりましたとさ。あと今回フェさん故意ではないけど大勝利、閣下報われないけどスゴクヨクガンバッタ。
 エトナさんはクリチェフスコイ様の件で失恋味わって大人なオンナの態度取ってればイイヨ派です。煙草吸わせても良かったんじゃないかと思うほどその手の小道具似合うなエトナさん。フロンちゃんの相手はご想像にお任せー。

[↑]

SHAMBLES

2011/09/29

 ありのまま起こったことを話そう。昔話をし終わったら、そのときの自分が現れた。
 傭兵だった人狼と誇り高き吸血鬼との出会い、そして件の悪魔が彼の僕となるまでの話が一段落し、何故か自然と集まってしまった個室からぞろめき出たあと。
 人狼の野望について、姉妹が野望を抱く本人に詳細を教えろとまだしつこく食い下がりながらなんとなしの流れのまま事務所に全員で向かった先。扉を開けるとそこには、もう馴染んでいるような面構えで、四百年前の、悪魔にでさえ『暴君』と呼ばれ恐れられた吸血鬼張本人がソファに悠然と腰掛けていた。
 それまで能天気だった一同を包む空気が瞬時に凍る、どころか石化する勢いで硬直し、頭の中が疑問符で埋め尽くされながらもあまりの衝撃の激しさにそれを言葉に出すどころか顔に出すのも難しい、永遠に近い沈黙が横たわる中。真っ先にプリニーもどきの少女が一言、嬉しげに声高く告げたときの衝撃を、いまだ彼は忘れられない。
「さっすがアタシの夢! 昔のヴァルっちがどんな見た目してんのか、丁度見たかったところなのよ!」
 この言葉を耳にした彼は大いに脱力し、こんなところでもそれを引っ張るのかと心底呆れたところであのとんでもない驚愕による硬直から解放されている我が身に気付いた。横を見れば僕もまた我に返った顔をしており、続く面々もほぼ同じく。結果として、全員がどうにか精神的に支障を来たすこともなく平時の精神に立ち直ることができた。
 いつも苦々しく思っている少女の自称夢設定に救われるなんて、感謝どころか屈辱さえ感じかねないところだったが彼も大人だ。礼はプリニー教育係としての立場から口が裂けても言わないものの、その日以降、彼は少女に対して機会があれば行う、プリニーの自分を認めろ現実を見ろとの説教を心なし減らしてやった。当然心なし、であるため実際のところはどうかわからない。少なくともお説教を受ける側は少なくなったなんて思っていなかろう。
 閑話休題。以降立ち直った一行は『暴君』たる吸血鬼から事情を聞き――突如現れた不可思議なゲートに飲み込まれた先がここだったらしい。つまり帰り方も不明のようだ――、審議と相談の結果とりあえずは食客としての滞在を許したまではいい。部屋を用意すると出て行った執事がなかなか帰ってこないので、様子を見に行ったラスボス修行中の人造悪魔の少女曰く、曲がり角で声を殺して泣いたデスよとの報告を受けて、長らくの僕に対し彼は非常に心苦しく申し訳なさを覚えたがそれはまた別問題として。
 現在プリニー教育係たる吸血鬼にとって尋常でなく不安を抱いたのはただ一つ。自らが血を断った原因である、今は天使となった娘と四百年前の自分が出会えばどうなるかとの問題において。
 幸いにも執事がこの超大型新人を部屋へと案内しに戻ってくるまでの間は、ミーハーな姉妹や英雄譚に憧れる死神の少年が長身の吸血鬼にまとわりついていたため天使と『暴君』の視線がはっきり交わることはなかった。ただ子どもたちに囲まれる陰険な目付きの男を彼の隣で眺めていた娘が、本当に凄い魔力をお持ちだったんですねと苦笑気味に漏らしたことは印象深い。
 純粋な人間が魔力を感じ取ることは難しく、彼らが悪魔たちを見て危機感や恐怖を募らせるのは大抵が殺意や威圧感、そうして本能に訴えかける得体の知れなさからによるものだ。だから当時の彼女もまた、相手がどれほど強く膨大な魔力を有しているのかも知らずに吸血鬼さんと呼んで脳天気に接していた。けれど今の、天使となった娘は相手の力量を肌で感じ取れる程度にはそれらに親しい。だからそんなことを言ったのだろうと彼は納得し、また沈みがちな声から相手の心境を感じ取って、お前は気にするなと穏やかに慰めた。
 けれど結局のところ、あの程度の慰めなぞ無意味だったのだろう。それを痛感しながら、彼は今ただひたすら前を見ていた。言い替えればそれしかできなかった。
「……聞いてます?」
 眼前には女の顔。眉をしかめて辛そうな、切迫した天使の娘の瞳には普段の余裕なぞありもしない。理由は知っている。さっき聞いた。けれどたかがそれしきで、なんてことを思ってしまうのは彼だけなのだろうか。それを誰かに訊ねようとも、いまだに青年はそんなことさえできないが。
「……聞いていらっしゃらないの、ヴァルバトーゼさん」
「聞いている。聞いているからまずは体を退けろ、アルティナ」
「お断りします」
 すげなく断られる。予想はしていたが態度の頑なさに、彼は大きく嘆息した。
 今、彼は組み伏されていた。より正確には執務室を訪ねてきた人物の様子が一見するだけでも違和感があったので何事かと近付いてくるのを待つ、気でいたら書斎机を越えて椅子の近くまでやって来たので本当に何かあったのかと心配しながら次の相手の行動を待ったら唐突に椅子の軸を強かに横に蹴られ書類を何枚か撒き散らしながらバランスを崩し椅子から転げ落ちたところで四つん這いの体勢で上から覆い被さられた。
