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・あと多分長髪+華奢っ子スキー

2011/08/02

「ねえねえちょっと、デスコ。アタシ今、すんごいことに気付いたんだけど」
「なんデスか、おねえさま?
ついに自分が死んだってこと、認めるのデスか?」
「そんなんじゃないわよ、あんたもいい加減にしつこいわねー。
アタシが気付いたのは、ヴァルっちのことよ」
「ヴァルっちさんの、何に気付いたんデスか?」
「あいつね、おっぱい好きよ!」
「おー、おっぱいデスか」
「つーか巨乳派!
間違いないわ!」
「そうなん、デスか?」
「だってさー、ネコマタの子とかエンプーサの子とかの胸あいつ見てるらしいのよ。
ま、あれだけでかかったらアタシでも目行くけど」
「つ、つまり……おねえさまも、大きな胸の女のひとが好きなんデスか?」
「いや、そう言うこっちゃないけど……」
「じゃあ、ヴァルっちさんもおねえさまとおんなじ感覚で見てるかもしれないデスよ?」
「……あ、うーんと、そうじゃなくて。
あのね、胸ちっちゃい子と大きい子の反応が違うのよあいつ」
「むむっ、えこ贔屓デスか!」
「胸ちっちゃい子には可愛いアピール平気で受けたり、励ましたり、イワシあげたり、プレゼント貰ったり……」
「それはいつものことデスよ。おねえさまの自称可愛いにもヴァルっちさんスルーデス」
「あと平気で胸触ろうとしたり、飲みさしのお茶で関節キスとか!」
「あ、それはアウトデスねー」
「でしょでしょ!
ま、アタシもほっぺつねってって言ったらあいつ容赦なくつねってきたけどー……」
「それで、胸大きいひとたちにはヴァルっちさん、どんなことするんデス?」
「えーとね、見てるだけっぽいのよ」
「……見てるだけ、デスか?
けど、それの何が悪いんデス?」
「悪くないかもしれないけど、おかしくない?
みーんな悪魔だもん。そりゃ野心丸出しでヴァルっちにアピールしない子のほうが少ないくらいなもんよ。
けど胸ちっちゃい子には平気で触って、大きい子は見るだけなのよ。
これ、不自然だって思うでしょ?」
「……お、思いますデス」
「でしょ、つまりよ。
あいつ、巨乳派でむっつりだと思うの!」
「……あれ。むっつりってさっきおねえさま」
「今思いついたの! そーよむっつりよ!
だっておっきい胸に何も感じてないなら胸ちっちゃい子と同じように平気で接するはずでしょ!?
それをやんないってことは意識してるからよ! どうして意識してるのかって言ったら胸のおっきい子が好みだからよ!
けど胸おっきい子に触れないのは、自分でも触ったりしたらやらしくなるかもしんないからーって自覚してるからで、つまりむっつり!!」
「な、なるほどデス……!
さすがはおねえさま、見事な洞察力デス……!」
「フッフッフ……、褒めても何も出ないわよデスコ」
「吝嗇なお前ならそうだろうな。しかし、寛大なオレはお前らに褒美をくれてやろう」
「えーなになに、なにくれんの……フェン、リ、っち……?」
「魔拳ビッグバン。
……ほら喜べ。嬉かろう」
「いやいやいや遠慮するしー」
「はいデス!
さ、さすがにそう言うのはいらないデス!」
「ははっ、そう言うな。オレは主の性癖を大声で断定した貴様らに是非ともくれてやりたくなった。
さ、ありがたく受け取るがいい」
「おっ、おねえさまっ、にっ逃げましょう!!」
「いーらーなーいーしぃいいいいいい!!」

/ギャーワー\

「……だ、そうですけれど」
「…………」
「本当のところはどうなのでしょうねえ?」
「……さ、さあ、なあ……」

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・システムデレ※メタネタ

2011/08/03

「あ、そっか」
「?」
「エンディング分岐の優先度ってさ、仲間になる順番なんだ。
てゆーか、付き合いの長い順?」
「今更気付いたのかお前……」
「そんなあからさまに呆れた目で見ないでくれる?
こんなの興味ないと改めようとしないじゃない!」
「……ま、お前ならそうやもしれぬな」
「ふんだ、このアタシを使い魔扱いしてるヤツにそんな顔されたって痛くも痒くもないもんね!
……てゆーか、普通に考えたら義理の家族より使い魔とか友情とか優先するっておかしくない?
あんた結構家族への情とか薄かったりする?」
「お前の物差しではそうなのだろう。俺は俺、お前はお前とも言えるが」
「ふーん。まあその辺はいいんだけど」
「……何だ、急にニヤニヤしおって」
「いやーヴァルっちってばフェンリっち戦友にしても一番最後に仲間になるアルティナちゃん恋人にしたほうが優先度高いんだーと思って」
「んが……ッ!
そ、それは、だな……」
「しかもあんた、伝説の木ノータッチで進めると自動的にアルティナちゃんエンドになんのよねー。
どうしてかなー?」
「い、いや、その……」
「しかも伝説の木使って関係全部埋めても個別エンド条件当てはまらなかったらやっぱりエンディングあの子だしー」
「……ななっ、何が言いたいっ!?」
「ヴァルっち、どんだけアルティナちゃん好きなの?」



「ねーねー、アルティナちゃん」
「……ど、どうかされましたフーカさん?
なんだか酷い格好ですけど……」
「照れ隠しにフルークフーデかます男ってぶっちゃけどう思う?」
「はい?」

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・永久死の観覧車にて

2011/08/04

「あのさーデスコー」
「なんデス、おねえさま?」
「アタシ思ったんだけど、ココってぶっちゃけ遊園地じゃない」
「そうデスね」
「アタシらがヴァルっちからアルティナちゃんのカコバナ聞いて、泥棒やってたアルティナちゃんのピンチを救ったのもここじゃない」
「そうデスね。あのときのヴァルっちさんはあのときからしたらとんでもなく強かったデスけど、今思うとあれってラブの力だったんデスかね?」
「じゃないの?
そのあとすぐ逃げられちゃったけど」
「煙幕は仕方ないデスよ~。
それで、その話がどうかしたデスか?」
「あーうん。つまりそれってさ、……ヴァルっちにしてみたら」
「?」
「ひらたく、ひらたーく言えばよ。
……遊園地で好きな女の子とうっかり会っちゃって、追いかけっこってことになんない?」
「…………。
そ、それはつまり『アハハウフフ、捕まえてごらんなさぁ~い』ってことデスか!?」
「そう! てゆーか、もうそこまでいったらこれ、デートよね?」
「そうなりますそうなりますデス!
デートデス、間違いなくデートデス!!」
「いやー、あのふたりいつそう言うのするんだろうと思ったけど、もうやってたのね~。
このアタシの目をもってしても、全く気付かなかったわ……」
「最後にヴァルっちさんがアルティナさんにぎゅっとされて終わりデスし、もう完全にデートデスね!」
「よねー!」
(……こいつらあのときの自分たちの存在忘れてないか)

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Versteck in den Morgen

2011/08/06

 天界の朝は地球の朝と同じようで違うのに、魔界の朝は地球のそれと違うはずなのにどことなく似ていると実感したのはいつだったろう。
 はっきりとは覚えていないが、一人で『徴収』していた頃だと彼女は記憶を探り当てる。銀行を襲撃したあと、追っ手の悪魔たちの追及から逃れるために適当な空き屋に身を潜め、魔界に足を踏み入れて初めて寝ずに一晩過ごしたとき。硝子窓の向こうの明るさがライトによるものではないと気付いて、薄暗い印象が強い魔界の空にも太陽は昇るのかと奇妙な感慨深さを抱いたものだ。そうして、そんな中で流れる空気もまた、普段とは違ってほのかに澄明さが漂っており、こちらのほうが天界よりも馴染み深いと知らされた彼女は魔界に来て初めて苦笑した。
 地獄においてもそれは同じらしい。空の薄暗さでは魔界と大差ないのに、朝、特に早朝と呼ばれる時間帯では、屋敷の渡り廊下を始めとするあちらこちらで灼熱の溶岩を眼下に眺めるような不毛の大地でも空気にどことなく澄んだ穏やかさを感じ取り、彼女は微かに感嘆の息を吐く。
 別に昨晩は眠れなかった、なんて話ではない。来客もなかったから普段通りの時間に眠り、普段通りのつもりでふと目を覚まし時計を見たらいつもの起床時間より二時間ほど早かっただけのこと。唐突にそんな時間帯に起きてしまった自分に驚きはしたが二度寝を洒落込むほどの眠気も疲れもないため、彼女はとっとと起き上がり身支度をした。
 たまにはこんな日もあっていい。早起きの鳥は虫を捕らえるとも言うし、だらだらと寝床で時間を潰すよりは軽い散歩でもしてから一日を始めたほうが有意義だ。その考えは間違っていないようで、普段は忙しそうに廊下を巡回するプリニーさえもいない廊下の光景に彼女は早速新鮮味を覚え、珍しくも少し浮ついた足取りで自室のドアから離れた。
 日の出の眩しさを直接目にしてもいないし瑞々しい草木もないのに、漂うのは確かに地球で感じたときのような朝の気配そのもので、この不可思議に彼女は首を傾げながらも小さく笑んだ。歩いて五分ほど経つのに、相変わらず悪魔の一人にでさえ遭遇していない人気のなさが大きいのだろうか。しかしそれもそれで本来不気味と思うはずなのに、奇妙に楽しく感じてしまうのは彼女の生来の性格故か。
 永遠に死ねない苦しみを味わい阿鼻叫喚する罪人たちの姿はないものの、自分が立てる以外の物音もさして聞こえてこない地獄の光景に孤独を感じていいはずなのに、日中の賑やかさと今を比較すればするほど、彼女の心の中が幼い頃に覚えがある部類のときめきで熱を帯びる。ただ散歩をしているだけなのに、いつしかそんな一人遊びをしていたのではと錯覚さえしてしまいそうになる。どこかに隠れ潜んでいる誰かを見つけるような、誰かに見つかるまで束の間の自由が許されているような――。
 ああ、それだ。今はまるでかくれんぼに参加している気分に近いのだと、彼女は浮かれた足取りの自分の心境に納得してからくすりと笑う。そんな遊びなんてそれこそいつ振りだろう。しかしそう思えばらしくなく童心に胸が疼くのも頷けた。
 自分が鬼か、今朝初めて自分と会うひとが鬼かは曖昧だけれど、それでも久々にそんな気分になったのだからこの遊びに興じてみようか。
 そう己の立場を改めた彼女は、ではと頭の中で一声かけて立ち止まり、ルールを設定する。かくれんぼをしているような気分のままあてもなく歩くのはきっとそれはそれで悪くないのだろうが、かくれんぼに変更したほうが今の彼女としては楽しい。そこに決まりの檻とご褒美が付けばより一層に。
 まあ基本はかくれんぼなのだからルールは単純明快だ。誰かに見つかってしまえば負け。話しかけられても負け。先んじて誰かの気配に気付き、隠れたり行き先を変更するのは大丈夫。気付かれないように実力行使で黙らせる、もしくは気絶させるのはアウト。そうしてそのまま誰にも見つからず、目的地の保嫌所にたどり着けば彼女の勝ち。負ければ何もないが、勝てば――食後のデザート用に果実でも買おうか。痛むのは自分の懐だが、たまにはそんな贅沢も悪くない。
 ではと気持ちを切り替えると、彼女は心なし緊張感を身にまといながら再び歩き始める。頭の中で勝敗とルールを決めただけなのに、不思議と漂う空気や廊下に響くヒールの音がさっきと違っているようで、そんな自分に口元が苦みを滲ませ綻んだ。
 しかしそうして歩いていると、彼女は『徴収』に励んでいた頃を思い出してどうにも複雑な気分になる。あの任務を請け負ったこと自体に後悔はない。自分の死により世界に復讐しようと決めた憐れな男を止めるためなら何だってすると覚悟を決めていたし、届かぬ声で制止を呼びかけ続けるよりも確実にその思惑を阻止できるなら喜んで泥を被った。天界で学んだ数多くの処世術と言う名の奥義の数々だって、魔界に来てから確実に彼女の身を助けた。それでもやはり任務に対し、後ろめたさや重圧を感じていたことは否定しようがない。
 あの男の執念を昇華させ、『恐怖の大王』さえ退けた今、彼女はおおよそそれらから解き放たれ自由の身になったと言ってもいいはずなのに何故だろうか。こんなふうにして、遊びとは言え自らを縛り、我が身に宿る緊張感を忘れさせまいとするのは。
 戦いの日々とすっかり疎遠になってしまった訳ではない。確かに大統領府だの地球だの月だのと、ブルカノと仮の名を名乗っていたときや自称『断罪者』の計画を真っ向から阻止せんと振り回されていたときと比べ逼迫するものがないのは事実だ。だが今後に憂いがないかと問われれば否。
 最近この魔界に異常事態が起こると言う噂が、まことしやかに囁かれている。現魔界大統領の熱心なファンが急激に増えているだの、小振りな胸の女性たちが急に脚光を浴びているだの、内容自体は微笑ましいだけのはずのそれらに、そうなる明確な理由までもが伝わってこないためか彼女の第六感が騒いだ。嫉妬や不可解さであればまだ良かったが、過ぎった胸騒ぎはそれなりに穏やかな魔界の生活に慣れてきた彼女にとってまた訪れるであろう波乱を予期させるものだ。近々、何かまた戦いが起きる可能性が高い気がする。
 それに、まだ。彼女は天使となるより前に交わしたとある吸血鬼との約束を果たしていない。そう頭の中で彼の姿を思い出すだけで、ほのかな甘美を漂わせた荊がざわりと蠢き彼女の心に絡みつく。
 四百年前、『暴君』と呼ばれた吸血鬼に、人間の頃の彼女は自分の血を吸うまでほかの人間の血を吸うななんて約束を持ちかけた。しかしその約束を果たす前に彼女が死んでしまったせいで、彼は飢えと弱体化の屈辱を味わう羽目になる。それについて現在の本人は気にしたふうでもないどころか、彼女が改めて謝罪をしても地獄に墜ちたことでイワシと出会えたのだから感謝しているくらいだなんて言われもしたが、吸血鬼の従者たる人狼の険しい態度がそれまで彼の味わった苦痛を何より克明に物語る。
 だから血を吸ってもいいのに。そもそも四百年前、彼女が死んだそのときに約束を思い出の一つとして切り替えるべきだったのに。何より自分はもう、彼が死ぬかもしれないと思うことで恐怖を味わい、彼は約束を果たしたはずなのに。
 吸血鬼はいまだ約束にこだわって、約束を交わした張本人たる彼女の言葉さえ退け、血を吸わないまま魔界政腐の今度を決める重要な書類の決済と魔界の最低級悪魔たるプリニーの教育を同列において日々過ごしている。
 頑固なひとだと心底思い、彼女は大きな吐息をつく。彼にお前のほうが頑固な女だと苦い顔で指摘されたことがあったが、彼のほうが自分なんかより余程頑固だと彼女は少し腹立たしい気持ちでヒールの踵を石畳に強く打ちつける。
 けれど、その頑固さがむず痒い切なさを呼び起こすの理由はなんだろう。自壊を及ぼすほど自分との約束に固執していた男に、呆れて怒りきれないのはどうしてだろう。本当に彼に血を吸ってもらおうと意気込んでいるのなら、数多の方法を実行すればいいのにただ彼がその気になるのを待つだけの姿勢を取るのは何故だろう。
 理由はあえて探らない。探ればそれらしい理屈が生まれるだろうが、どれだけ自分を納得させられるものであっても結局のところそれは理屈でしかないのだ。尊くもありきたりで、悪魔たちには忌まれるであろうこの感情を凌駕するほどの説得力はない。
 理由について考えない代わりに彼のことを考えれば考えるほど、彼女のそう小さくもない胸に切なさを交えた酩酊感が締めつけるように広がって、何かが溢れそうになる。
「……ばかなひと」
 彼への言葉が溢れる気持ちとともに浮かび上がり、柔らかな唇が想いを囁く。
 すぐさま誰かに聞かれていないかと我に返って周囲に神経を配ると、ようやくプリニーらしい独特の声音と足音がそう遠くない場所から聞こえてきて、彼女は慌てて曲がり角の壁に張り付き息を潜めた。とは言っても彼女がいる方向に来ればそれであっさり負けが確定する。勝利のご褒美は自費のささやかなデザートだから、そう緊張せずともいいはずなのだが。
 プリニーたちは幸いにして彼女の気配に気付いていないらしい。普段ののんびりとしたペースのまま、彼女が隠れ潜む方向へと近付いてくる。
「んぁ~あ……やっぱこの体でも眠いもんは眠いッスね~」
「二十二時間労働なら仕方ないッスよ~。大体、人間の頃に罪を犯したオレたちが悪いんスから」
 プリニー教育係の教えはしっかり彼らの魂に刻まれているらしく、仲間内だと言うのに二体のプリニーの口調もまた普段のままだ。その事実に、盗み聞きをしてしまっている立場の彼女はくすりと笑んだ。
「そりゃそうッスけど……もうちょっとなんと言うか……」
 言葉尻を濁した一体のプリニーは、何やらくちばしの中でぼやいていたようだが、具体的な内容はまだ遠くにいる彼女の耳には入ってこない。しかし相方のプリニーの態度がそうさせたのか、それとも本人が気付いたか。暫くして諦めたらしい大きな吐息が聞こえてくる。
「あ~、ま、ここであれこれ愚痴ってるんだったら、生前罪なんか犯すなって話なんスよねえ~……」
「そう言うことッス。愚痴るよりきりきり働いてとっとと転生するためのお金を稼ぐッスよ」
 一方はなかなかに現実的かつ建設的な見解を持つプリニーだ。潔く環境に順応する性格は、それだけで好ましく見えてくる。まあ生前罪を犯したからプリニーになっているのはニ体とも変わりないのだが。
「へいへいッス。……しかしまあ、なんなんスかね~」
「まーだなんかあるんスか?」
 ややもうんざりした調子のプリニーに、彼女もこっそり同意する。もうそろそろ足音も明確に聞こえ始め、彼女の隠れ潜んでいる場所に近付いてきたから、会話を続行してもらったほうが距離間を掴めて都合はいいのだが、盗み聞きに気を取られるのは頂けない。
「オレらはプリニーだから、贖罪のためにこんな働かされるのはよくわかるんスけど、罪を背負ってもいない偉い悪魔の方々がきりきり働いてんのは、どうなんだろうなあと思うッスよ……」
「……あ~。ヴァルバトーゼ様のことッスか?」
 一瞬だけ、彼女の心音が大きくなる。よもやプリニーたちにまで、ついさっき自分が考えていたひとのことを話題にされるとは。世間は狭いと言うべきか、偶然は重なるものだと割り切るべきか。
 早朝から働くプリニーたちはしかし彼女の存在自体に気付いていないため、脳天気な調子で今の彼らにとっての礎を刻み込んだプリニー教育係の話題を続ける。
「そりゃ閣下が立ち上げた我らが『地獄』党がこの魔界をトップになったのは嬉しいッスよ? けど、その閣下ご本人があんなに苦労なさってんのは、ちょっとどうなんスかね~」
「ヴァルバトーゼ様は責任感の強いお方ッス。上に立つ身としての責務を受け入れておられるんなら、オレら外野がどうこう言うこっちゃないッスよ」
 今度はあの潔いプリニーが少し冷たく感じてしまい、彼女はどうとも言い難い顔で彼らに聞こえないよう鼻から静かに呼気を抜く。とは言え、正論には違いない。違いないがそれでも――。
「いやいや、そうなんッスけど……、でも、やっぱり……何と言うか……」
 彼女と同じことを考えたらしい。愚痴を漏らしていたプリニーが、さっきと同じようにくちばしの中で何やらぼやく。しかし一度目とは違い、今度は彼女の耳に小さな声で悪魔なんだから、との言葉が聞き取れた。と、そこまで近い位置にいるのかと察した彼女は半ば慌てて身を縮込ませる。
「……はああ。悪魔ってのは、もっと適当でいいと思うんスけどねえ?」
「適当でいいなんて思ってる悪魔は偉くなんないんスよ、きっと」
「な、成る程ッス。その辺りは、人間界にも通じるものがあるッスね……」
 しみじみ呟くプリニーに同意を示しつつ、彼女はついに自分がいる曲がり角を追い越していくつるりと丸いペンギンの被りものニ体の背を視界の端に納める。
 だが油断はできない。彼らが次の角を曲がるか、こちらから見えなくなるまで待機するつもりの彼女は、隠れ潜んだ廊下側の奥から誰か来ないかを改めて確認する。
「しかし、閣下ってば昨夜もお部屋に帰ってないらしいッスよ? いくらイワシパワーがあるとは言え、ちょっと心配ッス……」
「その辺りはフェンリッヒ様の仕事ッスよ。主を体調不良でぶっ倒れさせるようなお人じゃないのは既にわかりきってるッス」
「いやいやいや、わざと弱らせて血を飲ませようって手口を使う気も……」
 なんだかんだと言いながらも結果的にお喋りを止めなかったプリニーニ体の声が不意に遠のき、みるみるうちに小さくなる。
 これは次の角を曲がったかと判断し、ゆっくり十秒ほど余裕を持ってから彼らが歩いていた廊下に顔を出せば予想通り。彼女が独り言を呟くまでと同じく、静まり返った石畳の廊下がそこにあった。
 ほうと一つ息を吐き出して慎重な足取りで戻った彼女は、やはり慎重な面持ちで歩き出す。プリニーたちが活動を開始したのならば、誰かとはち合わせる危険度もそれだけ増す。ペナルティがないものの、今度はぼうっとしないよう気を引き締め握り拳に力を籠めたところで、彼女は軽く目を見開き、次にそんな自分に苦笑した。
 気合いを入れすぎだ。たかが頭の中で自分が決めただけのかくれんぼでしかないのに、まるで潜入任務中のような気の張り巡らしようで、そんな自分にいけないと緩く首を振る。
 偶然とは言え早起きをしての散歩中で、地獄とは言え懐かしい朝の空気を感じ取っていたところなのに。遊び感覚で始めたかくれんぼで、つい任務中の精神状態になりかけた。
 けれどすぐにそうなってしまうだなんて、『徴収』の任務はそう長い期間でもなかったはずなのだがすっかりくせになっているのだろうか。まあ魔界に忍び込むための準備期間は実際に魔界に潜入した期間よりも長かったし、あらゆる危機を想定してできうる限りの鍛錬を重ねてから訪れた自覚はあるから、可能性は高い。
 ともなればのんびりできるはずの時間をたちまち緊迫感を保つ試練に変換してしまう自分の思考に、彼女は複雑な心境を抱く。しかし自覚があるならまだ矯正の機会もあるはずだ、と前向きに受け止めた。これで全くの無意識を貫いてこうなったのなら、どこぞの誰かにワーカーホリックだの動いていないと死ぬ鮪だのと揶揄されかねない。
 多少に後ろ暗いからこそ『徴収』と言い換え、細々と理屈っぽく押収する金額を決め、任務に励んでいた彼女である。覚悟もしていたし結果からして無駄ではなかったから屈辱と言う訳でもないが、励んでいた行為が行為だけに彼には――プリニーたちの口に上った人物だけには決してそんなことは言われたくなかった。
 腐敗した魔界の政拳奪取を見事果たした党首にして、いまだプリニー教育係の職も捨てない生真面目な悪魔。世界を自らの望む地獄と化すためならば、魔界大統領の地位さえも簡単に誰かに譲り、神の造りしシステムにでさえ抗う価値観の吸血鬼。たった三日しか出会っていない人間の女との約束を、四百年以上守り続ける頑固な男。彼女にとって生前初めて、誰かを芯から想う気持ちの温かさを学んだひと。
 その彼には、昨夜も執務室に篭もりっきりで自室で寝ようともしていないひとにはそんな指摘は絶対に受けたくなくて、彼女はなるべく肩の力を入れすぎないようにしてかくれんぼを続ける。彼に見つかったりこの出来事を話す機会があるかもしれないなんて発想が生まれたからではなく、再び彼と対面したときに自分が後ろめたさを抱きたくないから。
 しかし視点を変えれば『意識しないようにする』と意識している時点でもう一歩手遅れの感があるのだが、その辺りについて幸か不幸か彼女は気付くことはなかった。深く考えるより先に件の吸血鬼がおわす執務室の前を通りがかり、丁度意識がそちらに向かっているときに扉の向こうが紙の雪崩を起こしたらしい音を立てたせいで。
 今朝聞いた中でも最も大きな物音に彼女は軽く飛び上がるほど驚くと、かくれんぼの最中だと言うのにそっと自ら扉に身を寄せた。
 彼が書類の波に埋もれているようなら一も二もなく救助を優先すべきだし、これで彼が当たり前に起きていて、姿を見せた自分に目を見張っていても、杞憂にならないだけ自分の行動は無駄ではなくなるのだから構うまい。そう判断すると、彼女の行動は早い。
 静かにドアノブに手をかけて、蝶番の立てる小さな金属音を聞きながらゆっくりと扉を開ける。不用心にも鍵はかかっていないと知り、ここの書類が紛失でもしたら大変だろうにと立腹した彼女は、続いて控えの間と執務室の扉も開けっ放しと知り大きく脱力した。
 これでは控えの間の意味はないだろうにと心の中でぼやきつつ、扉の向こう、書斎机の上に書類の山が連なる光景しか見れていない彼女はなるべく足音を立てないように執務室へと近付いて、ついにそこへと足を踏み入れる。
 辺りを見回す必要もなく、先程聞いた物音の痕跡に真っ先に目がいき彼女は小さく安堵の息をついた。事態は最悪の結果でもない、どころかこれは最良と取るべきだろう。
 眼下には、――書斎机の際どい位置に置かれていたようだ――それなりに重要なことが書かれているはずの書類の一山分だけが床の一部を白く染めた光景が広がっていた。ほかの山が巻き込まれた形跡も、執務室の主が紙に下敷きになった形跡もない。しかしここまで来た以上回れ右はできなくて、何かを考えるより先に彼女はヒールの跡が付かないよう気を配りつつそれらを拾って一まとめにし、側面を整え、今度は安定した置き場所になるはずの使われていない椅子の上に置く作業を何度か繰り返す。
 その間、この部屋の主はうんともすんとも言わない。つまり眠っているらしいと察して、手を動かしたまま彼女は少しだけ眉をつり上げる。
 どれだけ眠っても椅子に座る姿勢で完璧に疲れが取れる訳がない。ただでさえ血を吸わない吸血鬼の時点で問題なのに、徹夜をした挙げ句に椅子でうたた寝なんて、不養生の極み。ポーカーの役ならフルハウスは張れるだろう。
 今夜こそはきちんと彼が自室で眠るよう、なんなら夜にまた執務室に顔を出そうかと考えながら最後の一束をまとめ終えた彼女は、書類がまだ落ちていないかの確認も兼ねて執務室の奥、書斎机に築かれた山の向こう側へと足を運ぶ。
 幸いにしてもう取りこぼしはないらしいと床を確認してから視点を上げれば、部屋の主たる痩躯の青年を眼前に捉え、彼女は覚悟していたはずなのに心なし身構えてしまう。その理由はかくれんぼの途中だからか、それとも久しく彼にここまで接近したからか。その辺りについて彼女は特定を避けて、眠る吸血鬼の横顔を見つめる。
 初めて出会った頃は青年と呼ぶに相応しい容姿の持ち主だったのに、今は少年と青年の中間地点の外観へと退化した黒髪の吸血鬼は、彼女の予想通り肘掛け椅子に座った体勢で眠っていた。革張りの椅子から少し腹を突き出す姿勢で、両肘を肘掛けに委ねつつも軽く背中を屈めて眠る寝顔はあどけなさより疲れの色が濃く、心なし目の下に隈ができているような気もしないでもない。インクが乾かないようスタンプ台の蓋を閉じてやることはできても、股間に落ちたペンを拾うのは位置的に難しいのでそれは避け、そうまでして働く彼に彼女は鉛のような吐息を漏らした。
 生真面目な彼の性格は嫌いではない。約束が関わっていない面で見せる状況への柔軟性や潔さは誇りに固執する悪魔にしては高いほうだし、威厳に満ちた堂々たる態度とときに考えなしとも表現できる素直さ、反面きっぱりと我を貫く姿勢は多くのものに気持ちよく映るだろう。それは彼女にとっても同じだ。
 だが彼女はこの吸血鬼に脳天気な憧憬や他人行儀な評価を抱けるほど遠い立場にはいない。この身を心底案じ、彼がこれ以上苦しむ姿を見るのはそれこそ苦痛。封じたはずのほの暖かい感情を蘇らせた今、その度合いは再会したばかりのときより敏感さを増しているのに。
 彼が納得ずくとは言えこんなふうに自分を苛めるのは彼女にとって単純に嫌で、呆れて、悲しくて、怒りがこみ上げる。たかが徹夜でこうも重々しい気分になるなんて、心配のしすぎだと一笑されても仕方ないがそれでも他者を案ずる気持ちは簡単に制御できない。それにたかが徹夜とは言え書斎机を占領する書類の山が示す通り、最早彼は一介のプリニー教育係ではないのだ。あらゆる思惑を含めて現在の魔界で最も注目を浴びているのだから、かような無理は禁ずるべきには違いなかろう。
 規則的に上下する肩を見て彼女は心底思う。ほんとうに愚直なひとだと。自分を誤魔化せないひとだと。
 その愚直さの極みが自分との約束をいまだ守っている点だと思えば、彼女はどんよりとした申し訳なさを覚えるけれど、いい機会だから今このときに吸わせてしまおうなんて考えはやはり浮かばなかった。
 多分そんなことをすれば彼は怒る。成功すれば口も利いてもらえないし、失敗しても似たような糾弾は避けられないだろう。
 彼女は人狼の執事のように、彼にどうにか血を吸わせようとする気概もないし、それを実行に移したところで怒られることにも慣れていない。大体、彼は怒ってくるのだろうか。それさえもまだ想像できやしない。そこまで自分たちに信頼関係が築かれているかが曖昧なのもあるし、正直に言えば尻込みしている点も否定できなかった。
 初めて彼とまみえたときが続いたのはたったの三日。再会を果たしても会えなかった期間に比べれば瞬きの間でしかないのだ、過度の信用や甘えや期待は厳禁だと彼女は自分に何度も言い聞かせる。
 そうする理由は簡単。彼に疑われたくないから。彼を裏切りたくないから。
 偽名を使い本来の目的さえも隠して一行に加わり、仲間として認めて貰えたのも『恐怖の大王』に侵入する直前だった彼女は、それだけ今の自分の居場所に対しても完全に身を委ねきってはいない。それどころか、常に自分の足場が崩壊する可能性を覚悟していた。多分に戦乱の世に生まれた影響だろう。老いどころか唐突な死さえもほど遠い天使となってもそれはなかなか変わらない。いや逆に、自らが人間であった時代まさしく唐突な死を迎えたからこその思考か。
 だから奇跡的な再会を果たした吸血鬼が、奇跡的に自分を覚えてくれていたことはともかく、今後それまで続いた四百年と同じ執念を注いでくれるかどうかについては、率直な感覚で言えば疑っている。
 疑っている身の上で、疑われたくないなんて矛盾した話だと彼女は苦笑する。裏を返せばそれだけ臆病。彼の厚意に甘えて鼻にかけ、そうして自分一人で盛り上がる道化となるのが怖いだけ。
 こわい。怖い。恐い。そうともこわい。彼にいつしか幻滅されるかもしれないと思うだけで。彼が自分の手を振り払う日が来ると考えるだけで。恐らくに、彼が求める恐怖ではないだろうけどそれでも彼女にとって間違いなく怖い。
 けれど想定しておかねばなるまい。でなければ、一人相撲のみっともなさを彼の前で晒すことになる。それは自害に等しい恥辱だし、そんな内心は徹底して隠し通さねばなるまいと思う女としての意地は一応彼女だって持っている。
 だから彼には甘えない。頼らない。都合良く信じない。醜い己を見せないためにも、愚かな自分に気付かれないためにも。それがきっと、四百年前、自らの死とともに手放したつもりでくすぶらせたこの気持ちが傷付かない正しい方法で、彼にとって自分が不要な日が来たとき最も適切な方法を取れる心構えだろうから。
 けれど、と彼女は思う。
 いつしか彼にとって自分が今以上の足枷となる日が来たら。多分そう知ったとき、とっとと血を吸わせるであろう自分のそれまでの感情を言葉にしないままなのは少々に惜しい。そも誰かにこんな気持ちを抱くのは初めてなのだから、機会を逃せば天使となった期間も含めて一生涯言えず終いは確実だ。
 それは女としてこんな経験をした以上、些かもったいない気がするから、彼女は改めて執務室を見回し、今が好機と判断すると軽い気持ちで決行した。
 相変わらず静かな寝息を立てたままの青年の尖った耳元に唇が近付くよう腰を屈めて、一言。
「好き」
 たった一言囁いた。
 相手は寝ていて無反応。なのに自分の喉の奥から出た言葉にじわりと恥ずかしさがこみ上げてきて、ぱっと身を離した彼女はなるべくヒールの音を立てないよう執務室から控えの間に移動する。
 大体、静かすぎるのがよろしくない。あれでは自分の耳にもはっきり聞こえすぎる。いや第三者や彼の耳にしっかり届いてしまえばそれはそれで大問題だが、とにかく自分の言葉に意識が残りすぎるのも考えものだと頭の中でぼやきつつ、彼女は控えの間の観音扉を浅く閉じ、続いて今度は小走りで廊下に面した扉をしっかり閉める。
 微妙な違いがあるものの、この扉の奥に入り込んだときと大差ない姿勢でへばりついた彼女はふうと肺に溜まった生温い息を吐き出した。
 どうしてこんな――居た堪れない気持ちになるのか。頬に手を当てれば熱を持っているのがわかって、ほとんど聞かれる気もない、言えればそれでよかった独り言だったのに照れている自分が更に恥ずかしくなる。
 よもやあんなところで、相手は寝ているとは言え告白なんてするべきではなかっただろうかと早々に後悔が浮かんだが、彼女は今更遅いと首を振る。ついでに手のひら程度では冷めそうにない両頬に気合いを入れるよう一度ぴしゃりと両手で叩き、とっととかくれんぼの続きをしようと自らに言い聞かせる。そちらに集中してしまえば、さっきの短い単語なんて、いつしかすぐに忘れてしまうだろうから。