 魔界どころか世界までをも救った英雄であるプリニー教育係を相手にそんな無礼な真似をしたのは、人間であった頃にこの吸血鬼と約束を交わした過去を持つ、今は天使の娘である。
 彼女を怖がらせるまで人間の血を吸わないなどと、吸血鬼にとっては致命的な約束を四百年にも渡り守り続けてきた彼は、成る程それだけ約束に執着する誇り高い悪魔なのだろうと多くのものは受け止める。けれどそれは本当に誇りに固執した結果なのかと問われれば無論違う。
 約束を交わしたのが、今現在しっかりと彼を組み敷きてこでも動かない気迫を漲らせる娘であったからこそ。俗世の汚さを知りながらも人の良い性格を貫き通す芯の強い女に強く惹かれたため、『暴君』と呼ばれた吸血鬼は己の強さを犠牲にして出会いからたったの三日で非業の死を遂げた彼女との約束を守る道を選んだ。
 そうして四百年を経て天使に転生した彼女と再会を果たした今、そこまでひたむきに想っていた相手に組み伏されるなどとは男として多少情けないものの一応は喜ぶべき事態なのかもしれない。しかし内容が。理由が。これが溢れんばかりの想いや情の込もった言葉や仕草とともに行われた行為なら、多少戸惑うものの彼だって喜んで相手の腰に手を回していたのだが現実は残酷なまでに違う。娘はそんなこと、一言たりとも口にしていないのだ。
「わたくしに退いてほしいのでしたら、わたくしの血を吸ってください」
 さっきも彼が耳にした言葉を、娘はもう一度繰り返す。そう、これだった。怖いもの知らずの大胆さを持ち得ているとは言え、女としての淑やかさと優雅さは忘れない彼女が、こうも大胆なことをしでかしたのはまずその願いにある。願いと言うより最早、脅迫に近いが。
「…………吸わん」
 しかし男たるもの悪魔たるもの、天使の娘に脅迫を受けてそれに従うなど言語道断。ゆえに彼は迷いなく拒絶する。それでも多少間が空いてしまったのは、視界に否応なく映る重力に従ってこちらに迫っている乳房の光景とか、自分の肩の上辺りに両手があるのはともかくとして女の両膝が自分の脇腹の辺りにあるのはまずくないか、と言うより下手をすればこの位置は相手が少し腰を下げるだけで尻やら太股に自分のどこぞが触れてしまわないかとか、そんな動揺と期待と――いやこれは言葉の綾である――不安と予感によるものだ。
「でしたら退きません」
 女は反対に間も空けず、打てば響くように凪いだ声で応じる。声や表情は一見冷静だが、実際のところ精神的な余裕なんぞ一切ないのが非常に面倒臭い。心底そう思い鼻から深く呼気を抜いた彼の仕草に、天使の娘は微笑んだ。無論、笑みのかたちを作ったのは口元だけで目はぴくりとも動いていない。
「大変お困りのようですわね」
「まあ、な」
 誰のせいだと苦々しく頭の中で悪態を吐くものの、それを言えばあなたのせいですなどと身も蓋もない指摘をされてしまいそうなので声にまでは出さない。女のほうはそんな彼の心のうちなど露知らず、首を傾げて垂れ下がる前髪を彼の耳に掠れさせる。不用意な刺激に頬が強張った。
「わたくしの血を吸ってしまえば解決する問題ですのに、どうしてあなたはそこまで頑ななのかしら」
「……吸わん。いや、いつかお前との約束を果たしその血を吸ってやるつもりではあるが、それは今ではない」
 断言すると、それまで人形めいた可憐な顔立ちの、しかし硬質な表情を張りつけていた娘の柳眉がぴくりと動く。今度の変化は作った笑みとはまた別物。彼女のうちに秘められた、渦巻く荒々しい感情がちらと垣間見えた瞬間。
「そう、ですか」
「そうだ」
「それはつまり、またこうしてお会いできたのに、あなたが今の今まで血を吸えないのも、わたくしのせいだと仰るの?」
「は、いや、そんなことは……」
「そうですわよね。勤勉なあなたですもの。今までわたくしを怖がらせるために色々と考え、試してたこともおありなのでしょうね」
「あ、アルティナ?」
「……ごめんなさい。鈍感で、ひとの努力を無意識に踏み躙るような女で。あなたにやせ我慢を強いてばかり、厚意に甘えているばかりで、ご恩に報いることもできず……」
 なんだか話が奇妙な方向に捻れている。いやな予感を覚えた彼がどうにか宥めようと頭と舌を動かそうとするより先に、娘は眉をくしゃりと歪めて、その目尻から輝くものを滲ませた。男の頭が瞬時に凍る。
「ごめんなさい。わたくしのせいで……あなたを苦しませたままで、あなたに怖がれないような無神経な女で、本当に、ごめんなさい……!」
 ついに、とうとう。普段から余裕ある態度を崩さず、意地悪な見方をすれば一種冷酷とも取られがちなくらい気丈な精神の持ち主であった天使が涙を流す。
 組み伏され、少しでもどちらかの体が動いてしまえば密着しかねない状況にも関わらず、熱い雫を頬に受け、その不器用に崩れた泣き顔を目を逸らせない位置で見受け、彼は全身を硬直させた。――泣かせてしまった、よりにもよって自分がこの娘を。その逃れようもない事実に、過去は悪魔でさえ恐れられたはずの吸血鬼は、舌をもつれさせるほど狼狽える。