◇◆◇

 死神の鎌の柄で後頭部をしたたかに殴られた心地とはこんなものだったろうか。いやいや、分厚くて豪奢な装丁の歴史書が頭上から綺麗につむじに着地したときがこんな感じだったはずだと、彼は今まで最も衝撃を受けた記憶の奥深くから掘り返そうと、もしくはさっき自分が受けた衝撃を的確に表現する方法をひたすらに探る。探るついでに恥ずかしさから声が漏れてしまう。
「んぐおぉぉおぉぅ……」
 明確な言葉にもならない珍妙な呻きを漏らしつつ、そんな珍妙なことに執着する理由は一つ。浅いまどろみの中で聞いたほんの一呼吸分もない言葉が、隙を見せれば頭の中に響いて響いて響き続けてどうしようもなくなって顔どころか頭に篭った熱さえも酷くなりそうでとにかく、とにかく。とにかく。
 夜通し続いた仕事がようやく全て片付いて、目を瞑り僅かな時間でも疲れを取ろうと肘掛け椅子に身を委ねてからほんの数分後――もしくは意識を失ってからほんの数十分後、数時間後、かもしれない。終わったときすぐさま眠る姿勢を取ったので時計を見る余裕は生憎となかった――、書類の雪崩が起きたのはなんとなく理解していたが、わざわざ直す気もなく微睡んで暫くのこと。
 ヒールを履いた誰かが物音を聞きつけわざわざ執務室にやってきて、書類を拾ってくれたらしい。その誰かを瞼を開けて特定するほどの思考にさえ脳が動かせないままの彼に、不意に懐かしい匂いが鼻腔に届いて眠りが浅くなった。
 しかしその懐かしささえ誰だったかもなかなか思い出せない彼に、その人物はそっと耳元まで顔を近付けて。
 ――き、と。
 その一声で彼の粘つく睡魔に覆われていた頭が急激に冴え、泥の眠りから一本釣りの勢いで引き上げられ、全身が氷漬けにされたように軋んだことさえ相手は気付かなかったらしい。
 硬直から我に返った彼が瞼を開けて顔を上げたときには、既に控えの間も含んだ扉の向こうはしっかりと閉まっていた。だからつまり、あんなことを言った相手の姿はもう彼の目からも遠ざかってしまったことになるのだか、声には、聞き覚えがある訳で。
 その声の主を特定すべく記憶の引き出しを探ろうとしただけで、あの単語が否応なしに甦ってきて、彼は椅子の上で悶絶した。なんだかよくわからないが、とにかく尋常じゃないほど恥ずかしい。
「しっ、仕方っ、なかろうっっ! あんな、あんなっ、あんなっっ……!」
 大体悪魔は誰かにそんなことを言いやしない。らしくないなりにその感情を誰かに抱いたとしてもかの言葉だけは絶対に避けるのが通例であり――いや別に彼が誰かにそんな感情を抱いてそんな単語を脳裏に描いたことがあるとかの話ではないが――、だからこそあの二文字の言葉に耐性がないのは揺るぎなき事実だ。多分誰が相手でも、どんな状況で言われようと、動揺を示さないもののほうが希有だろう。
 だからここまで動揺してしまうのはおかしくない。そうとも普通なのだと、彼は身悶えしながらどうにか必死に自分に言い聞かせる。そうともそうとも、あの声の主が誰なのか改めて考えなくてもいいくらい、よく耳やら視界やら脳裏に思い返すことが多い相手であったところで問題は。
「……い、いや、なくは、ないことは、ないが、ない、し……いやこれではどっちだ。ああもう、とにかく、とにかくだ!」
 もしあんなことを言ったのが推測通りの人物だったとして、何故今なのだと暴れ出したい気持ちをどうにか抑えながら彼は自分を冷静な方向に導こうとする。もう暴れてはいないかとの指摘を受けるかもしれないがこれは一旦捨て置こう。ともかく現在冷静になるのはこれ以上の困難はないくらいに困難だったが、こんなときこそ己の根性とイワシの力を信ずるときだと彼は己を奮い立たせた。四百年の飢えを耐えたのだからそれくらい簡単なはず。尤も、長く味わった飢餓感の中でこんな衝撃的かつ混乱を及ぼすものは一度だってないのだが。
 どうにか深呼吸を六回ほどしてようやく落ち着いた気がした彼は、熱が籠もった頭のまま不意に浮かんだ閃きを取得すると、瞬く間にそれまで諸々の思考困惑疑問を完全放棄、結果を断定する。
「――うむ、あれは夢だ!」
 ばっさりと、自分の頭に向かって宣言した。
 大体もしあの娘が自分によもやそんなことを言うとして、何故こんな時間に執務室に入ってくるのかがまずわからないし、何故眠っているはずの自分にあんなことを急に言うのかも謎だし、驚かせるつもりであろうとなかろうと返事やら反応やらも見ようとしないで出ていくのはあの怖いもの知らずらしからぬ。だから夢だ。突飛極まりない、疲れた脳が見せた幻だと彼は自分に強く、それはもうこの上なく強く言い聞かせ、ようやく落ち着いた心地になった。
 そうして彼は深々吐息をつき、全身を肘掛け椅子に委ねながらしみじみ呟く。
「いや……実に強烈な夢だった」
 ここ数日は忙しくてろくに構えなかったし、ほんの短い挨拶しか交わせていなかった。もっと会話をしたい気持ちはあっても次から次へと運ばれてくる書類の文面にほのかな願望はかき消されたと思っていたのだが、奥底では欲求が着実に貯蓄されていたのだろう。結果、そんな願望めいた夢を見てしまったと判断し、彼はもうすっかり目が冴えてしまった難しい顔で腕を組む。
 これもまた欲求不満の顕れ、なのだろうか。いみじくも約束を交わした女から、好意を示す言葉を受けるなど。少し初心すぎやしないかいい年をした悪魔が。いやだからと言って淫夢を見たらそれはそれで困るからこれでいいのかもしれない。いややはり良くない。夢とは言えどあの囁きを思い出すだけで、またしても彼の顔が赤くなりかける。いやいやいけない。たかが夢程度でこんな反応をしてしまうなんて。いや実現化してほしいとかそんな話ではなくて。
「ええい、どうして俺はあんな夢など見たのだ……!」
 首を激しく左右に振った流れで時計が見えて、示す時刻の半端さに彼は今度こそ少しは落ち着き、これからの時間をどう過ごすかを顎に手をやり考える。
 もう決済は全て終えてしまったし、ここ連日書類とにらめっこしていたのだからまた見直す気にはもうなれなかった。かと言ってこんな時間では自室に戻って眠るのもまた難しい。大体あんな夢を見てしまったせいで眠気が吹き飛んだので暫くは大人しく眠れそうにない。
 だから今の彼に残された選択肢は執事かプリニーがここを訪れるのを待つくらいしかないのだが、それではどちらにしたってあの言葉がまたしても耳に甦る隙を与えることになる。そう身構えるだけで苦い吐息が無意識に漏れてしまうのもむべなるかな。
 そう、完全に自分の頭が都合よく描いた幻と割り切っても、彼は落ち着けなかった。
 長きに渡る執念で約束を守り続けた娘に対する気持ちを、なんと表現するのか。突拍子もないところから指摘されたり断定されたりした気もするが、彼女と約束について改めて言葉を交わすことでそれは嫌でも自覚させられた。
 その上で自分の血を吸ってほしいとの娘の誘いを蹴って、今度こそ自分の手でその頭に恐怖を刻むと宣言したのは半ば意地に近い。あそこで誘われるまま細い首筋に牙を剥けば、きっと自分はそれ以上のことを流れのままにしでかすだろうし、そんな真似は気高くも清き女を相手にすべきことではないと思っていたから。
 ただそれだけで話を終えるのは物足りなくて――自分の名前を呼んでも構わないと。『構わない』なんて表現を使いながらも強制したのは幼稚だろうか。わからない。わからない。
 その幼稚さに突き動かされたまま名を呼ばせて、その声に杭穿たれた胸が高鳴ってしまったあのときの感覚は、まさしく四百年を経てようやく得られた辛酸の酬いに等しかった。けれど今ではあの二文字を囁いた声をも自然思い出してしまい、彼はまたしても悶絶する。
「だからっっ、どうしてっ、俺は、あんな夢をぉおおお……!!」
 狭い空間でもんどりうっていた彼は、しかし不意に聞こえたノックの音にぴたりと動きを止める。音の切れからしてプリニー、ではなさそうだ。
「……ヴァル様。よもや昨夜から今までこちらに籠もっておられたのですか?」
 一呼吸分の沈黙のあと呆れた口調で訊ねられ、咳払いをしてようやくあの夢について考えずに済んだことに安堵した彼は椅子に座り直す。と同時に控えの間の扉が開き、予想通り人狼の執事が姿を現した。
「切りの良いところでお休みになりますようお願いしたはずですが……。その調子ではお忘れになられましたか」
「いや、覚えているぞフェンリッヒ。だから切り良く、全ての案件を処理し終えるまでここにいた。とは言え、これからまた済まさねばならん案件を待っていた部分もあるが」
 彼としては当たり前の発言に、人狼はそれはそれは重々しい吐息をつく。
「閣下のその愚直とも言い換えられる率直さには感服を覚えるばかりでございますが、どうか適切を覚えてご自愛ください。閣下の御身は、最早あなたさまお一人のものではないのですから」
「無論。迷えるプリニーどもを教育してやる立場の俺が体調を崩し、奴らを無知なままいたずらに時間を過ごさせてしまうなど、なんとしても避けるべき事態だ」
 そちらではありません、と片手でこめかみを抑える執事のぼやきは鮮やかに無視して、彼はやる気を漲らせるために肩の強ばりを解す。椅子で眠ったのが悪かったのか、思った以上に凝っていた。
「しかしたかだか一日二日眠らぬ程度でこの俺が倒れるなどありえん。それくらいお前もわかっているだろうが」
「ですがもしものときに備えて大事は取っていただかなくてはなりません。幸い、これでピークは過ぎたところですし……?」
 と、何かに気付いたらしい。書類の枚数を確認していた執事の声が不意に跳ね上がり、彼は何か問題でもあっただろうかと思案を巡らせる。対する人狼は不可解そうに背後を振り返った。
「……閣下」
「何だ」
「何故、椅子の上にまで書類を置かれておられるのですか」
「ああ、そいつか。それはな……」
 説明しようと顎を引いたところで、彼は気付いてしまう。紙の雪崩が起きたことは夢ではなかったらしいことに。それは転じて、あの夢が夢ではなかったことになってしまわないか。
「……閣下?」
「い、いや何もない。ただそこに置いた分が崩れて……」
 そこまでは夢ではなかったのだろう、きっとそうだと無理やり自分に言い聞かせて動揺を押し殺した彼が顎で軽く書斎机の隅を指し示せば、執事はすぐさま合点がいった様子で頷く。毛皮のような銀髪が小さく揺れて、ぺらぺらと紙をめくる音が響いた。
「ああ、それで拾われたと? そのようなこと、わざわざ閣下がなさるようなことではありませ……いや、でしたら何故」
「まだ何かあるのか?」
 早く今日の執務に取りかかりたい彼の期待を裏切って、執事はまだ些事にこだわり続けるつもりらしい。しかし人狼は彼のその多少苛立ち気味な声音にこそ違和感を持ったらしく、控えめながら床に一度散らばったらしい書類を手に取りその中から何かを取り出した。白い、薄っぺらい、華奢で小さな物体を。
「……いえ。天使のものらしき羽根が挟まっておりましたのであの女が来たのかと思ったのですが」
「は」
 証拠とばかりに書類の中から取り出した執事の褐色の指先に、一際目立つ純白の小さな羽根が、誰かの二重のベビードールが翻ったようにくるりと回転する。
 それを見た途端、当然ながら彼の今までそれなりに必死になって築き上げてきた土台が落雷に似た衝撃を受けて崩壊した。その様子はさながら、占いに使用される『塔』のカードそのもの。堅牢なはずのものが粘土のように軋む。歪む。身体も思考も何もかも。
 これではもう、夢だの幻だのとの言い逃れは許されない。苦しい自覚があったがそれでも現実ではないと思っていたのに、物的証拠を見せつけられてしまえば逃避でさえ見事に封じられたも同然。それは、つまり彼の仮定は思い込みでしかないと証明されたのだが。しかし、この吸血鬼は。
「閣下のご様子を見るにそうではないようですので……閣下?」
 苦々しくもそう推理する人狼の言葉を聞いているのかいないのか。発言の途中にも関わらず突如として立ち上がった吸血鬼は、そのままのろのろと歩いて執事の前まで立ち止まり、隈が浮かんだ険しい目付きで相手を睨む。
「……フェンリッヒ。頼まれてくれ」
「はっ、閣下の仰せとあらば何なりと」
 珍しく刺々しいとさえ思わせる空気を纏った吸血鬼に真っ向から見上げられ、人狼は片胸に手を添え畏まる。何故急に主がそんなことを言い出すのか内心で驚きはしたが、疑念を抱くことさえはばかられるほど彼の表情は真剣だった。そして、重々しく開かれた口から出た言葉も同じくらい緊張感と真剣さを帯びてはいたのだが。
「俺を殴れ」
 あまりの唐突さに、人狼がたっぷり三秒は固まった。
「…………は?」
 しかし執事が受けた衝撃など露知らず、吸血鬼は我慢ならぬのかこれ以上大人しくしていられないのか、相手の襟首に掴みかかってがくがくと揺すりながら再び命ずる。
「いいから俺を殴れフェンリッヒ! そして俺にこれは夢の続きなのだと確定させろ! そうでなければならんのだ!!」
「おお、落ち着いてください閣下! 一体どうなされたのです!? よもや小娘のウイルスにでも感染しましたか!?」
「そんな噂など聞いたこともないわ! ええい、とっとと殴れと言っている! 早くせんか!!」
「落ち着いてくださいませ閣下! まずは、まずは急にそんなことを仰る理由についてお教えくださ――げほっっ!」
 質問の途中で襟首が容赦なく絞めつけられ、執事は咳き込んでしまったのだが激しく動揺した主には眼前の光景が頭に入っていないらしい。局地的な地震でも起きたのかと思わせるほど視線を泳がせ、あり得ないあれは夢だとうわ言をぼやき続けた。
 ――さてその日、プリニー教育係の執務室に呼ばれたプリニーたちが困惑しきった人狼から一番最初に受けた命令は、昏倒した吸血鬼を彼の部屋に運べと言うものだった。曰くここ数日のハードワークが祟って閣下は精神的に不安定な状況にあるらしい。今日一日でもたっぷりと休ませて差し上げろとの命を受け、彼らは他人事ながらやはり偉い悪魔は大変だとしみじみ思ったそうな。