「い、いや、アルティナ……、それは……!」
「慰めなら不要です……! 四百年前のあなたのお力を見せつけられて、わたくしがどんなことをしたのか思い知らされて、それで言葉でどうにかなるとお思いなの……!?」
 悲痛な叫びに、実際どうにか慰めようとしていた彼の唇が軋む。
 その通り。天使の娘がこうも大胆なことをしでかしてまで彼に血を吸わせようとしているのは、あの『暴君』の到来が大きな要因だった。
 件の人物を党の食客として扱うとは言え、いつまでも所在なくぶらついているのは本人の性格からも周囲の期待からも難しい。適当な理由をつけて戦場に連れ出し『暴君』の力を一目見ようとする連中は多く、当人もまた自らの暴を振るうことにやぶさかではないから誘いに素直に応じ、結果的に多くの悪魔は目にする訳だ。四百年前魔界全土にその名を知らしめた伝説の吸血鬼がその身に宿す、圧倒的な破壊力を。
 今のプリニー教育係としての吸血鬼でさえ、血を一滴も口にしておらずイワシを主立った栄養源にしている状態で神の造りしシステムに抗えるほど強かったのだ。人間の血を吸っていた時代の彼は、周囲の予想を遥かに超えて、まさしく規格外の強さを保持していた。
 男が通ったあとは比喩でなく雑草さえ生えない不毛の大地と化すほどだととある悪魔は引きつり笑いを浮かべ、あんな化け物を相手に死神王は対等に戦えたのかととある悪魔は目を輝かせ、あれでは彼の僕である人狼が今でも主に人の血を吸えと言うのもよくわかるととある悪魔はこっそり知己に漏らした。それくらい強かった。誰も彼もがその強さに改めて『暴君』の伝説は真実だと思い知らされ、賞賛し、いっそ妬みを通り越すほどの敬意と恐れを抱いた。
 そうして多くの悪魔たちは自然と囁きあう。――もし血を口にしていない今の吸血鬼が。それでも神に反逆したあの英雄が血を吸えば。どれだけ強くなるのだろう。やはり四百年前の『暴君』と対等か、それ以上に強くなるのだろうか。
 それは単純な疑問であり期待。少なくとも彼らはそう思っているし、他意はない。そのはずだ。でなければ、今の吸血鬼に血を断たせてしまった原因たる天使の娘は、もっと早くに追い詰められていただろう。時間の問題、とも言えるが。
 ともかく『暴君』の強さが党内で瞬く間に話題になれば、当然天使の娘の耳にも入る。支援要員として優秀な彼女は戦場に引っ張り出されることも珍しくないし、その際に全盛期の吸血鬼の力を目にしたこともあっただろう。そうしてやはりかの悪魔の強さを肌で感じ、女は己の立場と約束に、どんな言葉や視線より重い責任を感じたらしい。結果、こうしていまだ約束を己の解釈により守ったまま血を吸わない相手に迫っている。
 この状況を応用して一枚ずつ衣服を脱がれたり、色っぽくしなだれかかられて血を吸うなら自分の身体を好きにしていいなんて囁かれたら鋼の意思を持つ彼もかなりの瀬戸際まで逡巡する可能性も大いにあるのだが――いや、もうそこまで露骨に誘われるなら勢いに任せて身体だけ美味しく頂き血を吸う件は誤魔化す可能性は非常に高い――、不幸なことに娘はただ相手が困っているから組み敷いているだけ、拘束しているだけだと言う。
 事実、憎たらしいことに彼は大変困っていた。このままの体勢でいるだけでもまずいのに、彼女が身じろいだり腕の間接を折ったり尻の位置を下ろしたり、ともかくこれ以上接触箇所を多くしてしまえば下腹部はどうあっても窮屈になるだろうし、それを彼女に悟られてしまえばどうなるか。まず幻滅される。怒られる。軽蔑される。少なくとも、こんなときに何を考えているんですかと睨まれるのは間違いない。
 それにお前のせいだと開き直れれば彼も楽なのだが、そもそも彼女がこんなことをしでかしたのはこの自称誇り高い吸血鬼の実質呆れるほどの頑固さも要因の一つである。紛うことなき因果応報に、青年は少し泣きたくなってきたがそれより先に言うべきことは言っておく。
「……アルティナ、泣くな」
 当然それしきで彼にのみ降りかかる熱い雨が止みはしない。それでも青年は、彼女の涙など見たくなかった。心苦しかった。泣かせた原因が自分であると言う事実が、ますますもって遣り切れない。自らへの憤りが杭よりも鋭く胸を穿つ。
「っ、おこと、わり、し、ます……。血を、……飲んでくれる、んっ、なら、考え……っ」
 応じる女は涙を流し嗚咽を漏らし、はっきりと首を振る。大粒の涙が前髪の房を湿らせ顔に張り付いたのが鬱陶しかろうに、鼻を啜り上げる仕草をしているのに、背中を戦慄かせて羽根が半端に抜けてもなかなか落ちずくすぐったかろうに、娘はやはり彼を拘束する両手を頑として退けようとはしなかった。強情な奴だと、青年は心底に嘆息する。
「一応言っておくがな、アルティナ……」
 落ち着け、冷静になれ、は泣く以前からあまり良い効果を上げなかった。ならばと彼は衝撃から次第に立ち直ってきた頭を無理からに動かす。雫はまだ、娘のまなじりから落ちてくる。
「お前との約束を貫き魔力を失ったことを、俺は後悔などしていない。地獄に堕ち、我が天職と言えるプリニー教育係の職に就きイワシと出会ったことも、むしろお前との約束により得たものだと思っている。ゆえにお前が責任を感じる必要はない」
「…………」
 不意に、赤く腫れた女の瞼が伏せられた。それはいつか『恐怖の大王』の一件以来、ふたりだけで改めて話したときの焼き回しかもしれない。けれどあのとき交わした言葉と気持ちに一切の嘘はなかったと今も思えるから、思い出してもらうつもりもあって彼は慎重に言葉を選ぶ。
「お前はあのとき俺が約束を果たしたと言うが、俺は俺の意思でお前を怖がらせた自覚はない。……お前の誘いを退けたのはそのためだ。その辺りは、お前も理解しているな?」
 理屈としては理解している。しているともと、娘は深く頷く。しかしそれにこそが不満があるとでも言いたげに濡れた眼差しが強くなった。
 ついでに強情さも増しかねない水色の瞳に重く吐息をついた男は、続けるべきか迷った言葉を頭の中で持て余す。言えるのか、あのときこの首筋に牙を剥けば血を吸う以上の狼藉をしかねなかったなど。あのとき杭の奥から溢れてしまいそうになった気持ちが、彼女に伝わるのか。試していいのか――。
 否、止めておこう。少なくともこの状況はそんな感情の吐露に適切ではない。組み敷かれて告白なんぞ情けないにもほどがある。そうして彼は冷静、と言うより見栄と臆病が増した頭でそう判断すると、ため息一つで話題を切り替えようとする。
 しかし、運命とは予想を裏切り続けるもの。話題を切り替え逃げるつもりでいた彼は、結局のところすぐさま自らの心のうちを話すこととなった。
「成る程、あのときの俺は今の俺が見ても確かに強い。多くの連中が俺にもあの力を求めるのは悪魔の性分を考えれば致し方あるまい。しかしあのときの俺は、真に約束を貫くことの大切さも、本当の意味での誇りも知らんのだ。……それに何より……」
「…………?」
 言い淀んだ男の表情に何を感じ取ったのか、女の濡れた眼が再びはっきりと見開かれ、微かな疑念の光を帯びる。――夏の澄んだ空、底まで見渡せそうな湖に張る水の色、朝露を花弁に湛えた青い花。自然界の中で見出せる色の中でも、どれにも喩えられるようでいてどれとも違うこの鮮やかな薄青い瞳の色彩を彼は知らない。たっぷりとして柔らかな艶めく桃色の髪、この顔かたち、この華奢くもなめらかな四肢、芳しい甘い香りを漂わせ、瑞々しく色づいた唇から漏れるどんな楽器のどんな音色よりも心を捕らえて酔わせて離さない声。それら総てが合わさった奇跡の肉体に、更に自然体でありながら慈悲と清廉と高潔さを持つ魂が宿った唯一無二の存在を彼は知らない。
 そうともこれを。彼女を。あのときの、『暴君』と呼ばれていた吸血鬼は知らなかった。
 人間たちを恐怖に陥れる使命に勤勉な吸血鬼を危険視、もしくは勤勉とは言え所詮この程度だろうと嘲笑う神や運命とやらが与えたもうた罠なり試練なりが彼女だとするならば、悔しいがその効果は絶大だ。そう思ってしまうくらい、彼は一日もしないうちにこのもとは人間であったこの娘に囚われた。
 四百年経った今でも変わらず娘に対する情念は激しく彼の胸に渦巻き、彼女の一挙手一投足に意識が自然と引き寄せられる。仲間の泣き顔を見て何事かと思い、事情を知れば相応の対応を取るべきと思う気持ちは強かれど、どうかこれ以上泣いてくれるなと胸が苦しくなるほど切に願うのはこの女くらいなもの。
 なのに。
「……その、だな……」
 舌が動かない。喉の奥から言葉が出ない。頭の中で言葉を具体的に描けば描くほど、鼓動が高鳴り脳が茹だり全身が硬化する。
 さっき撤回したところなのに言えるのかこの状況で。お前を知らなかった頃の俺の力なぞどれほどの価値があるのかだなんて。お前と出会う以前の俺の力は、お前と出会いお前との約束の犠牲として捨てるためにあったのだろうだなんて。
 今度は告白めいていないのだからとどうにか色気のない方向性で推敲を重ねるべく試みても、考えれば考えるほど彼が言いたいことは情熱的な表現に変化を遂げ、自らの想いの深さと激しさを無理からに自覚させられる。恐れを振り撒けばそれでいい、悪魔には不要なはずの感情を、彼女を相手に芽生えさせ捧げてしまう自分の滑稽さと矛盾を突き付けられる。
 けれどけれど、こればかりは途中まで口にしてしまった以上言わなければ。娘はきっと泣き止むまい。じっとこちらを捉えたままの薄青い視線は、次なる己の言葉を待っているはずなのだから。
 またしても、天使の娘の目尻から熱い涙がもう一滴。自分の頬を濡らすそれに、青年は躊躇を諦めた。ああもう、いっそのこと簡素な言葉でいい。相手に意図が読み取れなくてもいい。言わなければ。言うのだ。言えと、今度こそ己を励まし背中を強く押したところで、ぎこちない喉がどうにか言葉を振り絞る。
「……お前を、あのときの俺は……」
 そうともそのまま一気に。
「し、知らなかっただろうが!」
「知って、います」
 返ってきたのは沈黙でもなく、息を呑む気配でもなく、何を言ってるんだろうと心底思っている呆れたような冷酷な一声で、彼は目を瞬いた。
「は?」