後書き
 某シンガーの曲を聴き早朝に寝てる相手にこっそりとなんかする王道ネタをしたいなー→キスはありがちだしー→じゃあ告白で。と言うことでこのように相成りました。あとアルティナちゃんはナチュラルに重くて面倒な子だと僕が嬉しい話でもあります。
 書き進めていくうちに次第にローリング閣下描写が本命になってきたとかそんなことは(目を反らしながら)。

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むこうでは更新してないんですが

2011/08/07

 八割程度完成したフーカすん曇らせ話をあっちに上げる予定が、どうにも微妙な出来なのでこっちにのみ掲載することにしましたー。なのでその前にあっちで上げてた朝かくれんぼをこっちで更新。
 さらっと自分は一生一度の恋だと認めてるのに相手は永遠に自分を愛してくれるなんて思ってないつーのは疑心暗鬼に過ぎますかね過ぎますね。しかし求められる以上はそばにいるよ、だからもう求められなくなったらあっさり身を引くよってのがうちのアルティナちゃんの示す愛情として書いているつもりではいます。

 PV見ました。ノリノリで各有名アニメパロディをやってるGGCが活き活きとして可愛ければ可愛いほど今書いてるものがものだけに申し訳なくなりました。しかしフェさんブレないなー(ハートマークにぽんぽんいたいいたいしながら)。
 ……とりあえず次回の話はフーカすんを曇らせることには成功したけどそれ以外が我ながら駄目すぎる。気軽に重い題材選ぶもんじゃないですねえ。かと言うて一稿目のノリもどうかと思うしなー。つかフィーヌ入手イベント見てあの人が一稿目とかけ離れてる思考の持ち主っぽいから書き直したけど一稿目のほうが爽やかだなあ。なんだかな。
 ああついでにお仕事のーとも見ました。
 特典テレカ掲載ラフがアルフー的にご褒美。仲良さそうに寄り添っていながら水着引っ張り合いっことか十分仲いいよイチャイチャだよ! あと生きてた頃のフーカすんへのコメントが主役みたいだこいつーってはらたけ氏的にフーカすんのポジがわからなくなった。そして暑中お見舞い葉書時にアルティナちゃんいなかった理由にそんな遅くに出来上がったのかとちょっと驚き。
 しかしおなごは特に裸体をざっと描いてから服を上書きしていく感じで描かれているお陰で、アルティナちゃんざっくり全裸があって一瞬肝が冷えましたね。攻略本表紙は閣下のすぐ後ろにアルティナちゃんがいるせいでマントのレイヤ確認する画面で全裸ティナちゃんと閣下のツーショットになって「ヒッ」って声出た。線画ラフはコメディタッチっぽくてそれはそれできっと可愛いだろうけど閣下と各キャラの距離感的には今のがありがたい。通常版パッケ絵はアルティナちゃんが最初正面だったのが決定稿では横向きになってるのがちょっと意味深ー? 4最大ネタバレ要員だから、毎回パッケ絵では顔が見えない敵役ほどではないけど謎のあるヒロイン感を出しているつもりなら嬉しいなあ。
 さて次はヒロイン揃い踏みですね。八月半ばにアート表紙絵でヴァルアル分補充しておいて末に主従懐古イベントとかバランス良く配合しておるのう日本一ちゃん。

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墨の午睡

2011/08/09

 足元が崩れかけた。床はあるのに、立ち止まっていたのに本当にそうなりかけたのは不思議な感覚で、けれどあまりの呆気なさにああこんなものなんだと正直なところ落胆した。
 高熱が出たときでさえ一度だって意識を失うことなく、十五年を生きてきた。友だちが夏場貧血で倒れかけたなんて話を聞いて、少し羨ましいと思ったことさえある。『長い夢』に入った瞬間が初めて意識の消失を味わったような気もするがそれはともかくとして。
 眼前にあるものを見ただけで意識が飛びかけるなんて、自分はちゃんと乙女なんだと、内面的にも可愛いところがあるんじゃないかと頬が引きつりながらも薄く笑いさえしてしまったのはおかしいのだろうか。わからない。わからない。
 ともかく少女は見てしまった。馬鹿に大きな試験管みたいな硝子の筒状の、ひと一人が入れるプールみたいなものに納まった全裸の少女を。手足に硝子の破片が刺さったばかりの生々しい傷跡を残し、なのに血の一滴も水面には滲んでいない不可思議な状態で宙に浮いた長い栗色の髪の、鏡でよく見る女の子を。贅肉のない身体の、けど一応太股だってそれなりにしっとりしてるし、胸だって多少は柔らかく膨れているし、くびれだってあるけどその脇腹が何故か、皮がなくて赤い肉がちょっと覗く、抉れたきりの――命が喪われた自分の肉体そのものを。
「……なに、これ」
 頭の奥が真っ白になる。吐き気が胃の奥からこみ上げてくる。おかしい。だって自分は今は生きていて、けれど身体はあのあちら側に目の前にあって、今の自分には物理的な胃なんてある、はずがない、のか? わからないわからない。ならばどうして今の自分は寒気さえ感じているのか。指先は冷たくかじかんで、唇の表面がひんやりして、いつの間にか汗なんて掻いていたらしくうなじに髪が張りついて鬱陶しい。呼吸は浅くて心臓の音ばかりが大きく響いて異常だ異常だ異常だこれはいけないと、思っているのにどうすることもできない。
 膝から下が粉々になりそうで、頭が暗くなって、座り込みそうになる。さっきまでこの辺り一体を歩き回ったスニーカーは、同時にバイオスーツ相手にスライディングを容赦なく決めたもので、土足で歩いたところにお尻なんか付けてたまるもんかといつか少女自身が思っていたくらいなのに。今はそんなことを気にも留めることさえできず、ただ呼吸を浅く喘いだまま、冷たい、それはそれは現実みたいに冷ややかなリノリウムの床にへたり込んだ。
 胸に軽く手をやる。そんなことをしなくても心臓の音は身体の内側から鼓膜に刻み込まれるくらい聞こえているのに、それでも指先でこの振動を求めてしまうのは貪欲だろうか。混乱の証だろうか。まともに何も考えられない頭が何をどこにどう命じたのか、涙が一筋頬を伝って、それが熱いのもわかるのに頭のほうはどうしてか全体的に冷たく。悪夢を見て、目覚めたときはこんな感じだったような。いや、いやいやそれなら今がその悪夢の真っ只中だったじゃないかと、少女は馬鹿みたいな表現を見出してしまう自分を笑い飛ばそうとするが。結局、そんなことはできやしない。なのに。
「おいおい。よりにもよってお前がここ見つけちまったのか」
 能天気な声は少女がよく知る成人男性のもので、意識を失いかけた彼女の脳は声の主が誰であるかを探り当てるだけの行為を着火点に猛然と燃え上がる。胸を埋め尽くしかけた感情は、それまでと違うようで同じような、けれどまああまり褒められた感情でないそちらに音を立てる勢いでもって切り替わった。ついでに足首が、ぐるりと自動的に動いて。
「……の、…………」
「うん?」
 それきり、意識が途切れたかもしれない。
 熱い珈琲の匂いがして、少女はあの味を思い出す。本格的なものなんて知らない、いつも通りインスタントのお徳用サイズで、苦いばっかりで好きじゃなかった。
 匂いのもとは下にあった。自分の足下と相手の足下の丁度中間地点に落ちたプラスチックのマグカップから、容赦なく床に流れて茶色の池を作っていく。スニーカーが、ぴちゃと音を立てた気がする。熱さは感じない、多分。
 視線をゆるゆると上げていけば、丁度目線より上の位置に男の顔があった。無精髭の男。目つきと髪は自分にしっかり遺伝した、襟足で一括りにできるくらい半端に伸びた茶髪の中年男性。中高年特有の嫌な臭いがはっきりと感じ取れるくらいの距離にいると気付いて、少女は眉をしかめ慌てて顔を背ける。どうしてだろうか。そのとき、少し、右手が痛んだような――
 顔を背けた流れで少女が男から離れようと後ずさるとぱら、と音が聞こえてきて。そちらを見た彼女は結構驚く。無意識で、床にへたり込んでいた自分がいつの間にかそんな体勢を取っていたと知り。
 言うなればボクシングスタイルのストレート。とは言ってもきちんとそれっぽく構えたものではないけど、とにかくいつの間にやら男性の顔の真横の壁に自分の右の拳をひびを作るほど打ち突けていたようだ。少女はぼんやり右手を持ち上げ、胸の中にそれを庇う。
「あ……」
 痺れていた。おんぼろでもない研究所の、壁にひびを入れるくらいなのだから当然だが、とりあえず右手を左手で撫でようとすると真っ赤になっているのに気付いて、続いてその、内出血でも起こしていそうな、火傷に似た痛覚が今更のように襲ってきて。
「いっ、たぁあぁあ~~~!!」
 大声を部屋中に響かせる。叫びと言うにはしっかりした発音だから、悲鳴ではない。とにかくあまりの痛みに涙が溢れて、撫でようとしたけれどこれでは冷ましたほうがいいのではと思って手首をぶんぶん振るって風を切らせる。それでも痺れるような痛みは増す一方で、少女はうるさく喚き立てた。
「いたいいたいいたいいたいっっ! もーなんなの! ここの壁超硬いんだけど! 配管むき出しのとこもあるくらいなのになんでこんなとこだけ硬いのよ!」
「…………いやお前。フーカ。その前に父親を殴りかけたことについては何とも言わんのか」
「うっさいわね!! 娘の死体をきちんと弔わないでこんなところに飾る父親なんて殴られて当然でしょ! このアタシが外すなんて、パパったら悪運強すぎんのよ!」
 涙を流して右手の痛みに悶絶しながら、フーカは鋭く父を睨みつける。個人的には今までの人生の中で一番気迫を篭もらせたつもりだったのだが、相手は怯えもせず床に落ちたマグカップを拾っていた。そんな性格なのは知っているけど、憎たらしいったらない。
 それどころかマグカップを拾った父親は、平気な顔で洗い場に向かい、蛇口を捻って珈琲を完全に洗い流す始末。その後ろ姿を見て、フーカは一瞬だけ仲間内でも柄が悪いのっぽの悪魔に凄みのある睨み方を教授してもらおうかとの発想さえ浮かんだ。
「飾っちゃいないさ。こいつは保管だ」
「変わんないわよ! 全裸だし! 大体ここ鍵かけてなかったし!」
「おお、そうだった。施錠し忘れたんだ。だから戻ってきたら扉が開いててな、奥を覗いたらお前がいてさ。全く、変なとこだけ運がいいなあフーカ。いや、それとも悪いのか?」
 脳天気過ぎる物言いだが、まだ痛みで目元が潤んだままのフーカは相手のペースに乱されやしない。何せ十五年――正確には十三年―― 一緒にいた家族だ。相手ののらりくらりとした態度に慣れているから、少女も少女で我を貫く。
「どっちでもいいわよそんなこと! て言うかなんなのよ、……あれ!」
 直視どころか具体的に言葉でさえも示せず、フーカは自分の背後にあるであろう、ひと一人がすっぽり入れる大きさの試験管の中身について訊ねる。少女にしては珍しく言い淀む態度だが、父はそこをからかうこともなくコップの水気を切ってからのんびり返事をした。
「あれって言ってもなあ……さっきお前さらっと自分でも言ってたじゃないか。フーカ、お前の遺体だよ」
「…………」
 そうだっただろうか。少し前の記憶を探ろうにも連鎖的に見てしまったものを思い出すのが嫌だから、すぐさま否定することもとぼけることもできなくてフーカはしかめ面で俯いた。けれどこのまま押し黙っていると自分が死んでいるのを大人しく肯定しているようで癪に障るから、またしても胸の奥底から襲ってくる衝撃と恐怖を振り払うため、どうにかもつれそうになる舌を動かす。
「……そうじゃなくて。その、なんであんなの、保管してんのよ」
「先人の有り難いお言葉ってやつがあってな」
「誰それ」
 有名な科学者か誰かだろうか。身内の遺体を保管しておくと何かいいことが起きるだなんて、もの知らずの自分でさえもあり得ないと口先を尖らせるフーカに、父は平然と答えた。
「ネモだよ」
 頭から冷や水を引っかけられたように、フーカの高ぶった神経や怒りが一気に収縮し、身体中の沸騰していた血が少しずつ正常、どころか動きを緩やかにして全身がぎこちなくなる。全く知らない人物の名前が出たら一蹴できたのにそれはまた、――何と言うべきか。
「奴さんがな、『今は技術が進んでるんだから、もしものときのために身内の遺体を保管しといたほうがいいよ。すぐに焼却処分するのは追々悔やむ可能性が高い』って含蓄のあるアドバイスをくれたもんだから、まあそうしてみようかと思ってさ」
「そうしてみようかって……そんな感覚で実際にやる?」
 訝しく問いかけながら、フーカはある程度父の返答を予測していた。
 この研究所は、地獄や魔界を知るフーカの知りうる限りでも最も生き物の尊厳が薄い場所だ。さっき見てしまった大きな試験管状の筒の中で、内蔵をいくつか失っているのに動けるくらいに元気に生きている動物や、一部をよその生き物と合成させていて眠っているの、機械を取りつけたのも見たことがある。一見すればわからないかもしれないが、この中には死んでいるのもあるよと父から説明を受けた衝撃は少女の脳に強く刻まれ、いまだ忘れられそうになかった。
 だから人間一人の死体の保管なんて、この場所にとってはそう特別なことではない。動物ならば悪魔でさえも研究しているこの施設で、人間様だけ倫理感も道徳感も真っ当常識の範囲内、特別扱いいたしますなんて片腹痛い。生き物は『平等』に取り扱うのが筋と言うもの。たとえそれが、研究所に勤める誰かの身内であろうとなかろうと。
「うむ。お前一人が保管できるフラスコの用意なんて別に手間はかからんからなあ。力士並に横に長いとかじゃなくて本当に良かったよ」
「……なに馬鹿なこと言ってんの」
 冗談混じりの父の発言はいつも通りで、しかしその気負いのなさにフーカはまたしても足下がぐらつきかけた。
 それでも見てしまったものが自分の知らない赤の他人じゃなくて良かったと、フーカは深く長い息を吐いてようやく考えられるくらいの冷静さを取り戻す。――恐らく、ここに保管されていたのが自分の知らない人間の死体ならば、そのとき少女は自分の父に人殺しとはっきり罵るだろう。自分の■■なら、身内だからと自分に強く言い聞かせてしまえば生理的嫌悪は免れないもののまだ酌量の余地はある、と息苦しさを覚えながらもどうにか思う。
「てゆか、なんでアイツ、そんな馬鹿みたいなアドバイスを人んちのパパにしてんのよ……。わかってたけど、本当に頭おかしかったのね」
 だからどうにかフーカはこの出来事の責任を、断罪者と名乗り世界を破壊せんと狂気に走った男に擦りつける。どうせ今の科学技術の発展ぶりを見て、かの恩人たる娘の遺体の細胞の一部でも現在に残っていればクローンとして彼女を新たに生み出したかったとか、そんなことを考えていたのだろう。狂人だったから当然だが、想像するだけでも胸に吐き気がこみ上げる。趣味が悪くてたまらない。
 と思ったところでフーカはぞっとする考えを浮かび上がらせ、父親を睨みつけながら震える唇で問いかけた。
「あのさ、まさかと思うけど……。パパ、アタシのクローン造ったりとか、そんなこと考えてないわよね……?」
「お前が造っても構わないって言うんなら考えんこともないが、お前は嫌だろ?」
「あっっったり前でしょ!! そんなの考えただけでもキモいってのに!!」
 嫌悪感をむき出して叫ぶフーカに、父はのんびり、そうだろうなあと深々頷く。その落ち着きように少女が眉をひそめる程度の不気味さを覚えるくらいで済むのは、恐らく彼女がこの男の娘だからこそ。他人が同じことを問いかけてこんな回答を聞かされればもれなく彼も死んだほうがいい部類の狂人扱いだ。それを幸運と見るか、不幸と見るかは個人の受け取り方次第だが。
「そう言うと思ったからやっとらんよ。大体、ワシが人間のクローンに手出すならお前じゃなくてママが先だしな」
「……そう、よね」
 暗に娘より妻のほうを重視するとの告白に、しかしフーカは納得して多少は気を落ち着かせた。胸糞の悪さは相変わらず色濃く残るものの、それは事実だろうと思うくらいの説得力を父の言葉に見いだしたから。
 父がおかしくなったのは母の死が原因だと娘が思うくらい、風祭源十郎は妻を愛していた。難しい年頃の娘の前で恋人同士のような熱愛ぶりを見せつけるような真似はしなかったが、この男は細君が死ぬまで仕事は常に定時上がりで残業なんかあっても年に一度か二度。外食は滅多になく妻手作りの夕食は毎晩ご馳走さま、美味しかったよの一言で締めくくり。結婚記念日と互いの誕生日は何かしらの形式で毎年祝い、休日は何をするでもなくふたりしてリビングにいる、つまりただひたすらそばにいれば幸せだと言わんばかりの、小規模な、けれど真摯でひたむきで丁寧な愛を示していた。
 だから、いくら本人たっての願いを叶えるためとは言え二年間寂しい思いをさせてきた娘を、それ以上の年月をかけて愛してきた妻を差し置きクローンとして復活させるなど、この男の道理には適っていない。それはつまり。
「じゃあパパ……ママのクローンも、造ろうとは思わなかったんだ」
「そんなもん造ったらあの世のママに怒られる。それに見た目は一緒でも、記憶や中身まで全部一緒だなんて誰も保障してくれやしないだろ。虚しいだけだ」
 それもそうかと目から鱗が落ちたフーカは、ならば何故自分のあれはここに保管されているのかがわからなくなって帽子のつばを苛立つように摘む。ネモに言われて保管したとは聞かされたが、ならこの先あれをどうする気でいるのか。理由を聞きたかった。けれど同じくらい、自分からそこに突っ込むのは嫌だった。
 だがそうして柄でもなく躊躇うフーカの指先に、プリニー帽子の黄色いつばの、割合しっかりとした布の感触が引っかかる。同時にお前はプリニーなのだと、どこぞのイワシ臭い吸血鬼の声が頭の中で響いてしまい、それに反発する気持ちを強めた少女は帽子から手を離し、生唾を飲み込んで己を奮い立たせた。自分は死んでなんかいやしない。これはまだ夢の続き。だからこんな、突飛極まりないイベントもまた自分の夢の一部なのだと強く強く言い聞かせ、だからあれを話題にしようが自分は痛くも痒くもないと懸命に自分に言い聞かせる。とは言え、振り向いて背後のあれをまた見る勇気にはまだ足りない。
 そんな思いをして開いた口は、乾いているのにどこかねちゃりと音響かせる。舌はもつれ、頬は引きつり、喉の奥はがちがちで、それでもどうにかフーカは言葉を選ぶ。声は、微かに裏返っていたかもしれない。
「……なら、さ。なんであんなの、取っておくのよ」
「いやだから言っただろ。アドバイス貰ったからだよ、パトロンに」
 なのにこれだ。ある意味では一世一代の大告白よりも緊張感をみなぎらせて問いかけたフーカへ、父がその努力を汲みもしない鸚鵡返しを寄越した瞬間の脱力感と怒りときたら。反射的にがあっと吼える彼女を責める者はどこにもおるまい。
「取っておいてそれでどうすんのって訊いてんのよ、アタシは! なに、パパが急に死んでもこのままずっとここで放置されてるってのあれ!?」
「あれとかあんなのとか言うなよ、フーカ。お前の遺体なんだからもうちょっと丁寧に扱ってやらんか」
「うるさいわね! アタシのもんならアタシがどう扱ってもいいでしょ!」
 理に適っているようで乱暴でもある発言に、その『アタシ』の母に遺伝子を提供してこの少女を一から造り上げ十五年間扶養した、当人以上にフーカに尽くした男は、目を瞬いてからああ、と一声漏らした。
「ま、それもそうだな。お前は未成年者ではあるが、自分の体くらいはどう扱っても構わん権利がある。死んでいようといなかろうとその辺りは変わりない。周囲の願望なんてもんは判断材料にしかならんもんなー……昔はパパもそうだった」
「一言余計!」
 小まめに突っ込みを入れるフーカの言葉を軽く受け流し、じゃあさあと源十郎は少女がよく知るまま、憎たらしいほどいつも通り無精髭の顎に手を添え。
「お前はどうしたい?」
 至って気軽に、まるでレストランでの注文を任せるような調子で、そのくせとんでもなく重々しい言葉を向けてきた。
「…………は?」
 その重みがあまりにも唐突だったものだから、フーカの怒りで柔らかくなった全身が、またしても音を立てそうなくらいの勢いで硬直する。振り向いた瞬間に硬球どころか砲丸を投げられた衝撃が響いて頭の中は真っ白に近いのに、目が真ん丸く開かれて、口が開いてしまったのに片頬が引きつって、誰にも見せられないくらい不細工な表情を作っている自覚をじわりと持つほど。
 だがそんな娘の心情を、父はまるで慮ることなく具体的な指針を示す。
「お前はどうしたいんだ、フーカ。ここに保管しておくのが嫌なら、今からでも火葬していいのか。ママのお骨と混ぜて構わんのか」
「え、ちょ……」
「ほかに考えならあるなら言ってみな。それでいいならそうしとこう。お前の遺体はお前の言う通り、お前のもんだからな。まあパパとしては自分が満足したときにそれなり措置を改めて考える、くらいでいたかったんだかそれはお前、嫌だろう?」
「……い、や…………えと……」
 嫌な気もするし、それでいい気もする。火葬するのが当然のような気もするけれど、しかし改めて自分の■■を見てしまうと酷く残酷な選択ではないかとも思う。わからなかった。正直な感覚ではそうとしか言いようがなくて、だからフーカは父の、本当にくびり殺したいくらい真っ直ぐな、他人事めいた視線に慌てて逃れるように俯きこぶしを握った。
 自分の肉体がこんなふうに扱われていると知って、不快感を覚えるのは自らこんな扱いをされたいと申し出たもの以外、死者なら誰しも同じだろう。だからフーカも憤る。けれど、その後の始末を自ら選べるならその憤りは帳消しになるかと問われれば無論、そうではない。そんな経験をした人物は、後にも先にも少女以外にいないだろうが。
 大体、遺体とは多くの場合、残された遺族を始めとする周囲が環境から方法を選択し、適切な手順に則って処置するもの。だからその昔、多くの骸が都会の入り口の立派な正門の近くに放置されていたなら当時はそれが適切だったし、土葬だの鳥葬だのが適切な地域ならばそうあるべき。おとぎ話のお姫さまは、小人たちの要望により遺体を硝子の棺に入れて弔われた。それら総てに、死者当人のはっきりとした意思はない。
 多分に最も死者に優しい弔い方は、当人が幽霊となって自分の体がどうなったのかわからないうちに、見えないところで完全に遺体を処理してやることなのだろう。今まさに正反対のことをされているフーカはしみじみとそれを実感しながら深く息を吸って吐いたが、そんなことでは意識が朦朧としかけるくらいの緊張感と混乱は落ち着かないし、震えも動悸も治まりやしない。
 理屈で考えれば、多分火葬が一番いいのだろう。今みたいに背後のあれを気にすることなく、骨にしてしまってこぢんまりとした石の家で母の遺骨と混ぜられるのが、フーカのいる国の風習としては正しい。
 けれど自分の、一生付き合ってきた自分自身そのものたる大切な体が焼けて灰と骨になる姿なんてどこの誰が想像したい。それを選択してしまえば、今のフーカにその暗い陰や想像は、おかしな表現かもしれないがそれでも『一生』付きまとう。
 なら外国みたいに棺に入れられ土の中で腐りゆくのを待つのか。それもごめんだ。夢の中とは言え屍族を間近で見ているフーカにとって、自分がときの経過とともにあんなふうに変貌していくなんて想像さえもしたくない。
 だったらここにこうしているのか。今自分が見つけてしまったように、うっかり誰かに自分のすべてを見られてしまう可能性に不安を抱きながら、このまま暮らしていくのか。それこそ嫌だ。とっととどうにかして欲しいと思う。けれど、そのどうにかを自分で決めたいようで決めたくなくて、誰かに決めてほしいようで決めてほしくない。両方の願いは次第にそれぞれの願いが浮かび上がることに大きくなって、少女の胸のうちを圧迫する。
 矛盾した願望の戦場と化した脳みそに翻弄されて、次第に何を考えているのかもわからなくなったフーカのまなじりが、不意に何かを零した。頬に触った瞬間は熱くて、けれど流れ落ちたあとには冷たいものが一筋。
「……ぁ……あた、し……」
 逃げ出したかった。けれど今逃げたら、きっとこっちにはもう足を踏み入れることさえ難しくなる。だから今のうちに決めたい。いや、本当は決めたくない。こわい。決めるのがとてつもなく怖い。けれど決めなければ。今、絶対に今。そう思っているのに、そこから先は何の考えも浮かびやしない。相反した願望の堂々巡りが続いて続いて螺旋を描く。
「あたし、っ、アタシ、っ、アタシ、は……」
 フーカの喉が引きつっても、同じ言葉しか言えなくても、おとがいが震え、強く握ったこぶしでさえもみっともないくらい震えても、彼女の眼前の男は表情をぴくりとも変えなかった。平気な顔で少女を眺めて、娘の言葉を待っていた。慈しんでいたり、娘に残酷な選択をさせて申し訳なさそうな顔ではない。実験中の細胞の変容を黙視する顔、待って当然、それが仕事だから待つんだと思っている目で――少なくとも彼女にはそう見えた。
 だからフーカの混乱極まった頭に浮かぶのは、さっきからそれ以外にないくらいの父への怒りで。ありとあらゆる考えと感情が膨れ上がって散らばってまとまらない頭の中、明確なのは後にも先にもそればかりだったから、少女は何を考えることもできず思いの丈を吐き出す。
「……パパのバカッ!!!」
「ぇえ~~……」
 対する父はそんな文句が出るのは全くの予想外らしく、苦い顔で口先を尖らせた。当然可愛げなんぞ逆さにしたって出てきやしない。だからフーカの怒りは止まらない、安らがない。
「フーカ、もうちょっと真面目……」
「アタシの知らないうちにアタシの体勝手にこんなとこに置いとくとかほんとバカ!! おまけにアタシに見つかったらさっさとアタシに始末どうこう決めさせるとか何よそれ! パパが悪いのになんでアタシがこんな苦しまなきゃなんないのよ、全部、それこそアタシが死んだのも全部パパのせいなのに!!」
 一気にまくし立てても、フーカの胸は爽快感など覚えるはずがない。むしろ頭も胸も痛いくらい熱い。ぶすぶすとくすぶって不自然に溶け、異臭を放つ不燃物を焼いた不快感と後ろめたさが広がって、言葉を吐き出すことそれ自体が罰のよう。誰に対してなのか、今の少女にはわからない。
「あいつもういないんだからパトロンのせいとかそんな言い訳しなくて自分はどうしたかったのか言いなさいよ! 決めなさいよ! 寂しくて置いといたとかならまだアタシ、キモいって思うけど納得したのに!! なんでこんな、残酷なことすんのよパパのバカッッ!!」
「キモいってお前……」
「それに、アタシまだ死んでないし!! そりゃ自分でもちょっと苦しいかなと思ってるとこはあるけど、このまま死んだとか生きてるとかうやむやにしちゃってグロいけどそんでもアタシの言うこと聞く妹と学校の友だちより色々話せる仲間と飽きるまで面白おかしく生きていければいいとか思ってたのに、こんなとこでこんなことしなくてもいいじゃない!!」
「…………」
 父が薄く開いた口を閉じて、フーカを見つめる。爬虫類を彷彿とさせるぎょろりとした瞳に映る感情が何なのか、少女は知らない。だから何を考えているのかも当然わからなく、想像さえしないしできない。
 けれどへどろが溜まった沼地をかき混ぜるように荒れ濁りきったフーカの目は、その強い視線に自分の中の攻撃性を見て取り、勢い任せに過剰なくらいの反応を示す。
「それともパパ、アタシのこと嫌いなの!? それだったら色々わかるわよ。てゆーか、そうだったほうがよっぽどいいわよ!! デスゼット造ったのも、二年間アタシを放置したのも、死んだ死んだってうるさいのも今のこれも、全部アタシが嫌いだからだって言ってくれたほうが……!」
「フーカ」
 静かで、そのくせ変に力強くて、何よりはっきりとした感情を込めた声が誰彼構わず傷付ける勢いだった少女の言葉を遮る。
 弾かれたように顔を上げれば、フーカの目の前の男が眉間に皺を寄せていた。簡単な表情ではあるが、眉尻が上がっているものはこの男はそう滅多に浮かべない。むしろ珍しい。娘の彼女でさえ、いつ以来見たかどうかもわからないくらいで思わずたじろぐ。結果彼女の暴走は、消火器を的確に噴射されたぼやみたいに一気に沈下させれられた。
 フーカの勢いをたった一言で削いだ源十郎は、彼女の肩に更なる緊張を導く大きな吐息をついてから白衣の肩を軽く竦める。
「そんなちっさい脳ミソで無理してあれこれ考えんでもいい。お前馬鹿なんだから、なんも考えずとりあえず落ち着いて思ったこと言ってみろ」
「……娘にちっさい脳ミソとかバカとか言うな」
 怒っていたくせに言葉は優しく茶化し気味で、気が緩んだフーカはまた目尻に涙を浮かべてしまう。さっき泣いてしまったせいだろう、滅多にないのに涙腺が緩みっぱなしの少女はジャージの袖で液体を拭う。ついでに、ぽつりと本音が涙の代わりに零れ落ちた。
「……焼かれるのとか考えたくない。こわい」
「そうか」
 フーカにしては飾らない気弱な言葉だが、ここにいるのは互いをよく知る親子二人。だから彼女の変化を容易に受け入れて、父は軽く顎を引くのみ。
「けどママと骨だけでも会えないとか寂しい。地獄にママいないし」
「まーなあ。ママ、お前と違って天国行きだろうしなあ」
「パパはどっちかってと地獄行きよね。ざまあ見ろって感じ」
「その辺はワシ職業柄覚悟してるし。お前と違って自惚れとらんよ」
「強がり」
「おうとも、強がりだ」
 意地悪く笑うフーカに、さっぱり笑う源十郎。その仕草の中で白髪が揺れた気がして、そんなふうに笑った自分に少女は微かな罪悪感が過ぎったけれど、言葉は止まらない。
「埋められるのとかもいや。水の中で魚に食べられたり腐るのもいや。鳥に食べさせたりミイラにすんのも実験に使われるのもいや」
「せんよそんなもん」
「けど、今のままもいや」
 フーカはまっすぐ告げる。なんでも言っていいと親に言われたからなんて、我ながら子どもっぽいと自覚しながら。普段は妹相手に年上ぶっているくせに、やはりまだ甘え足りない部分はあったのだろう。
「このまんまパパとかほかのやつに裸見られるかもしんないって考えただけで、すんごいいや。キモい。だからアタシが安心するためにあんなのすぐにどうにかしてほしい。けど、なんかされる自分の体なんか見たくない。あのままにしてほしいって、大切にしてって思う」
 言葉にすれば尚更に、強い矛盾を感じさせる。しかしフーカはわがままを許される『子ども』だから、男を相手に際限なく願う。
「けど、アタシの今の体はこれだから。体が二つあるなんて夢でも現実でもおかしいから。アタシの……なんて言うのかな、動かせないほうは、不気味だからなくなってもいいんじゃないかって思う」
 言い切った直後にも関わらず、フーカは早口で首を振って続きをまくし立てる。そこで区切ると、父がそうかそれじゃあ処理しちまおう、なんて意気揚々とした返事を寄越す姿が想像できてしまうせいだ。
「けど、やっぱりそれがアタシの見た目をしているんだったら、そっちに指一つでも触れてほしくない。あ、機械とかでも一緒。ううん、そっちのがドリルとかミキサーとかエグそうだしもっとイヤ! 誰にも触ってほしくない! ずっとそのままにしてほしい! けど、それも、やっぱりいや!!」
 眉間に皺を寄せ、首をしっかり横に振って言い放ったフーカの意見はそれまでと受け止めたのだろう。暫くの沈黙のあと、源十郎は明らかに後悔している顔で天を仰いだ。
「……ほんとにわがままばっかりだなあ、フーカ。ラスボスの妹よりもよっぽど難問だぞこりゃ」
「あんなの残したパパのせいでしょ」
「尤もだ」
 わははと明快に笑う父の脳天気さに、フーカの心境を吐露して落ち着いたはずの怒りがまたしても燃え上がる。もともとこの少女は沸点が低いのは誰しもが指摘するところだが、泣くほど自分を精神的に追い込んだ人間が眼前で笑っている光景をあっさり受け流すのは達観を身に付けた大人でもなければ難しかろう。
 しかし十三年間フーカとともに暮らしていた男は、少女が何かを言おうとするより先に笑いを止めて自分の無精髭を撫でる。
「じゃあフーカ、これからパパの質問に答えなさい」
 急に何をと半眼で睨みつけるフーカに、返事も待たず源十郎は咳払いを一つしてからやたらと明るく、クイズ大会のごっこ遊びに付き合っているような朗らかさで訊ねた。
「お前は自分が死んだのは誰のせいだと思いますか?」
「……死んでないし!」
 初っ端からそんな踏み込んだ質問をしてくるなんて誰が思おう。事実フーカは真面目に考えるより真っ先に突っ込んだが、相手は誰よりも『死んだ』風祭フーカをよく知る人間である。彼女の性格なんぞ地獄にいる仲間の誰よりもよく理解していたから、彼女の意固地に対しても対処法はお手のもの。
「その辺はオフレコってやつだ。お前の仲間の誰にも言いやしないから安心しろ。それでも納得せんなら死んだのは仮定と考えてもらっても構わん」
「…………」
 あっさり答えるよう仕向けられ、フーカはこめかみ辺りに血管を浮かせてしまいつつちらと俯き、真面目に質問を頭の中で繰り返す。そうして暫く考えて出た答えは――。
「……パパ。アタシのちっさい頃の夢を糞真面目に受け止めて、あんな物騒なのを二人も造ったパパのせい」
 微かに喉は震えていたかもしれないが、それでもフーカは選択する。そう、後ろめたさは多少あるものの決して自分のせいだとは言わない。そこまで彼女は大人ではないし、大人になる前に彼女はこのまま成長を止められた。運命の悪戯か、彼女の願いを叶えようとした身内が生み出したものによって。
「デスゼットを厳重に監視してたら、あんなことにはならなかったでしょ。そうもしなかったパパが悪い」
「そうか」
「ま、デスコは触手がグロキモいけど悪い子じゃないから、許してやらないこともないけど」
「別に許してもらおうとも思わんよ」
 さらりと受けた返事に、それは、どう言うことだと。怪訝に眉をひそめたフーカの意識を誘導するつもりか、続いて源十郎はまた朗らかに声を張り上げる。
「お前はお前の死体を誰が片すべきだと思いますか?」
「…………」
 またそんな質問かとうんざりしたフーカに、ほらほらと源十郎は急かす。
「お前このままここにずっといる気か。とっとと帰りたいんなら早く言っちまえ」
「……パパ」
 帰りたいなんて言葉を出されてついうっかり答えてしまう自分に、フーカは軽く虚を突かれた。帰る。つまり今の自分の居場所はここにはないと彼女は奥底で自覚しているらしい。そう認識するだけで、途端居心地の悪さが背中に這い寄ってくる。それではこのまま無理をして地球の自宅に帰っても、自分は平気で暮らせそうにないのか。そんなはずはないと、反射的に頭の中で反論するが試せるのか。
「じゃあフーカ、お前が一番怒鳴っていい奴も憎んでいい奴も、お前にとってはパパってことでいいんだな?」
 しかし源十郎は娘の内心の動揺を気に留めず淀みなく訊ねる。だがそんな残酷な質問に、男の実子たる少女が平気で答えられるものか。もとよりフーカの恨み辛みを始めとする負の感情はアルコールに浸した脱脂綿が燃えるようなもの――苛烈ではあるがそう長らく持続しないと言うのに。
 それに身内を一番恨めるほど、フーカは眼前の男を嫌っていない。今の今まで続く彼女の悪夢の諸悪の根元であることは否定できないけれど、それでも。
「……別に。パパを憎んだり恨んだりしたってこの悪夢が終わる訳じゃないでしょ」
「終わるとも、今のお前の悪夢はな」
「へ?」
 間抜けな声を漏らして顔を上げたフーカは、流れで源十郎が白衣のポケットに手を突っ込んで、その中で何かをしたのを見てしまう。と同時に背後の、あのひと一人がすっぽり入る試験管のような硝子の筒から作動音以外の、特別なことをしたらしい機械音が響き渡って彼女はそちらを反射的に振り返る。
「ちょっと、何したのよ!?」
 鏡を使うわけでもなく自分と同じ顔を見てしまう気まずさを一時忘れてフーカは父に訊ねる。筒の下部から内部を覆う勢いで吹き出ている黒い液体が、猛烈に嫌な予感を誘うせいだ。
「気にするな、墨汁だ」
「全然そう見えないんだけど!?」
「じゃイカ墨」
「ふざけてんじゃないわよ!!」
 噛みつくフーカに、源十郎は軽く笑う。ああ全くもっていつも通り、母が死んでも死ぬ前と変わらないくらいの軽薄さで。細君の葬儀の席で暗い顔を貼り付けていても、結局娘の前では涙の一滴さえ流さなかった男は笑う。
「じゃ何だお前。あれは人の髪や骨まで完全に分解するバクテリアだとか、タンパク質なら跡形もなく溶かしちまう酸だとでも言えばいいのか? それで納得するか?」
 怖気が走る回答に、フーカの全身の毛穴が開いた。直後今すぐあの硝子の筒を壊してしまいたい衝動に駆られるが、そうしてしまったら自分の■■を見ることになる。あそこからでろりと力なく自分に寄りかかってくる冷たいもう一人の自分を抱えられるのか。
 足を踏み締め歯を噛みしめて躊躇するフーカに、源十郎はのんびり手を振った。
「安心しなさい、今言ったのはどれも違う。お前の要望通り、誰からも見えないようにしただけだ」
「…………」
 信じていいのか。わからない。嘘はあんまり言わないとフーカは父の性格を理解しているつもりだが、それは自分を落ち着かせるための方便かもしれないと彼女にしては疑心暗鬼な考えも浮かぶ。できることと言えば、隣の父を睨みつけることくらい。
 だがそんなフーカの気迫たっぷりの凝視を受けても、源十郎の態度は変わらなかった。嘘をついて後ろ暗いと思う顔でもなし、本当のことを言っているのに信じてもらえない落胆を滲ませる顔でもなし。
「疑うならそれでも構わんさ。信頼ないのはもうわかっとるしなあ」
「ボタン押す前に物騒なこと言わなかったら信じてたわよ! 恨むとか怒鳴るとか悪夢が終わるとか、あれって思いっきり処理しますフラグじゃないの!?」
「お、よく覚えてるなあフーカ。ま、そう思いたかったら思いなさい」
 指摘しても飄々としたままで、行き場のない焦燥と困惑にフーカの頭がぐらついた。ブラフなのかもしれない。本当なのかもしれない。筒の中を割って確かめる以外に、それを知る方法はない。だが自分の■■と向き合うことすら難しかった少女に、そんな真似はできやしない。
 気付けば筒の向こうは完全に黒い液体に覆われて、内部がどうなっているのか完全にわからなくなった。この場に響き渡るのは相変わらず低めの機械の作動音のみで、髪の一房さえ見えやしないのは、幸運なのか不幸なのか。
 けれど中身が完全に見えなくなったことで危なっかしい足取りなりにようやく筒に近付いて、それでも硝子に触れることもなく、見上げるしかできずにいるフーカの背後から、源十郎の変わらぬ声が少女の内部へと響き渡る。
「これでお前の悪夢は終わりだ。お前はまだ遺体が入ってると思うならそれでいいし、処理されたと思うならそれでもいい。恨んでもいいし、怒ってもいいし、忘れてもいいし、安心してもいい」
「…………」
「まー、お前の言う通りお前の不幸は大体パパのせいだからな。今後お前がパパをどう扱っても正当なもんだと受け止めるよ」
 今のフーカの眼に映るのは真っ黒い硝子を見上げる自分自身の顔と、背後の父の姿くらい。どちらも顔の細部まではっきり見通せるほど、筒の中は真っ暗だった。けれど彼女の拍動がうるさいくらい大きく聞こえてくるせいか、少女は硝子に浮かび上がる自分の表情も父の表情も、よくわからなくなっていた。
 頭が熱い。ふらふらする。唇の先や鼻の頭が気味悪いくらいに冷たい。瞼の奥が、やたらと白い。
「帰りたいなら帰りなさい。気の済むまでここにいたいならいなさい。ワシを殴りたいんなら殴ってもいい。お前が出て行くまでは、パパもここで待つ」
 背後の父が適当な壁に体を寄りかからせかけた、ところで今更珈琲に濡れた床に気付いたのか俯いてサンダルの片方を脱いで被害状況を確認する。一連の様子はフーカの目にも映っていたはずなのに、彼女は何も思えなくて頭にまでその光景が入ってこなくて。体の軸が大きく傾きかけたかもしれない。視界が一瞬ぐらりと揺れて、けれどそうなって堪るものかと体が思っているのか反射的に傾きが変わってもとに戻る。それだけの動きの中でも、頭はやたら涼しかった。
 多分このままここで気を失ってしまっても、父はどうにかしてくれるかもしれない。だからそれこそ乙女らしく倒れても構わなかったのだが、それでもフーカは意識を失いかける今ですら、何もしないでいるのはいやだった。それは多分、突如として自分に襲いかかってきた人造悪魔の少女相手にも思ったことだろう。いまいち記憶にはないが。
 故にフーカはまた体がどちらか一方に傾きそうになるのをまた踏ん張って堪えると、ゆっくりと片腕を上げた。それだけの行為なのに身体のあちこちがだるい、重い。視界が、霞む。
 目を瞑ってしまいたい。汗を掻きまくった全身の気持ち悪さと涼しさを始点にするあらゆる不快から何もかもをも忘れて全身の力を抜いてしまいたい。しかしそんなこと。この悪夢の世界の支配者である風祭フーカさまが、そんなみっともない逃避をしてたまるものか。
 奥歯を噛んで、上げた片腕の手の四本指を折り曲げ汗で滑る手のひら側に指の腹を触れさせ、握りこぶしを作る。硬いはずだ。悪夢を見てからこのかた、少女の鉄拳を喰らってきた悪魔は数えるのも面倒なくらい多いのだから。悪夢を見る前は、男の子相手に喧嘩をしてもこぶしで殴る経験さえなかったのだが。
 く、と上げた片腕を少し後ろに引く。重心も少し後ろに傾いた。普段なら馬鹿でかい斧が彼女の獲物ではあるが、今は手元にバットでさえないので仕方ない。ただ眼前の一面真っ黒な硝子の筒をなんとしてでも殴らなければいけない衝動に駆られたから。酷く身体も心も神経さえもどんより重くて意識が擦り切れそうな今でさえ、何も考えられず最後の力を振り絞る。
「……ぁあアッ!!」
 気合いを込める意味も含めて、搾り出した声はやっぱり掠れていた。同時に振り切った片腕が、ごつりと音を立てて硝子に接触する。こぶしの先から伝わる痛みのなさと鈍い音に、ああこれは割れないなと反射的に確信したフーカはしかしそのままやり遂げた気持ちで目を瞑るつもりだった。なのに。
 こぶしと接した硝子に何故か白いものが見えて、それが何なのか一瞬わからなかったフーカは目を瞬き、続いて凹んでいると気付いて眉をしかめるのとほぼ同じタイミングで。
 フーカの白いこぶしと同じ、白い糸のような蜘蛛の巣模様が真っ黒だったはずの硝子の筒一面に広がり、甲高い崩壊音とともに黒い水が流れ出る。溢れ出る。どれくらいかはわからないけれど、確実にフーカの顔にも膝にも腹にもかかってしまう勢いの量はあったらしい。触れただけでは痺れるような刺激はなかった。冷たくもなかった。人肌の、恐らく羊水めいた生温かさとアルカリ性のぬめりと、血のにおいを伴って。
 黒い水が流れていくさまをただ黙って見ることしかできない少女の目が、黒い滝があちこちから流れる光景の中で異質な何かを捉える。その何かは、茶髪で白い肌で、女の子の姿をしていて、そのくせ薄らと黒い絵の具で溶いた水でも被ったように濡れていて。
 顔を上げたフーカを相手に、そいつはにこりと、筒の中で笑った。
「満足した?」
 誰かは知らない。フーカは知らない。
「ね、魂のアタシ。これで満足した?」
 自分と同じ体で自分と同じ声で自分と同じ顔のそいつが、後頭部から白くて柔らかいものをぼたっと背後に垂らして髪に何かをへばりつかせてしまっても。
 フーカは、そいつを知らなかった。