「今、ここにいる、『暴君』と呼ばれたあなたは、もうわたくしを存じ上げておられます。……あの場では、挨拶はいたしませんでしたけれど、少しあとで、一応、お話を、させていただきました」
「……そ、そうか」
 完全に自分の意図が伝わっていないこの事実に、彼は安心よりも猛烈に頭を抱えたい衝動に駆られた。と同時に四百年前の自分に対して表現に難しい、何か、靄のような感情が過ぎるがここは一旦無視する。生憎と、この場にいない輩に構う余裕はないのだ。
「あなたの……仰りたいことは、わたくしにはよく、わかりません……」
 彼の反応から、彼女もまたふたりの会話に齟齬が生じているところまではわかったらしい。しかし内容を深く考える気もないらしく、鼻をぐずつかせて今度は小さく首を振った。
「ですけれど、……これで一つ、実感できました」
「何がだ」
 いつかのようにうっかり口を滑らせて出てしまった想いではなく、勇気を振り絞った言葉の意図を理解してもらえなかった現実に打ちのめされた吸血鬼に、天使は少々皮肉っぽく笑う。また、涙が生まれた。
「わたくしがどれだけ泣こうが居た堪れない気持ちでいようが、あなたには何の影響もないのだと言うことが」
「は」
 頭が真っ白になる。彼が今このとき受けた衝撃は、恐らく過去最大。それこそ何も知らないまま事務所の扉を開けて『暴君』と呼ばれた己と目が合ったときよりも激しい。
 影響がない。ないはずがないのに、この娘は一体何を言っているのだと、強い疑問が文字になって見えない鎖になって頭の中で溢れて溢れて溢れて、ついにははみ出て青年の体を縛っていく。
「よく考えれば、あなたはお芝居とは言え瀕死の狼男さんのお願いも退けた方ですもの。女の涙や拘束ごときで揺らぐ方ではありませんわよね。余裕がなかったとは言え、我ながら自惚れた愚行でしたわ」
 自虐的に己の暴走を一笑すると、彼女は四つん這いの姿勢のまま大きく深呼吸をする。感情を切り替えた証、なのだろう。このまま黙っているのは猛烈にまずい気がするのに、彼の頭はさっきの娘の発言にいまだ立ち直れない。
「……あなたのその、約束を貫く姿勢は立派だと、今でもわたくしは思っています。どんな局面に陥っても、それを守られる意思は感心に値すると思っています」
 立派。感心。それらは一応褒め言葉として日常的に使われるはずの表現だが、今このときの彼にとってはとてつもなく不吉な予感を抱かせた。彼女の物言いが、この瞬間だけ誰かに聞かれても不穏な空気を感じるほど非常によそよそしいため。もとより誰が相手でも丁寧な対応を取る娘ではあったが、今はブルカノと名乗っていたときよりも他人行儀な距離間をはっきりと感じさせる。
「ですから、……あなたはあなたのお好きになさってください。わたくしも、そうしますから」
 笑顔を浮かべて娘は告げた。
 さっぱりとしたそのかんばせは、確かに花のように可憐で人形のように整っていたが、けれどやはり眉が歪み涙を拭っていないため無理を繕う感がある。つまり彼女はこう言いたいのだろう――もう、あなたにはついていけないと。
「では、わたくしはこれで失礼し……」
「おいっ、待てっ、アルティナッッ!!」
 巌のように青年に覆い被さっていた娘が拍子抜けするくらいあっさり退いた瞬間と、ようやく衝撃が抜けた吸血鬼が上体を起こして女の腕を掴んだのはほぼ同時。
 しかし男のほうが反射的に動いたため、その握力は女の細腕には辛いものがあったらしい。白い羽根が舞い、短い悲鳴が上がって娘の眉が歪む。不意の痛みにまたも涙腺から涙が零れる。
「痛っ……、は、離してくださ……!」
「逃げなければ離してやらんこともない。約束はできるか」
「約束なんて、そんな大袈裟なことでは……」
「できんのならば離さん。いいか、お前は思い違いをしている」
 これまでの出来事で吸血鬼も半ば自棄になっているのだろう。勢いのままに口を動かして、羽ばたき抵抗心も露な娘を力任せに引き寄せる。こんなときでなければその肌触りを堪能したいところだったが、ここで離してしまえばもう会えないと彼は信じ込んでいた。
「まず俺は、お前に多大なる影響を与えられた自覚がある。どうでもいいなどとは決して思っていない」
「わたくし、そこまで大それたことを申しましたか……」
 泣いてささくれだった心境でいた自覚はあるが、随分と大胆なことを口走ったらしいと知り、娘は居た堪れないように薄暗い顔で俯いた。しかし彼は慰める余裕さえなく、頭に浮かんだ言葉をろくに考えないまま言葉にする。
「今の俺はお前に逢ったからこそ存在している。お前と出会ったあの三日を経て、お前との約束を破り、もう一つの約束を忘れず守り続けることで、今の俺はここにいる」
「……そ、んな、大袈裟な」
「ゆえに今の俺にとって最も大切なのは四百年前の俺の力を取り戻すことではない。適当な理由をつけてお前の血を吸うことでもない」
「…………」
 適当な理由などと言われ、それまで彼の勢いに戸惑うばかりだった娘の表情に変化が生まれた。あのとき感じたのは確かに恐怖なのだから、そんなことはないのにとでも言いたげな眼差しが赤い瞳に突き刺さる。
 しかしそれも無視して青年は心の赴くまま、これまででも最大級であろう威力を誇る言葉の爆弾を投下した。
「お前だ、アルティナ」
「は……?」
 それまで張り付けていた薄暗い顔も忘れ思考も一気に吹き飛ばされ、ぽかんと口を開き、目も見開いて珍しく阿呆のように惚ける彼女の反応に、彼は当然恥ずかしさが込み上げてきたけれど、自棄になった勢いのまま己の心のうちをつまびらかに語――ろうとして第三者の冷たく存在感たっぷりの視線を感じた。と言うか闖入者の瞬き一つしない赤い瞳としっかり目が合ってしまったため、慌てて我に返って言い繕う作業に取りかかる。
「ぃ、いや、あれだっ! 俺にとって何にも増して大切な、その、や、約束の大切さを教えてくれたお前に対する約束はっ、確実に、完璧に、果たさねばならんからな!!」
「……あ、ああ。はあ。ああ、そうですの。なる、ほど」
 そう言うことかと、こちらも我に返ってまるで自らに言い聞かせているような顔で何度も頷く天使の娘の傍らに、闖入者の月影めいた黒い外套が音もなく移動する。
 いやな予感からあからさまに眉をしかめた彼の表情の変化に、彼女がまたしても目を瞬いた次の瞬間、女の自由なほうの片手がすっと誰かの白手袋と絡め取られた。
「そんなに血を吸ってほしいのならば、俺が吸ってやるが?」
 唐突な誘いに娘が何事かと声のするほうに首をやれば、そこにいたのはふたりが現状こうなってしまった原因たる『暴君』その人で。渦中の人物に見苦しいところを見せてしまったと赤面し俯いたのか詫びたのか曖昧な仕草をした彼女に対し、彼のほうはいらんところで割り入りおってとの気持ちも露わに眉間の皺をますます深くする。
 そんなふたりの表情の変化を涼やかに無視して、『暴君』は微笑を湛えながらのんびり娘の指に指を絡め、手中のものに視線を注ぐ。その目付きは白手袋の中にあってもなお美しい、細くも柔らかな白指の、淡く色づく爪のかたちさえも愛でるよう。などと思ったのはその光景を眺められるどちらだろう。
「幸いにも俺はお前と約束を交わしていない。直接の罪滅ぼしにはならんが、気持ちは抑え切れぬと言うのなら俺が代わりに吸ってやろう」
 ――約束を守り貫く苦労も知らぬ阿呆が何を図々しくひとの獲物を取ろうとしている。厚かましいにもほどがある誘いに激昂し、そう叫びたくなった彼よりも先に天使の娘は苦笑を浮かべてふるりと首を振った。
「お断りしますわ、背の高い吸血鬼さん。わたくしが血を吸っていただきたいのはあなたではなく、こちらのあなたでいらっしゃいますから」
「そうか。……貧血になりでもすれば頭も冷えると思ったが、今のお前に必要ないらしい」
 それまでふたりの視線に合わせて屈み込んでいた『暴君』は、つれない返事を得たにも関わらず顔色一つ変えないまま細指に手を絡めたままよっこら立ち上がったため、つられて彼女も立ち上がり、更にはその下敷きとなっていた彼も立ち上がらせられる。昔の自分に誘導されたような感覚に魔力を失った吸血鬼はますます面白くない顔をしたのだが、残るふたりはそれに気付いているかどうか。
 少なくとも、娘のほうは全く気付いていなかった。両手を別々の時代の同一人物に拘束された珍妙な状態にも関わらず、背の高い男に向かって落ち着きを取り戻し小さく膝を折る。
「お気遣いありがとうございます。……泣いてすっきりしましたから、そうですわね。もう頭は多少落ち着いたと思いますわ」
 どこまでこの男に見られていたかは知らないが、涙の痕は拭っていないし瞼がいまだ腫れている自覚があるので娘は肩を竦めながら泣いたことをあっさり白状すると、ふむと短く相槌。何を思い立ったものやら、天使と向かい合っていた側の吸血鬼が、彼女を拘束していた手を離し、柔らかな線を描きほんのり色づく頬に触れる。
「何を……っっ!」
「あ、あの……?」
 唸る吸血鬼と軽く飛び上がる天使の反応を無視して、白手袋はゆっくりと娘の目尻の湿り気をなぞり、尖った顎まで指で伝うとまた反対の方向も同じことを繰り返す。それから丁寧にまだ睫に溜まったままやら前髪にみっともなく張り付いたやらの水気をそっと拭き取ると、また頬に戻るが今度は優しく添えるのみ。
 天使の娘の頬を慰撫する『暴君』と言う、四百年前ならば誰しもが目を疑うはずの光景を見せつけられたふたりはそれぞれ動揺を示すが感情の方向性は当然ながら全く異なる。ついでにここに吸血鬼に忠実な人狼やらプリニーもどきの少女やらがいたとしても、この光景に抱いた感情は各人見事に合致するまい。死神の少年と人造悪魔の少女についてもまあ同様か――いや、こちらは周囲に合わせて驚いたり驚かなかったりしそうな気もしないでもない。
 兎角、台風の目よろしく短時間でふたりに衝撃と驚愕を与え、鮮やかに場の空気を完全に支配した男は感情の乱れ一つ示さない。ただしっとりとした娘の肌触りを手袋越しに愉しんでいるのか、戸惑い気味の初心な反応を愉しんでいるのか、はたまたその両方か。機嫌良さそうに口の端を歪めて、女に優しく言葉をかける。
「これでおおよそ涙の痕は見えまい。腫れも少しすれば落ち着くだろう」
「……ふふ、色々とありがとうございます」