◇◆◇

「おねえさまっ、おねえさまっ!」
 瞼が開く。重く、熱く。酷く、全身がだるい。
「……あぁ。なに、……デスコなんか言った?」
 冷房も付けず真昼間に居眠りをしてしまったような気だるさと、それ以上の身体の奥底に滲む熱にうなされた最悪な気分でフーカは眉間を解す。頭の奥もどんよりしていた。友人間で夜中集まったとき、ちょっと無理をしてジュースみたいに甘いチューハイを一缶開けた翌朝もこんな頭痛に見舞われたか。
「おねえさま、デスコは早く帰りましょうって言ったデスよ。なのにさっきからぼーっとして……もしかしておねえさま、立ったまま寝てたデスか?」
 視線を下にやれば、異形の少女が真っ赤な瞳に疑わしげな感情を込めて見上げてくる。控えめながらにジャージの裾を掴む手もまた赤く、しかししっかりと引っ張られる感触はいつも通り。そこでようやく、フーカは粘つくような熱気と黒い印象の何かを頭から振り払った。どうやら悪い夢でも見ていたらしい。これ以上の悪夢なんてないと思っていたのだが。
「かもしんないわね。体調どっか悪いのかなあ……」
「今のおねえさまはそんな簡単に病気になったりしないと思うデスけど……拠点に戻ったら、保嫌所で看てもらいますデスか?」
「んー、そうしよっか」
 とは言え、フーカもデスコと同じくそれほど我が身が心配ではなかった。酷くだるいのはきっと立ったまま夢なんぞ見たせいで、だからいつも通り身体を動かしていればいつしかそんな感覚も忘れてしまうだろう。
 壁に持っていた斧を預け、肩やら首やらを手で揉んで、どことなく強張りを残す全身を解してやりながらフーカはデスコを改めて見る。無遠慮な視線を受けた人造悪魔の少女は、彼女の視線の意図を理解できないでいるらしくきょとんと目を瞬いて見返してきた。
 なんだかさっきはとても酷い夢を見ていたらしい。デスコが近くにいなかったことくらいしか覚えていないが、それでも夢にしては妙に色んな感覚が生々しかったような気がしてフーカは一応訊ねてみる。
「ねえ、デスコ」
「なんデスか、おねえさま?」
「あんたは、大体いつだってアタシのそばにいるわよね」
「はい、そうデスね」
「あんたの側からアタシを一人にしたこと、数えるくらいしかないわよね」
「そ、そこまでではないと思うデスけど……デスコは、おねえさまがあっち行ってって言わない限り、おねえさまと一緒にいるつもりデスよ?」
 デスコらしい、現実を見ているけれどやはり姉のことを第一に考える姿勢に、フーカはうんと力強く頷いた。この少女がこう言うのだから、やはりさっきのあれはありえないことで、つまり夢なのだろう。
「ならいいわ。じゃとっとと帰ろっか」
「はいデス、おねえさま!」
 斧を持って、その確かな手触りにもフーカは安堵し大股で歩き出す。目指す出口はすぐそこだから、この研究施設内を必要以上に歩き回る必要はない。だからこれでいい。きっと、このままでいい。
 急にフーカが歩いたことで、動きが鈍めのデスコは慌てて尻尾を動かし、置いていかれないよう後ろから近付いてくる。その様子を微笑ましく眺めたあと、少女は改めて前を向いた。
 時空ゲートの歪みを前に、彼女たちを待っていたらしいアーチャーや猫娘族の仲間が屯しており、近付いてくる姉妹に気付いてこちらを一瞥したり手を振ったりしてくれた。それに手を振り、合流しようと足を速めるフーカの手に、デスコの手が絡んで姉たる少女は軽く驚き、次に笑った。甘えん坊な妹だ。このくらいのことで腕に絡みついてくるなんて。
 そう思うフーカは知らない。軽く俯いたデスコが、手の持ち主を憐れむように慈しむように微笑んでいたことなど。先に告げたように、たまには一人でその辺を見て回りたいからと、彼女が妹を置いてどこかに行ったこともまた。
 けれどそれで構いやしない。姉が見たものが何なのかをデスコは知らないが、知りたいとも思わないから少女は今度こそ姉に甘える声音で、けれど誰にも聞かれないほど小さく呟く。
「……これでいいんデスよね?」
 返事はなかった。ふたりとも遅いと口先を尖らせる仲間たちに対して、フーカがごめんごめんと笑ったせいで。







後書き
 フーカさんを曇らせることしか考えてないんだなと言うことがよくお分かりになっていただけるかと。自分の死体に直面する女の子の気持ちなんて想像できっか! って勢いで途中から感情移入スイッチ切りましたので当然残念無念な出来ですね……。親父さんは親父さんで憎まれ役なら進んでやっちまうぞーな後ろ向きポジティブ親ばかになっちゃいましたが。
 別の視点で考えてみれば夏らしく後味の悪い怪談っぽい仕上がりになったのかしらーと無茶な方向に誤魔化してみます。

[↑]

プレネールさんカラーのプリニーさん

2011/08/10

 プリニーから手渡されたものを見て、彼女は何度か目を瞬いて呆けた。別にそう奇怪なものではなかったのだが、それでも全くの予想外なのは事実だから。
 人形、らしい。胴体は手のひらに包めるサイズだが、頭は少し大きめの可愛らしくデフォルメされた人形だった。実在の人物をモデルにしているらしく、彼女が持つそれは短めの黒髪に尖った耳、三角眼の赤い瞳、青白い肌に黒い外套を羽織っていた。外套の中を捲ると胸の杭に白手袋まできっちり再現している。おまけに灰色のフェルトの髪と金ボタンの瞳を持つ人形まで携えており、はっきりと誰かを連想させるそれに彼女は思わずまあと高い声を漏らした。
「……あ。やっぱりフェンリッヒ様の人形はまずかったッスかね?」
「はい? このお人形も狼男さんのお人形も、どちらも素晴らしい出来ですのに?」
 世辞でもなく本心から褒める天使に、プリニーはほっと胸を撫で下ろす。
「いや、そう言ってもらえて良かったッス。これでもしフェンリッヒさまの人形がいらないなんてことになったら、今手元にハサミないッスから手でそのままぶちっと引きちぎることになってたッスよ……」
「そんな。それは可哀想じゃありませんか」
 せっかく一セットになるよう造ってあるのに無理から引き剥がすような真似をするなんて、人形たちの製作者も、この吸血鬼を模した人形と彼の僕の人狼を模した人形も憐れだろうと口先を尖らせる彼女に、プリニーはしみじみと目を細める。
「寛容ッスねー、アルティナさん……。もしフェンリッヒ様にアルティナさんの人形持ってるヴァルバトーゼ閣下の人形なんか見せたら、そんな反応はまず貰えないッスよ」
「あら、酷い仰いよう」
 とは言え、彼女も苦笑を浮かべるのみで否定も肯定もしなかった。プリニーの言ったことは間違ってはいなかろうが、それでもあの人狼がもし自分の人形を携えた吸血鬼の人形を見たとして、無視はすれど引きちぎるほど冷酷ではないと信じたいからだ。
 とにかく人形の出来に改めて見事なものだと口元を綻ばせた彼女ではあるが、このまま会話を続けていればいつまでも本題に入るまいと判断し、手渡してきたプリニーに視線を戻す。
「それで、このお人形を持って写真に写ればよろしいんですの?」
「はい、そう言うことッス。あ、ポーズは適当でいいんスけど、目線はこっちが指定しますんで、それに合わせてもらえるッスか?」
「ええ、わかりましたわ」
 唐突に写真撮影をさせてもらえないだろうかと、見たこともない色のプリニーに請われたのはつい数分前。別段急ぎの用事もないし、断る理由もないので頷けば、ああよかったッスならこれをと先の人形が差し出された。
 彼女が『業欲の天使』と呼ばれながら魔界で徴収に励んでいたとき、無節操な悪魔たちがファンクラブを設立したいと言ってきたものだから自分でちゃっかり創って公式グッズとして何点か取るに足らないCDだの雑貨だのを売り、徴収と平行して小金を稼いでいたことがあった。その際、ブロマイドももれなくグッズの中にあったから撮られ慣れてはいるのだが、どうにもこの初対面のプリニーはそれに類似する安っぽい色気を目当てにしていないらしい。無論、今は彼女の手の中にある人形がそんな判断をさせる原因だ。アイドル性とは『誰のものでもない』ことを第一条件としているのに、この魔界の有名人に模した人形と一緒に写真に写るのは多少におかしい。とは言え、このプリニーの写真を撮る目的が何なのかを今更問いかけるのは少々タイミングが遅かった。
「じゃあ、こっちでポーズ決めてほしいッス。立ち位置はここで目線は……」
「はい、そこですわね」
 いつの間にか用意されていた蛍光緑のシートを背景に、彼女は本格的な写真撮影用カメラに向かって、斜め立ちで笑いかけたり足を交差させて片目を瞑ったり人形を両手に持って上目遣いをしたりと適当に表情なり格好なりを作る。プリニーもまた撮影慣れしているらしく、身長差を携帯した梯子を使って調整し、程良くおだて気味に合いの手を入れてテンポ良くフラッシュを焚き続けた。
 どちらが慣れていたのか、それとも両者共々手際が良かったのか。撮影は三分程度で終わって、プリニーは彼女の前で丁寧に深く頭を下げた。
「んじゃ、アルティナさん。ご協力どうもありがとうございましたッス」
「いいえ、どう致しまして」
 それほどのことをしたつもりはないと笑いかけて撮影の際に手渡された小道具である人形を返そうとした彼女に、頭を上げたプリニーは軽く首を振る。仕草の意味がすぐさま理解できず、軽く目を見開いた彼女にプリニーはそっと片手を差し出して。
「その人形は撮影のお礼として受け取ってくださいッス」
 と言ってきたものだから、彼女は慌てた。あんな束の間の拘束時間の報酬がこんなに手間暇かかった人形だなんて、割に合わないどころかこちらが恐縮するほどだ。
「ええと、……よろしいんですの?」
「はい、全然いいッスよ~。この撮影用に造ったもんッスから、これが終わったらぶっちゃけほかに何も使い道ないんス。物置に転がしておくのも勿体無いし、売るのもちょっと気が引けるし、かと言って男の人形飾るのも微妙ッスから……」
「はあ……」
 さらっと流されたがつまりこの人形はこのプリニーが造ったものなのだろうか。シャッターやカメラのピントを合わせるのに精一杯に見えた手で、一体どうやって。そんな疑念を抱く彼女の視線を無視しているのか、プリニーは明るい声で説明を続ける。
「それだったら、人形を大切にしてくれるひとに渡したほうが、造った甲斐もあるもんッス。アルティナさんはフェンリッヒ様の人形も受け入れてくれた訳ッスから、条件的に満点ッス」
 付属の人形の扱いについても念を押され、彼女はくすりと笑う。生まれ育った環境もあってもともとものを大事にする性格だが、それが彼女の大切な吸血鬼を模した人形で、おまけに出来がすこぶる良いと来れば大切にしない理由はない。僕にして長きの友である人狼を携えている点も、彼らの信頼関係を思えば先の通り引き剥がす気になれやしなかった。
「それでは遠慮なく頂戴しますわ。ありがとうございます、プリニーさん」
 さしてこれ以上の露出をすることもなくこんなものを貰えるとは。プリニーに声をかけられたときは考えもしなかったご褒美に、彼女はできうる限り丁寧な笑顔を浮かべて礼をする。
 いえいえそんなとひらひら手を振ったプリニーは、いつの間にやら蛍光緑の幕やら携帯用梯子やら撮影用の機材をワゴンに収納し終わっていたらしい。ぎいとワゴンを押してそれじゃあまたいつかッス、と別れの挨拶をすると同時にその姿は描き消えていた。
 恐らく時空ゲートを使ったのだろう。加えて細やかでかつ精度の高い人形制作に、写真撮影に合成兼編集技術のマルチな才能の持ち主とは恐れ入る。この魔界のプリニーでも五指に入るほどの多芸なプリニーではなかろうかとぽかんと口を開けていた彼女は、自分の間抜け面を自覚して口を閉じると改めて手の中にある人形に意識を向けた。
 黒髪に赤い目をした人形は、見れば見るほどモデルとなった人物の普段の表情そっくりで、注視していた彼女は思わずくすぐったさを覚えてしまう。しかし普段の表情なのにどことなく小動物めいた可愛らしさを感じ取ってしまうのは、モデルのせいか人形だからか。その辺りの特定をしてしまうとどこかの誰かに申し訳ない気がするから、彼女は誤魔化すつもりもあって挨拶めいた笑みを人形相手に浮かべる。
「……ほんとう、いい出来ですこと」
 笑いかけたところで相手は人形なのだから、うんともすんとも言いやしないし表情も変わらない。しかしそれでも彼女は胸に宿る熱を失うことなく、さらりとした黒髪を撫でればますますこの人形のモデルとなった人物への気持ちが昂ぶってゆくばかり。そんな流れでとある考えを頭に浮かべた彼女は、お供に軽く会釈をしてから吸血鬼の人形を改めて両手で抱えて自分のほうへとゆっくりと寄せ、外套がひらりと胸を撫でる感覚に軽く肩を竦ませた。
 そんな突発的な刺激があっても、彼女は衝動に突き動かされるまま静かに、けれど確かに――人形に口付ける。
 匂いはしない。人形だから当然だ。
 けれど感触はある。モデル当人の髪ほどではないにせよ、彼女の花弁に似た柔らかな唇に浅い凹凸を残す細い髪とその奥の丸い額の硬さは本当に誰かの額に口付けたような気分にさせられて、胸の奥の柔いところが蜜をじわりと滲ませる。滲む蜜は媚薬の効果でも持っているのか。胸の奥から始まり全体に浅く苦しく、少し痛く、ほのかに甘く、微かに気持ち良い感覚が広がっていく。
 しかし人形相手に口付けてこんな気分に浸っているのはどうにも独りよがりが過ぎる。自慰めいた後ろ暗さを感じてしまった彼女はすぐさま理性を取り戻し、微かに火照った頬を気にしながら誰にも見られていないか確認しようと首を左右に振った、流れで。血の色の瞳と目が合った。割とがっつり。結構しっかり。いや、大抵の悪魔は赤い目をしているからまあ目撃者がいて恥ずかしいくらいで済めばよかったのだが。
「…………」
 彼女は石化の呪いにでもかかったように硬直した。理由は単純明快だ。
 彼女と目が合った人物が、おずおずと進み出る。黒髪に赤い瞳、尖った耳に血色の悪い青白い肌に黒い外套を身に付けた悪魔が。
「あ、アルティ……」
 どこまで見ていたのか。最悪なことに彼女と目が合った、人形のモデルとなったはずの男の視線は彼女と彼女の両手に抱えられた黒髪の人形の間を交互に行き来して、その速度は奇妙に忙しない。ついでに頬に僅かな赤みが指しているようなそうでないようなまあ気のせいだろう気のせいと言うことにしよう気のせいだ。しかし猛烈にまずい予感を覚えるのは、恐らく彼女の気のせいではあるまい。
「……い、いや、その、覗くつもりはなかったのだ。珍しく、お前がこんなところで突っ立っているようだから何をしているのかと気になって、その、だな……」
 語尾が掻き消えそうに途切れ、彼女の見開いたままの視線を受けて男は首ごとゆっくりと斜め下へと向けて、俯いていく。しかしそれではこの沈黙に耐えられぬと思ったのか、わざとらしい咳払いをいくつかして表面上だけでも感情を切り替えた素振りをする彼は、深呼吸をしてから今更遅いがようやくなんでもないように装って訊ねる。
「……あーその、アルティナ。お前が手にしている人形はどうした?」
 しかし、彼女は。
「おい……アルティナ?」
 だが、彼女は。
「……アルティナ?」
 彼の前から、忽然と姿を消していた。




 その日。得体の知れないプリニーからよく出来たデスコの人形を貰ったフーカは、仲間の天使にも見せようと彼女の部屋を訪ねて一枚の書置きを発見する。
 天界に帰りますとだけ書かれたそれは期間も理由も記されていないものだから、不安に思った彼女は吸血鬼を始めとする残りの面々に心当たりがないか訊ねるつもりだったが生憎と吸血鬼は留守だった。出鼻を挫かれたものの次に訪ねたお付きの人狼に理由を聞くと、訊ねただけで物凄く嫌そうな顔をしていたのでまあ概ね事情は把握して、屋敷を留守にした仲間に彼女の行方を託したのだが。
 結果から言うとふたりして色気もなく疲れきった顔でようやく地獄に戻ってきたのは、それから一週間後。彼らに何が起こったのかは、いまだようとして知れていない。





後書き
 アルティナちゃんの抱いてる閣下人形はフェさん人形抱いてるの抱いてないの? って疑問に対してのFAが出たのでざっと。フェさん人形付属してなかったら閣下人形のために暴君コスを作るアルティナちゃんを予定してましたがフェさんいたからこうなりました。

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不死者の王

2011/08/12

 男一人を取り囲むのは目視でざっと三十。それぞれ洗練も洒落っ気もないが、殺傷力だけは折り紙つきであろう槍だの斧だの鎌に両手剣と物騒な獲物を手にしていた。それらを手にする悪魔どもは面白味のない面構えの、筋骨隆々としたでかぶつばかりで戦略に関してもこれこの通り人海戦術と芸はないが、男は笑みを薄らと唇の端に乗せた。
 金属質の穢れなき白刃が、更につれない女のように冷ややかな銀の月光を浴び大挙しているさまはなかなかに壮観だった。薄闇の中ちらちらと角度を変えるごとに細やかに白光が瞬いて、温かみを感じさせないながらも自己主張する様子は一瞬だけなら夜景と見紛うばかり。とは言え男はそれほど風流を好む性格ではない。街灯りだろうが城灯りだろうが火薬だろうが、光は光でしかない。
 男が笑ってしまったのはまた別の理由、正確には期待から。これら透明で物騒であってもいっそ清浄と言える白銀の輝きが暫くすれば鮮やかで生温くもどす黒い赤に染まって、生と死の調和を生み出すと考えるとついぞ口元が緩んでしまっただけのこと。それを風流だの優雅だのと指摘を受けてしまえば、まあ、否定はできない。
「ぁにを笑ってやがる!?」
「恐怖を通り越して、気が狂っちまったかぁ!?」
 しわがれ下卑た声が正面と斜めからそれぞれ一声ずつ。これだけの仲間を引き連れているのだ。本来ならば余裕たっぷりの伸びやかな声音であるはずなのにどうも小心を無理に奮い立たせている無理が感じ取れて、微かに興が殺がれた男は小さく肩を竦める。
「いいや。むしろこれからが愉しみで仕方なく、ついぞ笑ってしまったのだが……。無礼と言うなら謝ろう」
「はッ! 吠えやがるぜ、たかだかぽっと出の蝙蝠風情が!」
「全くだ。しかしこれも何かの縁。その蝙蝠狩りに牛三十頭を引き連れる輩に、いいことを教えてやろう」
 何をだと、周囲の悪魔の意識が彼の言葉に引きつけられる。それを見て取った男は、骸骨めいた青白い相貌に似合いの、底意地の悪い笑みを浮かべて断固として告げた。
「この俺の首を討ち取りたいのならば、今の四倍は持ってこい。でなければ、牙を満足に揮えもせん」
「手前……ッ!」
 これだけの数でもまだ足りないなど。露骨に過ぎる挑発を受けて、一団の頭は簡単に頭に血が上った。その手下どももまた同族だけに沸点は低く、彼の号令も待たないうちに影法師めいた男へ一番手前の連中が飛びかかる。しかしそれを賞賛さえすれ、止めろなどとは決して言わぬ。その、つもりだった。
「ふん」
 しかし男は一斉に襲いかかってきた悪魔どもの攻撃を軽く身を逸らすだけで二度往なすと、最後の一人の斧を腕で受け止める。黒い外套は一見すれば薄っぺらいのに魔力で強化されているのか、一団でも有数の力自慢の攻撃は、このままじりじりと均衡すると見えたが一瞬、男が細い腕を上げただけであっさり弾かれた。
「なっ、馬鹿な!?」
「斧か」
 あまり趣味ではないのだがな。そんな吐息混じりの呟きが、斧を吹き飛ばされ驚愕する悪魔の耳に滑り込む。その真意を図りかねず目を剥いた彼は、しかし以降それ以上のことは永遠に考えられなくなった。いつの間にか彼の頭上に跳んだ黒い男が、よりにもよって己の獲物を掴み、その分厚い刃を持ち主の脳天に叩き込んだせいで。――当然、最初の犠牲者たる悪魔はそんなことも永劫知りはしない。最期に感じたのは、痛みや苦しみなんぞをとうに超越した、何かが頭にめり込む感覚だけだろう。
「あ……がが」
 つむじから眉間を通り越し、鼻、口、顎までも。それはもう綺麗に、よく熟れた石榴に果物ナイフを突き入れたように縦から斧を埋め込まれた悪魔は、割れ目から一度ぷしっと蜜なる血を吹き出してぐらりと倒れる。血が勢いよく吹き出た影響か、血脈の流れの問題か。倒れた足がびくんびくんと痙攣を起こしていたものの、それも周囲に血の匂いが撒き散らされる頃には終わっていた。
 まさしく瞬く間に仲間一人を易々と屠られた一団は眼前の光景に暫し呆けていたが、口を開けている暇など眼前の獲物には絶好の反撃の機会だろうとすぐさま覚り身構える。しかし男は余裕たっぷり彼らを眺めているだけで、また襲ってくるのを待っているらしい。自分から攻撃すれば一方的だから、反撃のみの形式を取ることで挑戦者たちに温情を与えてやっているとでも言うつもりか。
「……畜生め、舐めやがって!」
 歯軋りとともに吐き捨てられた言葉は純粋な怒りに満ちており、相手への恐れなど一欠けらもない。そうともそのはずだと、眼前の男に関して聞き及んでいた噂を思い出した一行の頭が次に取った行動は、自分から襲いかかるのではなく腕を上げるだけで手下たちを鼓舞することだった。無意識に相手を遠ざけてしまったのは、しかし彼の致命的な間違いでもない。
「野郎ども! 容赦はいらねえ、徹底的にやっちまえ!」
 応える咆哮はどれも一様に頭の怒りの声に背を叩かれたか、野太く高らかに空気を振るわせる。彼の頭の隅に滲んだ朧な恐怖は、幸いにも感染していないようだ。
 そんな彼らのたっぷりの殺気篭った声を受け、立ち竦んでも良いはずの男はしかし、やはり悠然としたまま襲いかかってくる連中を冷酷な赤い瞳で眺めているばかり。否否。その表情をよくよく見ていれば薄らと笑んでいるのがわかっただろう。ようやく宴が始まったのだと言わんばかりに、牙を見せることもなく目元を三日月のように細めるでもなくけれど確実に愉しげな柔和さを湛えていた。
 だがいつまでもそんな余裕が続くはずがない。今度は四方から同時に攻撃を受け、次こそどこかしら男は傷を負う――はずだった。
 しかし現実はかくも残酷で冷酷だ。今度は男は外套を揺らしてさえいないのに、男の右肩を狙っていた槍使いが横殴りで吹き飛ばされた。そいつの丁度横にいた、両手に鈍器を構えたのが押される形式でまたあえなく吹き飛ばされる。どう言うことかと呆気に取られた鎌使いは、顔をぐしゃりと潰される。何に。斧に。血みどろの、さっき見たばかりの気がする無骨な凶器によって。
 たちまちのうちに一人になってしまった剣使いとその仲間たちが、ようやく三人を殺したはずの男の凶器をその目で捉えた。しかしそれさえも正直なところ、瞬時には信じられないものだ。さっき息絶えたばかりのはずの、一行の中で最初の犠牲者が頭が真っ二つに割れたまま、ぬうと立ち上がりこちらに武器を構える光景など。
「……お、お前、死霊使いか!?」
 恐怖と戸惑いを交じえた剣使いの問いに、男はあっさり首を左右に振る。
「大層な魔術など俺は知らん。ただ、この通り……」
 男は声を低めて剣使いの剣を赤子の手を捻るように奪い取ると、当人が気付く間もなくその腹を容赦なく刺し貫く。当然苦痛の呻き声を放った剣使いは、あっさりと剣を抜かれて大量の血を吹き出し痙攣めいた震えを起こしながら絶命する。否したのだろう。なのに。
 力なく倒れ伏したばかりの剣使いが、操り人形めいたぎこちなさで起き上がり、頭に赤黒い線を入れた斧使いと同じようにかつて仲間であった悪魔たちに向かって身構えた。どちらも生前当人たちがしていたような構えで、しかし何が起きたか生きていたときよりも冷酷で隙のない佇まいで。
 奇跡と言うにはあまりにも禍々しい光景に、残された二十数名に衝撃が走る。しかしこうなることを予測していた人物がただ一人いた。いや彼とてあらかじめあの黒い男がこんなことをするとは知らなかったのだ。噂を聞いただけ。そう、耳にしたときはそんな馬鹿なと笑い飛ばした、荒唐無稽に過ぎる話。
「俺の手に掛かり、その血を俺に浴びせたものは並べて我が眷属となる。ただ、それだけだ」
 男は笑う。背後に浮かぶ銀盆の月に似た、冴え冴えとした光を口の一部にまとって。光るものは男の唇の隙間から覗く、一対の犬歯。牙。人の皮を容赦なく穿ち、肉を抉り、その奥から溢れ出る血を啜り、吸い上げるには重要な――吸血鬼の、何よりの証。
 ようやく眼前の男が、吸血鬼の帝王と呼ばれるに相応しい力を持っているのだと、戦ごとに亡者の僕を引き連れるなどとの噂を聞き及んでいた頭も含めて一行が察したときにはもう遅い。彼らが恐怖を覚え武器を手放し降参するよりも先に、斧使いと剣使いがそれぞれ表情を変えることなく周囲のもとは仲間たちである悪魔に襲いかかった。たかが二人と侮るなかれ。その素早さも攻撃の的確さも何より強力も、どれもこれもが生前とは桁違いに優れている。おまけに二人を視線さえやらず操る黒い男が段違いに強いのは、犠牲となった二人の件で十分に証明されていた。
 つまり以降は、凡そ誰しもが簡単に想像できてしまえるものでしかなかった。ありきたりで面白みの欠片もなくて平凡で、男にとって最早見慣れた光景だ。恐怖の悲鳴を放ち、必死の形相で逃げ惑う悪魔ども。失禁さえしているのに自棄を起こして立ち向かおうとする悪魔ども。それを的確に屠っていく彼の一時の眷属たち。時折自分の隙を突こうとする連中に反撃し、殺してしまえば手駒が増えるし殺さなければ既に手持ちの駒が殺す。
 ああまったくもってつまらない。しかし愉快であればいいと言う話でもなし。何より男の名を聞きつけて挑んでくる愚か者どもに、真の悪魔が持つべき恐怖をその魂に刻んでやるのは強きものの負う義務だ。だから男はその義務を放棄することなく応じてやる。教えてやる。そして、今度は少しでも賢き来世を送れるようにしてやる。
 だがやはり。吸血鬼の魔力の源にして、悪魔が本来正すべき存在たる人間たちを相手にしたほうが、男としては心が躍った。その首に牙を剥き、熱き血潮の食事にありつけるからなどと表現してしまえば即物的だが、どうにも悪魔の血は吸う気になれないのだ。手応えのある悪魔と戦うとき以外、概ね時間も力も消費していくだけの出来事でしかない。こうして一時の眷属を作り上げるときでさえ、男は外套や肌に触れさえすればそれでよしとする。
 尤も、餌たる人間の血を吸い尽くしたところで連中を自分の一時の眷属にしたことはこれまでだって一度もない。したいと思ったこともない。だがそれでよかろうと男は思う。人間は糧、自分に立ち向かう弱き悪魔は駒であり教育対象、自分の前に立ち塞がる強き悪魔は自らの力を磨き上げる対象。それでよい。単純なことはそれだけで好ましい。
 そうして軽く物思いに耽っているうちに、悲鳴が一つも聞こえないと気付いた男は改めて周囲を見回した。成る程、もう生き残ったものは一人もいなくなったらしい。
「……よかろう。では、お前たち」
 ここで男はようやく、一時の眷属たる死した剣使いと斧使いに声をかける。それまで生きていた頃よりも俊敏であったはずの二人は、何故かのろりのろりと仮初めの主に近付いて、けれど忠誠心は深く、跪いて頭を垂れた。
「これにてお前たちの役目は終わった。褒美をやろう。よく、休め」
 慈悲深くもしっかりとした口調でそう命じると、二人はそれを合図に糸が切れたようにそのままぱったりと倒れる。今度こそ、彼らはその生を終えられた訳だ。それが幸せかどうかはともかくとして、生前よりも勤勉であったことは間違いない。
 男はそんな二人に微かな感慨の視線をくれてやると、すぐさま踵を返しこの場から立ち去る。向こうから喧嘩を売ってきて相手をした。それだけで山のように築かれた死体に当然彼は感傷など持ち得ていないが、たとえ僅かな間でも操った以上、それなりに慈悲をかけてやることを信念としているため。
 吸血鬼ヴァルバトーゼ。自らが作りたもうた敵の屍に力を与え、彼らを意のままに操る不死者――つまり既に死んだ輩――たちの王。誰が考えたものか、『暴君』とはよくぞ言ったもの。しかし近頃は暴れていない。暴れる相手が出てきてほしいものだと思いながら、男は今宵の一時を演出してくれた月にちらと笑んでやった。