 頬を撫でられていた理由が判明し、安心の意味も含めて微笑んだ娘に、男もまた薄い笑みを浮かべて一度だけ首を横にやる。
「礼など不要だ。お前は俺の友なのだから」
「あら、友からの感謝の言葉を素直に受け取るのもまた友情ではなくて?」
「さて。天使の友はおらぬゆえ、天使の示す友情とやらがそうならばそれに従おう」
「天使も悪魔も人間も、友情の示し方はあまり違いはないと思いますけれど」
「そう言うものか?」
「少なくともわたくしはそう思っておりますわ。そのときどき接する種族によって態度を変えるなんて、なんだか神経質っぽくて疲れません?」
「疲れるから態度を変えぬと言うのか? ……フッ、やはりお前は面白い女だ」
「女を相手に面白いだなんて仰らないでくださいな」
「案じろ、貶したつもりはない」
 以降も続く、初めて目にしたはずなのに不思議と懐かしさも覚えてしまうやり取りを見せつけられた痩身の吸血鬼は、眼前にいる四百年前の自分がこの場に現れた瞬間から胸に覚えたいやな予感を、そうであってくれるなと願っていた直感を、今このときようやく明確なものとして、非常に認めたくなかったものの結局認めることとなった。――こいつもまた確実に、この天使の娘に悪魔が抱くべきではない特別な執着心を持っている。自覚か無自覚かは置いておくとして、彼女へ注ぐ眼差しだの涙を拭う仕草だのでそれはもうはっきりと、手に取るように理解できた。
 しかしよくよく考えてみればこれはもう仕方ない話なのだ。四百年前に人間であった娘を見初めた吸血鬼が、いまだ運命の女に出会っていない状態で四百年後の世界に来た程度で、惚れる女を変えるほうがおかしい。
 つまりこの瞬間から青年が過去の己に抱く感情は、複雑な感慨深さや懐かしさや巣立つ前の雛を見る感覚ではなく、いっそ敵意とも表現できるような刺々しさと危機感に変化を遂げた。百歩譲って穏やかに娘と会話しているのはまだいいとして、頬に手を添えたまま下ろそうともしないのは、彼のうちに宿る寛容の精神を隅から隅まで掻き集めたところで見逃せそうにない。
「……それで、貴様は何の用だ。業務に追われる俺を冷やかしに来たのならばとっとと帰れ」
 だからすっかりいつもの調子に戻った天使の娘と長身の吸血鬼が耳障りの良い会話を弾ませていた中、空気なんぞ読んでたまるかとばかりに彼が冷ややかな声を放ったのは聞き間違いでもない。のだが、間に挟まれている彼女は背中からの声に覚えた違和感を己の幻聴として受け止めたらしい。火照った頭に自由なほうの手を軽く当て、小さく吐息をついた。
「やはりまだ泣いた影響があるようですわね……。頭痛もまだ治まりませんし、わたくしは部屋で休ませていただきます」
「そうか。引き止めて悪かったな」
「いえ、お気になさらず」
 あのとき身体を退いたのはそう言うことだったのかと内心安堵した、いまだ彼女の腕を拘束していた吸血鬼もまたふたりの会話を背景に遅ればせながら手を離してやる。どうやら彼は、娘の言葉を深刻かつ重々しく受け入れすぎたらしい。
 そのまま帰ってしまえばよかろうに、彼女は羽を向けていたほうにわざわざ向き直り、じっと意味深に見つめて。
「……具合が悪いなら早く寝ておけ」
「わかっています。それでは」
 視線に居心地の悪さを感じた彼が素っ気なく告げると、少しだけ表情を暗くして丁寧に一礼し、それから彼女の涙を拭ってやったほうにも一礼して、最後に扉の前でふたりに頭を下げてから執務室を出て行く。
 残された四百年前と現在の、同一でありながら兄弟ほどに背丈も体格も違う上に現在のほうが幼いと言う一見すれば矛盾した吸血鬼ふたりは、控えの間も含めた扉が閉まり天使の娘が完全に視界からいなくなったのを確認すると途端に漂わせていた空気を変える。それがどんなものかを表現すれば、どこぞの天使長の目からでも苦笑いを浮かべるしかない程度に今にも殺し合いでも始めんばかりの、それはそれは悪魔にとって実に馴染み深い和やかさ。
「領収書を持ってきたのだが、なかなかに面白い光景と鉢合わせた。……よもやあの女を泣かす輩がこの俺とは」
「俺も今まで知り得ぬ事実を知り実に興味深く思うぞ。……よもや、あいつと過去の俺が勝手に友としての関係を築いていたとは」
 表面上は穏やかに、しかし鼠の一匹でもこの中に放り込めば絶命するのではないかと思しき沈黙と笑みが、四百年の時代を隔てたひとりにしてふたりの吸血鬼の間で交わされる。ように見えた瞬間、睨み合う。同一人物だけあって表情を切り替えるタイミングは見事なまでに同じだった。こちらに流れる空気は恐らく、気弱な生き物なら瞬時に胃潰瘍でも患って衰え死にそうな殺伐さ。
「泣かせておいて詫びもなしとは恐れ入る。四百年後の俺は随分と恥知らずになったらしい」
「友人風情でいけしゃあしゃあとあれの手どころか頬にまで触れる輩こそが恥知らず、いや礼儀知らずと言うべきだろうな」
「ふん。たかだか『約束をした女』程度によくぞそうも醜い独占欲を晒せるものだ」
「当然だ。俺の『約束の女』に鬱陶しい羽虫がまとわりつくなどあってはならぬ」
「その『約束をした女』とやらの約束を一度破った挙げ句に魔力を失った奴が言えた台詞か」