後書き
 暴君の魔ビ『ノーライフキング』って小説として表現するならこうですよねきっと。つまり血を吸える対象たるアルティナちゃんが生き延びることを望んでいたのに、暴君本人が頑なに血を吸わずにいたのって、約束も勿論あるけどもし血を口にしたら眷属にしちゃうかもしんなくて、けどそんな生ける屍になったアルティナちゃんなんて、死にきったアルティナちゃんよりも嫌だからじゃねと思うとすごいビクンビクン来ます。

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シュタイアーマルク城でカーミラと握手!

2011/08/13

 題名は一発ネタです(=思いついただけ)。しかし今作は吸血鬼が主役なのに夜魔たんでクラス名カーミラって、まあ前からあるけどどうなんでしょうね。どっちも蝙蝠モティーフだし、ディスガイア世界的に夜魔と吸血鬼は類似した種族なのかしら。
 精を吸うのが夜魔で血を吸うのが吸血鬼とかー? もし似てる種族扱いなら、閣下が暴君んときに言い寄ってきた女悪魔は圧倒的に夜魔多数なんだろうなあ。運が良かったら孕んで正妻の座ゲットイエーとか思われてたのかなー、とか考えるととても楽しいです。

 閣下たちの前に唐突に現れた自称『閣下の昔の女』!
 証拠として彼女に付き添い彼女を母と慕う黒髪に赤い瞳の少年!(推定五百歳)
 一同に走る戦慄! 愛と感動の再会!?
「……うーわー、ヴァルっち最低ー」
「アルティナさんは、初恋のヒトじゃなかったデスか……?」
「男なら若いときは火遊びくらいするって父上言ってたけどさあ……これってどうなんだ?」
「五月蝿いぞ貴様ら。……閣下、あの女の発言について早急に真偽を調査いたします。それまで、心休まらぬかとは思われますが暫しお待ちくださいませ」
「あ、ああ……頼んだぞ、フェンリッ……ヒ?」
「はい? 何かわたくしに用がありまして、(昔の女)さんの旦那さま?」
「―――――――!!!」
(((ああ、これは怒ってるってかもうそれ通り越して失望してる……)))
 果たして本当に少年は閣下の隠し子なのか!?
 女の修羅場が始まるのか男の願望ハーレムルートかそれとも涙の離別がついに来るのか!
 つーか下がるとこまで下がったアルティナちゃんからの信頼を閣下は取り戻せるのか!?
 無理!!
 ですよねー!!!

 と言うネタを思いつきましたが、私が書くとあんまりにも閣下が可哀想になっちゃうんで上手く料理できる方がいるならそぉいしたい。

 以下お返事です。

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墨の午睡一稿目

2011/08/17

 お盆休暇中はちょっとリア充してましたー。けど一番彼氏いていいなあと思った瞬間は『CARNIVAL・BABEL』(歳がバレますね)をきちんとデュエットで歌えたと言う根っからオタクな点なのは多分リア充と言えない自覚はある。
 ので書けそうなネタはあっても何も書けてませんフヒヒってのはちょっと申し訳ないのでお茶濁し。超半端なところで終わってます。

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クッション一個

2011/08/19

 寝台に小さなサイドテーブル。三つの引き出しがある箪笥。簡素な机に椅子二脚。花の盛りの女性が暮らしているにしてはワードロープさえない殺風景なはずの部屋を見て、けれどフーカはしみじみとものが増えたと思った。
 無論ここはフーカの部屋ではない。なんか暇だから、なんて締まらない理由で訪れた少女を苦笑とともに迎え入れてくれた、今は針を片手に裁縫中のアルティナが本来の部屋の主だ。白くて細くて柔らかな指先は器用に動き、木綿の白い布を規則的に往復する針は淀みなく、最初に相手が何かを縫っているらしいと知った彼女はミシンを使わないのかと訊ねたものの、針の動きにすぐさまそんなものは不要だと思い知らされた。
「お裁縫、得意?」
「得意、と言うほどではありませんわ。慣れてはいますけれど」
「似たようなもんだと思うけど、それ」
 家庭科の授業で雑巾一枚だかエプロン一着だかを縫うのにさえうんざりした記憶を持つフーカにとっては、両手を最小限しか動かさずかつテンポを崩さない天使の針捌きはミシン以上に高性能に見える。尤も、少女はミシンを最初に扱う際、速度と音と衝撃とに困惑してその効力を発揮させる前に糸を盛大に絡ませ、同じ班の連中から盛大なブーイングを喰らってしまったが。――まああれはもう過ぎ去った苦い思い出の一つ。慣れることはなかったが、慣れてしまえば多分どうと言うことはなかったのだろう。
 とにかく今はアルティナだ。フーカが訪れたとき、裁縫道具一式を机の上に広げていた彼女は、曰くクッションを作っている最中だったらしい。今更どうしてクッションなんか、と疑念が過ぎるも、けれどこの最低限のものしか部屋に置かない天使にとって必要に駆られたものなのだろう。そう思えば、奇妙な感慨が少女の胸にぼんやり浮かぶ。
「……クッションかあ」
「どうかなさって、フーカさん?」
 天使の手元を再確認した結果、枕代わりにできるほどの大きさではないらしい。目一杯広げた手のひらより一回りか二回りほどくらいでしかない布は長方形で、一見するだけでは用途はあまりわからない。けれど言葉通りクッションには違いなさそうだ。腰の下に挟んで姿勢の矯正器具代わりにするくらいしか思い浮かばないのだが、そんなものアルティナには必要なかろうと判断すると、フーカは推理を諦めて正直に問うた。
「そのクッション何に使うのかなって。ほら、アルティナちゃんてばほんとにいるものしか置かないし」
 問いかけられたアルティナは、何故だか少し居心地が悪そうに身じろいで、けれど隠す気はないらしく控えめながらに呟いた。
「もうそろそろ、仰向けで眠りたくなりまして……。これは羽が潰れないようにするための緩衝材代わりです」
「へー」
 成る程、と納得もするがそうなれば別に気になる問題も生まれる。もし自分の予想が当たっていればそれはそれで不自然だとの気持ちを隠しもしないままフーカは、僅かに声を潜めて首を傾げた。
「……それってつまり、これまでここに来てから一度も仰向けで寝てないってこと?」
「いえいえ、さすがにそれは」
 打てば響く返事に安心したフーカは、ならばどうしてと視線のみで続けて問う。少女の眼差しに天使は針の動きを止めぬまま、純白の翼を小さく羽ばたかせた。
「わたくしはこの通り背中に羽を持っていますから、眠る姿勢は基本的に横向きでしてね。たまに仰向けで寝ることもありますが、朝起きると痺れたり、体重をかけすぎて痛くなって起きたりが多くて……」
「そんなの嫌だから、もうそろそろ作っちゃおうって感じ?」
「ええ。うつ伏せで眠れるようならそれが一番いいんでしょうけど、どうやらわたくしは枕に突っ伏して眠る姿勢は苦手なようですわ。一度だってまともに眠れた試しがありませんの」
 眠る姿勢なんてさして気にしたことがないフーカにとっては新鮮な悩みだが、そんな事情があるなら必要に駆られてそんなものを作るのは仕方ない。それにしても胸に巨大な錘を付けておいてうつ伏せで眠れないなんて不幸な話だと、少女は生まれて初めて大きな乳房の持ち主を憐れんだ。胸はないと苦労するが、あっても苦労するとどこぞの誰かがぼやいていたのはどうにも間違いではなさそうだ。
「じゃ天界で暮らしてたときも、そう言うの作ってたの?」
「ええ。これで二度目です」
「そっかー、二度目かぁ……」
 感慨深く呟いたフーカの表情に何を感じ取ったのか。アルティナが針の動きを止めて、不思議そうに目を瞬く。水色の瞳は普段大人っぽいのに今は不思議と幼くて、少女は照れ臭さを覚えながらも正直に胸のうちを告白した。
「アルティナちゃん、ここに住んでるんだなって。アタシと同じにさ」
「……はい?」
「そんなの作るってことは、アルティナちゃん、もうここから離れる気はないんでしょ?」
 フーカは知っている。眼前の天使が『ブルカノ』と名乗ってこの部屋に寝泊りしていた時分、ここがえらく殺風景だったことを。今にして思えば恐らく目標金額を達成すれば、もしくは真の目的さえどうにか果たせればすぐさまいなくなるつもりだったのだろう。まだ箪笥どころか椅子や机さえもなくて、置かれていたのは備え付けの寝台とサイドテーブルくらい。一度ちらと覗いた程度だが、仮にも女の子の部屋なのに未使用の個人病棟の一室かと思うほどものがなくて驚いた記憶はまだ鮮やかに思い出される。
 それから世界を救い、アルティナとして親交を深めていく最中で、せっかくの訪問者に失礼だからとの理由や彼女の所要から机や椅子が増えた。箪笥は最新の家具だ。下着や寝間着どころか『ブルカノ』時代用に活用していたらしい変装グッズだの怪しい金属の棒――ピッキングとは何なのかをまだ彼女は理解できていない――だのほかにも色々入っている。小物で言えばベッドランプが最古参。一輪挿しがその次で、鏡がその後なのは女の子としてちょっとどうかと思う。けれど箪笥の上に彼女の私物らしいちょっと古めかしくも趣味の良い小物入れが現れたときフーカは結構感動した。隙を見て中身を覗けば誰から貰ったんだかわからない指輪が一つ転がっており、妹と彼女の部屋から退出したあと、それはそれは盛り上がったものだ。結局それはデコイと言うやつで、あの下は二重底になって更に鍵がかかっているらしいと知ったのは指輪について心当たりのある人物をせいぜいからかったあとだった。まあどこかの誰かに何かを貰ったことは確からしいがそれが何なのかいまだ彼女たちは知れていない。
 とにかく、最初から夢だと思い込み割り切って、いつかここからいなくなる寂しさなんてものさえ特に配慮せずあれこれと自室にものを増やしていったフーカからして見れば――同じ行動は取れないもののその思考は理解できた――アルティナの部屋に少しずつものが増えていく様子は、そのまま彼女がこの地獄に心身を許していく過程のように感じられた。
 今回増える家具のクッションが作られた理由は、眠る際の衝撃材が欲しいからなんて、これまでの家具に比べれば随分と重要性も軽い。それだけ地獄の生活に慣れ親しんで余裕が生まれてきたのだろう。
 けれど、この天使はフーカと違ってリアリストだ。良く言えばロマンチスト、悪く言えば自分に都合よく物事を受け入れるオプティミストな少女の感慨など、針の一縫いとともに吹き消してしまう。
「……フーカさんはプリニーさんですから、いつしか自分の死を認め、生前犯した罪を清算しなくてはなりません」
「アルティナちゃんまでそれ言う!?」
 今この流れでその話を持ってくるかと抗議するフーカにくすりと笑いながら、アルティナはもう一針縫いつける。
「わたくしも同じく、いつかこの地獄から離れ、天界に戻らなければならない日が来るでしょう。……そのとき、あの方との約束を果たせているかどうかはわかりませんけれど」
 あくまで穏やかな口調のまま、けれど本人としては最も想定したくないであろう未来をアルティナはあっさり口にする。多分あまり親しくないときなら、冷たい子だとかシビアな子だとか思っただろうに今のフーカは彼女の内面についてそれなりに知っているから、鼻から呼気を抜き出すのみで受け流す。慎重で生真面目で、それだけ臆病でもある天使はそんなことをあえて口にして、己にいつか来るかもしれないであろうその日を覚悟しておけと暗に言い聞かせているのだろう。不器用な子だと思う。四百年間他人のために頑張ったんだから、今はたっぷり自分の幸せだけを考えて生きればいいのにと思う。
「けれど、フーカさん。……そのいつかがいつになるかはわかりませんけれど、わたくしは、そのいつかが一日でも遠退けばいいと思っています」
「……うん」
 それについては両手を挙げて大賛成だから、フーカはあっさり、けれどしっかり頷いた。力強い彼女の反応に、天使はほろりと苦く笑って唇の前に人差し指を立てる。
「けれど、この話はほかの方には内密に。ヴァルバトーゼさんは特に、フーカさんについては一歩も譲らないつもりのようですし」
「ま、その辺はね。アタシもヴァルっちにアルティナちゃん帰る気あるみたーいとか焦らせてもヤブヘビ展開に転んじゃいそうだし」
 むしろそんな話題になった事情を一から話せば確実にお前はとっととプリニーとしての自覚を云々かんぬんとうるさく言われかねない。そう判断する程度にはプリニー教育係のしつこさを学んでいるフーカは軽く肩を竦めて天使の言葉を飲み込むと、彼女は針をうんと引っ張りながら軽く小首を傾げた。
「まあ、あの方を不用意に焦らせてフーカさんはどうするおつもりだったのかしら?」
「うーんと、アルティナちゃんがもう天界に帰れないようにプロポーズーとか! あと、きせーじじ……?」
 プロポーズ、の時点で微妙な顔をしていたアルティナが、続くフーカの言葉に何かしら感じ取ったのか一転奇妙に美しい笑みを浮かべる。彼女のビスクドール顔負けのなめらかな肌は、成る程陶器でできていてもおかしくないほど冷たく硬質な印象を滲ませて怖いくらいだがそれを指摘しようものなら多分に天使の裁きとやらを少女は味わう羽目になるのだろう。それは何としてでも避けねばなるまい。
「……なにもないですはい」
「そうですか、それは結構ですこと」
 のんびり相槌を打ったアルティナから怒りの波動が掻き消えて、安堵の吐息をついたフーカはどっと疲労を感じ今日はこれにて退散することにした。ついでにそれなりに付き合いは長いはずなのに、相変わらずこの天使ときたら冗談でもその手の話題が自分に降りかかってくるのはお嫌いらしいとの不満が頭の奥から湧いて出る。女子が集まったお喋りの中では彼氏持ちによるちょっと鼓動が高鳴る経験談は必要だろうに、どうしてそうも忌み嫌うのか。同性愛の話題なら結構乗りがいいくせにこればっかりはわからない。
「んじゃ、アタシもう帰るー」
「あら、大したお構いもできませんで」
「ううん、アタシもそのつもりないからいいよ」
 半ば逃げ腰でドアへと向かったフーカは、ふと思い立ったのでドアノブに手をかける前に振り返り、ひらりと手を振って最後に一言。
「んじゃねアルティナちゃん、そのクッション、修理しちゃうくらい使い込むのよ」
「…………そ、れは」
 何かおかしなことを言ったろうか。フーカとしてはこれからも仲良くここで暮らしていようねくらいの感覚で告げたのに、どうしたことかアルティナは赤面し、落ち着かなさそうに顔を伏せる。けれどすぐさまきょとんとした少女に気付いて、こくりと彼女は顎を引いた。
「あの、その、努力は、します……」
「……う、うん?」
 なんとも締まりがない返事だがとりあえずここで一旦引こうと、フーカは廊下に出る。ドアノブから手を離しても相変わらず、あんな反応をされる意味は想像できない。しかし所詮そこで感じた疑問など、その程度のものでしかなかったのだろう。彼女はその日の夜、妹に今日の出来事を話すときには天使の反応の不可解などものの見事に忘れていた。


 さてプリニーもどきの少女が妹に、それぞれの寝台で向かい合って今日の出来事を話す頃。天使の部屋ではまた彼女が別の誰かと向かい合っていた。奇しくも同じように、今日あった出来事を相手に話して。
「……で、お前は実際修理するほど使い込む気はあるのか」
「ありませんっ! 話の流れでそう返事をしただけです!」
 けれど姉妹が能天気なやり取りを交わすようにはここではならない。呆れ気味の赤い視線と羞恥にまみれた青い視線が絡み合い、かと思えば乱暴な勢いでもって逸らされる。勿論、逸らしたのは青い瞳を持つ女のほう。
「……天界では本当に仰向けで眠る用に使わないことはありませんでしたけれど。その、あなたが仰るような方法では一度だって使ったことはありませんし……」
 女が手にした物体を、男はひらりと奪って四方から眺める。彼もこれについて事前に説明を受けてはいたが、実物を見るのは初めてだった。とは言え、見ている限りではやはり単なるクッションだ。姉妹の姉のほうが事前に目にした通り、長方形で手のひら大の大きさの、綿がみっしり詰まっているがそれだって何の変哲もない。
「使ったら使ったで誰を相手にしたのかをこれからたっぷり問い質さねばならんな。……一応訊くが、天界では挿入なしのサフィズムが一般的とかそんな落ちは」
「ないです!」
 きっぱりと言い放つ女の勢いに飲まれたか。まあ彼女がそう言うのなら真実はどうあれ彼女自身は一度だってそんな経験がないのだろうと受け止めて、男はクッションを返す。返された女はいまだ頬に赤みを宿したまま、そっと瞼を伏せて大きな吐息をついた。
「どうした?」
「……いえ。まさか、これをそんなことに使うなんて思ってもいませんでしたから、何だか……誰にかはわたくしにもよくわかりませんが、色々と申し訳ない気がして」
「…………」
 明確な相手を持たない懺悔めいた言葉に、しかし男は神に仕えし神父でもないため目を軽く見開いてからふむと一声漏らして物凄く直球に。
「確かに、それが通常位で羽が押し潰されないための緩衝材だとは口が裂けても説明できんからな。そうやって誤魔化すしかあるまい」
 このクッションが作られた真の目的を口にしたものだから、それまで必死に言及を避けていた女は落ち着きかけた頬の紅潮を蘇らせるどころか今度は顔全体を真っ赤にして呻く。
「……あのですねぇっ!」
「うん、どうした?」
 けれどそんなふうに怒りと羞恥に震える女の額を、男は啄むように口付ける。意図的にやっているのならば、なかなか女の扱いが上手いことになるのだがこの調子では多分気付いていないのだろう。
 偶然だろうが故意だろうが結果的に怒りを鎮火させられた女は、最早どうでもよくなって、目を瞑り口付けられるまま相手にゆっくり身を任せる。静かに肩に手が周り、相手がしっかり支えてくれる。気持ち良かった。久し振りに、肌と肌とで触れ合う感覚は。
「……なんでもありませんわ。どうやらあなたとわたくしとで恥ずかしいと思う点は、違っているようですし」
「ふむ。……ならば、早速これの使い勝手を試してみるとするか」
 本人としてはさり気なく言ったつもりだろうが、それでも情熱的な秘事に移行したい気持ちが隠しきれない男の僅かに弾んだ声に、女は深く深くため息をついて。
「……もう」
 けれど一切の抵抗もなく組み敷かれた。無論、背中の羽の隙間に手製の新たな家具を差し込んで。