「ま、少なくとも俺の『約束の女』の友人の一人程度が言える台詞ではないな」
「………………」
 長身の男が黙り込んだため反射的に舌戦は自らの勝利と見たが、ここで油断は禁物だ。そう自分に言い聞かせ、自然緩みそうになる頬をぐっと堪えた痩身の男の判断は正しかった。何せ『暴君』と呼ばれた吸血鬼はその粘り強いさにも一定の評価を得ている。一例として最も的確なのは、たったの三日の出来事を四百年も引きずっている点がまず挙げられよう。まあそれはかの娘と出会ったあとの青年の話だが。
「『お前だ、アルティナ』」
 ともかく最後の切り札はひっくり返された。たとえ相手が自分であっても、やはり『暴君』は敵対者に容赦がないらしい。
 結果から端的に言おう。その切り札は当然、絶大な威力を発揮した。
 押し黙っていた男の呟きは悪魔の耳をして聞き取れるか取れないか微妙な線のごく小さなものだったし、相手の反撃にしっかり身構えていたはずなのに、痩身の吸血鬼はごぶ、と咽て以降激しく咳き込んだ。
 その様子を見受けて自らの反撃に実に満足したらしい長身の吸血鬼は、意地の悪い笑みを浮かべて懐から薄い紙を取り出し、四百年後の自分へと余計な言葉も添えながらひらり飛ばす。
「成る程。約束さえ完璧に果たせないままで、あの娘に関わるありとあらゆることを成し得られるはずがないと。……我ながら呆れるほどに律儀なことだ」
 そうしてこれで用件は済んだとばかりに扉に向かい、こちらは礼もせず、どころか扉をきちんと閉めようともせず執務室を退出し、残されたのはこの部屋の主たる青年一人きり。
 涙さえ滲むレベルで酷い咳がようやく収まり領収書を手にした男は――根っからの律儀さゆえ、腹いせに破ってやろうと思う前に見てしまった――、目にしたものに硬直させられる。今日はこれで何度目なのか最早数えていられないほどそんな心境になった気がするためもう何が起きても驚きそうにないのだが、それでもやはり彼は衝撃を受けてしまった。
 領収書自体はごくありきたりだ。新党を立ち上げたときからこの手のものはそれなりに見てきたが、おかしな点はどこにもない。書き損じもない、憎たらしいことに。
 ただ書かれていた内容が。六桁のヘルを請求されるのはまだ良しとしよう。十数万ヘルもする何を、あの『暴君』が買ったのかと問われれば。
「……ドレス……?」
 何故。誰のために。どうして。
 買った張本人はこの場にいないため、理由は生憎とわからない。わからないがありありとその辺りのことは想像できて、しかもそれが妄想ではない予感もあって、彼は思わず領収書を握り締め、まだ多くの仕事が残っているにも関わらず執務室を飛び出した。
 とりあえず目下はあの『暴君』を追うべく。蹴ってもいいがとりあえず追いついたら一発ぶん殴って、あの天使の娘を独占できるのは今のこの自分だけだと高らかに宣言するために。







後書き
 タイトルはごく簡潔に修羅場。本来は暴君フィーバー冷めやらぬときに書くべきだったんだろうけど生憎と書きたいときに書きたいものを書く性質でして……(リアルタイムはエロ書いてた思い出)。
 暴君とアルティナちゃんがお友だちになった経緯はidlyの会話ネタ見て漁ってもらえばわかるはずー。あと閣下がヘタレたと思ったら自棄っぱちになったり鬱陶しかったり散々ですね反省してますミ☆

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一日に二つ更新とかバランス考えろや

2011/09/30

 一つはとっくに完成しててあっちに先に上げたってだけだし…あれより先にアミダで決めたのをこっちに上げるってなんかおかしいし……じゃあまず先に完成してたのを一日差でこっちに収納しとけ。ですよねー。
 とりあえずそんな訳で更新しましたーわー。何気に更新した二つともいちゃ描写が閣下がアルティナちゃんの頬に手を添えてるって点に今更気付いて、なんで私はこんなに頬に添えるの好きなんだろうと思ったりしましたがまあきっと何らかの刷り込みでしょう。しかし白手袋が白い頬を撫でるように手を添えるのって、顎をくいって自分のほうに掬い上げるのと同じくらいなんかエロい気がするんですよ。
 つーか白手袋自体がエロい。閣下頑張って手袋チキンレースしようぜ!(手袋着けたまんまでどこまでアルティナちゃんの身体に触れられるかの耐久レース)
 ……うん無理だね。着けたまんまで触るとか自分にとっても焦らしプレイだね。

 DLCはぶっちゃけ一番期待してて一番入手できそうにないペタたんが来ないのでしょんぼり。戦艦には興味ないけどカラオケver裸レクのためにイベント見たらちょっと胸キュン。しかしプリニーたちへの感涙でさえ誤魔化す閣下だとアルティナちゃんへの気持ちを素直に言えるはずがないと思ったり思わなかったり……。公私は関係ないとイイナー。けど閣下、公私共々こだわりの有無の差がばっきり別れすぎててなー。

 以下お返事ですー。

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