後書き
 正常位好き好きなふたりのためにアルティナちゃんがしゃーなしで小道具作るってエロいな…ゴクリ的な発想から。しかも関係を知らないフーカさんに見られながらとか更にいいよね…と言うとオッサン臭いですかねそうですね。
 ちなみにサフィズム=レズ。あとフーカさんの態度が示す通り、一行の地獄生活も随分経ってる感覚です。

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夢魔

2011/08/20

 酷く、渇いていた。
 毎日ではないにせよ、疲労困憊でろくに着替えもしないまま棺に就いて、そのまま朝、執事が起床の時間を告げに来るまで泥のように眠りを貪るのは、新党を設立して以降そう珍しくない。なのにどうしたことかこの日、彼は内に籠もる強い熱と渇きに無理やり覚醒させられた。
 とは言えおかしな話ではある。灼熱の溶岩が途切れることなく流れる不毛の大地であるここ地獄には気温の変化など昼夜程度しかなく、そのため季節の移り変わりによる温度差も無論ない。いつかの昔、彼が人間界と魔界を好き勝手に行き来していたときは、人間界を訪れるたびに空気の匂いや太陽、月の光の強弱、草木がこの世の盛りとばかりに生い茂ったかと思えば枯れるその目まぐるしさに、成る程これほど万物が生き急ぐようでは人間どもが僅かな間しか生きられないのも無理はないとしみじみ納得したものだ。
 閑話休題。喉の渇きは今更改めるまでもない。吸血鬼の身でありながら長らく人の血を断っている彼にとって、本能から喉が潤った記憶は優に四百年以上前のこと。ゆえに、渇きなぞは最早苦しみだの痛みだの物足りなさなどを通り越し、いっそこの感覚がなかった頃はどんなものか思い出せないほど深く根付き馴染んでいる。
 しかしこうなるまで飢餓感が発作のように時折強く襲ってくると、普段なら思い出すべきだろう最後に喉を潤した記憶は、昔から今に至るまで彼にはこれっぽっちも魅力がないので思い出さない。まあ正直な話、忘れている。男だったか女だったか、年寄りだったか子どもだったかそれさえも、思い返そうとしたときは綺麗さっぱり頭から消し去られていた。現在進行形で彼が血を断つ切欠となった気高くも可憐な人間の娘があまりにも鮮やかで強烈だから、それまでの犠牲者など最早彼にとっては十把一絡げにする程度の価値でしかなかった。
 とにかく端的に表現すれば、その日はいつもと違っていたことになる。違っているのは勿論彼自身。地獄は環境として変化しないのだから自然そうなる。
 けれど自らの違和感など、眠気で頭が鈍く重いのにわざわざ渇きと熱さで叩き起こされた当事者からすれば感じていられる余裕もない。棺の蓋をやや乱暴に蹴り上げて、シャツの襟を摘み扇いではたはたと首の辺りに空気を送ろうとしても、首筋にべったりと滲む汗が気持ち悪くて彼は盛大に顔をしかめた。皺が寄った眉根からも生温かい汗の滴が手の甲へと落ちて不快極まりない。
 袖でまだ伝ってくる額の汗を拭ってから、このままぼうっとしているだけでは熱も渇きも取れまいと判断した彼はやむを得ずよっこら腰を上げ、ついに棺を跨いで部屋の外に出る気になる。
 半ば無意識の行動だろう。そのまま廊下にのろのろと向かう際、ついでに外套と手袋も手にして、瞼が完全に開ききらないままだと言うのに彼が自室から出て僅かに廊下の冷たい空気を肺に入れたときには、概ねいつも通りの格好だった。しかし頭の奥は鬱陶しくもいまだぼうっと熱く、蒸れた夢の世界に六割ほど浸っているのだからこの吸血鬼、怠惰とは縁遠い性格なのだろう。
 篝火でさえも最低限の、闇が多くを支配する廊下を彼は歩く。黙々と、まだ眠気が取れていないにしては一見しっかりとした足取りで。
 一応、目的地は朧気ながら脳裏に描かれている。台所だ。今の彼にとって唯一、一言ある至高と呼ぶべき小魚を口にすれば、渇きなどどうにかなると判断している。ついでにあのひんやりとした小魚の引き締まった赤身をゆっくり咀嚼していけば、喉を通り抜けるその味わいと冷たさに過剰な熱など臓腑の内側から奪われていくだろう。
 だから台所を目指す彼の足取りに迷いはなく、長きに渡る根城のこの屋敷の構造など隅から隅まで頭に入れてあるから目を瞑ってでも目的地に着くはずだった。事実何度か眠気に耐えられなくなった彼は目を瞑り、眠りながら歩くと言う器用な芸当を何度かやっておまけに石畳のどこにも足を引っかけることさえなかったのだからその自信は間違いあるまい。
 けれどけれど、ならばどうしてなのか。観音扉を持つ台所に立つはずの彼が、至って普通のどこにでもあるドアの前で立ち止まったのは。そうして迷いもなくドアノブに触れ、眠気でぼんやりとしたまま鍵のかかったそこ忌々しげに舌打ちをし、仕方ないと力を籠めてドアノブを破壊したのは。
 当然ドアの向こうに用件がある訳だから、ドアノブを破壊してしまった申し訳なさなど微塵もなく――大体ここは彼の屋敷だ。持ち主が何をしようと、文句を言われる筋合いは誰にもあるまい――彼はその部屋に吸い込まれるように足を踏み入れた。
 その部屋も当然暗かった。窓もカーテンも閉じきったそう広くもない室内は、今はこの部屋の主であろう人物の体臭が温くぷんと漂って、その香りに心当たりを持つ彼は自らの判断に誤りはないとこっくり頷き舟を漕ぎかけた。
 しかしそれではいけないと、ここに用件があるのだと自らに言い聞かせた彼は、軽く首を左右に振って眠気を振り払いながら更に歩く。目的のものはただひとつ。否、正確にはひとり。
 彼の渇きを癒すもの。彼の燻る内側に火種を与え油を注ぎ炎を踊らせ、燃やし尽くした挙げ句に半端な熱など灰塵と消していくもの。
 簡素な寝台に横たわる、ブランケットに包まった物体が微かに動くが、これは彼と違って寝苦しさからの動作ではなかろう。規則的な上下運動は呼吸の、包みの向こうが確かに生きている証。そうして見ればほら、安らかな寝息も聞こえてくるではないか。女の、少し高めの小さな声を交えながら。
 相手が存命でかつ深い眠りに陥っていると理解した彼は、ブランケットを一気に剥いで相手の姿を確認する。もう部屋に漂う匂いの時点で確信は得ていたのに、こんな乱暴な真似をしてしまうのは少なからず八つ当たりの要素もある。なにせ彼はこうして熱さと渇きで起きてしまうくらい辛いのに、娘ときたら太平楽に眠っているのだ。ついこんな方法を取ってしまうのも仕方ない。
 そう、娘。ブランケットを剥がれてもなお、呻き声を漏らしはするがまだ深い眠りから覚めようとしないその人物は明かりのない室内の闇の中では些かわかりづらいものの、鮮やかな桃色の長髪に華奢ながら整った容姿を持つ天使の娘だった。
 普段はきっちりと三つ編みに結っている髪を解いて遠慮なくシーツに広げ、白いワイシャツのみを寝具として身に着けた娘はようやくブランケットが失われて寒気を感じたか。それとも突然の闖入者の視線に見えない何かで肌を撫でられた心地でも覚えたか、背中にひっそり生えた純白の羽を身じろぐように揺らす。
 娘は横向きの体勢で軽く丸くなって眠っているため、脚が軽く擦り寄っただけでワイシャツの裾がはらりとめくれて闇の中でも輝くばかりに白い内腿が彼の眼下に晒される。あと数センチもすれば、尻どころか下着でさえも血の色の瞳に暴かれてしまうだろうに娘は相変わらず深い眠りに囚われたままだった。
 けれど彼はさして動揺しない。感慨もない。こんなときでさえ脳天気な娘だと呆れこそすれ、無防備で扇情的な光景を目にしてもなにも思わなかった。はしたないとも、悪いことをしているとも。
 ただ穏やかに眠る娘を目にすることで、体内の熱と渇きが一層強くなった自覚はある。相手が起きていればどうなったのだろうか。誤魔化せたのか。冷めたのか増したのか。わからない、眠気が酷くて考えるのも億劫だ。
 そう眠い。猛烈に眠いのだ。なのに熱くて渇いて鬱陶しくて、苛立つばかりだからこれらをとっとと昇華したい。苦しみの中で邂逅を果たした小魚で満たされるのとは違う。胃ではなくもっと奥から、頭や胸とも違う、底から餓えて欲している。
 多分このまま朝を迎えればきっと彼は狂ってしまうだろう。そうならないためにも、たっぷりと潤い満ちなければ。そのためには娘が必要だ。誰でもない、過去は人間だったこの天使が。彼に血を断たせた張本人にして、けれど憎む気なんぞは到底ない、しかし憎悪以上の執着心を彼に根付かせた女が。
 娘に一歩近付く。相変わらず起きやしない。寝息とともに聞こえる声は寝姿同様無防備で、なのにかだからか普段と違って妙にあどけなく耳に届く。髪の隙間から覗く寝顔もまた可愛らしいと表現しても構わないくらい、幼い印象を持っていたのが少し意外で、けれどそれもまた微笑ましい。
 もう一歩近付く。軽く背を丸め、母胎にいる嬰児に近い姿勢で眠る娘は、しかし嬰児にしてはすらりと長く、しっとり肉付いた魅惑的な脚を持っている。平均に比べれば細いものの、そこは確かにおんなの、男を惹きつけ撫で回したい頬を擦り寄せたいなどと不埒な妄想と衝動を煽り立てる絶妙な曲線を持っていた。
 もう一歩。体臭は起きているときよりも濃厚に感じられて、その蕩けそうな甘みとまるで相手の胸のうちに顔を埋めているような匂いの密度に彼は薄らと笑う。甘いだけではなく、これからの官能を予期させる香りは天使らしく清浄な風味も持っているだけにどこか彼には背徳的で、鼻腔からこの刺激を堪能するだけでも眩暈がしそう。ここが娘の部屋で、しかも眠っている訳だから普段別所で顔を合わせるときよりも匂いが強いのは当然だが、そんなこと今の彼は考えられやしない。ただ娘の寝姿に誘われるまま距離を詰める。
 そうしてそうして。彼は寝台に手をついた。ぎしりと低く軋む音と、マットのスプリングがたわむ音さえはっきりと聞こえたけれど、娘はいまだ起きやしない。匂いが一層濃くなって、髪と皮膚とでまた違う香りを発するものだと言葉もなく教えられる。どちらも譬えようがなく、甘露で切なく胸を締めつけ吸い込むごとに首の後ろがぞくりと来る。
 体重を片手にかける。そっと身を屈め、瞼を閉じたままの娘の横顔を貪るように見つめながら距離を詰める。きめ細やかな白乳色の肌はほのかに汗ばんでいるのか、かたちのよい耳の後ろが真珠の粉を撒いたように輝いていた。
 娘の肉体に浮かび上がる霧の煌めきを視線だけで辿っていけば、ワイシャツの奥で片方の乳房がもう片方の乳房に押し流され潰されて、ひしゃげた有様が目に留まる。目の毒、でもない。渇きと熱をより自覚させてくれる、それはそれは素敵で即物的で男の根源に訴えかける光景だ。
 そっと指で細い髪を掻き分け、顔を近付ける。女の体臭が練り香水めいて薄い皮膜をまとい放出される、白く細くも傷一つない首筋は見ているだけで吸い付きたくなる。ああ渇く渇く餓えている。すぐさま歯を立てるなんて勿体無い。まずは前菜代わりに舌で唇でそのなめらかな感触を堪能し、汗の塩辛さを食前酒として、それからぷつりと牙で柔い肉を裂く甘美感に酔い痴れようではないか。そうして溢れ出る血の味わいは、今までのものが泥水と思えるほどに甘く熱く濃く、一滴一滴のあまりの美味と濃厚さに体内へと押し流す喉が灼け痺れてしまうに違いない。
 そんなふうにたっぷり喉を潤して、体内に血が、魔力が行き渡る感覚を堪能すればすぐさまこの娘そのものを味わおう。なに、貧血を患えば激しい抵抗などできやしない。それに女の悦ばせ方は知っている。その味を知ってからは指やら舌やら腰のものやらで翻弄させるのにもすぐ飽いて、長らく自分から動くことさえしていなかったが、この娘ならばその苦労も苦労とは思わない。むしろ破瓜の瞬間さえ自ら腰を振るほど淫らに仕立て上げようか。力任せに貫いて痛みに泣き叫ばせるのは心苦しいから、そちらのほうが余程良さそうだ。
 恍惚に悶える娘は美しかろう。新月の夜より昏い闇の中、全身にじわと汗をまぶして、はしたない、今まで誰をも聞いたことがなく娘自身も発したことのない嬌声を上げよがる姿は想像しただけでも背筋が粟立つ。少しでも力を篭めれば裂けてしまうだろう花弁のなめらかさを持つ肌は、どこもかしこも触れた先から吸いついてくるようで、ふるりと柔らかく抵抗を示すも結局どこまでも自分を受け入れるのだろう。その上で、鮮やかに潤んだ湖面の色の瞳に見上げられるその快感。喘ぎ過ぎが祟ったか、ややも掠れた声で己の名を呼ばれることの、魂から震えが来そうな幸福感は何にも喩え難い。
「……ヴァル、ば、トーゼ、さん……?」
 ほらまさに今こうして。もうこのまま歓喜に打ち震えながら、肉体を持つ張本人でさえ触れたことのない紅き沼地に己を埋めようではないか。その先に生まれる快楽はどれほどのものか。決して辛いとは思うまい。呆気ないとも思いやしない。そこで触れ合えただけでもきっと彼は満足。いや、まあ、満足――
「…………お。おぉぉぉぉおおおお!?」
 弾け飛んだ。すっ転んだ。勢いがありすぎて壁に頭をぶつけた。痛くて屈み込んだ。思わず両手で患部を抑える。痛い痛い痛いこれは確実に腫れている。ああなんてことだよりにもよってこんなところで。いやしかしそれより前に。
 彼はぼうっと自分を見つめている娘に慌てて両手をかざし、動揺衝撃羞恥罪悪感後悔その他諸々でもつれる舌をどうにか動かす。怒涛の感情の奔流で色々とぎこちない自覚はあるものの、後頭部の痛みに比べればこちらのほうが大切だ。
「いやっ……、……そのっ、ご、誤解だアルティナっ!!」
 ようやく出てきた言葉は陳腐そのものだったが、自らの発言の情けなさに気付かないくらい彼は必死だった。いやだってあんな、けだもの然としていると言われればまったくもってその通り、適切すぎてぐうの音も出ない思考に突き動かされていたなどと知られようものなら軽蔑される。否、軽蔑で済めばまだましなくらいで、以降完全に口も利いてくれやしないだろう。それどころか天界に帰ってしまうかもしれない。
「き、き、今日は妙に熱くて眠れず散歩をしていたのだが……、そ、その際、お前の部屋の扉が開いているので、無用心だと注意するつもりでつい……いや、そのっ、起きているのかと思ってな!?」
 咄嗟とは言えもう少しましな嘘をつけないのかと呆れられても仕方ない内容だったが、本人はそんなことわかりもしない。どころか、自分が何を言っているのかさえも理解できないまま、勢いに任せて言葉を連ねる。
「そ、それでまあお前が寝苦しそうにしていたものだから熱でもあるのかと思って確認しようとしただけであって……、そんな、あれだ、いかがわしい真似をするつもりは……けっっっして、まっっっったくなかったのだが!」
 ならばどうして気安く寝台に寄りかかり、髪を掻き分けて首筋に顔を埋めていたのだとか。そもそもしっかり包まっていたはずのブランケットがなくなっているのはどうしてなのかとか。大体女の部屋に無断で入ったことさえも非難を受けて当然の行為だろうに、しかも相手が眠っているのに近付いてきて、額とは言え触れようとしたのは下心がないと本気で言えるのかとか。粗を探そうと思えばきりがないのに、彼は自分の言い訳に満足――など覚えやしない無論。それどころか戦々恐々。その心中は断頭台の上に立つ小悪党にほど近く、言い訳をまくし立てた後でもその前と変わらないくらい、いやそれ以上に激しい動悸に見舞われていた。
 何故なら、娘が。彼の名を呼び安らかな眠りから覚醒し、重たげに上半身を起き上がらせ、焦点の合わない瞳で彼をひたすら眺めている娘が次にどんな反応を示すかが完全に読めないため。
「……い、色々と、……悪かったとは、まあ、思う……」
 怒られるのか、説教をされるのか、わざとらしいくらい重々しく嘆息されるのか無視されるのか蔑まれるのか。赤面されるのはまだましだろう。夜這いが許されそうな雰囲気になることは絶対ない。なったらそれはもう美味しく頂くとかそんなことではなしにまずこの娘がそんなふうになることは有り得ない。秘蔵の魚醤を賭けてもいい。残念だがそのくらいの自信はある。とても、非常に、物凄く、残念ではあるが。
 娘はいまだ反応を示さない。いつもよりぼんやりとした青い瞳は、闇の中とろとろと揺蕩っていたがそれでも彼は動けなかった。彼女が何らかの反応を示したとき、彼がすぐさまそれに対応を示さなければ誠意を疑われると思ったから。しかし長らくの沈黙は、彼にとってどんな冷たい視線よりも肝が冷える。落ち着かない。不安ばかりが煽られる。
「……すまん」
 だから、正統とは言え厳しい態度を取られるよりも先に、彼は頭を下げた。動悸も少しは落ち着いて、後ろ向きな覚悟が胸の内からせり上がってくると、あんな苦しい言い訳をしたことさえ申し訳なく思う。とは言えど、あのときの自分の心境を正直に告白するのはいくら彼でもはばかられる。悪魔の身で何を今更と鼻で笑われるかもしれないが、娘には野蛮で粗野な己を見せたくなかった。
「その……お前との約束はまだ果たしていないと自分で言っておきながら、さっきの俺は……お前の血を、お前の断りなく吸おうとした……」
「……はぁ」
 娘の相槌が、彼女が起きて以降初めて聞こえてきて彼は一瞬硬直する。しかしそれもすぐになんとか解いて、続く言葉を頭の中から探り当てる。
「お前にとっては、疑わしい話かもしれん。だが信じてほしい。……俺はこのようなこと、今まで一度たりとてしたことがない」
 事実、誇り高き彼にとっては、今夜の一連の騒動は経験のない出来事だった。自分で貫こうとした約束を、自ら破ろうとしたことなんて。約束を交わした相手を襲おうとしたことなんて。更に言うなら、人間に恐怖を与えて戒める闇の使者として、夜闇の中で無防備に眠る女へ牙を剥いたことさえない。しかもその上、相手の自由をある程度奪った上で無理に己のものにしてしまおうなどと。今となっては本気でこの自分がそれを望んでいたのかと自分で自分に訊ねたくなるほどだったが、そんな衝動がなければ今こうなっていないはずなので真実は変わらないし変えられない。
 相槌以降、一言も相手から反応を貰えない点に、やはりこれでは納得してもらえないかと居たたまれなさを抱いた彼は、おずおずと首をもとの位置に戻して娘を見上げる。
「……ふぅ」
 もう一度頷かれる。びくりと全身で反応した彼は、けれど相槌の声がおかしい気がしてまた顔を上げ、闇の中、目を凝らして相手を観察する。睨まれる覚悟はしっかり決めて、しかし違和感を確かめる勇気を振り絞り。
「………………」
 娘は寝ていた。目を瞑り、思いっきり船を漕いでいた。
「うぅぅ……」
 唖然とした彼さえ全く気に留めず――眠っているから当然だ――、娘は上半身を起き上がらせた体勢のままこっくりこっくり身体を前後に動かしている。下手をすれば寝台から転げ落ちるだろうに、どんな特技かは知らないがもともと座りながら眠るのは上手いらしく、それなりの長時間でも無意識にバランスを取りながら彼女は眠っていた。
 とりあえずこれで叱られることも嫌われることも軽蔑されることもなくなったと理解した彼は、それはもう大きな安堵の息を吐いて全身の緊張を拭い落とす。
「……寝言が多いな、お前」
 長く深く重い吐息とともに思わず零れた呟きは気が抜けきって呆れさえ滲んでいたが、真に呆れ咎められるべきは彼の所業である。そう自らの行動を省みると、慌てて姿勢を正して立ち上がり、起き上がらせてしまったのは自分のせいだろうからと、今度はやましい思いを抱かずに娘の両肩を支え、そっと横たえらせる。
 掴んだ肩は華奢だがしっとりと柔らかく、ワイシャツと手袋越しなのが少し惜しいくらいだがそこで調子に乗れば今度こそ娘の覚醒を促しかねない。眠りやすい姿勢に戻って微かにご満悦らしい彼女の淡く笑んだ寝顔を見とめると、彼は疲れがどうと双肩に伸しかかってくる感覚に一瞬立ち眩みを覚えて壁に手を添える。
 まあ誰も彼もが眠る深夜に、適当な距離を歩いた上で女を襲いかけて我に返って転がって極度に緊張してでは疲れもする。改めると体の熱も餓えも消えていた。と言うより、娘にこの無礼な訪問が知られたと思った際の緊張があまりにも激しいから、そんなものなどどうでもよくなったのだろう。
 結果的にここに足を運んだのは間違いでもなかったようだが、尋常でないくらい心臓に悪かったのでやはり自分の判断を悔いた彼は静かに壁から手を離してのろのろとドアを目指す。そうしてドアノブに手をかけた際、めきと木材が軋む音が聞こえて完全にドアが壊れたらしい音がしたが、正直な話、もう、そんなことさえ気にしていられないくらい。
「…………疲れた。寝たい」
 心底ぼやいたその声は、僅かに涙ぐんでいた。





後書き
 フュースリーの『夢魔』いいよね、僕も大好きだ! つーか吸血鬼なんだから眠るヒロインを襲うのは一度はやんなきゃいけないお約束だよねー! ねー? って感じで閣下に襲ってもらった場合こうなりました。
 うんまあ自分でもびっくりするほどヘタレになった……ごめんね閣下……やり過ぎたね……。けどこれでほぼうちの閣下の方向性決まったね……。

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閣下が今昔で分裂すんだったらアルティナちゃんも分裂しようよ

2011/08/23

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悋気を口にできるほど

2011/08/28

 笑った女を見た。笑った男を見た。ただそれだけなのに。
 どうにも浮かない気分を誘う黒い靄が心の中にどっかと居を構え、先程ちらと目にした光景から得た感覚をいまだ引きずる己の不可解さに、彼は重い吐息をつく。
 けれどそんなことで職務を放り出すのはどうかと思うから書類と格闘する気ではいるのだが、さっきから目で追っているはずの文面は何度読んでもちいとも頭に入ってこなくて、結果的に彼は書類とにらめっこしている『だけ』となっている。
 不可解だった。不愉快だった。あれしきの光景でこんな心境になっている自分が。そしてまた、こんな心境そのものが。
 基本的に彼は己の言動に誤りはなく、また矛盾もないものと考えている。吸血鬼としての矜持を重んじ、悪魔かくあるべしと生きてきた彼にとって遺恨や後悔は少ない。無論、己の内に矛盾を感じた経験もまた然り。
 そんな彼にとって数少ない後悔の一つであり、以降彼の生き方を大きく変えた切欠でもある過去は人間、今は天使の娘に抱く感情は――悪魔にとって最も馴染みのない、どころか嫌忌すべき感情である点はもうこの際認めてしまおう。それだけだ。決して頭にも声にも明確には表現すまい。したら最後、今はそんな気分ではないのにそれについて不毛ながら自分を相手に必死の言い訳を連ねる羽目になる。まあそれはともかく。
 その天使の娘と、長らく辛酸をともにした無二の友にして、悪魔にしては珍しくも言葉通り、忠実なる僕を体現してきた彼の執事たる人狼の関係は、良くも悪くも表現に難しい。剣呑でもなく、穏和でもない。仲良くしているとも、喧嘩ばかりとも言い切れない。極めて言葉にし難い関係だと思う。
 まず人狼は娘にいい感情を持っていない。かの娘との約束に固執した彼が、飢餓の辛酸を舐めた末に魔力を失い地獄に墜ちたのは誤魔化しようがない事実。青年は彼の強さに心酔した面も強いため、強さこそ正義の悪魔として弱りゆく主など見るのも苦痛だったろう。だからその原因たる娘を主の前でさえ罵り恨むのは、心苦しいが理解できる。しかし当人と対面して以降は命を救われた恩があるし、月の件で協力的だったこともあり、今はそれほど険悪には思っていないはずだ。反面いまだ彼が頑なに娘と交わした約束を守っているため、好感を持っていると言い切れるほど友好的ではない。
 悪いとは思う。ともに戦う仲間に険悪な感情を持たせる原因を作った自分の意固地を。しかし約束は必ず守るもの。四百年前から胸の激痛にかけて自らに誓いそれをいまだ守る彼は、娘に地獄に堕ちたことへの償いなり何なりを負わせるつもりはない。しかし人狼のほうも、いまだ守られる約束に納得している様子はない。一体誰の影響やら、向こうも向こうで頑固なものだ。
 とは言え、娘が人狼に険悪に思われていることで彼に泣きついてくるような性格かと訊ねられれば全く違う。
 波さえなくばたちまち水鏡に変貌する湖めいた清い精神を持った娘は、同時に彼が呆れる程度に粘り強くもしなやかな鋼の心の持ち主だった。皮肉陰口はさらりと往なし、真っ向からぶつかってくる相手には余裕を忘れぬ笑顔でもって反撃さえする。が、発言そのものは辛辣なくらいなのに言葉遣いは優雅なもので口汚い罵り言葉が出たことは一切ない。
 当然、人狼とのやり取りもまたそんな調子で。二回にも及ぶ大恩に礼さえも言わぬほど頑固な青年に、彼女は端からそんなものはあなたに期待していないと軽く笑って受け流し。それどころか、死神の少年に呆れながらも諭す男に、優しいところもあるものだと真っ先に指摘してからかうほど。
 地球から『恐怖の大王』を退けて以降、天使となった娘とふたりで会話をする機会はそれなりに生まれたからその手の話題も勿論触れた。看護師として働いていた際、人狼のように頑なな態度を取る患者は割合多く、そのためああ言う手合いには慣れているらしい。それどころか話し甲斐がありますと、娘は余裕たっぷり笑ってさえいた。天使だからと余所者扱いすることもなく他人行儀に振舞うでもなく、きのままの嫌悪を曝け出す人狼の吐く毒は、なり損ないプリニーの少女やその妹、死神の少年からは得られぬ刺激となって彼女の脳を活性化させているらしい。
 だから娘は多分に、人狼との舌戦を楽しんでいる。人心に賢い人狼も、楽しまれている自覚はあるだろう。そのため娘との会話を避けたい気持ちがあっても、守りの一手ばかりは癪に障る。ゆえに先制攻撃なり反撃なりでどうにか相手をやり込めようとする気概も強く、結局二人は殺伐とした言葉の応酬を交わし合うことが多い。それぞれの勝率がどんなものかは当事者間しか知らないが。
 彼もまた、二人の会話は今まで何度か耳にしたことはあった。二人もさして隠し立てする気はないらしく、よくもまあそれだけ頭と舌が回るものだと呆れんばかりに口八丁なやり取りを交わしていたか。
 悪いことではない、はずだ。仲間同士で殺し合うより余程健全で穏やかな関係だろう。同党員として無理にでも仲良くしろといつかの姉妹に命じたときほどではないが、二人ともその点はよくよく弁えているため物騒なことを起こしたことは一度だってないし、起こさないようにするだろう。
 彼とて二人が親しくなることを望んでいる。娘のほうはともかく、人狼の天使への態度が少しずつでも和らいでいくのは単純に喜ばしい。
 けれど。――けれど、親しくなりすぎるのは。いやだ。などと思うのは、党首として、また二人とそれぞれ強い絆を持つものとして、どうなのだろう。やはり独善に過ぎるのか。そう思うと、自然と丁寧かつそれだけ重いため息が漏れてしまう。本人は数えていないが、さっきからため息はこれで五度目だ。
 ついに彼はかたちだけでも仕事をする気さえ失せて、ペンを机に投げ捨て代わりに自分の頭に手を添えた。こめかみに白手袋の親指がぐ、と食い込む圧力は痛みに近く、思考を切り替える絶好の機会だったのかもしれないが、彼はいまだ黒い靄に捕らわれることを望んだ。否、望まされた自動的に。
 あの二人の仲が険悪なのは喜ばしくない。それは事実だ。だが同じくらい、あの二人が親密になるのも嬉しくない。そう思ってしまう自分に、彼は何より強い矛盾を感じていた。
 理由は。わからないわからない。わからないからこそ彼はこうして悩んでいる。形容し難い感情に思考の多くを絡め取られ、堂々巡りに陥るよう仕向けられている。しかしここは冷静に。まずは段階を踏まえて考えようではないか。
 無二の友と約束の娘。どちらも種類は違えど彼にとって親しみ深い相手だ。その二人が、友のように気安く、皮肉っぽくもないやり取りを交わすのが普通になったら。想像は難しいが、あの娘はどうにも人の調子をのんびりと狂わせる空気を放っているらしい。彼もご多分に漏れずその効力に負けた経験を持つ。だから人狼にとってはあまり良くないことかもしれぬが、いつしかそれなりに二人の間にも穏やかな空気が築かれるのだろう。例えば四百年前、彼女と彼が言葉を交わしたときのように――。
「いかん、それは……駄目だ」
 過去、人間だった娘とともにいた記憶の光景にある自分の位置を人狼に置き換えただけで、猛烈な何かがこみ上げそうになって彼は慌てて首を横に振るい、そんな想像を無理からに払い落とす。
 何故かはわからない。なのにそう考えただけで、尋常でないほどの圧迫感かそれに近いものが頭の中で濃くなった。それだけではなく、微かに動悸が激しくなったような感覚さえも覚えて彼は戸惑う。
 けれどおかしいではないか。あのときの自分と娘の関係は、約束を交わした悪魔と人間ただそれだけで恋愛譚めいた浮つきなどなかった。奇っ怪にも悪魔を怖がらない脳天気な人間の娘と、そんな娘を怖がらせようと会話を糸口にして手がかりを探す気高き悪魔の関係で。それでも娘の性格上、殺伐からは縁遠い空気に包まれていたから、あの頃の状態がきっと彼が二人の関係に求めるものに一番近いのだろうと判断したのに。
 いまだ彼の頭は、それらの想像を強く拒絶する。恐れている。理由は。わからない。考えたくない。
 ならば別の切り口だ。死神の少年のように、プリニーもどきの少女とラスボスを目指すその妹のように。後者は娘と同性なのもあってすり合わせに無理があるとして、前者はどうだろう。例えば娘が偶然に茶菓子が焼けたからと言って少年をほかの仲間と一緒に誘うように、人狼を茶会の席に呼んだりしたら。
 悪くはない関係のはずだ。甲斐甲斐しく客人たちをもてなす娘の笑顔に気を削がれ、人狼はいつもの険を引っ込め大人しく茶を飲みくつろぐ。
 けれどそれもまた彼にとっては予想以上に困難な仕事だった。くつろぐ人狼の姿を思い描く作業がまず難所なのだ。まあ青年は彼の僕である以上、主の前でだらけた姿を見せることが前提としてないからだろう。彼の眼前では誰かに凄む以外、直立が基本の男だ。椅子に腰を預ける姿さえ数えるほどしか見たことがないし、相手も自分の視線に気付けばすぐさま立ち上がり無礼を見せたとわざわざ頭を下げるほど。体を少し休める程度でそれなのだから、主以外の人物に心を許すこともあの男は避ける。仲間内では最も長い付き合い彼の目が届く範囲で、人狼がよその誰かを相手に親しげな会話をしていたことさえ見た記憶があるかどうかも怪しいところ。
 そこまで徹底した主従関係の中では、あの人狼が誰かにそう皮肉っぽくもない笑みを向けることも、険のない言葉を投げかけることも想像に難しい。だからあの二人の関係の軟化を求めていながら、それを具体的に思い描くことを避けてしまうのではないかと彼は自ら結論づける。
「……そう、かもな」
 少しの安堵と納得を覚え、彼は小さく頷いた。そうなのだろう。きっとそうだ。そうだとも。ああそうその通り。あの二人が、自分が間に割り込めないほどの関係になることを恐れているからなんてことではない――いや、それを言うならもうとっくに。あの二人は、あの二人の間でしか互いにあんな態度を見せないのではないか。一種独特の、あの二人だからこそ築かれた絆が二人の間にあるのではないか。なんて。
 油断した頭が明確な思考を生み出してしまった途端、黒い靄の正体が一挙に暴かれて、その衝撃と微かな痛みと自らへの失望に彼は知らず乾いた笑いを漏らす。聞くもののいない笑い声は随分と頼りなく、発言者が彼でなければ泣きそうだと表現しても構わなかったくらいだろう。
 しかしこれで、ここ暫く彼の胸中に立ち込めていた不安の正体は見えた。狭量で幼稚な己に嘆息し、彼はこめかみにやった手でくしゃりと自分の髪を掻く。当然気は晴れやしない。まあ、ある意味では晴れたが別の意味で気が重くなった。正直、こんな気持ちなど知りたくもなかった。
 けれど成る程、そんな自分の醜さに気付けば過去の自分と娘の姿を、今のあの二人に当てはめるのを避ける理由もよくわかる。
 今も昔もほっそりとしているものの柔らかさを帯びた線をあちらこちらに宿す娘は、彼にとって十分に女らしい肉体の持ち主だ。率直に女らしさを推し量る対象になりがちな胸や尻だけではなく、丸い肩や華奢な首、しっとりとした腿など全体的な印象を見た上で特にそう思う。
 人狼は悪魔ゆえ、ときの流れによる変化はない。出会った頃から容姿の変わらぬあの男は、狼の血を引くためかやや胴が長いものの、男性的な逞しい肉体となめし皮に似た色味の肌を持ち、魔力を失い退化した彼が視線を上げねばならぬ程度に上背がある。昔なら、彼も青年と同じくらいだったのに。
 つまり二人は、現在彼の仲間のなかでも見るからに男と女の特徴を持つ容姿であって。だから二人の距離が近付くことはそうではないのかと、安易にも下世話な想像をしてしまいそうになって、しかもそれはきっと今の自分がそれぞれ二人の横に立つよりも馴染むのではないかと思ってしまって、そこに彼は、何よりも危機感を抱かずにはいられない。
 二人が立ち並んだ光景を想像するだけでそこまで考えるのはいかにも杞憂。過剰に過ぎると彼とて理解している。それでも胸騒ぎが消えないのは、もう一つまた別の理由がある。
 二人は互いを相手にしたときしか、あんな顔をしないから。
 人狼は、忠誠を誓って以降はどんなときであれ彼には服従の姿勢を取る。常に穏やかなり澄まし気味なり自慢げなりと笑みを浮かべ、呆れも純粋な気持ちも含めた賞賛の声を浴びせ、明らかに反発したことなどあの約束に関わること以外なかった。しかしその約束への反発にしたって、痩せ衰えた主の身を慮った果ての行動だ。誇り高き意志を穢し、傷付け、出し抜いてやろうなどと言う気概はない。
 そんな青年に比べれば、娘は彼に多くの表情と姿勢を見せてきた。人間として初めて出会った頃は人懐こくも清楚さを忘れず。天使として転生し、正体を隠していたときは冷たく他人行儀に、しかし性根の清さと優しさを垣間見せ。正体が判明して以降は、少し申し訳なさそうに、それでものびのびと穏やかに。
 両者の今の態度を嫌っている訳ではない。不満はないことはないが概ね満足できている。けれどきっと人狼はこれから先、彼に歯を剥き出し獰猛に、油断がなくもこれぞ悪魔とばかりに笑うことはなかろうし、天使の娘はきっとこれから先、彼に獲物で遊ぶ猫のような、いたずらっぽく煌めく瞳を長々と向けまい。とは言え、彼は双方からそれらを向けられたいと願うほど被虐精神に溢れている訳ではない。だがそんな表情を宿して対峙した互いの顔は、執務室に戻る最中ちらと見ただけの彼の目に焼き付くくらいに輝いていたのだ。ゆえにそれらはきっと、二人の間にのみ交わされる特別な表情なのだろう。それが彼にとっては何より――。
「……そんなこと。我が儘に過ぎる」
 自覚はある。
 けれど二人の間には恐らく、彼であっても割り込めない何かがあるのは確実で、その何かが異性としての発展性を持つものではないことを今の彼は願うくらいしかできやしない。二人に近しく、二人をよく知っているはずの彼はしかし、二人の心までは操れないから。
 むしろ変に遠慮なぞされたくない。どうあっても彼との約束を貫く心根に、正しく優しく強く澄んだ心根に、感慨を受けた身の上として、二人には自由ながらも気高く生きていくことこそを願う。
 だから決して口にはすまい。つまらぬ独占欲から、それぞれの心に俺を忘れるなと喚き立てるなぞ浅ましくてならない。だがそう自分に言い聞かせると言うことは、裏を返せばそうしてしまいたいと内心望んでいる証。
 避けようもなく醜い己を突きつけられて、彼の胸に穿たれた杭の奥が毒を受けたかのような痛みを放つ。いっそこんな感情になど気付かねばよかったが、気付いてしまった今ではあとの祭り。後悔が全身に粘こくまとわりついて、頭痛さえ覚えた彼は眉をしかめた。
 それにしてもただ油断なく笑い合っている二人を見た今でさえこんな調子では、もし彼が最も厭い恐れる展開が現実になると一体どうなってしまうことやら。
 力なく息を吐きながら気軽に自分の頭に訊ねかけたつもりでも、やはり彼の脳はその想像を拒絶した。あの娘の肌に触れる人狼など描きたくないと。あの人狼の指を受け入れる娘など考えたくないと。もう一方の彼は、そんなふうに怖がる自分を受け入れる。今のあの二人はそんな関係を匂わせていないのだから、無理をせずとも構わない。想像だけでも自分を傷付け何の得になると冷静に。
 だが未来はどうなるのかわからない。彼の恐れる日が来てしまうのかもしれない。今から覚悟も決めずにそれを受け入れられるなんて、とてもではないが思えないのに。
「……情けない……」
 自らの死への覚悟など、生き物なればあって当然。不意に罵られ裏切られ暴によって意思を通される覚悟など、悪魔なればあって当然。そのはずなのに、二人の親しきものたちの未来を考えようとすることは極端なくらい恐れるなんて。いつの間に自分はこんなに弱く、狭量になったのか。
 あの人間の娘との約束のせいで変わってしまったといつだったか人狼に非難めいて言われたことがあったが、もしそうだとするなら今更娘と出会ってしまったことを僅かばかり後悔してしまう。そう自嘲気味に思った彼ではあるが、結局のところ芯から後悔する気なぞいくら待っても湧いてこなかった。
 娘と出会い約束を交わさなければ、その約束を四百年経った今でさえ守っていなければ今の彼はいないのだ。約束をしないまま、単なる犠牲者の一人としてあの清き人間の娘の血を吸い尽くすなど愚の骨頂。以降の彼は平穏を送れたかもしれないが、それだけ怠惰で物足りない時間ばかりをいたずらに過ごすことになろう。あの娘と交わした約束を破るのもまた同じか、それ以上に愚かしき真似。たった三日とは言え言葉を交わした彼女への気持ちも、自身が感じた胸の激痛も、また自らの誇りでさえも踏み躙った惨めな吸血鬼の末路など考えたくもない。
 だからきっと、これでいい。今まで信じてきたこの歩みこそが、彼にとっては正しく胸を張れる選択の結果で、現在進行形で醜い己に悩まされる彼のこの苦しみでさえも、いつか何かの糧にはなるのだろう。いずれ訪れる未来への覚悟か、そんな未来は認めないと躍起になる切欠なのかはわからないが。
 けれどできれば、この不安が杞憂であってほしい。後者を選び彼がひとり足掻いたところで、自分以外のもののの心はどうにもならないのだから一縷の望みくらいは持ちたい。そう、祈らんばかりに強く願っているのに――。
「申し訳ございません、ヴァル様。下らぬ小用に予想以上に手間取りまして……」
 いつも通り、にしてはややぎこちなく焦ったような笑みを浮かべながら扉を開けた人狼は、珍しくノックもしないまま執務室に入ってきて、彼は少し驚きつつもいやと首を横に振る。この青年はときと場合により、下手をすれば彼よりも多忙になりがちだ。そのためそんなことは今に始まったことでもなく、気にしてもいない。それに正確な時間を把握していないが先程、あの娘と話し込んでいたではないか。だから彼は先の頭を埋め尽くしていた不安を振り払うように、笑って己の寛容さを示す。
「アルティナに捉まったくらいで怒りはせん。あいつもお前が多忙なくらいはわかっているだろう」
 なのに人狼は、彼の言葉に何かの引っかかりを覚えたのか短く、瞬くような間でしかないけれど硬直して。次に微かに首を傾げてこう言った。
「……はて。何のことでございましょう」
「……いや、先程お前とアルティナが」
「閣下の気のせいではございませんか。今日のわたくしは、あの女と一切口を利いておりませんが」
「…………」
 完全にいつも通りの穏やかな表情で断言した人狼に、しかし彼は騙されない。見間違いなどではなかった。そうであってほしいくらい、あのときのあの二人は彼の眼に強烈な印象を残して笑いあっていたのに。どうしてあの会合を隠そうとするのか。あのとき、この二人はどんな言葉を交わしていたのか。自分に隠さねばならないような内容だったのか。例えば、どんな。
 胸のうちに立ち込めた靄の正体はわかっている。けれどそれが怒りに、見捨てられたような悲しみに変貌を遂げつつあるのは初めてで、彼は奥歯を噛み締めた。ここで感情を吐露するのは、きっと酷くみっともないことだろうから。
「……そうか。お前がそう言うのなら、そうなのだろう」
 必死の努力を要して人狼の話に合わせるつもりで吐いた言葉は、いつも通りの調子に聞こえたのだろうか。男はそ知らぬ顔ではいと鷹揚に頷いて、これからの予定を彼に告げた。


「いい加減、そんなに警戒しなくてもよろしいんじゃありませんの? どうしたってわたくしは、あの方にとって今のあなたの位置には納まれないんですから」
「納まられて溜まるか。オレがどれだけあの方のそばにいると思っている」
「少なくとも、この魔界にいる誰よりも長くおそばにいらっしゃるのだと思っていますけど」
「ふん」
「ですから、あなたにはもう少し余裕を持って頂きたいところです。あの方が大切なのはわかりますが、だからと言って自分の望むように誘導していいことにはなりませんわよ?」
「誘導してなどいない。オレは閣下をつまらぬことで思い煩わせぬよう、優先的に道を造っているだけだ」
「それを誘導と言いますのに……もう、その自信は一体どこから来るのかしら」
「決まっている。閣下への忠誠心からだ。閣下もオレの為すことを褒めこそすれ、貶されることなど絶対にない」
「あらあら、見事な信頼関係ですわね。少し妬けてしまいますわ」
「…………」
「どうかなさって?」
「何も……いや、せいぜいオレと閣下の絶対的な絆に妬くがいいと思ってな。貴様はどうせあの小娘や小僧よりも閣下と付き合いの短い身の上。オレにとっては歯牙にもかからん」
「ふふ、辛辣な事実の指摘をどうもありがとうございます。けれどそれにしてもおかしな話もありますのね。あの方と付き合いの浅い女に対して、どうしてあなたはそこまで喧嘩腰でいらっしゃるのかしら」
「決まっている。貴様が気に食わんからだ」
 ――決まっている。お前がときの長さなどまるで無視して、誰よりもあの方の心を縛っているからだ。





後書き
 オールキャラ連載のやつと似たような感じの閣下目線。大人組三人は三人ともそれぞれ残りの二人に対して嫉妬抱いてるといいなーと。ちなみに平気で言えるアルティナちゃんの悋気が一番浅いのはご愛嬌。あと実際のところ、一番4の男女間でバリエに富んだ関係を表現できるのはフェさんとアルティナちゃんだと思います。

[↑]

・元ネタは『ぬくい造り』

2011/08/29

「こんにちはー情報局発行新聞文化面でーす。
突然ですが『ぬくいイワシ』についてどう思われますかー?」


<論外>
「ぬくい……ってまず、なんデスか?
なんか、方言っぽいのはわかったデスけど」

「ぬくい……ぬるい……。
焼いたあと放置して半端に冷めたイワシってことか?
もともと魚は嫌いだけど、あんまり美味しそうじゃないな」

<ああうんソウダネ>
「常温のイワシは腐りやすいそうですし、あまりいい印象はありませんわね」

「閣下は基本的に新鮮でよく冷えたイワシを好まれる。
生温かいイワシなど、あの方の口には合うまい」

<惜しい>
「……もしかして、人肌であっためたイワシってこと?
フェンリっちのならともかく、アルティナちゃんがあっためたやつならあいつ食うんじゃないかな~?」

<当たり>
「なっ、なにを急に!
……そ、そんないかがわしいもの食ったことなどないわ。
ええい、本当だ! 大体考えたこともない!
……い、いやほんの少しだけ妙案だと思ったことはなくはないがって、貴様ら何を言わせる!?」



「閣下完全に元ネタ理解してたわ。
落語聴くとか……おっさん趣味ね、あの人」
「あの動揺っぷり見るにむっつりも確定だし……。
面白いと言えば面白いけど、このインタビュー、記事には使えそうにないかな……」
「けど今更悪魔が口移しでもの食べさせることくらいであそこまで動揺しなくったってねー……」
「それだけ堅物ってことなんでしょ。おまけにへたれでむっつりとかめんどくさい人だよあの人……」

[↑]

ぼうくんへーん

2011/08/31

 暴君編やりました よ。
 ……まああんなもんじゃないんでしょうか。思っていたよりは「努力・友情・勝利」でスカッと爽やかでキャー暴君カッコイー! で全然余裕。ぶっちゃけフェさんには最後まで仲間のノリを貫いて欲しかったくらい、月光の牙さん時代はきちんと暴君と友情でいいコンビしてたんだなーとしみじみ思わされました。つか月光の牙さんのほうが好きだわ私。嫉妬とか独占欲とか抱いてない頃だけに女々しさ薄いし普通に小生意気な可愛げがある。(いぢめたいのは変わらないんですね)(うん)
 そっち方面のサービスもその手の視線では満載ダネって話であって、普通にやる限りでは想像していたよりもさらっと流せて一安心。何より閣下が受け受けしくないのが個人的にはありがたい。回想で月光の牙さんデレたの最後の最後なのもあって、フェさん個別エンドに比べれば……ちょっと、日本一ちゃーん? な要素は薄いめですね。
 あと現在からの語りなのはわかってたけど、導入部分の主従の中の人たちの演技が完全にギャグで笑う。閣下に余計なこと言われないためフェさんが渋々自分から語る→やる気のないフェさんのタイトルコールで更に笑う。がきんちょたちの反応的も含めて、あれ完全に紙芝居のノリだ……。

 以下約束のふたり目線寄りネタバレ。コメントはまた後日返信いたします。

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